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スレッド一覧

  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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移民キャラバン

 投稿者:管理人 iPad 1132  投稿日:2018年11月 8日(木)17時36分58秒
編集済
      移民キャラバンという言葉が、中間選挙最中の米国で言われていたようだ。中米の小国からアメリカを目指して数千人規模で歩いている人々の様子がニュースやネットの動画で見られたことだった。中米と書いたが、具体的にはホンジュラスからの人々が特に言われていた。たまたま小生が治安の悪い国として調べたものをアップしたばかりだったので、このことは気になっていた。彼らが棄国というか、祖国を棄てて千キロ以上の果てしない行路に旅立ったのはよほどのことだろう。やはり仕事がない、治安が悪い、よって安住の地を求めて、この21世紀の時でも旅立ったのだ。確かに中南米の治安の悪さは、つい二、三日前のニュースでも、グアテマラで若い日本人女性が殺されたという報道もあったくらいだ。
    しかし移民キャラバンとは、どれだけの困難・苦渋があることか。動画では壮年の男たち以外に、母親とその子供達の姿も多く見かけられた。昼間の映像だから、案外カラフルでもあり、それぞれの歩みという感じだったが、食事はどうする、夜寝る場所はどうする、また何よりいつまでかかるかわからないのだ。ニュースによると、飲食は土地土地のボランティアの供給によっているというが、メキシコあたりで、そんなに多くのボランティアがいるとも思えない。一日、二日、食にありつけない時もあろう。夜は野宿だというが、もはや11月、女性や子供には厳しい条件である。
   そして何より受け入れのアメリカでは、トランプが不法移民は絶対入国させんとして、移民キャラバンの倍の数かと思われる一万人以上の兵士を国境にやっているではないか。iPadでよそから見ている当方とは違って、彼らにはそうした情報が入っているのだろうか。iPadやスマホが持てる余裕はあろうか(なにより携帯料金を払うすべもなかろう)。 ま、民主党が勝って、国境の壁を作る予算は組めないようだが、問題は当該の難民ともいうべき人々を超えて、国家もあり方、国民のあり方が問われていよう。

   さしあたって、我が日本国では、韓国から、例の徴用工の最高裁判決がでて、隣国といえども筋の通らない問題になっている。国際法上ありえない判決との見方がなされるが、司法・政治を超えた、彼の国のポピュリズム、理屈よりも感情の国民意識も問題になっている。棄国とまではならないだろうが、北と合わせて、理屈が通らないのは、国のかたちとして、心ある国民・市民としてどう思うだろうか。
 
 

米中間選挙

 投稿者:管理人 iPad 1062  投稿日:2018年11月 7日(水)21時23分20秒
編集済
     そんなに関心があったわけではなかったですが、アメリカ中間選挙に午前中から注目していました。昼まえまでは、上院も下院も共和党の圧勝かと思われていましたが、午後から夕方にかけて下院は民主党が優勢、ついには勝利となったことに、アメリカ国民のアイデンティティをしっかり見ることができた感じです。
    トランプ大統領がアピールしている、医療保険制度の撤廃、国境の壁建設、保護主義に、きちんとした民意が出たわけで、日本の野党のごたごたに比べて、アメリカ政治の野党(民主党)の健全さ、信頼感がはっきり表れたわけでした。
    特にこの政党からは、ピンクウェーブと言われる女性当選者、などが多かったようで、中にはオカシオコルテスという29歳の最年少の議員がニューヨーク州から選出されたのは、この国では、政治というものに期待・希望があるということでしょう。日本にも、そういった次世代の旗手が出ればと思ったことでした。
 

原稿、来週には全部入れたいです。

 投稿者:管理人 iPad 0840  投稿日:2018年11月 5日(月)10時58分6秒
編集済
     このところ、喉風邪をひいてしまいまして、天候不順と相まって調子悪かったです。テレビでも風邪薬のCMをよく見るようになりましたから、やはりそういうシーズンになったのですね(夏の酷暑はちょっと前だと思えるのに)。

    さて、半分くらいのご投稿があったでしょうか。初校・再校、中には三校まで見ていただいた方もいます。
    今回は前号・40号が280ページあったのに比べ、だいぶ減るかとおもいます。ま、250ページ以下だと思いますが、それでも、小生宅に贈られてくる他の雑誌よりも厚くはなると思います。
    (ちなみに、送られてきたそれらの文芸誌・研究誌は水準の高いもので、「民主文学」や「てんでんこ」については内容を少し紹介もしました。つい先日の「芸術至上主義文芸」は、《犀星、堀辰雄、川端》の特集で、「群系」にも書いていただきたい方が多くいらっしゃいました)。
    なかなか、皆さん事情もありますのでご投稿にはならない場合もありますが、それでも今回は新規に有力な方が数名登場の予定です。またいつもの目次の仕様も、野口存彌氏の特集と創作があまり見込めないので、今までと違った感じになると思います。
    次号41号の刊行は年内に間に合わせたいので、来週の今日、すなわち11月12日の月曜には入稿したいと思います。それでも、もう少しの猶予をという方は連絡下さい。龍書房様は翌日には初校を作ってくれますので。
     小生自身もこの一週間が勝負です。

     ちなみに以下の掲示板、重要なことが書き込まれています。例の通り長いので、とりあえず、同人誌のことを書いている前半だけでも、ご照覧あれ。
  https://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs
 

詩と乙女心

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2018年11月 4日(日)13時03分22秒
  詩を一遍、紹介します。

 川の絵本

 わたしのふるさとは
 利根川の河口の町の隣り
 結婚する前
 つれあいになるひとが川の絵本をくれた
 利根川の水源のところには
 大カモシカが描かれている
 水源はカモシカを育てているのである
 水はひだなす深い谷を流れ
 合流し 分岐し
 ヤマタノオロチのごとく暴れて
 いっぱしの川となり 太平洋に至る
 川べりを歩くとき
 わたしは涼しいカモシカと
 海水の逆流する辺りを群れ飛ぶ
 カモメを思い浮かべている
 カモシカとカモメのあいだには
 コハクチョウ ナマズ ソウギョ
 シラサギ シジミ カッパ
 結婚できたら
 二人して川べりを歩こうと 決めた
 きょう歩いたつづきを またあした
 わたしたちには川の流れる
 絵本があるので
 雨の日には
 その中を歩く


以上です。さあーぁて、ダレの詩でしょうか。
 
 

日常の味わい

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年11月 1日(木)00時31分23秒
編集済
  永野さんからメールで「そのうち、群系掲示板にもご紹介下さい。」とのことでしたから、勝手ながら(苦笑)

二十一年前から掲示板やメーリングリストを運用しているのですが、自前の掲示板を開設したのは十三年前のことでした。ところが二年半前、間違えて昔のデータを消してしまいました。半年そのままでしたが、気を取り直して二年前に新規再開。

掲示板 (徒然に)
http://www.uic.net/~kamada/bbs/bbs.cgi

何のことはない日常の延長だけです。

散歩していたら、一匹の猫がじゃれつくことしきり。連れて帰る訳にはいきません。写真のようになりました。

 

治安の悪い国

 投稿者:管理人 iPad 0191  投稿日:2018年10月29日(月)21時39分39秒
編集済
     童謡とは全く真逆の話題一つ。

   日本は平穏な日常が過ごせていますが、世界ではそうした平穏、安全が保障されていない国・地域がいろいろあるようです。アメリカではまたしてもライフルの乱射事件があって、十一人が死んだそうです。これだけ悲痛な事件があっても、トランプ大統領以下、銃規制は手付かず! ご承知のように全米ライフル協会ってのがあって、共和党の大支持団体、いわゆるロビイストだそうです。そもそもアメリカでは憲法に銃所持、それによる身の安全が保障されているそうで、それはなぜかというと、あの国の独立が銃でもって建立されたという由来があるそうです。自分の身は自分で守る、ですか。我が国からは考えられないことですね(銃の所持数も、この二〇年、ずっと右肩上がりで伸びているグラフもありました。今や三億丁以上の銃が国民に行き渡っているそうです)。さらに今回のライフル乱射は、反ユダヤ主義の発想からきたそうで、またもやネット検索して、欧米社会の裏、いわゆるヘイトクライムの根深さを感じました。
    そもそも白人社会は、差別と抹殺・略奪から来ている、と先日会った友人にいろいろ諭されました。もう、コルテス・ピサロの南米侵略以来、欧米がいかにアフリカやアジア、そして新大陸を凌辱、殺戮してきたか、歴史を振り返り、さらに検索してみれば慄然とするところです(ベルギーのレオポルド二世だかの帝王はその植民地の原住民を千万単位で殺戮したとか。いまのコンゴですね)。
   殺される側のことを思うとか、忖度するなんてことはまったくなし。日本人の考えからすればまったく異質です。まあ、やはり農業の国、葦原の瑞穂の国では、そうしたきちくの発想はなかったのでしたね(草食のわれわれからすれば残酷と思えても、彼らは肉食だからそんなことは感じない!、と)。
   しかし、そうした殺戮・乱暴の遺恨からか、そうした南米の国々始め、世界の国では、治安の安定がない国々・地域が多いようです。例えば、南米のホンジュラスという国などは、世界で最も治安の悪い国とされているようです。貧困が略奪・暴力になり、街にはタツーを彫り込んだ暴力グループが組織化されているようです。政府もいい加減で、もう住民はこの国を捨てて、安定した地を求めて彷徨うしまつ。やはりニュースであったように、そのホンジュラスの市民が遠くアメリカを目指して、子供も女もともに、一千キロ以上の道のりを歩いている映像がありました。トランプは、それら移民を絶対受け入れない、と言っているそうです。
   以下は、治安の悪い国のランキングですが、こういうランキングをそれらの国民・市民はそれとして見ることもないのでしょう。なんせ、殺人事件の起こる頻度は日本の百倍はあるのですから(これもネットのデータ)。
   しかし、不愉快な事実をこうしたSNSに披露して、何の意味があるんだ、という感じですが、ひとつのご参考までに。

http://on-the-road.co/?p=9107

https://matome.naver.jp/odai/2135649887103563901
 

《童謡百年》の鑑賞文・エッセイ募集

 投稿者:管理人 デスクトップ 360050  投稿日:2018年10月28日(日)11時43分40秒
編集済
   「群系」41号の特集の一つ、《童謡百年》について外部の専門家のご投稿も見込めるようになりましたので、同人の皆様にもこの際、1~2ページほどの童謡の鑑賞文・エッセイなどいかがですか。有名な童謡を以下にアップしておきます。また、「童謡」の由来について、同人・勝原晴希さんの『國文學』誌掲出のご文も参考に抄出させていただきました。
                11月10日締切、uf2gmpzkmt@i.softbank.jp まで

童謡名     作詞    作曲     唄   初出誌  発表年
1 青い眼の人形 野口雨情  本居長世  井上裕子・コロンビアゆりかご会 「金の船」 T10.12
2 赤い靴 野口雨情  本居長世 新倉徳子・コロンビアゆりかご会 小学女生 T10.12
3 赤い鳥小鳥 北原白秋 成田為三 小林幸子・コロンビアゆりかご会 「赤い鳥」 T7.10
4 赤い帽子白い帽子 武内俊子 河村光陽 桑名貞子 キングレコード S12.11
5 赤蜻蛉 三木露風 山田耕筰 益田恵・コロンビアゆりかご会  樫の実 T10.8
6 あした 清水かつら 弘田龍太郎 安西愛子・浅井正子(モノラル録音) 少女号 昭和16年
7 あの子はたあれ 細川雄太郎 海沼 実 青木君枝・コロンビアゆりかご会 コロムビアレコード S14.2
8 あの町この町 野口雨情  中山晋平 西村和子・高橋久美子 コドモノクニ T13.12
9 あぶくたった わらべうた コロンビアゆりかご会
10 雨 北原白秋 弘田龍太郎 益田恵・コロンビアゆりかご会  「赤い鳥」 大正15年
11 アメフリ 北原白秋 中山晋平 益田恵・コロンビアゆりかご会  コドモノクニ T14.11
12 雨降りお月さん 野口雨情 中山晋平 川田正子・コロンビアゆりかご会 コドモノクニ T14.3
13 あんたがたどこさ わらべうた 佐藤あけみ・コロンビアすずらんコーラス 大正12年
14 兎のダンス 野口雨情 中山晋平 久保木幸子・コロンビアゆりかご会 コドモノクニ T13.5
15 うれしいひな祭り サトウハチロー 河村光陽 桑名貞子・コロンビアゆりかご会 ポリドールレコード S11.1
16 お猿のかごや 山上武夫 海沼 実 井上裕子・コロンビアゆりかご会 「ゆずの木」 S13.12
17 おもちゃのマーチ 海野 厚 小田島樹人 益田恵・コロンビアゆりかご会  東京日日新聞 T12
18 お山のお猿 鹿島鳴秋 弘田龍太郎 浜田奈美・コロンビアすずらんコーラス 大正 3年
19 お山の杉の子 吉田テフ子 サトウハチロー 秋山恵美子・コロンビアゆりかご会 少国民文学 S19.11
20 お山の大将 西条八十 山田耕筰 真理ヨシコ 赤い鳥 T9.6
21 帰る雁 野口雨情 本居長世  真理ヨシコ 金の船 明治20年
22 かえろかえろと 北原白秋 山田耕筰 真理ヨシコ 童話 大正13年
23 かごめかごめ わらべうた 藤崎幸子・コロンビアゆりかご会 大正10年
24 肩たたき 西条八十 中山晋平 山上万智子・コロンビアゆりかご会 幼年の友 T12.5
25 かなりや 西条八十 成田為三 大和田律子 「赤い鳥」 T7.11
26 かもめの水兵さん 武内俊子 河村光陽 桑名貞子 キングレコード S12.2
27 かわいい魚屋さん 加藤省吾 山口保治 益田恵・コロンビアゆりかご会  童謡と唱歌 S12.10
28 汽車ポッポ 富原 薫 草川 信 大木英稔・井上裕子・コロンビアゆりかご会 お花の兵隊さん S14.8
29 金魚の昼寝 鹿島鳴秋 弘田龍太郎 寺尾芳恵・コロンビアすずらんコーラス T8.7
30 靴が鳴る 清水かつら 弘田龍太郎 猪股洋子・今井洋子・コロンビア子鳩会 少女号 T8.11
31 グッド・バイ 佐藤義美 河村光陽 桑名貞子・コロンビアゆりかご会 コドモノクニ S9.4
32 黄金虫 野口雨情 中山晋平 川田正子・コロンビアゆりかご会 金の塔 T11.7
33 五十音 北原白秋 下総皖一 真理ヨシコ 大観 昭和11年
34 木の葉のお船 野口雨情 中山晋平 久保木幸子・杉の子こども会 コドモノクニ 昭和16年
35 この道 北原白秋 山田耕筰 佐藤暉子 赤い鳥 T15.8
36 里の秋(星月夜) 斎藤信夫 海沼 実 桑名貞子・コロンビアゆりかご会 NHKラジオ S16.12
37 叱られて 清水かつら 弘田龍太郎 真島美弥 少女号 T9.4
38 しゃぼん玉 野口雨情 中山晋平 河添美智子・コロンビアゆりかご会 金の塔 T11.11
39 十五夜お月さん 野口雨情  本居長世 真理ヨシコ 金の塔(金の船) T9.9
40 証城寺の狸囃子 野口雨情 中山晋平 山田淑子・コロンビアゆりかご会 金の星 T13.12
41 ずいずいずっころばし わらべうた  秋山恵美子 コロンビアゆりかご会
42 酸模の咲く頃  北原白秋 山田耕筰 久保木幸子 コロムビアすずらんコーラス 赤い鳥 T14.7
43 雀の学校  清水かつら  弘田竜太郎  河村順子・猪股洋子 コロムビアゆりかご会 少女号 T10.12
44 砂山 北原白秋 中山晋平 久保木幸子 コロムビアすずらんコーラス 小学女生 T11.9
45 背くらべ 海野 厚 中山晋平 コロムビアすずらんコーラス 少女号 T8
46 船頭さん 武内俊子 河村光陽 桑名貞子・コロンビア子鳩会 キングレコード S16.7
47 高い高いしてよ 与田準一 細谷一郎 高橋元太郎 コドモノクニ S4.10
48 たきび 巽聖歌 渡辺茂作 長田幸子・コロムビアすずらんコーラス NHK子供テキスト S16.12
49 俵はごろごろ 野口雨情 本居長世 武山佳子・コロンビアゆりかご会 金の星 明治29年
50 ちんから峠 細川雄太郎 海沼 実 井上裕子・コロンビアゆりかご会 昭和14年
51 ちんちん千鳥 北原白秋 近衛秀麿 鈴木寛一 赤い鳥 大正8年
52 月の砂漠 加藤まさを 佐々木すぐる 久保木幸子・桑名貞子・田中聖子 少女倶楽部 T12.3
53 てるてる坊主  浅原鏡村  中山晋平  高橋久美子 コロムビアすずらんコーラス 少女の友 T10.6
54 とおりゃんせ わらべうた  中川順子 コロムビアすずらんコーラス 明治17年
55 どこかで春が  百田宗治  草川信  桑名貞子 小学男生 T12.3
56 どんぐりころころ  青木存義  梁田貞作  矢萩知佳 コロムビアゆりかご会 かわいい唱歌 T10.10
57 ナイショ話  結城よしを  山口保治  桑名貞子 コロムビアゆりかご会 キングレコード S14.7
58 仲よし小道  三苫やすし  河村光陽  桑名貞子 コロムビアゆりかご会 ズブヌレ雀 S14.1
59 七つの子  野口雨情  本居長世  桑名貞子 コロムビアゆりかご会 金の船 T10.7
60 はないちもんめ わらべ歌 久保木幸子・コロンビアゆりかご会
61 花かげ 大村主計 豊田義一 久保木幸子 ポリドールレコード 昭和22年
62 花嫁人形  蕗谷虹児  杉山長谷夫  真理ヨシコ 唄 令女界 T12
63 浜千鳥  鹿島鳴秋  弘田龍太郎  川田正子 コロンビアゆりかご会唄 少女号 大正8年
64 早起き時計  富原 薫  河村光陽  今井葉子 猪俣洋子 コロムビア子鳩会唄 キングレコード S12.6
65 春よ来い  相馬御風  弘田龍太郎 寺尾芳恵 コロムビアすずらんコーラス唄 銀の鈴 T12.4
66 ひらいたひらいた  わらべうた  NHK東京放送児童合唱団 唄
67 待ちぼうけ  北原白秋 山田耕筰 東京メールカルテット 唄 子供の村 T14.5
68 鞠と殿様  西條八十  中山晋平  桑名貞子・コロンビア男声合唱団・コロンビア子鳩会  コドモノクニ S4.1
69 みかんの花咲く丘  加藤省吾  海沼 実  三宅幸子・コロンビアゆりかご会 唄 NHK空の劇場 昭和21年
70 みぞれ   浜田広介 中山晋平 真理ヨシコ 唄 小学男生 昭和16年
71 めえめえ児山羊 藤森秀夫 本居長世 川田正子 コロンビアゆりかご会唄 童話 昭和14年
72 めんこい仔馬 サトウハチロー 仁木他喜雄 山田淑子・コロンビアゆりかご会 コロムビアレコード S16.1
73 森の小人 山川 清 玉木登美夫 桑名貞子 昭和16年
74 蜀黍畑 野口雨情 藤井清水 真理ヨシコ 唄 金の船 明治33年
75 夕日 葛原しげる 室崎琴月 矢萩知佳・コロンビアゆりかご会 唄 白鳩 T10.10
76 夕焼小焼 中村雨紅 草川 信 中井幹子・コロンビアゆりかご会 唄 あたらしい童謡 T12.7
77 揺籃のうた 北原白秋 草川 信 近藤光子・コロンビアゆりかご会 唄 小学女生 T10.10
78 四丁目の犬 野口雨情  本居長世  呉清蘭・コロンビアゆりかご会 唄 金の船 T9.3
79 栗鼠、栗鼠、小栗鼠 北原白秋 成田為三 真理ヨシコ 唄 赤い鳥 大正10年
80 リンゴのひとりごと 武内俊子 河村光陽 河村順子・コロンビア子鳩会 キングレコード S15.2

童謡の誕生
『尋常小学唱歌』全学年刊行の翌年、大正四年一月の「国民新聞」で鈴木三重吉は「私の見る処では、唱歌には曲譜と詞章の二つに於て真に取るに足るものは極めて少ない。特に詞章の方は大抵がひどい」と唱歌を非難し、「当局が根本に誤ってゐる」として、「真にわれわれ国民一般の誇りとなり得るやうな唱歌」を、北原白秋や与謝野晶子ら「真個の詩人に頭を下げて作って貰ふべきである」と主張している(「俗謡の滅亡と学校の唱歌」)。その北原白秋も、大正十年の「小学唱歌歌詞批判」において、「極端に云へば、現在の国定唱歌、若くは文部省認定の唱歌は曲の上は知らず、その歌詞の価値批判の上から見て、殆ど全廃すべきである。一には美無く生命無く童心無き、かくの如き歌詞に現はれたる児童教育に於ける精神、態度方法の誤謬、二にはその歌詞の不純蕪雑拙劣である」と、唱歌をほぼ全否定した。
          (中略)
 大正七年、鈴木三重吉主宰の「赤い鳥」が創刊され、翌八年には「おとぎの世界」「金の船」「童謡」と類似の雑誌がつづいた。北原白秋は「赤い鳥」に、西条八十は「赤い鳥」ついで「金の船」「童謡」に、野口雨情は「金の船」に、そして島木赤彦は「童謡」にと、多くの詩人・歌人が童謡を発表し、また「赤い鳥」の成田為三、「おとぎの世界」の黒沢若葉、「金の船」の萱間(かやま)三平、「童謡」の山田耕筰のように音楽家たちも参加して、空前の童謡隆盛期が出現する。
         勝原晴希「近代・現代の子どもの歌〔概観〕」より抜粋
                  「國文學」平成十六年二月臨時増刊号「日本の童謡」
 

高齢と死の問題

 投稿者:管理人 iPad 359,999  投稿日:2018年10月27日(土)21時13分41秒
編集済
     iPadでいろいろなサイトを見るが、近頃よく見るのは高齢者の問題である。意外なほどの貧困の問題と、やはり身体に病気を抱えている問題だ。後者で、ちょっとショックだったのは、いわゆる認知症を患った人、またそのご家族である。まあ80~90歳代ならわかるが、まだ50~60歳代でこの痴呆症になった人は悲惨だ。ある女の人は50歳代で脳の前頭葉が欠損し、以来人の話に応答しないし、日常生活も出来ない。たいへんなのはその旦那である。リハビリを兼ねてなのか、よく抱擁して、手足も動かしてあげている。悲惨といっても本人はまるで人形のようにも抜けの殻のようで、夫はそれでも愛おしい妻の面倒を一切見てあげている。ふつうの病気、ならまだ感情の行き来があるからいいが、重度の痴呆はまったく手に負えないところだろう。
    女子医大へ行っても、あるいは電車に乗っていても、最近は高齢者が目につく。よく杖をついている人も見かけるが、介助者がいないと、足を一歩踏み出すのもおぼつかない人もいる。また車椅子になっている人も多い。都営バスではそうした車椅子の人を運転手が扉口に板を挟んで乗せるようにしている。車掌がいた時代は車掌の仕事だろうが、運転手がそれをやるのは大変な苦労だ(地下鉄の場合、駅員やそうした係りがいていいが)。

   「でんでんこ」という文芸雑誌が送られてきて、そこに井口時男氏が、西部邁の死について書いている。われわれもあれは自殺なのか他殺なのか議論もしたが、どうやら自裁らしい。身体がままならぬようになったら死ぬ、西部氏は生前から書いていたそうだ。やはり身体が思うようにならぬということでは1999年の江藤淳を思わせる。「脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸にすぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり」と書き残して、六十六歳でみまかった(若すぎる!)。ただ井口氏も言うように、江藤の場合はあくまでも静かな個人的な死だが、多摩川に我が身を投げ入れ、ロープで後で引き上げてもらったという西部の死は不可解なものがあり、あくまでも公的な死だという。そこには戦後社会の欺瞞、大衆・知識人ともへの絶望があったという。どうにも耐え難い焦慮・憤懣があったとすれば、これは1970年の三島由紀夫に通じるものがあるという。すなわち個的な死ではなく、公的な死だというのだ。

    話が高齢に伴う身体の不如意から、その身の処し方にまでいったが、認知症ならともかく、我が身の不随意がある極点にまで行ったら、自ら処断するというのもありえるだろう。その時、一般大衆なら知らず、知識人として、いろいろ考えてきた人にとっては、そこにはある覚悟があるものと思う。
   大衆はいつまでもいつまでも長生きをのみ思うものだが、知識人は生以上の何かをもとめることだろう。
 

「貧乏は自己責任」というヤツ

 投稿者:管理人 9973  投稿日:2018年10月27日(土)15時09分38秒
     「貧乏なのは、絶対に自己責任だ」という、いかにもしたり顔でいう落語家がいた。世の中や政治の責任などではなく、こんな素晴らしい国で貧乏なのは、自分が悪い、と言って顧みないヤツだ。ネトウヨの最たる思考回路だ。桂春蝶ってやつだけど、じぶんがツイッターで書き込んだことが大炎上した意味がわからず、きょとんとしている。自分の意見は統計的にも調べたから確かだー。こんなこと言うのに対し、番組バイキングのMCの坂上忍ほかはさすが呆れて、正しい反応を見せていた。

https://m.youtube.com/watch?v=IUFzKqMavwk

https://m.youtube.com/watch?v=KFamXFE0r60
 

「群系叢書」29万円で出来る、と。

 投稿者:管理人 iPad 9865  投稿日:2018年10月26日(金)10時00分47秒
編集済
      先日龍書房へうかがった際、前からこの板で提起の、「群系叢書」の話を持ち出したら、今日青木社長の方から、見積り書が届いていた。
     四六版・200頁・100部印刷で、何と、299,430円(うち消費税22,180円)で出来上がるとのこと。ま、表紙は硬い紙ではないそうですが、まあ当方が予想していた50万円の半額です(添え書きで、社長自らが、25万まで勉強させていただきますので、ぜひこの企画、立ち上げて下さい、とありました)。
     詳しい内訳の費用一覧は、また後で掲出したい処ですが、一度たち消えになったこの企画、この値段ならどうでしょう。ご希望の有志同人他のものを文字通り、「叢書」として打ち出せば、インパクトは相応にあるのではないでしょうか。

ついでに関心があったサイトです。
https://lite-ra.com/2018/10/post-4331.html

https://bad-ideas.net/get-away-from-poor/

https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs

 

2ページからでも特集参加を!

 投稿者:管理人 iPad 9675  投稿日:2018年10月24日(水)12時12分28秒
     「群系」次号は、まず自由論考から入稿している。それもページ数も多い(いずれも10数ページ)。新規の鴎外論は18pであった。ま、前から用意し、考察してきたものだから当然といえるか。それに比して、特集の方は今一つ。野口存彌さん関係は特集にならないかもしれないがそれでもご投稿いただければ、と思う。第一特集の《昭和8年~20年の文学》は、お願いした人のいくつかもあって、プロレタリア文学・転向文学は入った。肝心の戦争文学はなかなかなので、頑張って小生が概説みたいなものを書ければと思う。《童謡百年》はお願いできそうな人も見つかったが、何しろ、当方の遅滞があって、連絡もこれからだ。
    昨日龍書房へ行ったら、他の同人誌の贈呈先の住所録があったのでペラペラめくってみたが、相当な有名作家などの名前があった。本誌などよりもかなり意欲的だと思った(まどれだけ読んでもらえるか、疑問だが)。当方宅にも、創作を中心とした同人誌が送られてくるが、いかんせん、執筆者のプロフィルがないので(創作でもあるので)読む気がしない。どういう人か、過去の執筆歴、生年などあれば関心もわくのにな、と思った(うちわだけならともかく、外部へ送るのなら、紹介は必要と思うのだが。特に著書などある人はそれを示したいだろう)。
    ま、小生も今日あたりから、小林秀雄について手掛けようと思う。今からだ、どうなるか。

https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs

 

若かった頃の夢

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年10月24日(水)01時42分34秒
編集済
  二十代の頃、将来の夢について、仲間と雑談していたものでした。

マージナルマンとして生きること。還暦を過ぎてからが本当の仕事。それまでは、何もわからないものだから・・・それからも、何もわからないかもしれませんが・・・(苦笑)

思わぬ病気でしたが、安息の時(荒廃の時という意味もあるみたいですね)だったのかもしれませんね。

群系というか永野さんとは志向が違うと思いますが、三十年余り前に出会った縁ということで。

写真は、五十年前の遊び場からの眺めです。

 

時の流れ

 投稿者:管理人 iPad 9630  投稿日:2018年10月23日(火)23時58分10秒
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     このごろ、時の流れをしみじみ感じることがある。
   きょう、福原愛ちゃんが引退を表明した。泣き虫愛ちゃんと言われて、小さい時から国民皆に知られていた。ネクラのスポーツと一時は言われていた卓球を今日のような国民的な人気スポーツに押し上げたのは、この愛ちゃんの存在が大きかろう。あんなにちいちゃかった彼女が引退だなんて。先の貴乃花の相撲界からの引退とあわせて、実に相応な時が流れていったのかという感慨を禁じ得ない(そういえば平成という御代も終わる。始まったのもつい昨日のようだ)。
    逆に、巨人監督に原辰徳が復帰だ。3回目だそうだが、最初に彼が監督になった時、若造が、と思ったが、その原も今年は六〇歳、還暦になるという。そういえば、前に西城秀樹が亡くなったが、あのアイドルトリオもとうに還暦を迎えていて、「郷ひろみも六〇歳か」と感心したものである(弟と同じ。小生より六歳も下)。
    しかし、言論界・批評界では、そんなアイドルたちよりもはるかに年下の世代が出てきている。この板でも話題になった小川榮太郎にしろ、小生が挙げた適菜収にしろ、あるいは若松英輔にしろ、1970年代生まれである。富岡幸一郎や福田和也が若造、だと思っていたが、俊秀はどんどん出てくるものだ。あまりに若いと人生経験、社会意識も少なく、文章もまだ薄手か、まだまだかと思っていたが、そうではなかった。若さよりも老獪さを感じさせる論のありよう、運筆である。そういえば、江藤淳なんかも「夏目漱石」でデビューしたのは二十一歳の時である。実年齢は関係なく、濃密な精神の年を重ねていったことだろうか。
   しかし、後々に大成する人もあろうから、われわれも頑張るべきだ。今はなき同人の野口存彌氏も遅い出発であった。父雨情の研究・検証から近代文学全般に視野を広げていった。その資料博捜の上で思索していった姿は、「若造」たちには及ばぬ何かがある。一言、信頼できる、という何か、である。
    身体は年老いても、脳は進歩する。小生にしても、三〇代の時は文章を書くのも苦手だったが、今はこうした投稿文はすらすら書ける。年の功、だろう。先達を見習ってやっていきたい。
※  ちなみに、今日龍書房へ行った。投稿のCDを届けたのだった。担当の渡辺さん、ちょうど退社の時間になったので、九段下まで一緒した。メガネが不要になった当方を、若くなったと言っていた。
 

他誌同人との交流

 投稿者:管理人 iPad 9540  投稿日:2018年10月22日(月)21時53分54秒
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     本日も原稿入稿があった。三つ。そのうち二つはCDで入稿。ご論に写真がはいるので、その割付もあって、メール添付ではうまくいかないとのこと。もうお一人はメールがないので、いつも郵送です(CDに打ち込みは知り合いにやってもらっているとか)。もう一人は、前の原稿の追加部分を添付で送っていただいたのでした。
    とりあえず、最初の締切、10月20日に間に合わせていただいたのですね。

    関東同人誌会の人から長電話があった。群系同人も含め、七誌の同人誌の親睦会をやるという。そのご報告、お誘いだった。彼は、よくこの掲示板を読んでくださっているようで、小生の動静をよくご存じである(ま、照れますな)。ま、事務局といっているが、こういう活発に動く人がいないと、物事は動かない。先日もだったが、こうして電話をくれるのは親睦にはいい手段(メールにはないぬくもりも)。

                       ◯

    今年は、《明治百五十年》だそうである。政府主催の式典が催されると聞いているが、あろうことか、共産党系の文芸誌「民主文学」で、その特集をやっている。取り上げられている作家は広津柳浪、木下尚江、田山花袋、徳富蘆花、そして夏目漱石、である。あの民主文学がねえ、と感心しきりだが、人選の作家たちもひじょうに納得がいく。われわれも、頑張ってやらねばならないだろう。
http://www.minsyubungaku.org/minbun/
(雑誌はいただいたもの、感謝です)

   しかし、今回の「群系」特集は《昭和8年~20年》だから、ぜひとも、戦争文学、あるいはその関連が欲しい。下のSNS でも上げておいたが、石川達三(「蒼氓」「生きてゐる兵隊」)、は欲しいところである。火野葦平も、一応頼んではいるが入稿できればいいなと思う。あるいは、三木清とか亀井勝一郎、唐木順三なども、エッセイ書ける人がいれば、ぜひ!
    勝手な願望を書きましたが、常連の一人は11月10日の締切までに書いてみます、のメールもあって、頼もしい。

https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs

 

餃子で、日々元気に!

 投稿者:管理人 iPad 9330  投稿日:2018年10月21日(日)22時08分46秒
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      最近、よく餃子を食べる。いつもは九段下か曙橋駅近くの日高屋だが、大島周辺には同店がないので、かわりに西大島の横浜ラーメンっていうのかな、そこまでチャリで行って餃子とビールだ。朝からパン(とコーヒー)しか口にしていなかったので、実にうまい。さらにチャーハンも注文。
    前から餃子は好きだったが、なんだろう、今年になってから食べたい気持ちがつのる。餃子には、元気になれる具材が詰まっているのかな。このところ、体調はいい。
    家で冷凍の餃子を作ることもあるが、やはり調理が面倒。油はいらないというが、フライパンに蓋をしなければならない。何よりも醤油・お酢はあってもラー油がない。これがなければ餃子の真の味わいはない。(また後始末が大変だ)。

    高齢者が認知症の予備軍か否かのアンケートで、一人で電車に乗れるか、というのと並んで一人で調理が出来るか、というのがあった。自転車に乗れるか、という問いなどとあわせて、当方はまだ認知症(これは前は痴呆といった)からはまだあいだがあるといえるか。

    しかし、銭湯へ行くと高齢者が多い。まあ、禿頭が多いのには前も驚いたが、ちょっと前、風呂上がりに休んでいると話しかけてくる爺さんがいた。問わず語りに聞いていると、なんと当方より一歳年下だった。
    最近病院では、本人確認のため、毎度フルネームと生年月日を言わされる。先日少し早めに行ったら、目の前の禿頭の爺さんと針刺しが一緒になったが、たまたま耳にしたが、まだ還暦だという(ずーっと透析中、眠っておられる方)。まあ、当方が齡を食い過ぎたのか、とにかく高齢者が目につくこの頃である。

    しかし、同人はいわゆる高齢者の範疇とはまた違うイメージだ。先日の合評会、また飲み会では丁々発止と言葉が出るし、見た目も皆元気だ。ま、壮年と言ってよかろう。
    先に平均寿命とは別に健康寿命のことを書いたが、読書をする人は長生き、ということで言えば、同人誌の書き手はそう簡単にはくたばらないということだろう。そもそも人間の脳自体は120年生きるという。首から下が大丈夫なら、その年まで認知症にはならないだろう。
    しかし思ったのだが、120年といわず、200年も500年も生きられたらどうであろうか。手塚治虫の「火の鳥」にあったテーマでもあるが、退屈を凌ぐ何かがあろうか。脳というか、「我」という自我は何百年も生き続けるということ。

    ちなみに、デカルトの「我」という存在は、カントによって否定されたそうだ。心身二元論はも否定されたようだ。カントも読みたくなった。
  detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14109755524

https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs

 

41号原稿募集要項、いま一度

 投稿者:管理人 デスクトップ 9368  投稿日:2018年10月21日(日)12時57分7秒
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   締め切りを少し伸ばして、11月10日までとしましたが、あらためて原稿募集要項と特集アピールを再掲出しておきます(改訂版)


「群系」次号(41号)原稿募集要項
                              2018.9.7.「群系」編集部

原稿種類  評論・研究、創作・小品、エッセイ、詩、音楽論・絵画論、評伝、メディア論等。複数投稿可(3部まで)。
 なお、《読書ノート》《音楽ノート》《映画ノート》(各1~2頁)や、政治的・社会的テーマのコラム(1~4ページ)も歓迎。
枚 数   基本的には自由(1ページは25字詰め×23行×2段=1,150字)。
  *タイトル分25字×8行×2段=400字、(1頁物は25字×5行×1段=125字)が入ります。
締   切    2018年10月20日 → 11月10日
提出先  群系編集部     メールアドレス  uf2gmpzkmt@i.softbank.jp
                   (なお、従来からの、snaganofy@siren.ocn.ne.jp  でもok です)。
  ※ 郵便の方は、既刊号奥付の江東区・永野悟宛てにお願いします。
発行部数   450部(従来通り。但し総ページは250pに抑えたい)
配布冊数 掲載ページ+2冊(原則)
発 行  2018年12月中   合評会 2019年3月の日曜日・祝日を予定
41号発送先  群系同人(会員)ほか、図書館・マスコミ他、研究者・評論家など

特集企画
《特集Ⅰ》日本近代文学の逼塞ー昭和戦前・戦中の文学
     (下のアピールを参照ください)。
《特集Ⅱ》野口存彌と日本近代文学ーそのⅢ
   野口氏著作所収の論文から、その対象作家・詩人などを紹介・解題いただければと思います。
   以下の著作の文学者の解題が今回求められています(既刊号取り上げ作家は除く)。
  『野口雨情 詩と人と時代』―児玉花外、中村有楽、
  『大正児童文学―近代日本の青い窓』―鈴木三重吉、北原白秋
  『文学の遠近法』―中里介山、平出修、加藤一夫、坂口安吾、葛巻義敏
  『詩的近代の生成―明治の詩と詩人たち』-上田敏、永井荷風、川路柳虹、岩野泡鳴、
  『太宰治・現代文学の地平線』-太宰治と菊田義孝、武田泰淳、藤枝静男、倉橋惣三
  『昭和の三人の女性作家』(九月下旬発刊予定)―大田洋子、森茉莉、佐多稲子
《特集Ⅲ》童謡百年
  今年は大正7年(1918年)7月に、『赤い鳥』が創刊されて、ちょうど百年です。
今回、童謡や唱歌、広く子供歌に関するエッセイ(1~4p程度)、童謡の鑑賞文(1p・千字)を募集します。
 参考図書『日本の童謡』(學燈社 平成16年臨時増刊・勝原春樹氏ほか編
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/sangatu/zokki/gakutosha.htm

          その他、いつものように、自由論考、創作なども、もちろん募集。



次号の第一特集について(アピール)

《特集Ⅰ》日本近代文学の逼塞-昭和戦前・戦中の文学

  次号「群系」41号の特集Ⅰは、今まで以上に難しい。昭和8年~20年の期間が範囲で、タイトルも《日本近代文学の逼塞-昭和戦前・戦中の文学》とやっと落ち着いた。今まで《日本近代文学の終焉》だとか、《日本近代文学の崩壊》と仮題していたが、終焉とか崩壊では、何か予定調和的でふさわしくないとの意見があった。苦心?の末、逼塞となったが、この時代の特徴が少しは表象されているだろうか。
  確かにこの時期は〈逼塞〉という語に表れるように、政治社会のめまぐるしい変転とそれを反映するかのように文学も変容甚だしかった。まず昭和8年は、満州国建国に端を発して国際社会の非難が集中し結果日本は国際連盟を脱退した。これが後々の国難に繋がるのであったが、実際唯一の組織的抵抗体であった共産党が多喜二虐殺、佐野・鍋山の転向声明があり、京大滝川事件も起こった。国際的にもナチスが政権を掌握したのもこの年だった。
  文学は、あれだけ威勢があったプロレタリア文学が弾圧と内部からの変質で転向文学となり、昭和12年の日中戦争勃発以降は、いわゆる戦争文学が描かれるようになった。石川達三の「生きてゐる兵隊」を嚆矢として、日比野士郎、上田廣、榊山潤、棟田博らがいわゆる従軍体験、あるいは報道記者として、戦場ルポや戦場小説を書いていった。が何より特筆すべきは火野葦平による「麦と兵隊」の大ヒットだろう。徐州戦を兵士の立場で描いたこの作品は銃後国民に大受けし、映画化もされ、以降いわゆる兵隊三部作と繋がった。
  軍部からの要請で現地に飛ばされた作家もいたが(丹羽文雄「海戦」など。マダム物を描いていた丹羽は懲らしめで飛ばされた)、自ら進んで現地に行った作家もいた(林芙美子「北岸部隊」)。しかし、文学者たちが集って中国の戦地に行った(文春が派遣したいわゆる〈ペン部隊〉など)のは、戦後、文学者の戦争責任追及のやり玉に挙げられるものであった)。
 その日中戦争に応召中の火野葦平が芥川賞に選ばれ、昭和13年3月小林秀雄が「文藝春秋」特派員として杭州まで行って授与した。この同じ年2月、先の石川達三の「生きてゐる兵隊」掲載の「中央公論」(3月号)が発禁になった。いわゆる南京虐殺を描いて皇軍兵士を貶めたということだが、この石川は昭和10年の第一回芥川賞に、ブラジル移民のことを描いた「蒼茫」で授与されたばかりの新人気鋭の作家だった。

  さて、この時代の大きな特徴としては思想的な右往左往があったことだろう。左から右まで、転変が激しかった。太宰治を例にとれば、初期には共産党の細胞としてそうした左翼作品を書いていた太宰だが、後には、例の『日本浪漫派』の同人になったりしている。その『日本浪漫派』は、主筆の保田與重郎や、亀井勝一郎などが日本の伝統文化への思い入れから、数多くの日本回帰の作品を書いた。これは大正から昭和初期までの欧化主義への反発でもあって、この欧化から日本への回帰は、その欧化主義の旗手であった小林秀雄さえ、仏文学の紹介から、「無常といふ事」など、日本古典に沈潜した作品を書くようになった。
  そうした中、自らの感受性を中心に文学形成をしていったのが堀辰雄であろう。また、谷崎潤一郎も「細雪」が発禁になりながらも描いていったし、川端康成も「雪国」を何度も改稿している。さらに先に出した太宰治や坂口安吾、石川淳、檀一雄といった作家たちは戦後にその生き方に注目されたように、戦時中からその文学を形成していったものである。
  もう一つ大きな問題としてあったものは、いわゆる〈近代の超克〉の議論であったろう。これは雑誌の掲載としてはそれとして結果が出せたものではなかったが、表題のように、欧米を中心とした〈近代〉に対する反措定として、それなりに意義があったものと思われる。

  この敗戦までのこの国の〈逼塞〉した文学・思想のありようを点検することは、〈近代〉を突き抜けた21世紀の現代の、この無思想・脱文学のゲル化したこの国の状況を考えるのに大いなる示唆をもたらしてくれるのではあるまいか。
 

「群系」41号の入稿状況

 投稿者:管理人 iPad 9330  投稿日:2018年10月21日(日)09時51分7秒
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    「群系」次号(41号)の原稿が集まりつつあります。現在常連の投稿者など数稿が来て初校ゲラも出ています(うちいくつかは初校戻しもあって、龍書房へ返送)。

     第一特集については、下の方でご報告。
     第二特集の《野口存彌と日本近代文学》の第三回は、予定されていた野口著『昭和の三人の女性作家』(武蔵野書房)が版元の不都合で今回刊行されなくなったので、他の入稿も少なく特集にはなれない見通し。
    第三特集の《童謡百年》も、編集部の呼びかけ不足もあり、やはり特集として成り立つか微妙なところ。でも、百年に一度のことですので、少し外部にも働きかけようか、と考えています。
     自由論考は常連の方はじめ、大方入稿済み。
     創作は今回、一つだけの予定。(せめてもう一つは欲しい)
    その他、《ノート》や書評、紹介、コラムもいくつか予定。《読書ノート》や《映画ノート》など、1ページ(千字)のもの、いまからでもいかがですか?


    今回、メールでの投稿確認が当方の怠慢で出来なかったので、特集については、以下のように不確定な部分もありますが、逆に嬉しいことに新人の方お二人などがきています。

   第一特集《日本近代文学の逼塞ー昭和8~20年の文学》の入稿状況
・入稿済み、あるいは投稿される見込みのもの(順不同)
小林秀雄、保田與重郎、和辻哲郎(続)、太宰治、林芙美子、田中英光、村山知義・島木健作、
永井荷風、川端康成、島崎藤村、三好達治、高村光太郎
・返信はまだないですが、投稿が期待されるもの
坂口安吾、小林多喜二、佐多稲子、中野重治、火野葦平、志賀直哉、横光利一、内田百閒、
中原中也、室生犀星、折口信夫
・今回、投稿が難しいとされたもの
堀辰雄、木山捷平、宮本百合子、岡本かの子、唐木順三、など(どなたでも、書ける方はぜひ!)
・その他、問い合わせしていないが、特集に適した作家・詩人(2ページでもいかがですか?)
井伏鱒二、檀一雄、伊藤整、武田麟太郎、北条民雄、高見順、岸田国士、石川達三、丹羽文雄、
徳田秋声、正宗白鳥、野上弥生子、谷崎潤一郎、萩原朔太郎、伊東静雄、神保光太郎、三木清、
亀井勝一郎、河上徹太郎、など。

   2~4ページでもいいので、書ける方はよろしく。突然の入稿でも歓迎ですが、見通しがついた時点で、一度当方へご連絡いただくと幸いです。
     送り先   uf2gmpzkmt@i.softbank.jp

   今年中の発行をめざしますが、版元の処理がテキパキしているので、入稿締切を少し延ばして11月10日までとします(駆け込みになると大変なので、出来た方から順にお送りください。今なら、二、三日中に初校ゲラが送れます。初校はPCのWord添付で送りますが、初校戻し以下は郵送になります)。
  https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs/2044
 

ショートカットのツケが廻った

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年10月20日(土)21時19分4秒
編集済
  ■問題は、小川榮太郎自身が、
安倍晋三を賛美して、はじめて著作家としてデビューできたという苦い現実にあるのでは――。
そして、世間やマスコミ、出版界の需要は、
文芸評論家としての彼のコンテンツではなく、ひたすら現政権へのオマージュ、賛美、熱烈な支持という
プロパガンダ要員の役柄だった。

そのとき、「小林秀雄」という、多少は本を読む連中を黙らせる権威的な名前は、ぜひとも必要だったし、
「小林秀雄を継承する文芸評論家」というイメージも必要だった。
なぜなら、
「日本の文芸評論を確立した小林秀雄を継承する文学者が、安倍晋三とその政治を支持している」という
疑似権威の"物語"が、現政権周辺に、必要だったから。

紛い物でもいいから、江藤淳や、渡部昇一の代役が、必要だった。
演壇の上で、もっともらしく、万葉を語り、古事記を語り、ブルックナーを語り、ドストエフスキーを語り、
三島由紀夫や、川端康成を語り、文学は小林秀雄に帰れと謳いあげ、
それから、文脈的に繋がりがあってもなくても、「國體」や「天皇」を語り、
個人の生命よりも崇高な国家の価値を語り、
その延長線上のまとめとして、
安倍政権の理想や意義への「期待」を、熱っぽく語る。
そして力瘤を作って「改憲」を語る。

ブルックナーも、三島もいいが、落とし込みは必ず、そこでなければならない。
麗々しい花束とライトに囲まれ、満場の拍手を得るような、そういう使い勝手のいい、文化的なキャラが必要だった。
それで少しは、安倍晋三やその閣僚メンツの「反知性主義」を覆い隠す、嬉しい効果もあるだろう。

メンドクサイ文芸愛好家などのツッコミは無視しても、
この"物語"は、政治的な講演会や、代議士や経済人の集まるパーティーでは、十分に使える。
どうせ、誰も、読んでやしない……。



■『小林秀雄の後の二十一章』に、小林論がないのに、
小林秀雄の名前を無理やりくっつけたようなタイトルをつけたカラクリも、
その辺の下心からだろうと思えてくる。
広告業界ではこういう商売の戦略を"ブランディング"といいますね。

>偉大な先人を継ぐと正面から名乗りを上げる人間が一人もいない情けない日本文学の現状を
全身全霊で告発したかったまでである。(小川榮太郎 同書のあとがき)

~とか何とかタイトルの言い訳を書いておきながら、
ズラリと並んだその後の著作の中身は、安倍政権御用達、官邸の御用聞きライター。
いかにも、官邸のオボエめでたくなるなるような、タイトルばかり。
じつに、なんという権力との癒着。
「情けない日本文学の現状を全身全霊で告発する」とまでハッタリをかますなら、
一冊ぐらいは、純粋な文学論としての「小林秀雄論」が、ありそうなものではないか!

そもそも、物書きが「偉大な先人を継ぐ」のは、あくまでも〈作品〉で証明することであって、
マイクやメガホンを使って、厚かましく「正面から名乗りを上げる」ことではない。

■少なくとも、江藤淳や、吉本隆明は、
言葉や、ポエジーや、美や、自我や、個人の内面を考え詰めて
(内面など、あるんだかないんだか、何が外部で何が内部だか、分からなくなっちゃうぐらいに七転八倒して)、
その試行錯誤と、暗中模索のあげくに、
はじめて、「国家」という概念に、突き当たったのではないか。
それまでは、自明であると思われた普通名詞としての「国家」が、
異様な姿に化けだして、
かつて誰にも語られなかった固有の思想のキー・コンセプトとして、立ち現れたのではなかったのか。


               *


■だから、杉田水脈をめぐるLGBT議論の動画の中での小川榮太郎の
自然ではない、異様に高飛車なもの言いも、
自分自身の初期設定の歪みの延長にある空虚な演技に見えてしまう。

実際、普段は
ああいう振る舞いなど、してないのではないかと思いますよ、このヒト。
ホモだろうが、オカマだろうが、飲み屋で隣に座ったら、
普通に、ニコニコ会話してるんじゃないの。
多くの平凡な日本のサラリーマンが、そうであるように。

役割上、カメラが回っている限り、「こわもての右派としてのペルソナ」を演じなければならない結果、
あんな、肩を怒らせた、ツッコミどころ満載の、
おかしな緊張感を醸し出してしまっているのではないか。

高橋源一郎の評は好意的だが、
表現や論法は、多分にアイロニカルで逆説的な印象を受けました。


~ようするに、
「歌を忘れたカナリア」になっちゃったんじゃないですか、
 エータローさん。



 

文藝評論家・小川榮太郎を救わねばならぬ

 投稿者:管理人 iPad 9220  投稿日:2018年10月20日(土)17時43分20秒
編集済
     小川榮太郎のことが話題になっている。しかし、あまりかんばしいことでないことで。《大波小波》のとりあげ方のトーンも皮肉になっているし、そこに取り上げられている武田砂鉄とやらからはほとんど人格否定までされておる(武田というものは、まるで正義の使者のつもりだ)。こんなライター風情のものに、せっかくの文学の感受性を損ねれられてはたまらない。武田はマスコミ論調は関心あろうが、文学を読まぬ「お花畑」の人権主義者とみえる。
    そもそも、小川が『新潮45』の依頼に応じて、あんなマスコミ的な・政治的な、いわば扇情的なものを書いたのがいけない。マスコミ的な事象しか関心がなく、人権や平和に反するものには敏感にいきりたつライター風情の好餌になるだけであった。(他にも、外野からは、小川の文芸批評も読まぬ、ネトウヨならぬ、ネトサヨの見るに耐えぬ罵倒の投稿が見られる)。
https://search.yahoo.co.jp/realtime/search?va=cycletrailer&ei=UTF-8&md=h&rkf=1&p=小川栄太郎

   小川榮太郎は、同人も、あの高橋源一郎も評価するように、きわめて感受性のある、分析力の鋭い、そして文学的な批評が書ける人物である。そして、彼が取り上げる作家・批評家を論ずる文章のあわいからは、彼のそれらの人に対する敬愛と、何より彼自身の文学へのこのうえない愛情を感じるのである。こうした逸物を、こうしたマスコミの嘲笑・漫罵の元に消し去ってはいけない。また、同様にネトウヨ同然の右派・情念的保守と同格に見てはいけない。小川ほどに、江藤淳、川端康成、水村美苗、ルソー、ドストエフスキー、を読み込んでいる書き手はいるか。フルトヴェングラーやカラヤン、バレンボイムを聴き込んでいるものはいるか。そこらのライターは聞いたふうなステレオタイプの人権論、平等論は口にするが(言葉狩りをする)、江藤や小林秀雄を読んだことがあるか。
    問題は、小川榮太郎の著作にあろう。愛を込めて?高橋源一郎が上げていたその著作を、そのままコピペしておこう。

『徹底検証「森友・加計事件」』『徹底検証 テレビ報道「嘘」のからくり』『最後の勝機チャンス』『天皇の平和 九条の平和』『一気に読める「戦争」の昭和史』『『永遠の0』と日本人』『国家の命運 安倍政権 奇跡のドキュメント』『約束の日 安倍晋三試論』『小林秀雄の後の二十一章』『民主主義の敵』(杉田水脈氏との共著)『宣戦布告』(足立康史氏との共著)『保守の原点』(宮崎正弘氏との共著)

    誰に踊らされたか、当該の『小林秀雄の後の十二章』以外は、ほとんど時事的な(政治的な)テーマである。これでは、左派・リベラル派からの好餌になるのはしかたあるまい。師匠の長谷川三千子によるものか、その取り巻き、あるいはそのグループ・団体によるものか、へたな愛国・国粋主義を鼓吹するなら、その辺のチンピラにも出来る。小川榮太郎は、自らの凛質を見つめて、そうしたものから足抜けし、純文学の孤高な世界に入るがよい。あの江藤淳だって、そうした孤独な世界の仕事に身を捧げたのであるからー。(安倍礼賛は、その辺のライターに任せるがよい)。
 

嗚呼、そぉーゆーことか!

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年10月19日(金)22時55分24秒
編集済
  ■な~るほど。
これで、見えなかったところが見えて来た。
小川榮太郎は、『二重人格』のゴリャートキン氏か。

高橋源一郎の小川評、
笑わせて、泣かせる、関西系人情ドラマみたいですね。

また、ひさかたぶりの「政治と文学」祭りネタと、その謎解きの、
あっけなくも、ウラ悲しい、幕切れ……でもある。


               *


>正直にいう。おれは、小川さんのことを、「新潮45」論文のような文章を書く方だと思っていた。
だが、まるで違うのである。小川さんが「私の人生そのものである」という『小林秀雄の後の二十一章』
の中の小川さんは、ひとことでいうなら、「文学が好きで好きでたまらない、いい人」だ。
いや、小林秀雄と並んで、小川さんが深く敬愛する江藤淳に触れた文章では、「私自身の不器用な生き方にも通じる」とか
「だが、この人の野心、そして病ゆゑの焦り、しかし、もし假に、病でなかつたとしても、
焦慮の中で己の身を焦し、その焦熱の爲に自滅したかとさへ思はれる子規の人間の精彩と悲慘とは、どこか、
私の半生に重ならぬこともないやうである」とか
「私は、石村ら、文學の志を同じくする何人かの人間と商賣を始め、麹町の汚いビルに雜魚寢をしながら、
先の見通しもまるでないまゝ、文學をやる爲だけに、生にしがみついてゐた。見えない希望に齒を噛みながら力みかへつてゐた」と書いている。
小川さんの青春が透けて見えるような文章だ。
おれより十五も若くて、こんな純粋な文学青年がいたのかと思うと、ほんとに泣けてくる。他人事ではない。おれだって、小川さんと同じような文学青年だったんだから。江藤淳、勝海舟から、
ルソーにドストエフスキー、フルトヴェングラーから平野啓一郎まで、小川さんの文学愛が炸裂するような
重厚な文章がこれでもかと押し寄せてくる。
正直にいって、自分の文章に陶酔しすぎ、という側面が感じられないわけではない。でも、過剰なほどの文学への愛に免じて、おれは目をつぶるつもりだ。


■そして、核心部は、この次のくだりですね。
謎の珍生物の化石発見、進化過程のミッシングリンク。
そうか。
ナルホド。
『小林秀雄の後の二十一章』(5940円)が先ではなくて、
あのゴージャスな装丁の本は、
デビュー作『約束の日――安倍晋三試論――』を書いて、
安倍政権礼賛に貢献した結果のご褒美出版だったんだぁ。
これで、あのぶ厚い本の奇妙な違和感のすべてが、怖いぐらいに、スラスラと解けてしまう。

        ~嗚呼…。
         なんてこった!




>結局、この文章(新潮新人賞)は受賞を逃すのである。
 それから、小川さんが、どのように生きていたのかはわからない。

小川さんが、はっきりと姿を現すのは、それから9年後、2012年のことだ。
デビュー作となる『約束の日――安倍晋三試論――』(幻冬舎)をひっさげて登場し、以降、怒濤のように本を出し、
右派論壇の寵児となるのである。
その『約束の日』は、安倍晋三氏への愛に満ちた本だ。文学以外でも、こんなに愛情深く書くことができるのだ、
と思うと、なんだかおれは胸が熱くなった。
そして、この本は、安倍氏の政治団体が数千冊買い上げたことでも有名になった。


>そのことを、小川さんは、どう思ったろうか。
『小林秀雄の後の二十一章』のあとがきで、小川さんは、本が出来た由来について書いている。
「あれは、今から二年八ヵ月前、平成二十四年の十月のことだつた。
 忘れもしないその日、私は京都北山のコンサートホールで、クリスティアン・ティーレマン指揮
シュターツカペレ・ドレスデンのブラームスを聽いてゐた。山襞に美しい秋の陽が差すその幕間に、
電話が鳴つた。
 幻冬舍の見城徹社長からの御電話だつた。
『小川さん、色々評論を書いていらつしやるんでせう? もし宜しければ、うちから纏めて出しますが、
如何です?』
 望外のことだ。
 いや、望むことさへ無理だと思つてゐた私は、最初、見城さんの御申し出の意味が、殆ど理解できない程
だつたと言つていゝ。
幾ら何でも、私の文藝批評などといふ、時流と餘りにも交はらない仕事を本にしてくれる――いつかどこかで
必ず出したいとは思つてゐたが、全く當てはないのが正直な所だつたのである」
 平成二十四年十月というと、同じ幻冬舎から、『約束の日』を出した翌月だ。

>「色々評論を書いていらつしやるんでせう?」というぐらいだから、見城徹氏は、小川さんの評論は読んでもいなかったのだろう。
ということは、おれなら「これ、前の本のご褒美だな」と思う。
小川さんは、どう思ったのかな。そのことを考えると、おれはまた、胸がしめつけられるような気がしたのである。

>小川さんは敬愛する「小林秀雄の文業を繼ぐこと」を示すために、この本を作った。
だから、造本も、小林秀雄の『本居宣長』を踏襲している。それほどまでに、小林秀雄への愛は
深かったのだ。
そんな小川さんが、『本居宣長』も小林秀雄全集も出版している新潮社へ初めて寄稿することになった。




      .........。

     ああ、
     こっちの方が、作品よりも、「文学」だなあ~
     私小説だなあ。
     嘉村磯多だな~。

     ヤ、ヤバイ!
     いつのまにか、小川エータローが、
     感情移入を誘う、"登場人物"化、してしまっている。




 

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