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  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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群系合評会、盛況にて

 投稿者:小野友貴枝  投稿日:2018年 9月18日(火)08時51分49秒
  群系 40号合評会楽しかった、勉強になった、闘志が沸いた、最後に、書き続ける仲間力を貰った。諦めずに、毎日ほぼ毎日、書く時間を確保する、この5時間が必要とする「小説依存性」の私、群系の仲間にあうと、同じ臭いがする。40号のどのジャンルも全て書く、主題への熱い闘志が感じられた。それは昨日今日のものではない。私など、どんなことを言っても、言葉が上滑りしてしまう(評論・論考)昨日はまた、継続力、一人ではないと仲間力を頂きました。お世話様になりました。添付影像は(16日NHK首都圏ネットワークでエキストラ出演、日記¨夢中ばをPRしました。)

http://blog.livedoor.jp/hbk3253/archives/cat_10041481.html

 
 

「群系」に乾杯

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2018年 9月18日(火)06時50分47秒
   やっぱり、文学はいいな。ここ2か月は入院手術などがあって精神的に抑圧されていたのか、しゃべり過ぎたように思う。出席のみなさまごめんなさい。初めてお会いした坂井さん、いろいろなものがぎっしり詰まっていそうで楽しみです。究極、「文学」は人間の探求なのだろう。まだまだ不可思議な領域をもつ人間。現在は文芸誌を読む人より、書く人の方が多いと言われる。
 俳句、短歌などの自費出版は盛んだ。
 親の資産を自費出版で食いつぶした人が身近にいる。跡取りだった男は骨董と文芸に狂っていた。それでも兄弟たちは自分たちの生活までは侵されなかったので、批判はしていたが、骨肉の争いにならなかった。現在、彼は認知症になり施設に入っているらしい。彼の立派なな本が、私の書棚にもある。作家を夢見、コツコツと書いてきた彼。今はたぶん、小説を書いてきたことも忘れているに違いない。これも、幸せな人生か。さて、きょうから「群系」次号の執筆にかかるか。同人各位の御健筆を祈ります。
 

合評会、有意義なものでした。

 投稿者:管理人 iPad 4398  投稿日:2018年 9月17日(月)21時47分57秒
編集済
     合評会、無事終わりました。出席12人の、論考・創作など15作ほどを順に合評していきました。午後一時過ぎに始めて四時半まで、途中五分だけ休憩を取ったものの、ほとんどずっと作品評価を巡って言い合いました、皆きちんと前もって読んできて、意見の交換も紳士的(淑女的)でした。
    今回はいつも以上に充実した合評会だったと思います。ほんとに感心するのは、三時間半ものあいだ、文学を論じて倦むことのなかったことでした。出席者の熱意、質の高さを思いました。
    内容については、下の投稿にあるよう、インパクトのある投稿には皆共感し、賞賛していました。商業誌の賞を狙うべきだ、と意見もありましたが、実際、本誌の作品は江湖に訴えていくべきだと存じました。

    これだけのレベルの本誌は、CINIにも近年登録・紹介されるようになったことに現れているように、必ずや近い将来、文学研究者、愛好者に注目、必見の雑誌になることでしょう。編集部からも、原稿依頼を重ねてお願いすると思いますが、ご通信をお受け取りの向きには、ぜひ意気に感じて、作品をご投稿ください。本誌に関わるとあなたの人生に輝きをもたらすことでしょう。
(現に今日の会の後の懇親会には、新幹線で来た人も含め、ほとんどが一緒になって盃を交わしあいました)。
 

「群系」40号の充実

 投稿者:管理人 iPad 4320  投稿日:2018年 9月17日(月)09時29分23秒
編集済
      今回改めて、40号を通読してみたが、作品への読みの確かさ、素材の扱い、何よりもそれらを表現する運筆、語彙の的確さに感じいった。何年も(何十年も)こうしたことを続けていくと、進歩があるというのは数年前から確信していたことであるが、今号に至って、まさにそれが結実したという思いだった。
    紙幅の許す限り、当方が感じいったものをあげてみたいが、まず浜松在住の名和哲夫氏の論稿である。冒頭の、「暗夜行路」論は短いが、この作品の魅力を作家と作品を敬愛する者の眼差しで見つめている。特に作品の最終部の、視点の交替(人称の変換)については、作品の読み手の切歯扼腕の気持ちを作品からよく掬し、分析している。当時、小林秀雄も小林多喜二も尊敬、奈良の居宅にまで謁見しに行ったというほど小説の書き手であったわけだ。
   そうした志賀直哉を同じく私淑していた人に、藤枝静男がいる。前からの筆者の思いがついに評伝としてその端緒を切ったのだが、なかなか読み込みをさせていただいたほどに読みやすく、内容的にも概観をさせていただくものであった。当方のような初心者にも、藤枝の作品の素晴らしさの片鱗を感じたのは、「田紳有楽」についての作家の批評であった。堀江敏幸や笙野頼子といった才覚ある作家にああまで絶賛される藤枝とは何者かという思いを強くした。しかし、後に続く展開にあるように、藤枝の一家係累は、結核という宿痾に見舞われていたのであった。年譜と家族の名前列記の中にその没年が篆刻されているところは、慄然とするものであった。この国の既往、近代がこうも悲惨なものであったか、と改めて感じた。作品は文章・語彙的に引っかかるところもなく、何よりも興味を持って読めたことがいいと思った。「私小説」とは何かについても、藤枝の言葉を引きながら、改めて感じさせてくれた。次号で、小林の『私小説論』を分析しようとしている当方に後々も参考になろう。

   敬愛する作家・作品の分析という点では、間島康子氏の「梶井基次郎」の論稿もいろいろあって、文学作品の形成への経緯についてのアプローチの方法を改めて教わった。論考は、代表作「檸檬」を創成していくにあたっていかに作者梶井が意識的で、トライアルをしているか、「瀬山の話」の分析を通じて解き明かしている。梶井基次郎については、本誌でも特集したことがあり(15号。この号に惹かれて、間島さんは本誌に参画された)、当方も梶井基次郎については相応に読んできたつもりだが、こうして展開されると、改めてこの作家の詩魂、関心の領域に惹かれた。梶井の人生は短い(すぎる)。凝縮された人生、そこから材をとって作品に仕込んでいく。しかしだからといってそれらは「私小説」かというと、筆者は明快に否定する。「(私生活と作品とには)正確な距離あるいは乖離というものがきちんと行われている」ー。思えば、梶井というのは、どの文学流派に属していたというわけでもないのに、その文業、存在は燦然としている。間島さんの文学・詩作の原点とも伺っていますが、なるほどと思いました。

    同じ頃、本誌同人になった草原克芳氏の谷崎論、相変わらずの知的膂力で、問題を迫真的に追求するところはプロの批評家顔負けでしょう。彼のすごいのは近代文学のあらゆる領域に渡っているところで、漱石論と、その先行としての坪内逍遥・二葉亭四迷の分析、さらに、日露戦争下の『萬朝報』社主の黒岩涙香論、さらに昭和十年代の「近代の超克」論争にメスを入れ込んだ論考はまず他所に見られない圧巻のものでした。戦後の安部公房、武田泰淳にも論考はおよび、その行く手は敵知らずです。一つ、これら論考の成果としてあげるならば、明治開花期に頻用される「書生」という概念を定位させたことで、こうしたモラトリアムの存在こそ、日本近代文学の動因でしょう(「代助」が嚆矢ですが、今現在の引きこもりとはまた違うでしょう)。
     今回は、谷崎潤一郎という耽美派の文豪を扱いますが、単なる「美」の表現者でないという証左に、筆者はあろうことか、戦国時代が舞台の『武州公秘話』を素材に持ってきました。まあ、作品を読むだけでも大変、おぞましい内容です。敵方の大将の首級を切り取って、若い侍女たちにそれを洗わせる。のみならず、獲得の表象のためかその首級の鼻を削ぐというという場面も。それが薄暗い屋内で、しかもまだうら若い女たちの手でそれらの行為がなされる。女たちの白い肌、それと対照されるドス黒い首級、このエロスとタナトスの交叉する恍惚の場面の表現は、一人谷崎を持って成し得たものでしょう(川端も三島もなし得なかった。しいて匹敵できるとするなら、泉鏡花か)。
    作者谷崎は、一中一高帝大卒の抜群の知的エリートですが、その彼があえてその知性を韜晦し、マゾヒズムの徒となり、さらには本論で主題とする「幇間」の位置に自らを定位するのは、日本近代文学、その自我の表現に真っ向から反措定する、いわば逆説的な真実ともいえましょう。なにより、草原氏の運筆の凄さは、こうした谷崎の作品、いや作法全体を、いわば屍肉を腑分けする電動ドリルのような力業で、仕分けしていくその見事さにあります。読んでいて、そうだそうだと共感の域に持っていく運筆は知性と根性そのもので、これからの作品研究者、批評家のあるべき姿でもありましょう(ま、多少くどい部分はありますが)。
   後半、例の芥川との「筋のない小説」をめぐる論争が紹介されますが、こんな時期にもうこうした本質的な文芸論争が行われていたのか、と思うと同時に、自殺してしまった芥川に対比される谷崎、の二項対立は、日本近代文学のありようを象徴していましょう。

    合評会ご出席ではないですが、当方が感じ入った論考に、野口存彌氏の特集で、氏が論じた森鴎外「大塩平八郎」について書かれた大和田茂氏のものにも感心しました。もとより、あの泰平の江戸後期に幕府に叛乱した奉行がいたことに驚き、そうした反逆者に鴎外が関心を抱き小説に書いたこと、それも例の大逆事件から四年後という時期に、です。野口氏の注目点にも個性がありますが、それを丁寧に分析紹介していく大和田氏の展開も、さすが初期社会主義文学研究会理事などの要職を経てこられただけあるなと感じました。
    また自由論考では、石井洋詩氏の連載、島尾敏雄論ですが、今回は特に注目されたところがあったようです(以下は、草原君と長電話しているときに、彼が指摘していたことです)。
    ご論に以下のような箇所があります。
〉補足すれば、入隊前に保田與重郎の著作に親しみ、日本浪漫派的な思想に近づいていたことは島尾自身が述べている。226p。(注)に、『島尾敏雄日記』からとあり、読んでいた保田の論考名が列記されている。
    戦後文学の劈頭となる作品を書いていった、あの島尾敏雄が、保田與重郎に惹かれていた?  特攻に行こうとしていた当時の立場が、そうさせたのか、興味ひかれるところです。


    その他、市原氏の『若菜集』論、近藤氏の宮澤賢治論、など、よく野口存彌氏の論稿を読み込み、読んでいてひっかかる所のない、教えられる論考でした。土倉氏の賢治「永訣の朝」をめぐる思い、のご文も、ご子息の夭折ということがあって、それと重なる思いを披瀝していく書き方で、一つの文芸表現の様式でもありましょう。
    祝詞の先生方のご文も、皆のそれぞれで、読者もいろいろな思いを抱懐されたことでしょう。
 

樹木希林が亡くなった

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2018年 9月16日(日)19時54分4秒
   樹木には一度会っている。縁あって出席した田中裕子、沢田研二の結婚式である。化粧室で偶然出会って、お声をかけてしまったのだ。あまりにも着物姿が素敵だったので。粋と渋さが全身から匂っていた。いわゆる結婚式式用の着物ではない。バックも手提げ。いかにも、彼女らしい装いであった。 樹木は美人ではない。はっきりいってフがつくひと。でも、その人間味がなんともいえない。
 杉村春子系列の演技派。区分けすれば、そうなるだろうが、杉村とはちがう。これは女優の脇役論になってきて、やっかいなことになる。杉村の主な仕事は舞台。樹木はテレビに映画。

 最後の名作である、「モリのいる場所」と「万引き家族」を観ていて良かった。熊谷守一のおかみさん役は何とも言えない味わいであった。「万引き家族」の老婆役はリアルでしたね。

 彼女の絵はかなりのものがありそうです。隠された才能。リアルな演技に瞬時弾ける狂気は何だったのか・・・合掌
 

合評会、懇親会にぜひ!

 投稿者:管理人 iPad 4151  投稿日:2018年 9月15日(土)23時10分2秒
編集済
     いよいよ明後日、合評会ですね。ご出席の方は、先だっての群系パーティーに続いての方が多く、同人としてますます交流を深め合えますね。ほんとうにこれらの方々はかなり以前からの付き合いの方もいて、人生上の同志ともいえます。(ご欠席の方は遠い所の方も多く、仕方ないですが)。
   文芸同人誌とはほんとよく言ったもので、同じ興味関心の人が集い、語り合うなんて、実に興味深く面白いものです。小説を論じ、評論作品を批評し合うなんて、他ではめったにないことでしょう。どうぞ、当日、遅れてでもぜひ、お出かけ下さい。(小生個人としては、文学だけでなく、思想や哲学、政治や社会などについて、突っ込んで話したくいつも思っています。最近は同人とこれらについて長電話したりしていますーこの時ケータイでは長電話不適、ですよね)。

                                   ○

    こういう会合があるたびに思うのは、雑誌から離れていった人たちのことです。いや、群系誌からだけでなく、芸術至上主義文芸学会の例会にもこの数年、姿を見せなくなった人がいて、消息もあまり聞かれません。身内のご不幸があったと連絡があったきりの方や、著作まで出したのにどういう心境からか文学の道を断ち切って、連絡しても音信・反応がない方もいます(全然挨拶もなかった)。あるいは、大学院まで出て、相応の研究者になっていたのに、やはり例会に出てこられない人も。皆、小生より数年若く、有能でした。去る者は日々に疎し、と言いますが、相応に愛着のあったかつての同人は名残惜しいものです。

   もう同人の多くは高齢者になってきました。こういう機会でないとこれから顔合わせすることもなくなってきましょう。現に、一部の執筆者は体調や健康上の理由からおいでになれないとのこと。電話してきた同人によると、最近は体力だけでなく気力も失せてきたとのことでした。でもそうであればなおさら、皆とあって刺激し合うのが大事ではないでしょうか。
  健康の秘訣は、食事や運動以上に、人とのコミュニケーション、です。小生が大病したのに、元気で見た目も若く(人の意見)、達者なのは、こういう同人誌があるからでしょうね。
   ぜひ、お出かけ下さい。待ってます。
 

合評会のご出欠、第二弾

 投稿者:管理人 iPad 4064  投稿日:2018年 9月15日(土)11時41分20秒
編集済
     9月17日(月曜・祝日)の合評会、ご出席の方は現在までにご連絡があったのは、以下の方です。

   名和哲夫、土倉ヒロ子、間島康子、近藤加津、相川良彦、小野友貴枝、坂井瑞穂、澤田繁晴、草原克芳、荻野央、永野悟、に加えて取井一氏、など。

   欠席通知のあった方(執筆者)
   野寄  勉、大堀敏靖、安宅夏夫、大和田茂、市原礼子、柿崎一、井上二葉、石井洋詩、富丘俊(小池金太郎)、の各氏

    まだ、ご連絡のない方もいらっしゃいます。

   ※  ところで、下のLTO、って投稿、何ですかねえ。
 

LTO

 投稿者:ADA  投稿日:2018年 9月14日(金)22時11分29秒
   

訂正

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月14日(金)20時16分23秒
  >「文学界」誌に転載されたそうです

■これは未来形です。
編集部と作者への承諾の問い合わせです。
 

いい人材が離れるのは残念

 投稿者:管理人 iPad 3947  投稿日:2018年 9月14日(金)19時28分9秒
編集済
      あ、土屋慶君のような人が本誌から離れるのは残念ですね。土屋君にあるのは、文学への共感であり、しっかりした社会意識です。これは、いまの若い人に少ない意識だろうし、同世代の人でも所持しているのが少ないかと思えるからです。今のお仕事について、初めて具体的に知りましたが、ぜひ頑張って下さい。教育者云々の話がありましたが、予備校講師は教育者ではないと自他ともに認識しています。如何に目標校に合格するか、目的が明瞭であり、授業人気だけで評価されて、教育者の資質など問われません。授業人気で有頂天になっている嫌なヤツを何人も見ました。受験業界など、小生のように、腎不全で都立高校行けなかった人間が緊急避難で行っただけで、まともな教育者が務めるところではありません。
    また、ご文にもありましたが、文学か教育かの二者択一を迫られるものでもありません。やれる人はともに頑張ってきていますし、どっちかの道を選択した人も多いようです。

   しかし、土屋君も本誌と十年になるのですか。最近は投稿されないですが、あの頃は素晴らしい論稿を書かれていましたね。今も印象に残っているのは、23号の巻頭に掲出させていただいた、「批評について 語りえぬものについて―伊東祐吏「批評論事始」に触れて- 」というものです。トップにのせるには異論もありましたが、類い稀とぞんじて、小生の一存で掲出しました。
    最近は小誌の方向性に違和があるそうで、正直少し戸惑っています。文学の特集を積み重ねていくと、自ずから専門的になり、仰せのような自由なラフな感じが薄れてきているのかもしれません。
    でも、やはり小誌のような水準のある文芸誌にかかわり、合評会に出てこられると、それこそいろいろな意見・感想を言いあって、それこそ文学の醍醐味があると思いますよ(かつて、よくお出ででしたね)。
    どうぞ、これからも掲示板にご意見・感想をお願いしたく。(できれば、タイトルも添えて)。

  ※  あるいは、下の草原氏投稿の『カプリチオ』に関わるのもいいかもしれませんね。カプリチオ47号掲載「何ごとが照らすかを知らず」(玉置伸在)という創作が、「文学界」誌に転載されたそうです。
 

しっかし…。

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月14日(金)11時32分44秒
編集済
  ■大坂なおみが「やまとなでしこ」の代表に思えてしまう時代って、
一体、どんな時代なんだろ。

         ~わざとボケてみました。



【カプリチオ掲示板】
https://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs

>News
■カプリチオ47号掲載「何ごとが照らすかを知らず」
玉置伸在氏の作品、「文学界」転載!


 

(無題)

 投稿者:土屋慶  投稿日:2018年 9月14日(金)10時39分37秒
  私事を言わせてもらえば、現在、不登校専門の学習塾を運営し、またこれから訪問支援の事業をはじめるつもりなのですが、これはたんに経済的なことばかりではなく、十分に社会的に意義のある仕事だと思い、生涯続けていく所存です。ですので、すべての塾講師や家庭教師がただたんに、お金のためだけにやっているとは限らないことは理解していただきたい。逆にいえば、文学を本願として片手間に講師業などやってもうまくいくはずがない。一体、そこまで見くびられる教育とは何なのか。それがわからない。というより予備校講師というのはそんなものかと安心しました。たんに生活の手段としてしか教務に従事することがないならば、そんな者は教育者ではない。被害妄想なのか、私に該当する箇所だったので、つい余談ですが、書き込みをさせていただきました。

わたしももう来年は五十歳になります。先生とは異なり今現在の若者は優秀かつ可能性があると信じております。先生の述べる情勢論は一般論であり、たしかに私も氷河期世代ですが、今のところ経済的には困っておりません。SNSではいつも危機意識を持てるように追いつめられた場所から書いておりますし、貧困に喘いだ時期もありましたが、実態は家財に恵まれた中年であります。また、毎日働いております。群系という雑誌に関わり始めてから十年経ちますが、当初の印象とは至極変わってしまいました。かつては皆に開かれたよい意味でのルーズさをもった雑誌だと考えていたのですが、どうもある時期から違和感が増してまいりました。これをジェネレーションギャップと言ってよいのか、それはわかりませんが、今、私は若い人々が創る雑誌の方に惹かれてしまいます。十年間お付き合いいただいてありがとうございました。群系の今後の健闘を祈念しております。
 

今こそ、小誌「群系」の時代です

 投稿者:管理人 iPad 3813  投稿日:2018年 9月14日(金)09時01分25秒
編集済
  〉文学やっているのってそんなに偉いですかね。たかだか文学という自意識というより、この場では、あいかわらず文学が聖性を付与されている。

   文学やっているのが偉い、という感覚はどの世代までなんでしょうか。当然、今の10代、20代には、偉い、という感覚以前に、そんなものあるの、何それ?、という程度の反応でしょう。
    団塊の世代、あるいはそれ以前生まれの世代にとって、文学は政治とともに、生きていく証であった。小生も含め、群系の同人・会員の多くは、好きだから、という以上に、生の証しとして、創作や批評に手をかけている。そこには「偉い」という感覚はなかろう。
    文学をやっていることが偉い、という感覚は、いわば投稿者世代、ま40代くらいの、人たちではないか。この世代は、上の世代ほど政治に熱中もできず、また下の世代のように無邪気に日々を送れない世代であろう。仕事にも恵まれず、いわば就職氷河期世代だ。バブルが弾けた頃に成人を迎え、自分が何をしていいかわからず、むろん先行する世代の生き方にはなじめず、結果仕事も正社員になどなれず、アルバイトで生きてきた。
    当方の教え子にもいるが、塾や家庭教師をしながら日々を送っているが、前にも書いたように、このまま50代まで続けていけるか不安のある現状である。

    文学が死んだの、全然見向きもされない、という現状認識はもはや最大公約であろう(ま中には、現代こそ、文学の豊穣な時節だという方もおられるが)。問題は、こうした時局的・マスコミ的な認識をおいて、自分は何をするか、である。文学が偉いだの、自意識だの言っているのは、まだ文学の中に入っていなかろう。今回の40号の同人の批評作品を見てゆくと、しっかり自分の課題を見つけた同人たちの、批評する作家の魅力と課題をしっかり見据え、それにアプローチしていく姿勢がどの作品にもうかがえ、編集部の一人として、実に頼もしかった。さらにいえば、これら掲出されている同人の文章、文体のわかりやすさ、明快さ、語彙の的確な使い方にも感心した。SNSなどの投稿には、結局何を言っているか、趣旨の曖昧な投稿をよく見かけるが、さすが、10年も20年も文学に勤しんできた方々といえる。

    本誌投稿へのお誘いに返信を下さった方々のうち、投稿の予定がないという方は実に残念です。大学の教官は公務や他の著述に忙しくて、同人誌などに手が回らないということでしょうが、ここはたいへんな勘違いをされています。学校の紀要などはほとんど誰も読みません、後代にも残りませんが、本誌は文学史に残ります(もう『文藝年鑑』にも掲出されているし、有識者は本誌の意義を知っています)。
    例えば、近代文学の作家・批評家は殆どが同人誌から出たのでありました。「文学界」の藤村、「白樺」の志賀直哉、「文藝時代」の横光、川端、そして「青空」の梶井基次郎、など、40号掲出の論考を見てもそのことがうかがえます。
    大学の紀要や学会誌などは、ご自分の立場を固めるための方便としてはいいでしょうが、本当に自分が研究したいこと、やってみたいことは、掲載料を払って載せてみるこうした文芸同人誌にこそ意義があるのではないでしょうか。小説など、商業誌の新人賞の応募に賭けるという方もいらっしゃいましたが、それは世間一般の、ふつうのやり方です。目の前にこんな立派な文芸誌があるのに、そして大変優秀な執筆者がいるのにそれにかかわらず、商業誌公募は何か転倒しています。作品を掲出して、合評会やその後の飲み会でいろいろ批評されてこそ、文学なのであります。中上健次などは、習作時代、「文芸首都」という有力同人誌に関わっていて、芥川賞、文壇の寵児になったのでした。
    現代、芥川賞などは確かに同人誌からではなく、五大商業文芸誌掲出のものから選ばれています。資本の寡占が文学にまで及んでいる事実ですね。でもそれに抗するのが文学に勤しむ人間の心意気ではないでしょうか。実際、文芸同人誌は全国に相当数あって、その同人・購読会員などは、商業誌読者の総数を超える、少なくとも拮抗しているのではないでしょうか。
   小誌「群系」に至っては、毎度執筆者には同封していますように、マスコミ・図書館はむろんのこと、主な批評家30人ほどには毎度送っています(その中の何人かは、お便りもありました)。40号の創刊三〇周年の祝詞にもあったように、本誌のレベルの高さ、特集などの類い稀さは、心ある研究者・批評家などから、お言葉をいただいています(外部の同人誌の方からは、褒められないことがないくらいです)。

    今日、テレビを見ても、ネット検索をしても、現実社会から目をそらせようとするかのような浮薄なお笑いや、おしゃべり、コマーシャルメッセージばかりが流れています。現実を知ろうとする知性の人は、こうした同志的な集まりに依拠するしかないのではないでしょうか。

※ 余談ですが、いまアメリカではミニトランプで共和党がいっぱいだそうです。トランプ批判をしてきた良心的な議員などは次々に引退し、残ったのは、「アメリカファースト」を熱烈に支持する白人労働者、資本で、知識人層は民主党の方に鞍替えしていっているそうです。自国中心のナショナリズムは直情的な支持は受けますが、その保護主義、閉鎖主義が今の国際社会に逆行するものでしょう。情報テクノロジーなどの飛躍的進展に比べて、政治と大衆社会のこの愚劣をどうみていったらいいのでしょう。
 

(無題)

 投稿者:土屋慶  投稿日:2018年 9月14日(金)03時30分47秒
  文学やっているのってそんなに偉いですかね。たかだか文学という自意識というより、この場では、あいかわらず文学が聖性を付与されている。ある時期から文学は死んでいる。逆説を弄すれば、こういう自意識、つまりたかだか文学なんてものをやっているという自意識以外からは可能性が出て来ないのではなかろうか。私が二十数年前に文学科に在籍していた頃、すでに教務を担当する文学研究者たちが、文学なんてねえ、と学生に呟いていたのを思い出します。私は文学をやっている、だからエラい!なんてシーラカンスのごときものではないか。だから、一旦は文学の終焉を認めた上で、その死体を不可能だとわかっていても蘇生させるすべを施すべきなのではないか。それが正確な現状認識ではないか。  

唱歌と童謡の違い

 投稿者:管理人 iPad 3729  投稿日:2018年 9月13日(木)16時30分10秒
編集済
     『國文學』臨時増刊号の「日本の童謡」(平成16年2月)は、各子ども歌の資料と鑑賞が掲出されていて、たくさん所持している同誌の中でも特に愛着のあるものですが、この中に、表記のような「唱歌と童謡の違い」について、なるほどと思う一節があったので、披露しておきますね。

    その一節があったのは、ちょうど募集要項を送った際に同封(添付)したのと同じ童謡、「浜千鳥」(鹿島鳴秋作詞)の解説・鑑賞を書いてあったところで、歌詞にあった「濡れたつばさの  銀の色」に言及して、以下のように書かれています。

    「銀」という語は、大正期の読者に、何らかのロマンや期待感を抱かせる「道具」として機能した。
     当時の童謡「かなりや」「浜千鳥」「月の砂漠」にも「銀」は用いられており、伝統的な花鳥風月を色濃く残していた唱歌に対抗する一種の武器として積極的に用いられたといえる。
    「浜千鳥」は、単に千鳥が「親を探して」「波の国から生まれで」て、「親を尋ねて」「月夜の国へ消えてゆく」というストーリーであり、ほとんど特色がない。だが「青い月夜」や「銀の色」「銀のつばさ」が現実感から遊離した世界を描き出すのに成功している。唱歌が、季節感の尊重、英雄顕彰などの道徳的な色合いを強く持っていたのに対して、童謡は、この歌のように、空想的で哀感漂う雰囲気を持つ点に特色を持っていた。それだけに、教育界から退廃的というレッテルを貼られ、排撃に遭うことが多かった。初期の童謡は、唱歌との対立関係にあり、学校教科書に載せられることはなかった。ー(植山俊宏・京都教育大)

   ※ ところで、合評会に向けて、40号、いかがですか?小生も、出席者分、半分ほど読みましたが、みななかなかのものですね。当日が楽しみです。
 

生活はきびしい、という現実

 投稿者:管理人 iPad 3654  投稿日:2018年 9月13日(木)00時52分7秒
編集済
     予備校や高校の同僚だった人からのメールがあったりして、彼らの苦戦ぶりが伝わってくる。週の持ちコマが2日しかないという友人は、来年の保証もないのできついという。たしかにこれだけでは月数万円にも満たず、生活は成り立たないだろう。この彼の場合、奥さんが働いていて、それでやっと切り盛りしているのだろう。あるいは他の年下の同人なども塾講師などやっている人が何人かおられるが、子供の数が急速に減っている現在、これからの見通しも厳しいだろう。
    小生も前世紀はともかく、今世紀になって年齢も50代になったので、大手予備校の教壇からは退去させられて、高校講師や、模試の作成、入試問題の解答・解説で糊口をしのいできた。それでも還暦になった途端、それらの仕事もなくなった。以降、年金や障害手当、福祉手当、などでしのいできた(小生は一級障害なので、交通費はただ、医療費も免除、なのだ。タバコは吸わない、アルコールも普段はあまり飲まない、パチンコなど賭け事は禁忌としている)。

    小生の場合は、それでも駿台予備校という大手の教壇に立てていたからいいほうで、80~90年代は、その肩書きで地方の予備校にいい待遇で招かれもした。駿台の名前があったので、学燈社の『入試問題詳解』や教学社の赤本の解答解説も手がけられた。旺文社や桐原書店などから参考書も出して、以来十数年も経つのにいまだ、印税が入る。
   しかし、いま、予備校ではなく塾の雇われ講師をやっている人は、生活が成り立つであろうか。時給で二千円も出して貰えているだろうか。当方の駿台時代は、一介の講師であったが、時給一万二千円はあって、50分の授業が午前中四コマあれば、日給で五万円になった。同時にやっていた東進ハイスクールも、相応の待遇であった。(むろん、これらは前世紀、90年代までで、以降は惨め、なものでした)。

    予備校講師は、一般企業以上に、年齢で仕切られる。相手が若い人たちだから、中高年はそれだけで疎んじられる。やはり若くて、はっきりした教え方の先生が求められる。だから年齢の上限は40代までだろう(小中生相手の塾講師になると、もっと下がって、30代までだろう)。ともに雇い止めを食らうようになれば、もはや自分(たち)で、塾予備校を経営していくしかない。
    採点講師という道もあるが、駿台などでは教壇講師を退出させられた、かつては大物講師なども、いわゆる駿台全国模試などの採点の仕事がある。しかし他よりいいにしても、採点で日々生活をしていくのはとても無理。当方は、友人・同僚のつてで、模試作成や入試の解答・解説が今世紀になっても比較的コンスタントにあったからいい方だった。
    もう年齢上、あるいは適性上教えることがムリな人は、早めに業界から去るべきだろう。クルマの運転や、清掃業、ガードマンなど、職種を選んでいる場合ではない。

    この国では若いときに、きちんとした正社員など定職に就いていないと中年以降、たいへんなことになる。それでも小生のように持ち家などない人間は危機感があったので、いろいろ手を回していたが、なまじっか親譲りの家産があると、却ってヤバイ。働かなくなるのである。文学研究と称して労働しない言い訳を作り、今に至るまで中途半端な生活をおくる。
    そもそも、文学なんてものは、本当に才能がある人以外、暮らし向きに不安がない人がやるべきものかもしれない。
 

童謡のアルバム

 投稿者:管理人 デスクトップ 3607  投稿日:2018年 9月12日(水)12時31分57秒
編集済
    だいぶ以前に購入した、日本音楽教育センター発売の唱歌・童謡のテープに収録されていた子ども歌(童謡)の目録です。
百年前の「赤い鳥」に掲載された童謡も見えますね。
 ぜひ、次号第Ⅲ特集の《童謡百年》に、エッセイや鑑賞文などご投稿の参考にされてください。


日本音楽教育センター 唱歌・童謡テープ より

テープ面  番号 童謡名   作詞   作曲  唄   初出誌    発表年
A 1 青い眼の人形 野口雨情  本居長世  井上裕子・コロンビアゆりかご会 「金の船」 T10.12
A 2 赤い靴 野口雨情  本居長世 新倉徳子・コロンビアゆりかご会 小学女生 T10.12
A 3 赤い鳥小鳥 北原白秋 成田為三 小林幸子・コロンビアゆりかご会 「赤い鳥」 T7.10
A 4 赤い帽子白い帽子 武内俊子 河村光陽 桑名貞子 キングレコード S12.11
A 5 赤蜻蛉 三木露風 山田耕筰 益田恵・コロンビアゆりかご会  樫の実 T10.8
A 6 あした 清水かつら 弘田龍太郎 安西愛子・浅井正子(モノラル録音) 少女号 昭和16年
A 7 あの子はたあれ 細川雄太郎 海沼 実 青木君枝・コロンビアゆりかご会 コロムビアレコード S14.2
A 8 あの町この町 野口雨情  中山晋平 西村和子・高橋久美子 コドモノクニ T13.12
A 9 あぶくたった わらべうた コロンビアゆりかご会
A 10 雨 北原白秋 弘田龍太郎 益田恵・コロンビアゆりかご会  「赤い鳥」 大正15年
B 1 アメフリ 北原白秋 中山晋平 益田恵・コロンビアゆりかご会  コドモノクニ T14.11
B 2 雨降りお月さん 野口雨情 中山晋平 川田正子・コロンビアゆりかご会 コドモノクニ T14.3
B 3 あんたがたどこさ わらべうた 佐藤あけみ・コロンビアすずらんコーラス 大正12年
B 4 兎のダンス 野口雨情 中山晋平 久保木幸子・コロンビアゆりかご会 コドモノクニ T13.5
B 5 うれしいひな祭り サトウハチロー 河村光陽 桑名貞子・コロンビアゆりかご会 ポリドールレコード S11.1
B 6 お猿のかごや 山上武夫 海沼 実 井上裕子・コロンビアゆりかご会 「ゆずの木」 S13.12
B 7 おもちゃのマーチ 海野 厚 小田島樹人 益田恵・コロンビアゆりかご会  東京日日新聞 T12
B 8 お山のお猿 鹿島鳴秋 弘田龍太郎 浜田奈美・コロンビアすずらんコーラス 大正 3年
B 9 お山の杉の子 吉田テフ子 サトウハチロー 秋山恵美子・コロンビアゆりかご会 少国民文学 S19.11
B 10 お山の大将 西条八十 山田耕筰 真理ヨシコ 赤い鳥 T9.6
A 1 帰る雁 野口雨情 本居長世  真理ヨシコ 金の船 明治20年
A 2 かえろかえろと 北原白秋 山田耕筰 真理ヨシコ 童話 大正13年
A 3 かごめかごめ わらべうた 藤崎幸子・コロンビアゆりかご会 大正10年
A 4 肩たたき 西条八十 中山晋平 山上万智子・コロンビアゆりかご会 幼年の友 T12.5
A 5 かなりや 西条八十 成田為三 大和田律子 「赤い鳥」 T7.11
A 6 かもめの水兵さん 武内俊子 河村光陽 桑名貞子 キングレコード S12.2
A 7 かわいい魚屋さん 加藤省吾 山口保治 益田恵・コロンビアゆりかご会  童謡と唱歌 S12.10
A 8 汽車ポッポ 富原 薫 草川 信 大木英稔・井上裕子・コロンビアゆりかご会 お花の兵隊さん S14.8
A 9 金魚の昼寝 鹿島鳴秋 弘田龍太郎 寺尾芳恵・コロンビアすずらんコーラス T8.7
A 10 靴が鳴る 清水かつら 弘田龍太郎 猪股洋子・今井洋子・コロンビア子鳩会 少女号 T8.11
A 11 グッド・バイ 佐藤義美 河村光陽 桑名貞子・コロンビアゆりかご会 コドモノクニ S9.4
B 1 黄金虫 野口雨情 中山晋平 川田正子・コロンビアゆりかご会 金の塔 T11.7
B 2 五十音 北原白秋 下総皖一 真理ヨシコ 大観 昭和11年
B 3 木の葉のお船 野口雨情 中山晋平 久保木幸子・杉の子こども会 コドモノクニ 昭和16年
B 4 この道 北原白秋 山田耕筰 佐藤暉子 赤い鳥 T15.8
B 5 里の秋(星月夜) 斎藤信夫 海沼 実 桑名貞子・コロンビアゆりかご会 NHKラジオ S16.12
B 6 叱られて 清水かつら 弘田龍太郎 真島美弥 少女号 T9.4
B 7 しゃぼん玉 野口雨情 中山晋平 河添美智子・コロンビアゆりかご会 金の塔 T11.11
B 8 十五夜お月さん 野口雨情  本居長世 真理ヨシコ 金の塔(金の船) T9.9
B 9 証城寺の狸囃子 野口雨情 中山晋平 山田淑子・コロンビアゆりかご会 金の星 T13.12
A 1 ずいずいずっころばし わらべうた  秋山恵美子 コロンビアゆりかご会
A 2 酸模の咲く頃  北原白秋 山田耕筰 久保木幸子 コロムビアすずらんコーラス 赤い鳥 T14.7
A 3 雀の学校  清水かつら  弘田竜太郎  河村順子・猪股洋子 コロムビアゆりかご会 少女号 T10.12
A 4 砂山 北原白秋 中山晋平 久保木幸子 コロムビアすずらんコーラス 小学女生 T11.9
A 5 背くらべ 海野 厚 中山晋平 コロムビアすずらんコーラス 少女号 T8
A 6 船頭さん 武内俊子 河村光陽 桑名貞子・コロンビア子鳩会 キングレコード S16.7
A 7 高い高いしてよ 与田準一 細谷一郎 高橋元太郎 コドモノクニ S4.10
A 8 たきび 巽聖歌 渡辺茂作 長田幸子・コロムビアすずらんコーラス NHK子供テキスト S16.12
A 9 俵はごろごろ 野口雨情 本居長世 武山佳子・コロンビアゆりかご会 金の星 明治29年
A 10 ちんから峠 細川雄太郎 海沼 実 井上裕子・コロンビアゆりかご会 昭和14年
B 1 ちんちん千鳥 北原白秋 近衛秀麿 鈴木寛一 赤い鳥 大正8年
B 2 月の砂漠 加藤まさを 佐々木すぐる 久保木幸子・桑名貞子・田中聖子 少女倶楽部 T12.3
B 3 てるてる坊主  浅原鏡村  中山晋平  高橋久美子 コロムビアすずらんコーラス 少女の友 T10.6
B 4 とおりゃんせ わらべうた  中川順子 コロムビアすずらんコーラス 明治17年
B 5 どこかで春が  百田宗治  草川信  桑名貞子 小学男生 T12.3
B 6 どんぐりころころ  青木存義  梁田貞作  矢萩知佳 コロムビアゆりかご会 かわいい唱歌 T10.10
B 7 ナイショ話  結城よしを  山口保治  桑名貞子 コロムビアゆりかご会 キングレコード S14.7
B 8 仲よし小道  三苫やすし  河村光陽  桑名貞子 コロムビアゆりかご会 ズブヌレ雀 S14.1
B 9 七つの子  野口雨情  本居長世  桑名貞子 コロムビアゆりかご会 金の船 T10.7
B 10 はないちもんめ わらべ歌 久保木幸子・コロンビアゆりかご会
A 1 花かげ 大村主計 豊田義一 久保木幸子 ポリドールレコード 昭和22年
A 2 花嫁人形  蕗谷虹児  杉山長谷夫  真理ヨシコ 唄 令女界 T12
A 3 浜千鳥  鹿島鳴秋  弘田龍太郎  川田正子 コロンビアゆりかご会唄 少女号 大正8年
A 4 早起き時計  富原 薫  河村光陽  今井葉子 猪俣洋子 コロムビア子鳩会唄 キングレコード S12.6
A 5 春よ来い  相馬御風  弘田龍太郎 寺尾芳恵 コロムビアすずらんコーラス唄 銀の鈴 T12.4
A 6 ひらいたひらいた  わらべうた  NHK東京放送児童合唱団 唄
A 7 待ちぼうけ  北原白秋 山田耕筰 東京メールカルテット 唄 子供の村 T14.5
A 8 鞠と殿様  西條八十  中山晋平  桑名貞子・コロンビア男声合唱団・コロンビア子鳩会  コドモノクニ S4.1
A 9 みかんの花咲く丘  加藤省吾  海沼 実  三宅幸子・コロンビアゆりかご会 唄 NHK空の劇場 昭和21年
A 10 みぞれ   浜田広介 中山晋平 真理ヨシコ 唄 小学男生 昭和16年
B 1 めえめえ児山羊 藤森秀夫 本居長世 川田正子 コロンビアゆりかご会唄 童話 昭和14年
B 2 めんこい仔馬 サトウハチロー 仁木他喜雄 山田淑子・コロンビアゆりかご会 コロムビアレコード S16.1
B 3 森の小人 山川 清 玉木登美夫 桑名貞子 昭和16年
B 4 蜀黍畑 野口雨情 藤井清水 真理ヨシコ 唄 金の船 明治33年
B 5 夕日 葛原しげる 室崎琴月 矢萩知佳・コロンビアゆりかご会 唄 白鳩 T10.10
B 6 夕焼小焼 中村雨紅 草川 信 中井幹子・コロンビアゆりかご会 唄 あたらしい童謡 T12.7
B 7 揺籃のうた 北原白秋 草川 信 近藤光子・コロンビアゆりかご会 唄 小学女生 T10.10
B 8 四丁目の犬 野口雨情  本居長世  呉清蘭・コロンビアゆりかご会 唄 金の船 T9.3
B 9 栗鼠、栗鼠、小栗鼠 北原白秋 成田為三 真理ヨシコ 唄 赤い鳥 大正10年
B 10 リンゴのひとりごと 武内俊子 河村光陽 河村順子・コロンビア子鳩会 キングレコード S15.2


 

合評会ご出席の方々

 投稿者:管理人 iPad 3454  投稿日:2018年 9月11日(火)09時26分36秒
編集済
     9月17日(月曜・祝日)の合評会、ご出席の方は現在までにご連絡があったのは、以下の方です。

   名和哲夫、土倉ヒロ子、間島康子、近藤加津、相川良彦、小野友貴枝、坂井瑞穂の各氏

   加えて、編集部の以下の面々。
    澤田繁晴、草原克芳、荻野央、永野悟、

   これから出席連絡がくる方、非執筆の方も合わせてあと数名がおいでになると思います。
  (また、5時からの懇親会からの参加の方もおいでではないかと思います)。
 

己の立ち位置 特殊から普遍へ

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2018年 9月 9日(日)22時57分29秒
編集済
  >般若心経の教えから、この「日本国の理念的世界を現わすもの」へと落とし込む部分が、
わたしには、よくわかりません。

 「近代の超克」の論者たちが何故、国家主義を解体さす哲学理念である所の無の思想を奉じて「西欧近代の物質主義的世界観に対する東洋思想の優位の象徴として」、それらを、語ってしまったのか、
「この辺のところが、ワタシには、よくわからない」

 それはわたくしの考えまするに草原兄さまが「「国家」という、共生のためには便利なルールの集合体」というマルキシズムから演繹したところの国家観を頑なに把持されているからだと思います。
>「無」の思想では、戦えない。
戦争は遂行できないはず。
敵も、殺せないはず。
殲滅、できないはず。
(「無」には、無相・無心のニュアンスも含まれる)

 こんな呑気なことを言っている場合ではなく、敵が存在する状況では戦争を遂行し、敵を殺し、殲滅することを考えなければならなかったはずです。

 個人レベルに沈潜している人か、後世の意図的な歴史観によって歪められてしまった人の発想ではないでしょうか。

 大人が切羽詰まっている状況であるのに子供は自分の世界しか見えず、わがまま言い、駄々をこねていては、「ボクには、よくわからない」のは当然であります。

 真珠湾攻撃成功の報に大多数の日本人は溜飲を下げ、拳を握りしめて快哉を叫んだのが、当時の空気です。
 「国家主義」のわたくしにもそれはなかなか理解に苦しむところですが、それくらい鬱屈したものがあり、敵愾心に燃えたっていたはずです。

 草原さんならアベシンゾーを想起すれば、「撃ちてし止まん」の心情がご理解できましょう。

 「敵」の存在を捨象したところで、「なぜ」と考えても永遠に答えは出てこないのではないですか?

 般若心経が法華経の優位に立って、これを解体する哲学理念を持つなどという珍妙な仏教学説は初めて知りました。

 それは通説なのですか?

法華経=国家主義を誘引する危険な経典
般若心経=国家主義も解体する平和な経典

 こんなふうに受け取られるのですが、こんな説は一般に流布しているわけですか?

 薬師寺は確かに法相宗の唯識哲学のお寺ですけど、
百万願写経運動を起こして西塔、金堂、講堂を再建した中興の祖とも言うべき五代前の管主の高田好胤さんは、
悪名高い「右傾化の淵源」、「改憲に突き進むカルト集団」、「日本最大の草の根右派組織」

『日本会議』

の前身であるところの、黛敏郎が中心になってやっていた

『日本を守る国民会議』

の理事に名を連ねておりました。

 信者に平和主義の無を説く「般若心経」を写経させておいて『日本を守る国民会議』のような「国家主義」に加担するような矛盾することをやっていてはいけませんじゃないですか!

 わたくしは若いころに「道成寺縁起」という短編を書きましたが、これは有名な安珍、清姫の話で、女の偏愛の執念が若き僧侶に取りついて伏せた鐘に隠れている安珍を大蛇になった清姫が鐘に巻き付いて焼き殺してしまうというストーリーでしたが、この罪深い二人の男女は法華経の功徳によって救われたと原本には書いてありました。
 でありますからわたくしは「法華経」はどんな罪をも消尽してしまう功徳のある素晴らしいお経だと思いましたし、何度も引用致します、

衆生は劫(コウ)尽きて、大火に焼かるると見る時も、我が此の土は安穏(アンノン)にして、天人は常に充満せり。園林(オンリン)や諸の堂閣は、種々の宝をもって荘厳(ショウゴン)し、宝樹に華果(ケカ)多くして、衆生の遊楽(ユラク)する所なり。諸天は天鼓(テンク)を撃(ウ)って、常に衆(モロモロ)の伎楽(ギガク)を作(ナ)し、曼陀羅華(マンダラケ)を雨(フ)らして、仏及び大衆に散ず。我が浄土は毀(ヤブ)れざるに、而(シカ)も衆は焼け尽きて、憂怖(ウフ)や諸の苦悩、是(カク)の如く悉く充満せりと見る。…(法華経如来寿量品偈)

の件が好きで、何にもない「無」を説く教えから一転して真実の堅固な金剛不壊の実在を説いており、大変心強いのです。
 確かにこの部分を想起すると救われる気がするのは事実です。

要するに、

般若心経…目に見える一切の否定
法華経…目に見えないものの肯定

ということで、どちらがどうということはなく、対機的に両輪必要だと思います。

 しかし、実はわたくしは西本願寺の門徒で阿弥陀経に親しんでまいりました。

 それに法華経は創価学会のイメージが強くあまりいい印象をもっておりません。

それにしても、

> 戦争はいつもコトバで作られる。

それで勝ちゃいいが、負けてしまう。
勝算があればいいが、ないままで、突っ込んでしまう。
陸軍と海軍はバラバラ。
大本営はウソ八百。
参謀本部は机上の空論。
関東軍は敵前逃亡。
挙句の果てに、広島長崎二発の原爆。

 日本人である草原兄さまがこういうことを得意になって書いて先人を裁き、少なくとも自分はそんな愚劣は超えた覚者だと得意になっていられるようなことに対してわたくしは非常に違和感を覚えます。
 そんなことではけっして歴史の真実は見えてこないでしょうし、特殊を通じて普遍に至ることはできないだろうとわたくしはほぼ確信をもって申し上げたいと思います。

 西欧によって400年に渡って植民地支配された東洋の、東洋人であり、
 皇室を中心にいただいた2678年の歴史を刻んでいる日本の、日本人であるという、地に足のついた、土着的な、偏った立場に立ってこそ見えてくる世界があるというものではないでしょうか。

 

残暑お見舞い申し上げます

 投稿者:小野友貴枝  投稿日:2018年 9月 9日(日)19時41分4秒
  北海道南西部余震続く中、胆振地方の震災お見舞い申しあげます。
水害続きの日本、この夏を思い出しても、続けざまに来る大型台風による西日本豪雨の水没土砂被害などなど、被災者の皆様にお見舞い申し上げます。



その中で8月を思い出して、顰蹙をかうかもしれませんが、この夏でしか味わいないスポーツのことを書きます。
8月5日から始まった甲子園、高校野球は猛暑を心配されたが、いつも大入り満席で評判が良かった。私は野球と言えば高校野球というほど若い時から熱烈なフアンだ。その歴史の中でも今年は全国高校野球選手権大会は話題豊富だった。話題の中心は、高校野球をはじめた年、1915年、大正4年、秋田県代表は、秋田中で今の金足農の前身。秋田中は京都中に準決勝で負けている。それは103年前のことである。それから延々と次代は流れて、今年2018年100回の記念年。
100回の記念開催は、いつもの49校名から56校に、2校出せた都道府県が、7校あって、激戦の毎日であった。
その中で、私が注目した試合は、神奈川県代表の横浜校が闘った3回戦、である。優勝候補と言われてきた名門の横浜校が、9回の表まで2対1で勝っていたのに、相手校の秋田代表、金足農に2ランホームランを打たれ、2点逆転の末、負けてしまった。その時初めて「金足農」高校は、秋田市内にある、秋田県立金足農業高校だということを知った。そして、彼ら、野球チームは、市内の生徒で、自分のチームを「雑草軍団」と称しているとも聞く。私は、彼らの野球の素直さとチームワークに惹かれた。中でも吉田ピッチャーの笑顔。そして菊池キャッチャーとの選球のやり取りに、率直、明快さがでている。こんなに無防備でよく勝てるな、とさえ、思った。しかし彼らの野球はそのままの姿勢で、準決勝まで進んできた。準決勝の相手は、東京の優勝候補の日大三校だ。この高校に勝てるとは誰も思わなかっただろうが、予想に反して勝ち抜いて、決勝戦に。もうその時には日本中がフィーバーしていた。
決勝戦では、ピッチャーの吉田輝星(ペンネーム?かと思われるほどヒーローになる名前だ)選手は、この夏1500球以上も一人で投げてきたから、もう投げられないのではないかと思われたのだが、監督は交代させることなく続けさせている。やっと5回で、川和輝君に、吉田ピッチャーはライトの守備に入った。これもチームの相談の上だというから面白い。高校野球など見たこともない人でも応援してしまう。また、9人野球だという団結力のいい3年生ばかり、それだけ聞けば、最後まで勝たせたいとラブコール。選手の長逗留の費用がないと報じられれば、行列できるほど寄付者が集まり、全国から募金が集まる、地方好きな国民性ではたまらない。農業高校出身でない私も生まれは農業の家だけにこの話は、農業の未来につながる夢を感じて、募金をした。
最終戦の相手は大阪の強豪、大阪桐蔭に勝つかもしれないなどと、神がかった応援をした。確かに金足農の勝ち方は、神がかっている。勝負運というものが、天から降りてきたというようなアナーンスもあって賑やかな一時を過ごさせて貰った。
秋田県立金足農業高校の吉田輝星投手に魅せられ、話題沸騰した高校野球も16日に終わって、猛暑からもさようなら出来る。いつもなら、高校野球が終わると同時に、秋風を感じるのに、今年は、4年に1度のアジア大会ジャカルタ2018が始まっていた。開幕式は、5000人のサマンダンス(無形文化遺産)はまた、素晴らしい。初日から、私はまたテレビの前から離れられない。競技は、多種多様で40競技、462種目が争われる。18日から始まった競技の中で日本選手は大活躍、4年前の52個の金どころではなく、9月2日の最終日には75個の金メダル。日本中を沸かす水泳や陸上、そしてバトミントン、マラソンが、他国よりも秀でて、日本はアジアの中でスポーツ王国(12億人の中国には叶いませんが)としてもリーダーシップをとれているのかと感激する。未来を負う若者がスポーツ界で顕著になるのも、国の豊かさを表しているし、若者のアクテイブテイな生き方に感涙する。
天気もまだまだ秋が来そうもない、酷暑は続いている。37度の日中、外を歩けないし、外仕事の職業人は、ここ当分休んでいると嘆く。
夜半までテレビで、スポーツのためだけではなく、高温で快眠がない、そのあおりで日中は、テーブルに突っ伏して眠ってしまう。私の創作活動は蔀
放ったらかし、全然進んでいない。「もちろんその通りですが」の校正3校が戻ってきてテーブルの上に載っているのに。
やがて、本の出版という嬉しい出会いが待っている。その裏では、構成、校正という厄介な作業が待っている、この仕事は著者に与えられた、試練である。もちろん出版社は、高度な技術で編集をしてくれるが最終の砦は作者本人の意気込みにかかってくる。作者の中に熱意、闘争心がなければ、いい本ができない。ある意味でスポーツと似ている。本を出版するたびにこの経験して、いつも、もう嫌だ、辛い、決して本など出版しない、と心に誓っているのに、性懲りもなくまた自費出版したくなる。
初めて本を出版してから、今年で15年経つ、単行本も11冊目に入る。
そこで考えることは、1冊でもいいから3塁ヒットぐらい飛ばしたいものだ
と。本の神様がおられたら、一度降臨して下さいませんか。私に、本を出版
して良かった、という喜びを味わわせて下さいませんかと、祈りたくなる、「吉田輝星」ピッチャーにあやかりたい。(30・9・8)
 

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