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相川さん、荻野さんの意見を参考にしてアンケートをとってはいかがですか?

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2018年 9月26日(水)15時39分39秒
   永野さんの「群系」愛には感服致しますが、熱くなり過ぎかなとも思います。私などは、もう次号で店じまいかなとも思っていますので、ここは冷静に資金などのことを綿密に考えるべきかと思っています。

 詩人の場合は、その年度に出した「詩集」によって評価がなされますから、本にしなくては始まりません。
 所属する「木偶」からも二人は大きな賞をとってますが、だからといって詩の場合、それで生活できるわけもなく、栄誉だけのこと。高々、狭い詩壇に一時話題になるだけのことかと。

 まずは、住んでいるところの「文学賞」から挑戦しませんか・・・わたしは賞に挑戦したのは、若い時にシナリオコンクールに一回だけ。私は競争には全然向いていないので、それ以来やっていません。
 ですから、小野さんの長年にわたる挑戦を偉いと思っております。

 まずは、「群系」次号にてアンケートをとることを提案いたします。
 
 

群系双書案について

 投稿者:相川  投稿日:2018年 9月26日(水)13時13分13秒
   永野さんの提案は、『群系』誌所収の論稿になかには優れた作品も多いので、それらを集めて書籍として出版するという内容であったかと思います。主旨は良く理解できて賛成ですが、お金の絡む問題なので、編集委員の方々が慎重に検討されるよう望みます。というのは、文学誌同人はえてしてお金(会費の多寡)に無頓着であまり意見を述べなくて、しかしいざお金を払う段階になると目覚めて余計な出費をしたくない、それなら会を辞めようかという事態になりかねないからです。
①前回の寄付要請が成功したことを踏まえて、同人にはボランティア精神で寄付を厭わない方も多いとの判断について……自分たちがこれまで投稿してきた同人誌の発行が赤字で危ういという状況に直面して、初めて、この1年間に投稿した執筆者に限定して、緊急避難的に寄付を募ったから、募金してくれた同人が多かったのだろうと思います。
 一部の同人の作品を載せる書籍の出版のために、恒常的に寄付を求めても、期待外れに終わることが危惧されます。私の感じでは、年4000円の会費を5000円に引き上げ、値上げ分1000円を書籍出版の補助にあてるといった程度なら、無難です(一口一万円は多額にすぎる)。

?書籍出版費の捻出方針……基本的には、その書籍に論稿を載せる執筆者が掲載料のつもりで負担するべきです。ただ、出版書籍のページ単価は同人誌のそれより高いですから、一部を年会費の値上げ分の転用などで補填する。となると、双書の発行を年2冊は過重で、5年に1冊程度が分相応のように思われます。
 以上、さしあたりの所感まで。
 

群系叢書(仮題)刊行の提案

 投稿者:管理人 iPad 5599  投稿日:2018年 9月26日(水)10時52分3秒
編集済
      荻野編集部同人のお言葉もありましたので、くだんの「群系叢書」なるものの刊行への提案素案を掲出させていただきますね。メールとは違うので、一部個人名などは割愛させていただきました。今後、編集部のみならず、関心のある同人その他の方のご参集をもっていろいろ話し合う機会があれば、と思っております。

                                        ◯

編集部各位
  先日は合評会、ご苦労様でした。
  群系同人の文学に対する熱意は、その後の掲示板書き込みにも現れていますね。
  ほんとに、こんなすごい論考などが掲出され、定期的に刊行されている文芸同人誌は、他にはそう多くはないのではないでしょうか。

   本誌は先年全国同人雑誌大賞を授与され、今年創刊三〇周年も経て、このかん40冊もの既刊号を世に送ってきました。最近はCINIという学術機関の登録もされ、広く全国的にも(一部海外にも)検索されるようになってきました。後は、懸案の新規群系ホームページを作成して、方々の作品をネットにアップすることですね(いま準備をしつつあります)。

   さて、これだけの論考・作品をこのまま雑誌だけにしておいていいのでしょうか。いま、世に活躍している批評家・作家は、自費であれ何であれとにかく本にして出版されています。例えば、批評家にしろ、当方がこの間注目してきた、新保祐司、高澤秀次、富岡幸一郎、樋口覺、鈴木貞美氏などは、沢山の著作を世に問うています。文末にその一部を掲出しましたが、論じられる対象文学者からみても、彼らが現代のこの国において、重要な着目・視点から、問題を切り込んでいるのがわかります。(その他、むろん江藤淳、松本健一、井口時男氏なども注目)。

    問題は先立つ物、ということでしょう。なかなかその点で厳しい状況が今まであったことでした。また、一部の有為の同人の方の自費出版はあったものの、自ら本を出すことに遠慮されている同人も少なからずいらっしゃいます。しかし、このことで長く著作が出ないということは、広くこの国の文学界においても損失ではないでしょうか。近く、野口存彌氏の論考集『昭和の三人の女性作家ー大田洋子・森茉莉・佐多稲子』がやっと版元(武蔵野書房)から発刊されるようですが、野口存彌氏の特集が本誌においてこのように継続して組まれているのは、ご著作がしっかりあったからです(それも年譜とともに時系列で整理出来る)。

   そこで、先立つ物の捻出を如何にするか。この点について、編集部では先に重要な経験を経ました。実は、39号で、本誌は創刊以来初めて赤字を計上することになったのでした。これは依頼原稿扱い、転載、その他が重なって入金できない部分があったので、この際、同人・購読会員の皆様に事情をお訴えしたところ、10万円お二人、5万円、2万円、その他、多くの方々がカンパされ、累計38万円にもなって、赤字解消どころか、その後のための用意にもなったのでした。
  このことを鑑みると、同人・会員には実に善意の、かつ見返りを求めない多くの人がいるということに今更気づいたのです。

   現代のネット社会では、クラウドファンディングという資金調達法があるようです。むろん、素人の当方には手がける手段もわかりません。でも脚下照顧、わが「群系」誌には、それに代わる、大きなちからがあるではないか、ということです。
   現在、本誌には執筆者・購読会員など、会費を振り込んでいる方は70人、いらっしゃいます(この数は、この数年減りもしませんが増えもしません)。この方々からいただく会費は一人二千円ですから、全部合わせても、14万円に過ぎません。これでは本の出版には到底足りません。
  そこでこれをお一人一万円にするとどうでしょう。50人だけでも50万円になります。自費出版は、先日の合評会の小野さんの発言にあったように、よその出版社では軽く100~200万円はかかります。しかし、そこは我らが龍書房では、ハードカバーでなければ50万円で出来るのです(医師の成瀬勝俊さんの、あの厚い創作も、部数が少なかったので、それくらいで出来ました)。100部でもそれ以上でも同人あるいは外部の友好誌の方々に買っていただければ、バックも見込めます。
  問題はどのような名目で、お金を集めるか、というと、これは例えば「群系債」とでも称して、一口一万円で購入をお願いするのです。当然一口のみならず数口、お買い求めの方もいるでしょう(お名前は伏せますが、会社経営や組織の長にある方などからは、いつも本誌にカンパをいただいています)。その他意気に感じて、群系債権を購入していただく向きはあると思います。

  さて、ではその見返りは何か、というと、御自分の論考・作品もいつか本になるかもしれない、ということでしょう(何よりも、意気に感じてご購入いただく方もいると思います)。

   当方がいま暫定的に思っているのは来年を初年度として向こう5年間で、年に二回、合計10冊以上の「群系叢書」を出すことです。もちろん、この中には、批評集だけでなく創作集もあることでしょう。で誰の、何を出すかは、今までの投稿者の希望と編集部などの調整を経て決めましょう(むろん、中には本誌以外に初出のものもあっていいと思います)。
   こうした叢書を継続して出していくことは、業界にも相応のインパクトもあると思います。

   大事なのは、今、でしょう。冒頭にも書いたように、雑誌掲出だけでは広く知れ渡らないのです。本になれば、それこそ検索して出るし、Amazonで購入ということもありえましょう。また、群系債を購入する皆さんも、いつか自分も、という励みにもなると思います。

   どうでしょうか。一つの素案の提起ですが、龍書房の担当・渡辺さんにも相談したところ、この数号なら、まだデータがあるとのこと。皆さんの賛意と励ましがあれば、これを同人・会員各位へのお手紙、としていきたいとおもいます。
   いかがでしょうか?
  ナガノ拝

※  なお、一般会員を増やす手立てとしれ、会員各位の教え子の学生さんに購読会員になっていただくのはどうでしょう。本誌会員には大学教官が多いのですが、国文専攻のそれら若い人に会員になっていただき、そのうち短いものでも投稿していただくのはどうでしょう。70人から100人に増やすには、能動的な手段も必要でしょう。

【参考】
  著作は一部掲出です。後は検索でご覧下さい。
新保祐司(1953~) 都留文科大学教授
『内村鑑三』(構想社 1990/文春学藝ライブラリー(文庫) 2017)
『島木健作 義に飢ゑ渇く者』(シリーズ民間日本学者・リブロポート 1990)
『批評の測鉛』(構想社 1992)
『正統の垂直線 透谷・鑑三・近代』(構想社 1997)
『信時潔』(構想社 2005)
『シベリウスと宣長』(港の人 2015)
『「海ゆかば」の昭和』(イプシロン出版企画 2006)

高澤秀次(1952~)
『辺界の異俗(フォークロア) 対馬近代史詩』 現代書館、1989年。
『昭和精神の透視図ー大衆の形成からポスト・モダンまで』 現代書館、1991年。
『江藤淳 神話からの覚醒』 筑摩書房〈戦後思想の挑戦〉、2001年。
『文学者たちの大逆事件と韓国併合』 平凡社新書、2010年。
中上健次 『現代小説の方法』 編、作品社、2007年。
絓秀実、宮崎哲弥 『ニッポンの知識人』 ベストセラーズ、1999年。

富岡幸一郎(1957~)
『戦後文学のアルケオロジー』(福武書店 1986年)
『悦ばしき神学 カールバルト『ローマ書講解』を読む』(五月書房 2004年)
『最後の思想 三島由紀夫と吉本隆明』(アーツアンドクラフツ 2012年)
『北の思想 一神教と日本人』(書籍工房早山 2014年)
『日本の説教3 内村鑑三』(解説、日本キリスト教団出版局 2004年)
『私小説の生き方』秋山駿共編 アーツアンドクラフツ 2009年
『稀代のジャーナリスト・徳富蘇峰』杉原志啓共編 藤原書店 2013年

樋口覺(1948~)
『富永太郎』(1986年、砂子屋書房)
『一九四六年の大岡昇平』(1993年11月、新潮社)
『三人の跫音 大岡昇平・富永太郎・中原中也』(1994年2月、五柳書院)
『中原中也 いのちの声』(1996年2月、講談社選書メチエ)
『三絃の誘惑 近代日本精神史覚え書』(1996年12月、人文書院)
『富士曼陀羅 三島由紀夫と武田泰淳』(2000年11月、五柳書院)
『日清戦争異聞 萩原朔太郎が描いた戦争』(青土社、2009年)

鈴木 貞美(1947年~)
著書
『転位する魂 梶井基次郎』(鈴木沙那美名義)社会思想社・現代教養文庫、1977
『蟻』(鈴木沙那美名義の小説)冬樹社、1979
『人間の零度、もしくは表現の脱近代』河出書房新社 1987
『モダン都市の表現- 自己・幻想・女性』白地社 1992
『現代日本文学の思想―解体と再編のストラテジー』(トランスモダン叢書)五月書房 1992
『「生命」で読む日本近代―大正生命主義の誕生と展開』NHKブックス:日本放送出版協会 1996
『梶井基次郎 表現する魂』新潮社 1996
『日本人の生命観-神・恋・倫理』中公新書、2008
『戦後思想は日本を読みそこねてきた 近現代思想史再考』平凡社新書、2009
『「文藝春秋」とアジア太平洋戦争』東アジア叢書:武田ランダムハウスジャパン、2010
『「文藝春秋」の戦争: 戦前期リベラリズムの帰趨』筑摩選書、2016 上記の改訂増補版
『入門 日本近現代文芸史』平凡社新書、2013
『戦後文学の旗手・中村真一郎―「死の影の下に」五部作をめぐって』水声社、2014
『近代の超克―その戦前・戦中・戦後』作品社、2015
『宮沢賢治―氾濫する生命』左右社、2015
『『死者の書』の謎―折口信夫とその時代』作品社、2017
共編著 編集
『モダン都市文学 2 モダンガールの誘惑』平凡社 1989
『モダン都市文学 4 都会の幻想』平凡社 1990
『大正生命主義と現代』河出書房新社 1995
『雑誌「太陽」と国民文化の形成 』思文閣出版 2001
『満洲浪曼』全7巻別巻1 呂元明、劉建輝共編 ゆまに書房 2002
『梶井基次郎『檸檬』作品論集』クレス出版 2002
『技術と身体--日本「近代化」の思想』木岡伸夫共編著 ミネルヴァ書房2006
『石川淳と戦後日本』ウィリアム・J・タイラー ミネルヴァ書房 2010
『明治期「新式貸本屋」目録の研究』浅岡邦雄共編 作品社 2010

 

永野さんへ

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 9月26日(水)09時51分32秒
編集済
  私は「群系」に関わらさせていただいて8年目に入りました。年次的には「新参者」です。”これからの群系の会”という大きな課題は、読書会、「群系」発足時ないしは「葦の会」からの先輩諸氏の意見が、まずもって求められていいはずかなと思いますけれども、浪々の身の私を救いあげてくれた「群系」は、私に取ってホームグラウンドです。(命綱かな?)。なので息せき切って意見を述べます。

これまでの30年にわたる同人諸氏の苦労作をそのまま放置していてよいのか、と永野主幹は言っておられ、しかも「編集部として」とクレジットされていますが、記憶する限りそのような議論は私はしておりません。主幹自身の発言と編集部合意としてまとめられた発言は、区分してやっていただきたいと思います。
群系叢書として本にするとした提案は、「群系」の根幹に触れる問題だと思うので会員の皆様が考えるべき提案ではないでしょうか。(数日前に私へメールでその懸案および「叢書」なるものの企画を知りました。)
したがって永野主幹の提案内容を詳しく、この板に掲示していただきたいのです。

※ついでに言わせていただくと、主幹は「こんなにすごい同人誌は他には無い」「第二の『近代文学』を目指す!」とかの自画自賛的な評価をなんども掲示板に書かれておられます。これまでそのような高揚した発言はなかったと思いますが、おそらく「全国同人誌大賞受賞」が契機なのでしょう。掲示板はインタネットです。全国の同人誌の方々が閲覧していますから、このような高揚した文章を掲示してもいいのか、と感じます。”第二の近代文学”(?!)…恥ずかしい、とも。少なくも私はそのような評価を持っておりません。
私にとってあの受賞はこのうえない栄光でした。何度も言いますが選考委員の方々が“群系批評”の形式的本質を見抜いて高く評価されたこと、(私はたかだか数年にすぎませんが)同人諸氏の長年のたゆまぬ研鑽、そしてなにより文学を愛してやまぬ心映えが「報われた」という感想に尽きるのです。
そうしたことからも思うに、大賞受賞は大きな栄光であるには違いありませんがそのことは、単にひとつの(よくアスリートが使う)「通過点」に過ぎません。言わせていただくなら文学は「永久運動」そのもの、栄光の感動に何年も浸っていることは”停滞”以外にほとんど意味はないし、受賞したからと言って筆の高品質が保証されるわけでもない。ついに文学活動は一人きり、報われたということです。私はそのように考えています。また、考え方として大賞を受賞したのは表向きは群系「誌」であるけれども、内実は群系「会員」なのですから、永野主幹の提案している「群系叢書」なるものの起案に直線的につながるのはどうなのかと思います。(会費の値上げにかかわることですから)。

意気軒高、高いプライド、もっと積極的に。

しかし土屋さんの批判的な感想や、このところの市原さんの合評会不参加の連続は、なにやら主幹の不分明な高揚感、自画自賛、から本誌が当初の姿の群系から変容しようとしていると誤解されているのではないかと邪推しているのです。(お二人、間違っていたらスミマセン)

私はそう思いますので、皆さんのご意見、ご感想を伺いたいと思う次第です。

 

群系の会のこれから

 投稿者:管理人 iPad 5599  投稿日:2018年 9月26日(水)08時48分9秒
      ここのところよく雨が降りますねえ。夏の酷暑の後は、秋の長雨ですか。
    当方、駅までは自転車で行くので雨の日はほんとに困ります。それでもこれまでは空模様を見ていい塩梅のときに家を出たり、帰宅時も見計らって待機などしていましたが、昨日は(先日に続き)、iPadの雨雲情報を時間軸で見渡しても小止みになる時がないとわかったので、雨中決行、帰宅の途に着きました。当然サドルや荷台も雨粒いっぱいなので、沢山のティッシュで拭きました(当方は、いつも多く携行しています)。
   ま、風邪をひかない点だけはいいのですがー。

   「群系」誌の論考を巡って、この板でもだいぶ議論が出ましたが、外部の有力な批評家からも言及があったりしました。また、まだ次号特集取り組みへのご参画の返信は全部は来ていませんが、それでも大筋の結構は見えてきていて、次号も問題作が掲載される見込みです。(確かに、募集要項発送から締切まであまり猶予がないのは恐縮です。でも自由論考の方をはじめ、多くの方は前から準備されていたようです)。今年中、12月半ばに刊行するということですが、このところ版元の龍書房さまのお仕事がテキパキしているので、締切10月末のところ、一部の方は11月半ばになっても大丈夫ですよ(ご連絡下さい)。
   なお、「群系叢書」(仮名)として、既刊号の論稿などを収めた著作の刊行、について編集部の素案を常連の投稿者の方などに送らせていただきましたが、いかがでしょうか。費用についての提案も含め、これから同人皆の検討事案となり得るものでしたら、本掲示板への掲出も含め、同人・会員の方皆さんにお送りしたいのですが、まだこれについての賛否、ご意見がありません。どうぞ、全くの絵空事だ、というご批判でも何でもお寄せ下されば、と思います。当方の気持ちは、これだけの論稿を雑誌のままにしておいていいのか、それにつきます。
 

富士山・宝永山の碧天・白雲

 投稿者:名和哲夫  投稿日:2018年 9月25日(火)08時29分46秒
  富士山・宝永山の碧天。  

土倉さんコメントありがとう

 投稿者:石井洋詩  投稿日:2018年 9月24日(月)12時26分39秒
  土倉さん、過褒なコメントをありがとうございました。
明治から現代まで広い視野で文学を考えておられる、文学を愛してやまない土倉さんからの言葉、大変嬉しく読みました。

『死の棘』について次のエピソードがあります。つかこうへいさんとの対談で、つかさんが土倉さんと同じように「笑ってしまいました」と言うと、島尾さんは「そう読んでくれると大変嬉しい」と応えたそうです。文学の悪はユーモアを秘めているんですよね。

40号の「春と修羅」の読み、大変引きつけられました。トシに御令息を重ねられながら主情に傾かずトシと賢治の心の中に分け入り、そこに二人の「愛執」を読みながら末尾で「どんなに作家が裸にされようと」生まれた作品は独立した存在としてある」と結ばれていること、文学の大切な読みのあり方を提示されているように思います。

蛇足ですが、賢治の親友の斎藤宗次郎は内村鑑三の高弟ですね。その関係から賢治はキリスト教にも親しんでいたようです。斎藤の資料は目黒区の今井館資料館にあります。
 

誰かの書評を41号へ載せてほしい

 投稿者:相川  投稿日:2018年 9月24日(月)11時11分41秒
  永野さんへお願い

 『群系』40号をみると、《新刊紹介》コーナーがあって、昨年から今年にかけて出版された本が3冊挙げられています。これらを単に《新刊紹介》にとどめずに、次号41号で《書評》として取り上げてもらえないですかねえ?『群系』で自著を《書評》として取り上げてもらう場合、著者は書評者へ1冊寄贈と掲載料2ページ分を負担、書評者もまた労多く益のない読解作業を負担しなければならない訳です。読者の少ない同人誌において、影響力の少ない《書評》に魅力を感じなくて、書評の本数が少ないのも致し方ないところです。

だが、そこを永野代表の『群系』愛――つまり文芸同人誌としての必要要件(コンパクトな文芸情報や同人の文芸活動の近況報告の提供、記事の多彩さの確保など)を充たさなければならないという情熱――によって、著者と書評者へ掛け合って、せめて一冊くらいは《書評》掲載にこぎつけてもらえませんか?

 というのは、私にも下心があって言っております。私はブログ「文学書等のブックガイド」と「文学作品評アラカルト」という2つをやっていて、前者は1000字程度、後者は2~3000字程度の書評(一部に評論)を載せています。もともとは寄贈された本(文芸誌に限らない)への礼状替わりに立ち上げ、年数本程度を載せる、そして本数が足りない場合は『群系』と『文学街』に掲載された短めの書評(一部に評論)の執筆者へ頼んで、無料で転載させてもらってきました。ただ、最近は『文学街』の方が代表の体調の都合で月刊誌から年数回誌へと減少しているので、転載書評のソースが不足しがちです(将来的には2つのブログを1つに絞る)。それで、『群系』41号に誰かに書評を書いてもらい、それを無料転載させてもらおうと思っているのです。
 以上の状況でのお願いですが、宜しくご検討くだされば幸いです。
                              相川
 

戦争文学と私小説

 投稿者:管理人 iPad 5230  投稿日:2018年 9月23日(日)20時38分36秒
      草原氏と石井氏のご投稿を読んで、人の人生とこの国の歴史、そして文芸表現というものに思いを致しました。
    まず改めて島尾敏雄の特攻基地があった加計呂島をGoogleの地図で調べ、さらに徳之島も確認しました。ともに沖縄の北、鹿児島県にあるのですね。「徳之島」という名前で思い出し、気になったのはあの戦艦大和の沈没地点です。確か吉田満の「戦艦大和ノ最期」には、「徳之島の北方の沖合」に沈んだという記述があったように覚えていたのですが、Wikipediaによると、「坊ノ岬の沖合」とありました。
    「群系」が創刊される前、二年ほど続いた読書会(「葦の会」)では、芥川や太宰、漱石「明暗」なども取り上げられていましたが(医学生だった鎌田氏も精神医学の本を解説)、その中で、この「戦艦大和ノ最期」もやりました。担当の同人は一言、「圧倒されました」と切り出されましたが、実にこんな表現作品は他になかったです。当時主計官として大和に乗り組み、文字通り九死に一生を得た吉田満の体験を描いたものです。GHQの検閲もあって何度も改稿されたこの作品の決定稿は、カタカナ漢字の文語体で、日本語の新たな表現を創出したものといっていいものでした。
   大和は、沖縄救出のため片道の燃料しか積まないいわば特攻でしたが、あの戦争の悲劇と愚かさはこの「特攻」ということが何十、何百回となされたことでした。小生の創刊号巻頭の文章「生きられた時空間」という拙文の最後に、敵艦の艦砲射撃の中体当たりしていく特攻機を描写した映画の一コマを引用しましたが(映画『東京裁判』小林正樹)、日本人なら忘れてはならない、圧倒的なシーンでした。
   そして奇しくも特攻の生き残りであったのが、戦後文学を創出していった島尾敏雄でありました。その島尾がそうした特攻体験や戦争体験以外に、後に妻との生活を描出した「死の棘」(日本文学大賞)を書いたのも不思議な因縁です。小生は、同人高比良直美氏のご著の書評の関係で、この大作を読むことになりましたが、読後の感銘はいまでも覚えています。
    戦争文学と夫婦の私生活、ちょっと思うだけでは、皆同じようではないか、と読みもしないで思われがちですが、実に文章表現とそれの読書は圧倒的な追体験を味わわせてくれるものでした。あげた二つは、全く分野は異なるものですが、ともに作者自身の実体験を素材にしたものでした。私小説のジャンルの外縁もふくめて、この国の文学表現のありようも巡って議論のあるところでしょうね。
 

草原さんの石井さんへの論評から思うこと

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2018年 9月23日(日)19時58分2秒
   「群系」合評会にやもえず欠席の方々の作品に対して少しでも感想などを残せたらいいかなと思いました。次号で編集部扱いで短評などでいかがでしょうか。
 石井洋さんの島尾敏雄「徳之島航海記」も改めて読んでみると作品論の組み立て方として理想の形に思えます。関連作品への追及、先行論文の検証など完璧と思います。島尾は難しく苦手ですが、かって「死の棘」で、泣き笑いした覚えがありますので(人間喜劇)謎ときはしたいとは思っております。石井さんのねばりには感嘆しております。御健筆をお祈りしています。
 

草原さん論評ありがとう

 投稿者:石井洋詩  投稿日:2018年 9月22日(土)23時21分28秒
  草原さん、「『徳之島航海記』の謎を読む」について懇切に論評をしてくださってありがとうございました。
節論で主題とした反軍的思念に関わる問題を読み取って頂いたこと、嬉しく拝読しました。島尾さんの戦争小説については多くの批評家がいろいろな側面からアプローチしており、読み方もパターン化してきているように思います。しかし、島尾さんが作品に施したプロットのからくり、ディテール間の連関、表現の重層性など小説の構造に即した読み方はあまり試みられてはいないように思います。
私が島尾さんの小説に惹かれるのは、小説の構造を読み解くことによって物語の奥に潜む根源的なものに出会えるからです。そうやって「徳之島航海記」に見えてきたものが反軍的思念でした。
草原さんが言及されている「死の棘」論もそのような読みを試みたものでした。「登場人物をめぐる詳細な考察のモチベーションが、個人的にはわかりにくかった」とご指摘のあった「モチベーション」は上記のところにあります。現実の島尾夫妻と小説の妻と夫を切り離す重要な方法として「登場人物の視点」を捉えているからです。付け加えれば、その読みの中で見えてきたことは、人間の根源的な悪です。だから私は『死の棘』を悪からの離脱を試みつつける人間を描いた宗教小説として捉えています。その過程で妻と夫の愛は変化していきます。狂気の妻は夫を導く存在に変わっていきます。異界に生きる妻の世界に同化することによって夫は内部の悪との戦いに入ります。そのよう読みをすれば草原さんが「身辺雑記小説を超えて、神話的・宗教的なオーラを漂わせている」印象を持たれたのはよくわかります。『死の棘』の読みの方向は異なりますが、ご指摘頂いたことを次に生かしたいと思います。
文化史的状況への広い視野の中で、対象を多面的に捉えて、犀利にしかも情意への配慮を失わずに考察する草原さんの論考にはいつも啓発されています。40号の「谷崎論」では特に自我構造のあり方についての視点には眼を啓かれました。「幇間」を主題にこれだけ幅広く谷崎文学を論じた批評はないのではないでしょうか。
 

「島尾敏雄『徳之島航海記』の謎を読む」について

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月22日(土)06時25分34秒
編集済
  ■どこの同人誌の合評会でも、時間の関係上、
出席者の作品中心の議論になりがちですね。

残念ながら、会ではあまり言及されなかったのですが、
下のコメントで永野さんが少しふれられているように、
今回の石井洋詩氏の連載の島尾論「島尾敏雄『徳之島航海記』の謎を読む」は、
たいへん読み応えのある内容でした。
これまでの連載では、島尾の『死の棘』という小説には私も感銘を受けていたものの、
登場人物の視点を巡る詳細な分析のモチベーションが、個人的にはなかなかわかりにくく、
論全体の主旨が見えにくい印象を受けていました。


■しかし、今回40号の論考「島尾敏雄『徳之島航海記』の謎を読む」においては、
特攻隊部隊長(特攻艇/空ではなく海)時代の島尾敏雄の内面にメスが入れられ、
焦点を絞った明快な問題意識が主軸となった説得力に富んだ論考だったと思います。

『死の棘』は、描写されている現象だけを読むと、
「私小説/家庭小説」の典型のような作品ですが、
「自分の体験した事を、正直に、嘘偽りなく、赤裸々に書いた」類いの身辺雑記小説を超えて、
何かしら、神話的・宗教的なオーラを漂わせている作品といった印象がある。
島尾の作品と、他の私小説のどこがどう、違うのか。
その謎とは何なのか。
ミホさんと結婚する以前、「家庭」以前の島尾敏雄の葛藤とは何だったのか。
ここで、島尾夫妻においては、単なる「夫―妻」の日常的位相と、
「軍神―巫女」との神話的・潜在意識的位相が、つねに重なり合う。
そこに狂気と嫉妬、愛憎と至福との複雑な心理が、悪夢的に絡み合う。


■今回の「島尾敏雄『徳之島航海記』の謎を読む」では、
軍隊組織と「私」との葛藤、
國體護持という大義と「私の内面」との葛藤、
命令者(特攻艇という自爆死の命令者)の欺瞞と、部下への絶対服従の強制の問題が明示されている。
そして、戦争中演じることを強いられ、島尾自身なじむことができなかった「島尾隊長」という"ペルソナ"の問題。
こういった重くるしい過去を、島尾はあの暗く俯いた温顔に秘めていたかと思うと、
(安岡・遠藤ら「第三の新人」仲間の仇名はインキジノフ)
やはり『死の棘』を頂点とする島尾作品には、さまざまな実存的ミステリーが
いまだ未解明のまま隠されているように思われます。

今回の石井氏の論考は、島尾文学創造の前史をも含めて
その辺りの核心的な謎の究明にアプローチしている優れた論考だと思いました。



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【蛇足的参考】
カトリックの神父さんが
島尾ミホ原作の映画『海辺の生と死』と、島尾敏雄について語っています。
かなりキリスト教寄りですが。
http://www.fukuinnomura.com/?tag=%E5%B3%B6%E5%B0%BE%E3%83%9F%E3%83%9B

映画『海辺の生と死』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=wi23Xq2SZBg






 

風邪にご用心。早朝読書をめぐって。

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2018年 9月21日(金)06時16分51秒
   今朝は一気に冷え込みました。毛布一枚でやすんでいたら、寒くて眼がさめました。掛け布団をだすのも面倒だったので、長そでのブラウスを羽織り朝の読書。先日の「群系」合評会で坂井さんから頂いた「風」を読む。大堀さん、土屋さんなどお馴染みの方々の小説には特別の思いがめぐる。坂井さんの小説も「群系」作品と違ってリアリズム。随所に坂井さんらしい表現があって面白い。坂井さんは本質的に詩人なのでしょう。わたしも普段、詩を書いているから、リアルな文章の中に詩的表現が混じってしまう。川端康成は上手いですね。リアリズムの中に自然に詩的表現が生かされていますね。

 今回、久しぶりに「随想」として日常生活のことを書いています。一行書いては気づくことがあり考えこんでしまう。「風」を読みながら、つくずくと思っています。小説の中の人物造形の難しさ。
 先ず、厳密な人物のデッサンが必要かなと思っているところ(自分自身も)。心理描写だけでなく、身体の動きも大事かなと。

 今、我が家は孫の拾ってきた「猫」に翻弄されています。生後一か月の子猫は何処にでも登ってしまう。テーブルの上に食べ物は置けないのです。いろいろと事情があって、当分、我が家で飼うことになりそうで複雑な気持ち。自分の身体を動かすのがやっとのわたしと夫が、どうやってこの猫の面倒をみてゆくのか・・・でも、連れてきてすぐに排泄の始末をきちっとしたのには感動してしまった。二歳くらいまでオムツのとれない人間の子供のことを、改めて考えています。しかし、猫は野生を生きてますね。身のこなしは豹のようです。野生動物では豹好きのわたしですから、多分、可愛くなってしまうのかな。困っています。

 急にに初冬の気温です。みなさまご自愛ください。
 

塩原、ブラタモリで紹介されていましたね

 投稿者:管理人 iPad 4770  投稿日:2018年 9月20日(木)10時46分33秒
編集済
     あ、齋藤さん、お久しぶり。ご投稿ありがとうございます。
   塩原について、先日、NHKの「ブラタモリ」でやっていましたね。塩原がいかに観光地となっていったのか、その由来と歴史をやっていました。齋藤さんを思い出し、さぞ喜ばれているのではないかと思いました。ほんとに、同人たちと伺えればと思います。

追記
   昨日(22日)は、ブラタモリ、宇都宮編でしたね。二荒山神社が関東の一ノ宮、そこがナマってウツノミヤ、になったという説はなるほどと思いました。また宇都宮城の成り立ちもおもしろく、何より近郊で採石されていた大谷石の話は圧巻でした。東武駅近くの立派な教会も大谷石で出来ているとのお話、当方も若い時訪れたことがあったので、ゆかしく思いました。
   この番組はタモリの個性あっての番組ですね。彼の地質や石などにもみせる強い好奇心と知識、それがあるからこそ、古希を過ぎたと思えぬほど疲れを見せぬ足回りでした。
 

塩原便り

 投稿者:斎藤康夫  投稿日:2018年 9月20日(木)10時32分12秒
  ★ご無沙汰してます。塩原の近況・芭蕉の遊行柳と吉永小百合さん歩いた雲巌寺の散策・この秋は是非来てみてください。塩原観光協会。  

同人誌の方向について

 投稿者:管理人 iPad 4672  投稿日:2018年 9月19日(水)17時15分39秒
編集済
     個人的な、どうでもいい投稿ばかりでスミマセン。
   同人誌について、関東同人誌交流の掲示板に書きましたので、ご参照下さい。

https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs/2039

 

西高東低の首都圏

 投稿者:管理人 iPad 4572  投稿日:2018年 9月19日(水)10時04分13秒
編集済
     地価の価格が公示され、27年ぶりだかに値上げになっていたそうな。珍しいことに、その地価の価格は大都市だけでなく、地方都市、いや思いがけない田舎街にまで及んでいるそうな(瀬戸内海香川県の直島という島嶼が注目されているそうで、そこには草間彌生のオブジェがいろいろあってそれを目当てに観光客や移住してくる若者もいるそうな。驚き!)。
   都内でも、都心や山の手などの高級住宅地よりも荒川区や足立区などの値上がり率が高位になっていた。もとより都心に近く、近年交通網が整備されて、マンションなども建って、ショッピングセンターなども出来て生活利便性が増したからだそうだが、うべなるかな。

    当方の江東区もマンション新築ラッシュが続いています。岩本町まで15分、新宿までも急行に乗れば17分ですからね(ちなみに朝の電車もラッシュ時は乗れないほど。仕方ないので当方20分も早めに家を出て、7時過ぎの電車に乗っています)。
    群系の同人は山の手か多摩、神奈川が大勢で、一部埼玉、千葉、その他全国に渡っていますが、下町は小生だけです。インテリはやはり山の手などと相場が決まっているのですかね。昔から下町周辺(千葉・埼玉)で育って来た当方ですが、仲間と「下町は大学もないもんな」と自虐的に言い合って来ましたが、でも時代はやっと変わってきました。このところ、北千住に芸大と電機大学が移転してき、金町にはあの理科大が来ました。交通網も、足立区など東武伊勢崎線くらいしかなかったのに、つくばエクスプレスが開通し、日暮里から足立区舎人までは、新交通システムが通り、足立区南部を掠め通っているあの常磐線は、上野東京ラインで繋がって、東京品川まで乗り換えなしの直通で行けるようになりました。先輩・ビートたけしは足立区梅島出身、言わずと知れた世紀の英雄です。

    先日、渋谷が百年に一度の大改造だと渋谷川までおしゃれに変わったとカフェの店頭から中継してまで、NHKが報道していましたが、東急大資本による金持ちのための街づくりになぜ天下の公器が加担するのか。さらに品川と田町の間に新駅を作って、これまた大再開発が始まると報道していましたが、都心ばかりかっこよくして、どうするの。またさらに都などの前からの副都心計画で、品川・大崎は驚くほどの高層ビル街になっているし、目黒・五反田・恵比寿も若者受けする街に変容している。
    それにひきかえ、上野はどうだ。当方の青春時代からほとんど変わっていない。あの下谷郵便局跡に出来た京成百貨店が往時の上野と京成の最盛期だったのか(半世紀前)。だいぶ前に丸井に変わったが、その周辺、界隈も変わっていない(唯一、上野松坂屋新館が新築になった)。錦糸町も、東の新宿と一時は言われていたのに、楽天地が綺麗になって以来(これも半世紀前)、代り映えがしない。駅ビル・テルミナも半世紀以上前の骨董品です。都心やそれに準ずる地域ではまだ全然いいのに建物を壊したり、再開発の計画があるというのに。(赤坂プリンスホテルは、すごくかっこよかったのにとりこわし、跡地には全く代り映えしないデカイだけのビルが建った。赤プリは丹下健三設計で、村上春樹作品の舞台にもなったところだ。銀座では、思い出の阪急デパートも、銀座松坂屋も新規のビルに変わってしまった。sonyのビルも新しいものにかわったそうだ。かろうじて四丁目角の三菱スカイリングは今も健在だが、服部時計店同様、万古不易のものとしてもらいたい。中野サンプラザも取り壊しが決まったそうだが、建物の思い出や文化的価値以上に、資本の論理だけで動いている)。

    ダメなのは千葉・埼玉もで、船橋は人口60万人以上の中核都市だが、だいぶ前に駅前にフェイスという、センスのないデカイだけのビルが建って以来、これといった進展がない。どころかあの西武百貨店が閉店になってしまった始末(デパートの閉店は、街の活気を削ぐ大事態。松戸の伊勢丹、柏のそごう、千葉の三越など、このところ立て続けに閉店。埼玉の方は意外に頑張っていて、大宮高島屋はもうだいぶ古いのに営業中。浦和の伊勢丹、もだ。この違いはなぜ?)。

    街の周遊・徘徊、あるいは郊外電車に乗るのは、当方の昔からの趣味。でも、都心の変容は、この国に優勝劣敗を象徴しているかのようで、行きたくもありません。よく銀ブラや日本橋行きなど楽しみという人が昔からいますが、あれはやはり有産(有閑)階級だからの発想でしょうか。いややっかみになりますので、この話は以上で。
 

日常生活での不満

 投稿者:管理人 iPad 4572  投稿日:2018年 9月18日(火)23時37分38秒
編集済
     合評会とは関係のない話ですが、小生が常日頃考えている疑問について。
   それは駐輪場をめぐる不満です。最近は、女性も含めて自転車、特に電動アシストを利用している人も多く、ここ江東区大島付近は、歩道にもそれら自転車があふれています。幼児を前後ろに乗せたママチャリも、お母さん、よく頑張っているなと思いますが、時に通行にヒヤヒヤします。
   で、駐輪場の話ですが、大島駅には二つそれがありますが、当方が利用するところは平置きで便利ということもあって(もう一つはビルの地下の置き場)、いつも満杯です。で番号の付いたラックに置ききれない自転車は、駐輪場の通路スペースに停められます。あとで係員が空いたラックに留置するので、利用者は帰宅時には、ラックに止められた自分の自転車を100円、払って、出すことになります。でも時に係員の爺さんに、もう満車、入らないから他所へ行ってと言われます。そうは言っても、こちらは通院の時間に間に合わないので、時折そこで一悶着があります。
   実は自転車の駐輪スペースは満杯なのですが、真ん中にたいへん広いスペースがいつも空いています。そこは自動二輪、つまりバイクの駐輪場なのですが、いつも半分くらいしか置かれていない。そこに自転車を止めたいと思うのですが、爺さんに見つかると文句を言われる。空いているからいいではないかと言うと、自動二輪は月極めになっていて、いつそうしたバイクが来るかわからない、といいます。でも、ほんとにいつも半分も埋まっていなくて、逆に自転車は通路までいっぱいなのです。それに、この駐輪のラックは満車だと出すのがたいへんで、特にさっき言ったママチャリだと子供用のシートが大きくて、隣りにそれが来ていると、ほんと出し入れに苦労します。また、何より、帰宅時にそのラック番号を確認してから、機械にまで戻ってコインを入れるのは実に二重の手間になります。受益者負担というのでしょうが、大勢が皆この手間にかかっているとすれば、国民的(区民的)なムダともいえましょう。この際無料にした方が、結果時間や手間が省かれ、合理的だと思います。
    江東区は都内でもマンションなど集合住宅が一番多い区だと聞いていますが、それだけ人口が集中、自転車などは区民の欠かせない足となっているのに、肝心の駐輪場がこんな状態ではほんとに困ります。特に、障害者でもある当方は日々の生活に自転車は不可欠です。

    買い物にも自転車は不可欠ですが、あろうことかこの駐輪の機械システムは、西大島のダイエーの駐輪場にも導入されました。一時間以内だかは無料なのですが、それでもラック番号を確認し、機械にその番号をプッシュしなければならない。少しでも長くなるとむろん有料になる。誰が考えたのか、頭にきます。
   それと区役所(大島支所)の駐輪場もいつもいっぱい。こちらはラックはないのですが、階段下のスペースはせまく、いつもとめるのに苦労します(ここは図書館もあるので、母子などもよく来る)。ここはこの際、植栽の部分を削って、駐輪スペースを確保しなければならないと思うが、緑を削ぐのは論外というだろう。だがとにかく、為政者の管理中心の発想で、利用者区民の都合を考えていない。最近路地には選挙が近いのか、候補者のポスターがやたら貼ってあるが、区民に一番身近なことに目がいかないなんて、本末転倒だろう。
 

「群系」№40合評会

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 9月18日(火)09時41分25秒
編集済
  ◆午後1時から午後4時半までの熱い討議による厚みある内容と、その後の懇親会の賑やかな話し合いとたくさんの笑顔は、私がいつも感じる「群系」のアットホームでありながらも互いのリスペクト感に溢れ作者と豊かな批評を交換する、そんな生き生きとした時間を過ごさせてくれました。つまり充実感。皆さま、お疲れさまでした!!

◆「群系」の合評会は緻密な読みによる意見交換が活発なので、サロン的雰囲気に陥らない緊張感に充ちています。だから終わった後はグッタリしますが何かしらの栄養素(小野さんの言われる)を吸収できるから、すぐさまグッタリは次へのステップになる栄養素に転じる。そんな印象をいつも参加するたびに思うのです。

◆今回は創作から開始しました。土倉さんからの提案によるもの。尻切れトンボになりがちな創作批評はこれまでと比べて時間をかけてやれたように思います。特に初参加の坂井瑞穂女史の作品はこれまでに無い(メジャー系にもなかなかない)スタイルを持つものでメンバーから色々な意見が出ました。坂井さんはそれに応じて舌が次第に滑るように動いていった。これからもよろしくお願いします。

◆土倉さんが「わたし、喋り過ぎたかしら」なんて言っておられますが、それどころではない、もっともっと熱く、そのよく通る声で我々への叱咤激励の言葉が欲しいと思います。また浜松から来られた名和さんや近藤さん。「私が思うに」とした批評家の生々しい視点の披露に伴う対象の作品への掘り下げ方、批評スタイルに、ああ、”群系批評”がここにあると感想したことです。(もちろん他のメンバーにも共通することは言わずもがなですが)

◆わたしは第一特集の司会をやらせていただいて毎日40号を読んでまして、特に二日前一日前はずーっと群系批評を読んでいましたので、当日の朝なにやら半ショック状態で頭がフラフラになりました。向かう電車内で「大丈夫かなあ、司会…」と弱気になり五分遅刻してしまいました。二回目です。うーん。それくらい濃度ある作品があったということを、身体(脳味噌)は唯物論的に証明してます(?!)。

今日から41号に向けて読書と思考を再開していこう、と考えています。
 

群系合評会、盛況にて

 投稿者:小野友貴枝  投稿日:2018年 9月18日(火)08時51分49秒
  群系 40号合評会楽しかった、勉強になった、闘志が沸いた、最後に、書き続ける仲間力を貰った。諦めずに、毎日ほぼ毎日、書く時間を確保する、この5時間が必要とする「小説依存性」の私、群系の仲間にあうと、同じ臭いがする。40号のどのジャンルも全て書く、主題への熱い闘志が感じられた。それは昨日今日のものではない。私など、どんなことを言っても、言葉が上滑りしてしまう(評論・論考)昨日はまた、継続力、一人ではないと仲間力を頂きました。お世話様になりました。添付影像は(16日NHK首都圏ネットワークでエキストラ出演、日記¨夢中ばをPRしました。)

http://blog.livedoor.jp/hbk3253/archives/cat_10041481.html

 

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