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スレッド一覧

  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


そうですか。

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月30日(日)23時12分40秒
編集済
  ~私が叱られたんじゃないんですか。

となると、どの投稿のこと?

      (このわずか二行の投稿ですら、すでに「編集済」が入ってます)
 
 

(無題)

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月30日(日)23時03分8秒
編集済
  >編集済という投稿

■わたし個人は、削除はしていませんよ。
再投稿もしていません。

わざわざ下書きなど作成するのがメンドクサク、
ぶっつけ本番で書くことがよくあるので、誤字脱字が多いため、投稿してから直しています。
それと、より明確な文意にするための校正は、ふつうに、しています。
追伸なども書き加えます。

それが何か、問題ありますか?

 

ベートーヴェンと賢治

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月30日(日)18時43分5秒
編集済
  >それでも65名くらいは来てくださるので簡単にはやめられません。
毎月一回、1300円。童謡・唱歌ナツメロなどを二時間思いっきり歌っているときは
憂いを忘れていることでしょう。
車椅子の方、杖の方など身体の不自由な方々も多く、「また、来月、よろしくね」の笑顔に励まされます。

■これはこれで凄いことですね。
継続は力なり。

ところで、土倉さんの論考「春と修羅 『永訣の朝』を巡る想い」にちなんで、
ちょっと、やってみたかったことがあって、
それを今、やってみます。
まあ、ネットの掲示板だからできること……みたいな。


               *


■またまた、何をたくらんでいるかというと、
下の①の賢治の詩「永訣の朝」のページを開きながら、
②の曲「月光ソナタ」を聴くという、
ちょっとした、"アソビ" であります。



①宮沢賢治『永訣の朝』
http://why.kenji.ne.jp/haruto/147eiket.html


②ベートーヴェン - ピアノソナタ 第14番 嬰ハ短調 Op.27-2 「月光」
https://www.youtube.com/watch?v=SGNSZ-b2E7w

■演奏は、フリードリッヒ・グルダ

これは、ものすごく、ゆっくりとした弾き方です。
これが、ベートーヴェンのこのピアノソナタへの
グルダ独自の「解釈」――というものなんでしょうかね。


綺麗に舞い上がる高音部の音は「天の食」「天上のアイスクリーム」か。
「うすあかく陰惨な雲からみぞれはびちょびちょふってくる」部分もあるし、
「おまへがたべるあめゆきをとらうとして
 わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
 このくらいみぞれのなかに飛びだした」
 ような風景も見えてくる…。

 ~ナルホド。



---------------------------------


(追伸)
初版本と後の版では一部表現が違うようですね。

https://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs


 

永野さん、元気を出してください。

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2018年 9月30日(日)16時56分5秒
   パソコンが故障している間に議論噴出でびっくりしてます。新しい事業などを実現させるにはどうしたら良いかを徹底してやることが大切。私も「童謡の会」を主宰してますので、お金の問題は常にあります。観客が減るとすぐにひびいてきますから。自分の懐から出せれば簡単ですが、そうもいかないところが難しい。お客様の高齢化で最盛期の三割減が続いています。それでも65名くらいは来てくださるので簡単にはやめられません。毎月一回、1300円。童謡・唱歌ナツメロなどを二時間思いっきり歌っているときは憂いを忘れていることでしょう。
 車椅子の方、杖の方など身体の不自由な方々も多く、「また、来月、よろしくね」の笑顔に励まされます。

 東京新聞に芥川賞作家の吉田修一の記事が載っていました。彼は作家以外の仕事は考えられないと書き続けたひと。確か、母親が経済を支えていたと記憶してます。今や賞の審査員ですから。
 最新作は「国宝」ですって。主人公は歌舞伎役者。全然知らない世界を勉強して書いたようです。楽しみです。

 読みたい本はたくさんあります。永野さん、昨日、知人の父上がらみでビルマ戦線で戦ったひとの本をいただきました。その中の一冊に野口雨情の言葉がありました。このかたが詩集を出したときに雨情が贈ってくださったようです。
 なんかうれしくて・・・コピーして送りますね。これに関して1ページのコラムを書けるかな。大正7年生まれの予想もしない戦争体験本から、雨情の心持があふれてきたようです。。
 本は思いがけない世界の扉を開きます。
 「群系」次号の編集を頑張ってください。

 
 

次号「群系」はどうなりましょうか

 投稿者:管理人 iPad 6379  投稿日:2018年 9月30日(日)10時54分14秒
編集済
  〉「群系」という一同人誌を、新たな位相に持っていこうという、永野さんの強い気持ちの表れなのだと思います。
今回の永野発言のポイントは、むしろこの、"気流作り"、"気運作り"、にあると思っています。

    草原君のこうした言葉でだいぶ慰撫されましたが、しかしせっかくあれだけ頑張って書いた提案素案(「群系叢書」。26日付)を、直下に「ムリです」と言われ、さらに編集部への手続きも済んでない、とメールでも非常にせいた口吻で何度も難詰されて、当方もこの提案を皆で協議しようという気も失せました。この「健全・良識」派からの批判で、次号の編集会議も開くのに気が重く、目下意気阻喪しています。(投稿予定者にメールを送ることも出来ていません)。
    三〇年間で、これだけ小生に文句を言ってきた人は初めてで、この阻喪した気持ちは、できるなら雑誌刊行も他の人たちにやってもらいたいくらいです。

    敬愛できた野口存彌さんがいらした時は、本誌の運営はスムーズでした。野口さんご自身は何も言わないけれど、こういう方がいらっしゃるということで、雑誌や合評会なども、品格があったように思います。その野口さんの文学をめぐる特集も、第三回目にあたる今回はご投稿予定があまりなく(予定していた人が今回はパスになり)、さらに、野口さんの最後のご本『昭和の三人の女性作家ー大田洋子・森茉莉・佐多稲子』も約束の9月下旬までには出来るという版元(武蔵野書房)からの通知でしたが、末日の今日に至るも、何の連絡もありません。

   特集などのご投稿依頼も、募集要項を送っただけで、一部の方以外、諾否のご連絡をこちらから出させていただいていないのが気になります(今月下旬までに出す予定でしたが、この群系叢書をめぐるゴタゴタで出せませんでした)。本誌は今まで、何度にもわたる編集部の勧誘・勧奨で原稿募集をして、全体のバランスを取ってきたのです。このままでは特集として必須の作家・文学的問題を扱った論稿がないままになりかねません。

    ほんとに、同人誌は、同人の心寄せ・信頼で成り立っているのに、編集発行主体がそれにお応えできない事態が出来していることに、危機感と申し訳なさを感じています(「群系」廃刊の危機?)。
 

群系文学評論の今後

 投稿者:小野友貴枝  投稿日:2018年 9月29日(土)10時48分55秒
  私は、長いこと書いてきて、いつも思うことは、誰かに、読んで貰いたい、読みたいと思う人に届けたい、という欲求、発露で書いています。だから、書く欲求は、読んでくれる人が一人でも多い、事を、だから、書き続けられた。その最短の手段が、応募でした。(同人誌では読者が付きません)しかし落選続きで、落胆の半世紀。ここで読者に届く方策を考え、推薦してくれた友人もいて自費出版の手段で、全国の書店、図書館に並ベて貰える販売手段です、読者に届くよう頑張っています。群系の評論も素晴らしいレベルだと思います。但し有名な作家は、又は作品は、ほとんど評論家が本にされていて、二番煎じ、参考資料扱い?になってしまうという、評論のむずかしさがあります。しかし、まだ新しい論説で戦い、また、評論されていない作品でもっていく手があります。それらを充分編集して一冊にする、群系叢書として、3年?に一度、書店に並べる。高校、大学の図書館に置かれるほとになったら、群系作品集がいきる。私の経験では、いまの同人誌では読者に、参考にしている文学研究者にトドケラレナイ、と言いたい、と言いいたかつたのです。本気で意気ごみがあれば出版社がつきます、また低価格で出版できるかも。?。きょうちょのたいへんさは、校正よりも、構成でしょうか?  私は、いま、「もちろんっその通りですか」最終校でおちこんでいます。手前かってな作品で、読者が届くかどうか悩んでいます。今年はじめにだした、長姉の歌集が茨城県芸術祭の文学賞に(短歌部門)、読者推薦でノミネートされています。「光そこここに」一位で優秀賞狙っています。これもじひしゅっぱんでさす。参考に。

http://blog.livedoor.jp/hbk3253/archives/cat_10041481.html

 

本人は別に反応しなくてもいい相川コメント所感

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月28日(金)19時37分0秒
編集済
  さて…。


~などと、思わせぶりに書きましたが、
このヒトにコメントしても、センザンコウでも相手にしているみたいで、
いかにも退屈そうなので、やめにします。
どうやら、ご自分は「論理的な理智派」だと暗に主張されておられるようなので、
その大切な自意識を、傷つけてもいけませんから。
また、あえて先日の「誰かの書評を41号へ載せてほしい」コメントを例に挙げて、
https://8614.teacup.com/snagano/bbs/11806
いかにも、人間心理に疎い人の書いた「お願い」文章のようだ、などとも、申しません。


まあ、
しいていえば、なんですか。

>日本語では「情に流される」と表現します。

などと、日本語について、云々されていますが、
「情に流される」は、それこそ、用語ミスでしょう。

これでは私が、いかにも優しい「情に掉させば流される」(漱石「草枕」)ような人情家みたいで、
他者の心の動きに敏感な、憐れみ深い善人に見えてしまい、
相川氏としては、むしろ不本意な表現だと思います。
多分、氏の言いたい事を伝えるのならば、「感情的な」……ぐらいが、日本語としては、適切な表現でしょうね。
どうも、実際の喋りだけではなく、書き言葉のほうでも、滑舌が悪いようだ。


■それから、相川さんの終活本棚在庫整理のブローカーとして、私と永野さんが指名された理由としては、

>(a)古本屋と交渉して売るのはいわば下積みの労苦作業ですから、群系双書出版に賛同し、
それに情熱を持っている同人でないとつとまらないこと、
(b)一般的に云って「情に流される」人は、行動力に富むという長所があるので、
こうした作業を厭わずやってくれそうなこと、です。

~なんだそうです。
これまた、事実誤認ですね。
あるいは読解力が不足してるのか
(相川さん、ここで挑発に乗ってはいけませんよ。
また、わざわざ所感③を書いて、"本来ならば「打ち止め」にしようと思ったのだが…"、などと弁解しながら
おすおずとコメントしてもいけません。理性と論理と実証のヒトは、知らんぷり、知らんぷり。)

べつに私は、「群系双書出版に賛同」ということは、言っておりません。
相川氏は、勝手に独断的に、狭い思い込みで決めつけておられます。
単純に、提案の不可能性ばかりを性急に言い立てても仕方がないし、
観測気球が地上十数メートル昇ったばかりで、すぐにパチンコ玉で打ち落とすのではなく、
もう少し、あれこれ揉んでもよろしいのではないか、ということを言っております。

>一般的に云って「情に流される」人は、行動力に富むという長所があるので

■申し訳ないけど、この香ばしいばかりに滑稽で無考えな表現、
思わず、癒されて、笑ってしまいますが、
一体、これ、
どこの「一般」から飛び出して来た論理なんですかねぇ。
相川さんの「脳内一般」でしょうか。
これまた、面白い日本語の珍文・奇文・怪文です。

いや、質問ではないので、答える必要はありませんよ。
こんなくだらないコメントに反応すると、
まるで挑発に乗ってしまった、罠に引っかかってしまった、
ということにもなりかねない。
無視するのが一番です。

なにしろ、「打ち止め」宣言のあとで、
すでに、「所感②」まで連載して、"嘘つき"になってしまっていますから。
「目下私は原稿書きに忙しく、この種の議論を時間的余裕がないし、気分でもありません。
今後、質問には一切お答えいたしません。」(←テニヲハがおかしい)という態度を立派に貫くべきです。


               *


■まあしかし、
それはそうと、退屈ですね。
こういうことを書いても、気持ちがどんよりと、暗くなりますね。
あまり相手しない方が、いいかも知れません。

本人も、前もって、ロープにタッチしながら、一切受け付けない、といってますし。
大切なご執筆と、「終活」とやらに、お忙しいらしいので、
当然、このコメントも見ていないでしょうし、
すでに関心もないでしょう。


■そんなことより、永野さんの話です。
永野さんの良いところは、
案外、こういう下町の町工場の社長のような「大風呂敷」が、
堂々と、語れるところではないでしょうか。
提案にはツッコミどころは満載だとしても、前向きでポジティブな姿勢は、見上げたもの。

富士正晴賞だって、正直、私はとれるとは思わなかった。
ごく普通に、評論誌はダメだろうと、考えておりました。
(同人誌の賞がナンボのもんじゃ、という話は置いといて)
こういう、ポジティブなムード・メーカーは、得難いものです。
賞というよりも、むしろ、
吉村萬壱氏の「批評が作品になっている」とか、
勝又さんの「同人誌では、群系を一番読んでいるかも知れない」とのコメントは、
我々にとってありがたいものだった。

■荻野さんは、「第二の近代文学」は恥ずかしいという。
確かに、それはそうでしょう、常識的には。
その批評家・作家たちの実績を、知っていれば、なおさらのこと。
わたしなりに、この意味を勝手に読み換えさせていただくならば、
いささかトーンダウンいたしますが、「第一次戦後派文学を心の故郷とする」となります。

ただ、これ、
雑誌の代表が、一種のキャッチフレーズとして、スローガンとして公言してしまうと、
外野では、逆説的に、目をむかせる効果、というのか、
宣伝・販促効果として、「言ったもの勝ち」みたいな効果は、あるのかも知れない。
反撥、嘲笑、反論を、あえて買って出る道化役――のような。
いずれにせよ、
前向きな暗中模索の精神というか、
「群系」という一同人誌を、新たな位相に持っていこうという、永野さんの強い気持ちの表れなのだと思います。
今回の永野発言のポイントは、むしろこの、"気流作り"、"気運作り"、にあると思っています。



 

荻野さん、失礼いたしました

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月28日(金)11時47分53秒
編集済
  ■荻野さんのコメントは了解いたしました。
わたしの意見は、
「永野さんがせっかく観測気球をあげて様子見をしているのに、
いきなり、矢継ぎ早に〈不可能性の証明〉を並べたてるのはいかがなものか」
という程度のニュアンスに過ぎません。

■池に一石を投じた時、波紋は思わぬ反対側の岩陰で、面白い模様を描くこともある。
こういった議論が逆に、本来の企画は現実化されなくとも、
雑誌の内容面において、別の形で反映されないとも限らない。
これは、「綺麗ごと」でも、「偽善」でもありません。

~端っこのロープに触れながらモノを言い、
「今後、質問には一切お答えいたしません」「打ち止め」などと退場を匂わせつつ、
挙動不審な捨て台詞を吐いていく相川氏と違って、
これから議論が始まる、ブレストが始まる……という荻野さんの「良識派」としての建設的なご意見は、
わかりました。
ごもっともです。

さて…。







 

草原質問について所感2

 投稿者:相川  投稿日:2018年 9月28日(金)10時39分14秒
   草原質問は論理をまとめられる前に感情のままに出された内容のように見受けますので、回答する気になりません。このような感情にまかせて即反応する状況を日本語では「情に流される」と表現します。

 ただ、草原さんが頭に来た要因の一つが、出版する本について議論する場合、費用捻出方法を「後回しにして綺麗ごとを並べるだけでは偽善的だ」と書いた文中の「偽善的」という用語への不快感があったのではないかと憶測します。これはやや用語ミスで、「空々しい」へ変更して、お詫び致します。

 私が費用捻出方法の一つにあげた同人所蔵書籍の群系への寄贈と、それを古本屋へ販売する世話役候補の一人に草原さんの名を挙げたのは、次の理由によります。(a)古本屋と交渉して売るのはいわば下積みの労苦作業ですから、群系双書出版に賛同し、それに情熱を持っている同人でないとつとまらないこと、(b)一般的に云って「情に流される」人は、行動力に富むという長所があるので、こうした作業を厭わずやってくれそうなこと、です。

 前述のように、目下私は原稿書きに忙しく、この種の議論を時間的余裕がないし、気分でもありません。今後、質問には一切お答えいたしません。
 

ご意見、感謝です(改訂版)。

 投稿者:管理人 iPad 6019  投稿日:2018年 9月28日(金)10時02分51秒
編集済
     このところの議論を多とするものです。草原氏のブレーンストーミングの提案は嬉しいものでした。また、相川さんの二度に渡る真摯なご所感は雑誌経理のご経験があった上でのお話で、たいへん参考になり、感謝です。

   提案者の小生が、一時退場の形になったのは、あまりに強い反対(良識派)に怯んだからです。こういう人とこれからやっていけるのか、と思い悩んだからでした。でも、これだけ意見が出たことは、課題はとりあえず俎上に載ったということで、後は機を見てまた議論していくことにしましょう。
   ただ、一言いっておくのは、「不健全な経営」についてですが、三〇年間きちんとやってきたものです。「不健全」ではありません。外野が知らないことを言わないでください(あくまでも39号の時は、入金が少ないという事態が重なったものです。偶然のものです)。
   そして、事態・経緯を知らない良識派は、勝手な理屈を述べている感じが、あれだけの提案を書いた小生には感じられたのでした。

   同人誌は、同人間の信頼と和でもって運営されているものです。むろん、議論はあります。でもそこには人間的な信頼があります。個人的に小生は同人の方々、執筆者の方々を敬愛しています(創刊時から)。この雑誌から立ち去っていった方にも、エールを送りたい気持ちなのです。
    そこには、個人のプライドなんて言葉はこの間出たことがありません。お互いの立場を忖度し、どういう気持ちなのか考えられる人、そういう信頼がないと、会社ではないのですから、こういうゲマインシャフトである同人誌は傾いていきます。これからも皆でやっていこうという敬愛の気持ちと、ご発言がどういう意味をもたらすか一顧することで、お互いの気持ちの行き違いを防げると思います。
 

同人誌に良識派は必要です

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 9月28日(金)09時34分52秒
編集済
  ◆「健全に判断する人々」が良識派の意味ですが、今回の永野さんによる「群系叢書」の企画について、まさにこれから「判断」を交換するブレーンストーミングが始まるわけです。そして「健全」とは何か。健全は言うまでもなく、議論の場ではきちんと理路を通して意見の合致(一枚岩)すること、順不同をしないことにあります。永野さんの個人的な夢と編集部の合意が一致しているという順不同に私は違いますと述べました。そして個人的な夢が群系全体の夢になるべく具体的な案を練るというところで、相川さんと私では一致していて、会費の5倍にとなる値上げで対処しようとするとどういう事態を導出されるか、ということを考えねばいけないということなのです。

◆年金制度ではありませんが、永野さんの「群系債」なるものの提案は、群系会員全体の”互助精神”を恃みとしていますね。若い世代が老年期の世代を支えるように、会員相互が互いを支えるという精神。これを永野さんは、会員の皆様の清らかなカンパニア精神に求めています。初めての前号の赤字決算により募った会員からのカンパは凄いものですが、一方鎌田さんの言われるように「不健全な経営」のツケを払ったということになります。カンパでしたが本来の互助精神から出て来るカンパニア精神によるものなのか、私には良く分かりません。違うように思えます。

◆相川さんと私はこの掲示板に「修正案」を述べました。とくに私は叢書ではない形式を提案したつもりです。そしてこれからの群系は?という問いにたいして公開されたAmazon利用を提案しました。これらについてなんらの反対意見と疑問が出ないうちに、提案者である永野さんが「やはり、難しいものなのか」となにやら嘆息をつきながら退場しています。これではいかにも後味が悪いな、としか感じません。1年に2冊出すとか、会費を1万円にすることを私は絵空事に近いと「判断」しました。そのことについては、相川さんは現実的な(つまり「良識」をもって)修正案を出されています。だから永野さんは退場することはないのです。ここからブレーンストーミングなんでしょ?? 潰すとか潰されないとかの話ではないです。

◆ここ数日このことに関して考えて意見を書いてきました。ちょいと次号の原稿が気になるので、以上でもってこの事に関する私の議論は終わりたいと思います。

(追補) 先の「群系」40号の合評会の席上で、小野さんの「本にすれば読者はついて来る」という意見が印象に残りました。永野さんの「出版の意味」がそれに相当するのでしょう。私は(少し前からなんですが)「群系新書」ができたらいいなと思っていたのでした。個人が自費で出版するのではない「群系」の冠を付ける以上は何かしらの工夫を持たなくてはならない。
発行元を龍書房とするならば、本人負担・龍書房の収支(つまり儲け)の保証・「群系」からの拠出金、としいう三者のバランスをうまく取らなくては、と思います。特に後者2つについては緻密な計算が必要になろうか、とも考えます。

 

もう少しわかりやすく教えてください。

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月28日(金)03時03分3秒
編集済
  ■相川さん、
以下引用のところ、もう少し、分りやすく教えてください。
何度読んでも、前半の文の流れから、どうしていきなり、こういう、ややこしい、狭苦しい論理になるのか、
私にはわかりません。

>?私として草原/永野さんへ引き受けてもらいたいの(世話)は、次の案です。
実のところ、私は終活を始めようと思っていて、書棚の本を処分していきたい。
同じ思いの同人もけっこう多いのではないでしょうか。
それで、売れそうな本を世話役宅へ自費負担で送付(寄付)するので、
それをなるべく高く買い取る古本屋を見つけて売って、それを出版費用に当ててもらいたい。
                                   (相川さんコメント)


■相川氏は、いつのまにか頭の中で、勝手に「世話役」をお作りになられている。
金銭的な代替案がないコメントは、「綺麗ごと」で、「偽善的」だという。
それに、永野さんの方はともかく
「情に走りやすい(喧嘩っ早い)草原さんにありがちな早とちりもある」ような人間は、
そもそも世話役なんか、不適性の最たるもの、ではないんですかね。

――それと、私は「草野さん」ではありません。



 

草原さん「ブレーンストーミング」論への所感

 投稿者:相川  投稿日:2018年 9月28日(金)00時20分35秒
  先に永野さんの「群系双書」案についての意見を投稿したところ、草野さんから永野案をブレーンストーミングでブラシアップするべきで否定すべきではない、との投稿が寄せられた。永野さんが気落ちし自案を引き下げられる気配なので、友情から援護の気焔をあげられたのですから、別に気にしていませんが、情に走りやすい(喧嘩っ早い)草原さんにありがちな早とちりもあるように思うので、私なりの訂正をしておきます。

◆ 私は永野案の趣旨(本の出版)には賛成だが、その手段(費用捻出の方法)には反対だとのべ、それに代わる手段の代替案を提案しました。手段の代替案を提案したことをもって、仮に草原さんがブレーンストーミングを否定すると見做されるなら、それこそが異論を排除する訳で、ブレーンストーミング精神に反します。自身も代替案を掲げて、議論すべきです。その場合、金の問題を後回しにして綺麗ごとを並べるだけでは偽善的だと思われませんか?
◆ 私が永野さんの手段案(同人に一万円の寄付要請)に反対する理由は、次の体験のためです。7~8年前まで所属していた文芸誌Nは、その5~6年前に赤字のため機関誌の発行が危うくなって、同人へ臨時の寄付を要請しました。当時N誌は(数字は凡そですが)同人が120人ほどいて90万円くらい集まりました。それに味をしめた編集委員は以後毎年寄付の要請を出し、5~6年後でも40万円ほど集まったと記憶します。けれど、その5~6年に同人は90人を切る状態まで減っていました。何も寄付ばかりが同人の減少理由ではないでしょうが、同人が減ることは覚悟しなければなりません。でなければ、群系は大丈夫だという根拠を示してください。

◆ 代替案には費用捻出方法の裏づけが必要だと述べましたが、両者を分けることも可能です。例えば、
①同人の中には競馬/宝くじに当たったり、退職金とか親の遺産が入って懐に余裕が出来たが、他方で、自分だけで単行本を出版するだけの原稿を準備できない人がいるかも知れない。そういう人には手を挙げてもらい、その人と実際に編集雑務を担う委員を編著者にして、テーマをたて、それに参加する同人有志を募り、共著を出版する(出版費用はそういう人に多めに負担していただく)。優れた同人を世に売り出すのも、同人誌の役割だと思います。

?私として草原/永野さんへ引き受けてもらいたいの(世話)は、次の案です。実のところ、私は終活を始めようと思っていて、書棚の本を処分していきたい。同じ思いの同人もけっこう多いのではないでしょうか。それで、売れそうな本を世話役宅へ自費負担で送付(寄付)するので、それをなるべく高く買い取る古本屋を見つけて売って、それを出版費用に当ててもらいたい。

「群系」41号への投稿など、書きたい原稿を抱えているので、運営方針に関わっている時間的余裕がありません。この件についての群系掲示板への私の投稿はこれで打ち止めです。
 

ブレーンストーミングができない……という不思議

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 9月27日(木)20時43分33秒
編集済
  ■とりあえず永野さんの提案を、一種の"観測気球"として受け入れて、
それを、おもむろに、多様な角度からブラッシュアップするという方向に、なぜ、いかないんですかね。

こういうパターン、企業でもさんざん見てきましたが、
「群系」は別に企業ではないので、金銭的に可能か不可能かを問うのは、ブレストの最後の最後でいいわけであって、
しばらくその「夢」を、時間をかけて、ドリブルしたり、蹴っ飛ばしたり、変形させたりする余裕が、多少あってもいいように思うのですがね。
というか、現段階では、企画倒れも大いに結構…というイマジネーションの遊びで、
全然OKの段階ではないんですかね。

■最初の案や企画が不完全なのは当たり前であって、それを温存したり、発酵させたりしておくと、
あとで意外な別の要素と結びついたり、奇妙な形に化けたり、窯変したりする……ということもありえる。
しかし、日本の企業の会議では、すぐアイディアは、芽のうちに、寄ってたかって、潰されてしまう。
あの、イヤ~な思い出を、連想しました(笑)
良識派が多いのかな。
 

新たな試みの難しさ

 投稿者:管理人 iPad 5869  投稿日:2018年 9月27日(木)16時13分57秒
編集済
     文芸同人誌を刊行して三〇年、40号の祝詞の言葉にもありましたが、この間には、いろいろな問題がないわけではありませんでした。小生は創刊同人として実務一切担ってきましたが、同人の皆さんに必要事項は必ずメール、または郵送で連絡してきました。そしてなるべく皆さんの意見に添うよう、雑誌刊行、合評会、会報発行など、運営してきました。これらは文学をやっていく基本的な必要事項であったので、責任意識をもってやってきました(編集や校正などは皆でやってきましたが、事務などは分散させると横の連絡もかえって厄介になるので、これは小生が担当してきました)。それに賛同してくださる方が多くて、これまでの原稿も集まってきたと思います。
   が執行部として、ただ今までの継続以上に、新たな試みもやっていこうということで、今まで年一回の刊行を年二回(21号から)に、また外部の出版社に企画を持ち込み、皆で文学のガイドブックも出してきたことでした(宝島社の本)。これらは特に強い反対もなく、いわばスムーズに出来てきたことでした。
   しかし、今回の提案のように、実際お金がからみ、他の同人のためにするということはやはり難しいのかな、という感触を抱いております。
    雑誌も三〇年、同人の皆も相応に年を取ってきました。やるなら、今でしょ、という感じで草案を書いたのですが、どうもやはり時期尚早、いや企画自体にムリがあったのかなという気持ちがしています。
    とりあえず、次号41号のご投稿確認を先にしていくべきでしょう。
 

簡単にムリ、と言わないで。

 投稿者:管理人 iPad 5869  投稿日:2018年 9月27日(木)14時01分33秒
    荻野さんの消極的な姿勢は、なんでしょう。編集部にあらざる感じがします。

〉叢書という一同人のために他人が債権を買って出資するというアイデアは、相川さんが指摘しているように無理です。自分の本は自分の金で出すのが通常です。

   「自分の本は自分の金で出す。」ー
   それが難しいから、こうした提案を出しているのですよ。
   荻野さんは個々の同人の事情をご存知ない。また、本を出すことの意味も分かっていらっしゃらない。小生は、ぜひ出したらいいという、同人への思いで提案しているのです。

   「無理です」の一言で、せっかくの提案も雲散霧消してしまうのですよ。
 

『群系』が読者に届くまで

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 9月27日(木)09時31分19秒
編集済
  (何故か)削除された永野主幹の投稿を読みまして、あれやこれやと考えたのですが、以下のような企画はいかがでしょうか。

◆Amazonに出品して買ってもらう方法があります。(月額4900円負担)。興味を覚えた未知の読者ないしは全国の同人誌の人々に買ってもらう。認知度は高まっても買いやすくなくては読まれない。どうでしょうか?? 狭い同人誌の世界から抜け出て公開の場に出るわけです。

◆叢書という一同人のために他人が債権を買って出資するというアイデアは、相川さんが指摘しているように無理です。自分の本は自分の金で出すのが通常です。
そこで……”アンソロジー”を「ときどき」出版するというのは?
例としてはあの『歴程大冊』があり、同人誌の世界では大阪の「あるかいど」のアンソロジーがあります。(写真) 前者は有名な詩人たち、後者は小説。
出したい人が夫々自己評価の高い作品を一つ出し合って、出した人々が「割り勘」で負担するのです。
(もちろん版元は龍書房さん)

どんなもんでしょうか。
 

雨は、もう結構。

 投稿者:管理人 iPad 5744  投稿日:2018年 9月26日(水)23時55分33秒
編集済
     今日は雨なので、一日中在宅でした。銭湯にも行かず食事に出かけることもなく(冷蔵庫のもので済ました)、牡蠣のように?閉じ篭っていました。明日もやはり朝から雨だというので、がっくり。この雨は秋雨前線というのですか。天気予報を検索すると、金曜だけが晴れで、後はまた、今度は台風の影響ですか、雨模様らしいです。

   でもまだ東京など関東はいい方かな。鎌田さんの宇和島など、西日本は大変でしたね(さらに24号も近くを通過するのかな)。さらに、検索すると、世界の降雨ランキングなど見ると、雨が多いという日本よりも、もっともっと振り続ける国や地域があるのですね。(日本は46位、先進国では多い方。欧米ではそんなに降らないようです)。
  https://www.globalnote.jp/post-816.html
   このランキングで見ると、世界一のコロンビアの年間降雨量は3,240ミリ、日本は1,668ミリ、72位のイギリスは1,220ミリ。逆に降らない国の三つ、178位のサウジアラビアは59ミリ、179位のリビアは56ミリ、最下位180位はエジプトで51ミリ、でした。まこの辺の国は納得ですが、それにしても降らなさ過ぎですね。もう、傘という概念がないでしょうね。
(ま、どんな参考知識じゃい!、という感じですが)。

   北原白秋の童謡「アメフリ」のように無邪気な気持ちで雨を受け入れればいいのですがー。
 

市原さん、失礼しました!

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 9月26日(水)18時42分24秒
  私の邪推が中りまして、最近、女史が来られない理由は全く別の所にありましたッ。

もう歳なのか。私の「誤作動」が酷くなったことです。ふ~。
 

九十代の農婦の短歌集

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2018年 9月26日(水)18時31分12秒
   今日、山形で生まれ育ったひとの短歌集をいただいた。身近な農作業のこと、家族のことなど誰もがわかる生活の歌である。日本には俳句、短歌、随筆と普通の人たちも楽しめる文芸がある。どれほど多くの人たちがこれによって慰められていることか。わたしのとっては西欧の名作を読むことも日々の慰め。すべての芸術は日々生きるひとの慰めであり励ましであると思っている。

 今出来る歩く話す食べること 長く続くを祈る日々なり

 腰曲げて手植せし日々語らむに 友は今は亡く田の面と話す

 この日々を詠うひとを大事に思うのです。

 書くことはどんなに小さな場であっても世界が見える。そう思える表現を探ってゆきたいと、思うのです。それが一冊の本になり、より多くの人々に伝えられるなら、それはそれで良しとは思う。
 

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