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スレッド一覧

  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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地図を見るのが好き。なのに…。

 投稿者:管理人 9563  投稿日:2018年 5月31日(木)19時19分9秒
編集済
     地図を見るのが好きで、特に日本各地の都市は相応に明るいと思っていたら、まだまだと思うことを感じました。それはある同人誌の小説を読んでいたら、大阪のことが書かれていたのですが、その中に天満橋というのがあって、天満橋商店街は日本一長いとあって、あれ、天満橋ってどこだけって、ということで、iPadのmapで確認しました。もう、大阪駅の隣に天満駅ってのがあるではないですか。両親が大阪出身で、相応にこの地を知っていると思っていたのに。母親が桜ノ宮出身だというのでその駅は知っていたのに、その手前の天満駅をしっかり把握していなかったとは!
    地図を見るとき、鉄道の路線図は大事です。いわば座標軸ですからね。特に大阪の場合、私鉄が張り巡らされているので、それをまずトレースしたりするのです。大阪駅(梅田駅)からは阪急や阪神が走っています。特に阪急は橋を渡って十三駅へ行くのが、京都線、宝塚線、神戸線の三線が走っているのはすごいことで、これはYou tubeで、電車の走る光景をよく見ます。特に阪急の、あのチョコーレート色の車体は上品で、素敵です。それが皆いっしょに並行して淀川を渡るのですから。こんな豪勢なのは東京にはないですね。
  https://m.youtube.com/watch?v=lzP189MQnD8
   で、天満橋に戻ると、ここは京阪電車が走っていますね。「天満橋から三条へ♪」と、京阪電車の歌にもあるのに、気が付かなかったとは。ちなみに、今は関西の私鉄ではこの京阪が一番ゆかしく思っています。
   さらに、その南には大阪天満宮というのがあるのですね。菅原道真公を祀っているとか。北野天満宮だけではないのですね。京都にはたまに行くのですが、これはもう大阪巡りのトリップを果たさねばなりませんね。

https://m.youtube.com/watch?v=kwNktX-PtwE

 
 

ご返事

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 5月31日(木)12時50分13秒
編集済
  永野さんより
> 下のご投稿、について
> 〉こういうことは、言わないもの、ーなぜ、言わないものなの、この発想はどうして起こるの?
> 〉爆笑ーなぜ爆笑なの?

数値化できる場合は(主観的に67/100の衝撃度といった具合でもよし)
ランク付けも可能ですが、偉人をランク付けできるのでしょうか?

人物評価では評価軸が多様になり、これといった標準的な指標がありませんから、
その結果は、必然的にランク付けした人の価値観を反映したものになります。

誰も尋ねていないのに、「私の価値観はこうです!」と言い触らしているようなもの。
こういうことは言わないもの、と思うのですが、言いたくなってしまうのでしょうね。
振り返ると、誰にも自分にもその癖。目糞鼻糞ですね。自身のおかしさに、爆笑する
しかないというもの。

この手の番組は、気付きにくいところに気付かせてくれるのがいいですね(微笑)
 

群系40号、発送しました。

 投稿者:管理人 9499  投稿日:2018年 5月31日(木)11時47分10秒
編集済
     昨日、版元の龍書房(千代田区の九段下在)から、マスコミ・図書館向け、と執筆者以外の個人の方、全部で160部、発送しました。今回は、三〇周年の記念号ということで、やや多くの人に向け送りました。早ければ今日あたり、お手元に届くと思います。もし二、三日しても着いてない場合は編集部にお問い合わせ下さい。
   7月に、記念の群系パーティーもありますので、よろしく。
         uf2gmpzkmt@i.softbank.jp
 

続・昭和平成の偉人

 投稿者:管理人 9441  投稿日:2018年 5月31日(木)01時49分4秒
編集済
     先日のテレビでやっていたのですが、国民から見た偉人は次のようになったそうです。ー

   この「偉人」ランキングは、なかなか味があると思って掲出したのでした。ふつうなら、田中角栄がトップになったり、長島茂雄や石原裕次郎、美空ひばりが上位にランキングされたりするものですのにね。
    さて、偉人の所以は、TVで言っていたことと小生が思うことを書いてみましょう。
1司馬遼太郎    この人がトップになったのは意外でした。その訳は、維新・明治の人間をクローズアップし、国民に認識させたということだそうです。坂本龍馬人気を作った。ま国民作家の意義ですかね。
2 高橋是清  昭和の金融危機を未然に防いだということだそうです。
3 松下幸之助   一代で大企業を創生し、電化製品を国民の身近なものにしたから。これは、ouiですね。
4 市川房枝     理想選挙を掲げ、女性のため、国民のために働いた。oui、ですね。
5  杉原千畝   これは戦後だいぶ経ってクローズアップされた。人類愛という至高の行動ですね。oui、です。
6 南方熊楠    この人、この奇人をベストテンに入れる先見はすごいです。
7 円谷英二    初の特撮監督。この人はいかにも戦後世代の人選。
8 手塚治虫    漫画を一つの文化、子供の成長の一助とした功績は大きい。oui、ですね。
9 北里柴三郎   野口英世が弟子だったという。日本の近代医学の父ですね。

    たとえ、TV局や編集の人選にしても、なかなか味のあるランキングでした。市川房枝や杉原千畝をベストテンに入れる発想は体制的な考えの人から出ないでしょう。
   下のご投稿、について
  〉こういうことは、言わないもの、ーなぜ、言わないものなの、この発想はどうして起こるの?
  〉爆笑ーなぜ爆笑なの?
 

偉人という異人

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 5月31日(木)00時36分58秒
  国民から見た偉人というより、テレビのデスクと編集者が、国民という
言葉をダシに選んだ異人でしょう。なるほど、こういう見方もあるかな?
といったくらい(笑い)

こういうことは、言わないもの・・・なんじゃないかな?(爆笑)
 

昭和・平成の偉人

 投稿者:管理人 9360  投稿日:2018年 5月30日(水)11時44分52秒
     先日のテレビでやっていたのですが、国民から見た偉人は次のようになったそうです。

1司馬遼太郎
2 高橋是清
3 松下幸之助
4 市川房枝
5  杉原千畝
6 南方熊楠
7 円谷英二
8 手塚治虫
9 北里柴三郎
 

寂尊さんの思い

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 5月29日(火)20時51分25秒
編集済
  アラカンというより、こっちかも。

USA for Africa - We are the World
https://www.youtube.com/watch?v=M9BNoNFKCBI

寂尊さんから月皮さんへの思いを感じさせる響き。

「一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ」(スッタニパータ 145)

藤田まことは時次郎、白木みのるは珍念さん。笠は変わらず三たびの飛脚。

註釈:月はダイアナ(diana)、樹木の硬い皮はロス(ross)。
つなぐと「月皮」さん。洋風に表記したら「ダイアナ・ロス」

マイケルは天使ミカエルに由来する名前。ミカエルは火を司るみたいですね。
 

吾輩は寂尊である

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 5月29日(火)20時28分3秒
編集済
  ■あの猫さん、マイケルですか。
せっかくだから、
「吾輩」氏に、名前だけではなく、姓もつけてあげましょか。
マイケル・寂尊なんて戒名をつけると、
声聞、縁覚、いや、阿羅漢ぐらいにはなった猫……に見えるかな。
少なくとも、月明かりの下で、
抜き足、さし足、滑るようなムーン・ウォークの忍び歩きは、うまそうだ。

僧は推す 月下の門
僧は敲く 月下の門
吾輩はひっかく 月下の門 ニャアニャア


>当たり前田のクラッカーと変わらん。

■シ、シ、シブ過ぎる……。
こんな言葉を目にするのは、何十年ぶりか。
そういえば、今は遠き昭和の世、「てなもんや三度笠」という番組が、あったなあ~。

https://www.youtube.com/watch?v=Md-5-wSAoHc
この濃い顔ぶれ、昭和、目白押し。
 

40号、の感想

 投稿者:管理人 9238  投稿日:2018年 5月29日(火)18時54分34秒
     40号はとりあえず、執筆者の方に発送されました。今まででも一番の出来と思っていましたが、受け取った同人から嬉しいメールが届きました。披露させていただきますね。

    午前10時に落手致しました。

    表紙の美しい紫陽花のカラー写真が目を引きます。

    先号からの作品のページごとに振られたタイトルとともにグレードが高まり、「全国一」の風格をいよいよ帯びてきたように感じます。

    40号という重みは内容の充実もともなって他の追随をゆるさないものだと思われます。

   お疲れ様でございます。

     明日、執筆者以外の個人、マスコミ・図書館に向け、発送いたします。翌日に届くと思いますが、届かない人、あるいは送ってほしい方など、どうぞ、ご連絡ください。

     uf2gmpzkmt@i.softbank.jp
 

名無しの効用

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 5月29日(火)13時47分54秒
編集済
  吾輩の最期は「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。」

吾輩という猫生は往生(往相回向)で終わるようですが、往生の瞬間
現世に舞い戻り(還相回向)、文芸に関わる人々を導こうとするのかな?

清沢満之の影響を感じさせます。

二年半前の話になりますが、化学治療の影響なのか病気の症状なのか、
全身が痛く痺れ、どうやっても治まりませんでしたから、少し実験(笑い)

吾輩を見習って、「前足も、後足も、頭も尾も自然の力に任せて抵抗しない
事にした。次第に楽になってくる。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。
水の中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然しない。どこにどうしていても
差支えはない。ただ楽である。否楽そのものすらも感じ得ない。」

痛みと一体になると、痛みを感じなくなりますね。勝手に光がやってきて包み、
癒してくれますが、こだわりが出ると、魔境に絡め取られてしまうのがオチ
ですから、ご用心、御用心(笑い)

余談:仮にですが、吾輩に名前を付けてみましょうか。
吾輩は猫である。名前はマイケルという。昔流行した漫画みたい(笑い)

マイケル音頭
https://www.youtube.com/watch?v=Lr-zhzrer-s

名無しだったからこそ、吾輩は吾輩で往生できたのかもしれませんね。

余談2:吾輩を猫以外にしてみましょう。
吾輩は犬である。よくわからん。吾輩はカモメである。よくわからん。
吾輩は人である。当たり前田のクラッカーと変わらん。

猫であって名前がない、でなければ、吾輩としっくりこないようです。

余談3:吾輩であるとか猫であるとか。普段は意識しませんね。

追記:今回の話題については、とりあえずこの辺で・・・(笑い)
 

生生生生暗生始

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 5月29日(火)00時13分30秒
編集済
  ■『猫』でいちばんCoolなのは、
最後に井戸の中に落ちて、死んじゃうところ!
たしか、生まれたときも、縁の下だかどこかの、薄暗いところじゃなかったですかね。
しかも、吾輩氏は、最初から最後まで、「名無しさん」のまんま。

まさに、
生生生生暗生始 死死死死冥死終
 

ジョーズ

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 5月29日(火)00時01分40秒
編集済
  放送が終わりましたから、酔った頭ですが、まずはご返事。

> 通常言われているように、仏教が「無我説」ならば、
> 一体、何が輪廻しているのさ? というツッコミが必ず出てきてしまう。

鋭いですね。おっしゃる通りだと思います。

言語化した時点で、このツッコミは避けられなくなります。言語化の効用を説く人は数知れませんが、本当なのでしょうか?我(われ)と言語化した瞬間、我(われ)は客体となります(であるかのような錯覚に絡め取られます)相補的でも共依存でもありません。

世俗諦と勝義諦というのは、果たしてどうなんでしょう。仏教云々以前に、素朴な疑問がモクモクと(苦笑)折衷したような話が世間に溢れていますが、果たしてどうなんでしょう。

だからこそ、夏目漱石の「吾輩」が教えてくれることは数知れず。猫くんでないと教えてくれないかも・・・(笑い)
 

一杯やりながら

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 5月28日(月)22時17分43秒
編集済
  NHKのBSで「ジョーズ」をやっていますから、楽しんでいるところです。受験生だった頃に流行った、懐かしい映画。

自我と無我と非我と輪廻については、別便で。とは言っても、特に何もないのですが・・・(苦笑)
 

「自我・無我・非我」説と「輪廻」 説 / 絶対矛盾の自己同一

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 5月28日(月)21時41分39秒
編集済
  >ポイントは仏教は我(アートマン)について形而上学的な言及はしない(無記)ものの、
 否定している訳ではない、といったところでしょうか。(鎌田さん)

■まさに、そこですね、
「古代インド思想、ウパニシャッド、バラモン教、ヨーガ思想」と、
お釈迦さんの「仏教」との整合・不整合の問題点は。

通常言われているように、仏教が「無我説」ならば、
一体、何が輪廻しているのさ? というツッコミが必ず出てきてしまう。
そりゃあ、アーラヤ識ですよ、と唯識論者はいう。
でも、それって、言葉の置き換えでしょ。
意識的自我ではないものの、別の潜在意識のゾーン、深層意識の雨雲みたいなもんが、
毎回、輪廻しているっちゅうのならば、
広義の「自我/霊魂/潜在意識/個体意識の場」が巡っていることと、結局、同じことなのでは?
~という素朴な疑問の周りを、堂々巡りしてしまう。

あるいは、無我説に執着(笑)するあまり、
輪廻説の如きは、人間通の釈尊が、初級コースの愚かな弟子達のために特注した「方便」、
もしくは、なんとなく苔のように蔓延ってしまった仏教神話…
…だということにしてしまう"実証主義的"な、仏教学者もいらっしゃる。
(~じゃあ、実家の寺に戻ったとき、檀家にお経読んで、お布施もらうの、ヤメロよ)


■あるいは、
「仏教は、いや、無我を説いていない、「非我」を説いている」とか言い出す論師たちも。
そして、非我の「我」の本体部分は、時空を超えた"形なき純粋生命" だから、
決して客体化はできない、と。

~もしあくまでも無我説を、仏教のセントラル・ドグマとするならば、、
仏教におけるすべての戒律の根拠は、崩壊してしまう。
そこには、善も悪もない。
すべての死刑囚は法廷で、
「そもそも、「私」というものは、存在しない。勝義においては、責任もありえない。
悪因悪果、そんなものも、ありえない。一切皆空!」
といえばいい。

~要するに、
外界に対しては「空と縁起/中観思想」を説いていて、
なるほど「無我=無実体」でOKだけれども、
内界(個体の意識)については、「無我」とはいいきれない、
焦点のキャッチできない、何か、"意識の光源"、個体意識の発信源らしきものは、
逆探知的に、推定せざるをえない。

まあ、だから、
中観と唯識は、対立しているようで、
フレームと内容物みたいに、ある種、相補的な共依存の関係にあるのかなァ~と。


■ただ、この「我」の中心、
タマネギの芯、電球のフィラメントのような芯は、確認できない。
(この「芯」探しに、汲々としたのが、エゴイズムを追究した近代文学の心理分析、心理小説。~漱石、芥川…。)
その「我」を表すために、ウパニシャッドの哲人は、ネーティー、ネーティー(非ず、非ず)といった。
我は、見る者であり、決して見られる者(対象物)ではない。

これも一種の「無記」ですね。
古代の哲人達は、ムキになって、無記をいう。


             ~それにしても、デカルト氏はどうしてショートカットができたのか。
              ほんまに、「我」を「我」が、直撃的に、確認できたのか。
                           視力は、眼球そのものを、振り返って見ることは、できないはず。
              いや、もし、意識が、刹那という時間すら超えられたら、
              「我」が「我」を、まざまざと直視できるのかも知れない…。


■とりあえず、ヒンズー教と仏教のハイブリットみたいな
シャンカラ「ウパデーシャ・サハスリー」あたりは、まだ、すっきりしていて、
それなりに、わかりやすいのですが。
輪廻世界は、無明の映写機によって上映され続ける永劫回帰のスクリーンか。

~まあ、しかし、いちおうは、
真面目に生きなきゃ、ツケは必ず廻って来る。
これは現世ゲームのお約束。シャンシャン!

 

長姉、萩原きしの歌集「光そこここに溢れて」の編集逸話

 投稿者:小野友貴枝  投稿日:2018年 5月28日(月)17時29分58秒
       私は、今まで経験したことのない歌集の編集に関わり、姉、萩原きしののはじめての本  「光そこここに溢れて」((株)文芸社)を目標どおり本屋に並べることができた。(2月1日発売)40年の短歌歴を持つ90歳の姉だが、多くの歌人と同じように歌集を持つことなどゆめゆめ考えてなかった。姉は「沃野」結社の同人として、富小路禎子先生に指示し、農業作家として、それなりに評価されていたが、誰も後押しする人がなかった。私が日記「夢中ば4巻」を出版する様子を見ていて、かねて歌集の出版を姉に進めていたので、私に頼ろうと、一気にそうだんがまとまりました。姉の短歌は、2千首以上有り、編集にはてこずりましたが、出版社のお手並みで、千首収まった歌集がまとまり、いま書店に出ています。俵万智さんの本のように短歌が売れるとしたら、歌人はもっと励みになるのではないかと、期待しています。幸いに国内の歌人、世界の歌人は急増していると聞く。この期に歌集が書店に並び、歌作りなどに縁のない人が買ってゆく、そして読んで、どの歌人はいいね、という会話まで発展することを、私は期待して、姉の歌集の編集を斬新な方法で取り入れ、殴り込みを図った。
 その甲斐があって、1ページ5首、そして1千首の歌集ができあがった。(実際は校正の段階で、946首に)さらに編集の企画で、挿絵を入れて読者の目を楽しんで貰おうと、親しみやすい墨絵に挑戦した。今までの歌集に挿絵を入れることは少なかったらしい。
 姉の歌の雰囲気にあった、田園風景や、路傍の花、そして働く農婦の挿絵は、目に優しく歌集がさらに身近な本、読者が手に取りやすくなった。値段も抑えて1300円。
 姉の歌の中で秀でた作品には、農業の営みが直截的に歌われている。専業農業の姉の視線、立っている位置がいい。田畑の中で暮らす生活がにじみ出ている、山河、そこに生きる自然、野生の動物まで歌われた作品は、後世に残るのではないかと、私は自負している。
 編集長が付けてくれたタイトル、「光そこここに溢れて」(文芸社)は、農業歌人、5人の子を持った母親と子の情愛、長い人生を歌ってきた姉の雰囲気にぴったりだと自画自賛した。
 この編集にかかわった半年間で私は、多くのことを学んだ。短歌は、短い読書時間で読者の感性に届けられる。小説やエッセイはそうはいかない、時間をかけて読むという行為をしなければならない。
 さらにここで発見したことは、歌集は大人のものではない子供から高齢者まで、その年齢に応じた感受性、日本語の多様さは、気軽に誰にでも詠える歌が出来るはずだ。
 伝統に縛られずに子どもの歌集ができたらどんなに素晴らしいだろう、彼らのピチピチした歌集の編集をしてみたいな、と思った。
 私は、思いがけない歌集の編集にかかわって、創作一筋だった私のジャンルが広まった。今までと違った言葉、自然と心との交流に、感情の表現に幅ができてきたかも、と自己満足している今日この頃である。(30・5・27)
 

朝の茶話

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2018年 5月28日(月)13時18分2秒
  ①角川書店「俳句」五月号グラビアページ、現代俳句協会通常総会から。現代俳句大賞は、俳人・国文学者復本一郎氏。「今では絶滅危惧種と言われる国文学者として受賞できたことが嬉しい。今後当面の課題は、子規の評伝。賞を励みに書き上げたい」と語った。

②昨日、竹橋の「近美」。生誕150年「横山大観展」はラスト日。朝から1時間待ち。「公けの館だから、午後5時で閉館」。上野「西洋美術館、都美術館」など、金曜・土曜・日曜は7時、8時まで、親子で見たい人・家族のための配慮が、ようやくなされるようになっている。(野口存弥さんは、今見る「開明化された国会図書館」以前の長ーい期間、時間の無い大方の利用者に「大切なお上のものを見せてやるのだから」グダグダ言うな、と言わんばかりの館員の応対にあきれておられ、その挙句、古書展でかなりに値の張る本を買っておられたのだが)

③車上、枕上、厠上の3場は、インスピの飛来するところ。
今朝、起き抜けに、「閃いたぞ!」と、言葉を発したところ、厨房から声有り。
「ヒラメが居たの?」と。
「ひらめいたぞ」を(わかっていて切りかえした)のは、この頃、俳句に打ち込んでいる同居人。

昨日の大観展、締めの第3会場は5点のみで、大作ばかりと思いきや、意外にも小品。第一、第二会場で、「100年ぶりの発見<白衣観音><彗星>など新出作品」「全長40メートル超。日本一長い画巻<生々流転>」に堪能。

「締めの1点」の画は、崖上に2人の男がいて、かなり眼下の荒波たぎる海から、(こはいかに)ひとりは、大鯛とおぼしき魚を釣り上げて居り、右手は空にはね上げた釣り竿、左腕にタモ(掬う網)。このタモで、糸先にかかっていて、空中に舞い上がっている大鯛を受けようとしている。後の一人は「知らん顔」で自分の竿の先を見下ろしている。
「たい焼きの鯛」ほどなら納得されるが、大観さんは「優勝力士が掲げるほどの大鯛」を空中に描いて、次の瞬間が、どうなるか、見物人の勝手、ということなんだから、「最敬礼」したくなりましたね。

上記「ひらめいたぞ!」をあえて「ヒラメ(が)いたぞ!」と聴いて、「(どこかに)ヒラメがいたの?」と逆襲されたのは、ノアの「ナンセンス詩」または「谷川俊太郎風の意味なし詩」批判派の夏姫には痛し、痒し。

④「俳句」5月号、扉の句は、先だって大往生した金子兜太の代表句の一句「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」。兜太は「数人残って、後全部餓死」の南方戦線・孤島の生き残り。人を食う青鮫どころか「仲間の屍」を食う如き体験が「下地」にあると思う。同様の「奇跡の生還者」濱口国雄の詩集、瞠目の戦争文学『飢え』その他、から大岡昇平『野火』がインスパイアされて『野火』ができた「プロセス」は今後もね。
?
 

ネコが化けると

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 5月27日(日)21時35分49秒
編集済
  カモメになるのかな?写真は、ミカン批評に懸命なカモメくん。

関係のない話が先になりました。

ということで、ご返事です。

一年半前は感染症への警戒を欠かせない時期でしたから、勝手ながら、授賞式の後すぐに帰ってしまいました。

勤めていたところは、地元の人からは「小石川分院」と呼ばれていました。仕事が終わると、それとなく中央検査部に人が集まり、碁を楽しんでいたものでした。

ネコ君は「吾輩」の末裔だったのでしょうか?構内には猫が多かったですね。

> ~いや、日本の批評家像のプロトタイプは、
> 小林秀雄じゃなくて、
> 漱石の「吾輩」先生ではないかと、最近つらつら、思ったりしましてね。

鋭い指摘です。その通りだと思います。

余談:自我と無我について、文献の再読を終えました。
結局のところ、よくわかりませんね(苦笑)三十二年前は理論的にわかりにくく感じたものですが、今回は、わかるようでもあり、わからないようでもあり、といったところです。
ポイントは仏教は我(アートマン)について形而上学的な言及はしない(無記)ものの、否定している訳ではない、といったところでしょうか。詳細は略しますが、無記は重要です。そして、縁起と仮我については、実生活でいろいろと応用が効きそうです。

「吾輩」になったり、「カモメくん」になったりする必要はないでしょう。(欠かせない場合は、「吾輩」とかが必須となりますが。)現象として生起している「私」は仮ですが、生きている間は「私」という現象が一貫性を持って続きますから、それでいいんじゃないかな?いやはや、適当ですね(苦笑)

 

鎌田さんへ

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 5月27日(日)16時24分14秒
編集済
  おひさしぶりです。

>大歩危から一年半になりましたね。
あの時は病み上がりでしたが、今も普通に生きていますよ(微笑)

■もう一年半ですか…。
病み上がりには、ぜんぜん見えませんでしたよ。
あとで聞いてみると、行き帰りは大変なドライブ……だったようですね。

>三十年前でしたっけ、大学病院で当直の夕べ。ソバ屋に出前を注文。

■そこって、
時代劇によく出てくる、いわゆる「お玉が池」周辺になるわけですか。
千葉周作の北辰一刀流の道場も近い。
回虫蕎麦、サナダムシ蕎麦、野趣あふれる田舎蕎麦みたいで、
いいじゃありませんか。

「おらおらでひとりいぐも」の地は、
日本の近代医学の歴史そのもの…。
~夏翁先生いうところの「ゲニウス・ロキ」、ですねえ。

■だいたい明治文学の舞台なんて、
上野、本郷、そして「谷・根・千」ですからね。
新宿、渋谷あたりがようやく出てくるのは戦後。

ところで、ドサッと落ちた猫さんは、
そこに長らく、棲みついていらしたのですか??
有名な「吾輩」氏の末裔……では…ありませんよね。
~いや、日本の批評家像のプロトタイプは、
小林秀雄じゃなくて、
漱石の「吾輩」先生ではないかと、最近つらつら、思ったりしましてね。



http://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs
 

明日、第一陣発送です。

 投稿者:管理人 iPad 8901  投稿日:2018年 5月27日(日)14時24分33秒
編集済
     いま版元に送る資料をExcel(諸計算)とword(挨拶文)で作成、点検しているところです。
   個人の発送先に、本誌の先行同人誌であった「みとす」誌の元同人の方々も加えました。出来たら、この人たちにも群系パーティーに来てもらえたらと思います。久しぶりの同窓会、ということでどうでしょうか、土倉さん。いつも送っている川口さん鈴木さん以外に、石附さん、佐野さん、小野君などを加えました(みとすのことに、土倉さんと竹内清己氏が祝詞の中でふれています)。

    もう我々も高齢化、こういう会合はあまりこれ以降、どこでもそうは行われないのではないでしょうか(それは私の周辺ですか)。前にも書いたように、以前は予備校だけでなく、出版社もパーティーほどではないけれど、夕食会を開いてくれました。學燈社は、専門誌『國文學』以外に、受験の国語『學燈』を刊行、月刊誌以外に『全国大学国語入試問題詳解』が毎年、受験後に出されていました(旺文社の『全国大学国語入試問題正解』と双璧でした)。解答委員の先生方、40人を、毎回新宿の駅ビル・マイシティで接待してくれていました(二〇年以上も)。当時は學燈社も余裕があったのですね。それが倒産、國文學も入試詳解もなくなりました。
    当方は、受験関係でそれらに携わる以外に、この『國文學』誌の方は自分でほぼ毎回購入、文学への憧れの気持ちでそれら論考を読んでいたものでした。受験関係のものは休刊・廃刊になっても他があるでしょうが、文学専門誌が廃刊になったら、後を継ぐものがありません。受験はいつまでもあるでしょうが、文学研究なんて途切れたら今の時代、それで終わりなんですから(どういうわけか、双璧だったもう一つの『解釈と鑑賞』誌もほぼ同時期に休刊、になりましたね)。そういう意味でも、同人誌であっても、これらを継いで行くものがあれば十分、存在の意味はあります。そのために、書いているばかりでなく、お互いが直接に出会える場があるのも、思う以上の効果があると思います。
    もう、40号はすぐお手元に着きます。執筆者の方には火曜日、その他会員の方には木曜には着くと思います。乞うご期待!
 

回虫ソバ

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 5月27日(日)13時52分57秒
  草原さん、お久し振りです。大歩危から一年半になりましたね。
あの時は病み上がりでしたが、今も普通に生きていますよ(微笑)

三十年前でしたっけ、大学病院で当直の夕べ。ソバ屋に出前を注文。
なかなか来ませんでした。催促しようかと思ったら突然の用事。病棟へ。

二時間後、医局に戻ったら、冷えかけた一杯のカケソバ。
薄墨色の回虫くん。丸々と栄養満点。ごちそうさま!うまかった。ありがとう!
当直室に移ったら、壊れかけた屋根裏からドサッと何か。おや?ネコ君でしたか?
宮澤賢治の妹・トシが入院していたところ。

日本で最初の医療用内視鏡が開発された現場を残す風景でした。
 

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