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  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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ご案内

 投稿者:佐藤文行  投稿日:2019年 2月 7日(木)23時35分9秒
  群系の皆様。
このたび小生が運営するスノーマン事務所のホームページをリニューアルしました。
子ども(ファミリー)向けのイベント屋です。
野口雨情先生についても企画を出しております。また
松井須磨子については「音楽劇」を出しております。
よかったらご訪問ください。
www.snow-man.com/

http://www.snow-man.cocm/

 
 

作家の運命

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 2月 7日(木)01時15分42秒
編集済
  管理人様ご紹介のNHK「クローズアップ現代+」を録画にとって観ました。

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4241/index.html

同人の深澤晴美氏が川端の自殺直前の手紙を堂々と紹介なさってました。
その中に「この春は花も見ず、病とも申せぬ 心弱りに」という一節があり、「直近の死を自分で感じていると思われるところがございます」と深澤さんは指摘されていました。

 ノーベル賞候補に三島の名もあがっていたことから二人の作家の自殺がノーベル賞受賞を巡って影響したのではないかという疑問を抱いて宮本亜門が関係者を尋ねてインタビューするという内容で、スタジオには三島の再来といわれる平野啓一郎も来て語っておりました。

 この平野はMCを務める武田アナと酷似していると私は思いました。

 村松剛の妹の女優村松英子は川端がノーベル賞を譲ってくれと三島に頼んだのだと三島の母から聞いたと証言しておりましたが、美人女優という印象のあった村松ですが久しぶりに見ると妖婆のような風貌に変貌しており驚きました。

 もし三島がノーベル賞をもらっておれば死なずに小説を書き続けただろう、いや、それとは関係なく三島は行動を起こしただろう、川端は三島の自決の影響で二年後自殺したんだろう、いや、関係ない、見解はそれぞれ分かれて、この番組は結局何を言いたかったのかよくわからないまま三島と川端の肖像がクローズアップされて終わったのであります。

 芥川にしても太宰にしても文学者がなぜ自殺したか、明快に断定することは難しく、あれこれ言ってみても、最後に紹介されていたドナルド・キーンの「みな、想像にしか過ぎません」というのが結論であるかもしれません。

 川端の死については「事故のてんまつ」という作品を昔読みましたが、家政婦の突然の帰郷がショックでそれが突発的な自殺の引き金になったという内容だったように記憶しています。
 「伊豆の踊子」の踊子の系譜に連なる女神を女性に求めた川端が晩年に至るも家政婦に女神像を求めてその突然の裏切り的帰郷に衝撃を受けたということは考えられることかもしれませんが、柄にもなく都知事選の保守候補の応援演説をしてみたり訳のわからないところのあるキャラなので深澤さんにそのあたりはお聞きしてみたいと思います。

 三島については、作品を読んでいれば若いころから「死」という言葉は随所に出てきますので、訪ねてきた少年に「先生はいつ死ぬのですか」と問われたというエピソードがあるくらいで、ノーベル賞に関係なく必然だったと私は思います。
 平野が言うように戦死した同年代の者に対する「サバイバーズ・ギルト」があって大義のない世界をなんとなく生きている自分が許せない思いというのはずっと持ち続けてああいうことになったと思います。

 そう考えれば番組冒頭で宮本亜門が言っていた「ある作家たちの運命」「2人についての運命」…「運命」という言葉に尽きると思われました。

 

三島と川端のこと

 投稿者:管理人 iPad 9390  投稿日:2019年 2月 6日(水)13時56分29秒
編集済
     あ、あの写真の景色は有栖川公園ですか? あそこにある都立中央図書館にはよく通いました。でもいつ頃からか、通わなくなりました。地元の江東区立図書館や、隣の江戸川区立中央図書館が身近で、かつ蔵書も多くなったからでしょうか。都立図書館は、文学関係は多摩図書館に移送させたという話を聞いたから行かなくなったのかな。
   図書館には大学受験時からよく友人と通っていました(受験勉強の場所のため)。当時通っていたのは三河島の荒川図書館、国立の上野図書館、そして都立日比谷図書館でした(今は千代田区立になったかな。あそこの食堂のカレーが安くてお姉さんが感じよかった。いつの頃?半世紀前だ)。懐かしい。

   さて、昨晩はNHKの「クローズアップ現代+」の「三島×川端」、見ました。二人の文豪の関係は、当時の中央公論社版の『日本の文学』の編集委員になって以来もいろいろ話し込む機会があったのではないか。(この全集には、いま思うとすごい文豪たちが編集委員になっていた。谷崎・川端・伊藤整・高見順・大岡昇平・三島、そしてD・キーンだ。存命なのは小生の父と同年のキーンだけだがすごい)。当時はこうした文学全集がだいぶ刊行されていて、そうしたパンフを集めるのも趣味になっていた。河出版は吉永小百合、他にも内藤洋子のもあったか。こういう全集があったことで文学部へ行くことになったのかな。
   番組では三島と親しかった村松英子も出ていたが、すぐには誰だか分からなかった。あのきついほどの美貌が柔和になっていた。その他、当時の編集者も出ていたが、皆高齢で、その中で唯一若かったのが深澤晴美さんでしたね。このたび和洋九段の女子校から和洋女子大学に移られたそうで。
   でもノーベル賞を受賞した川端自身が、これを受けるべきは三島君でしょう、と言い、その三島自身は川端の作品はすごいに決まっているとして読まなかったという話は、おどろいたことだった。
   またゲストに出ていた平野啓一郎が、自分は三島の「金閣寺」を読んで感動して作家になろうと思ったという言葉に、なるほど、現代の三島由紀夫なのか、と思ったことでした。中江有里もでていましたが、昔から読書家として知られ、こういう人が若い人への文学への導き手になればいいな、とおもいました。(途中から電話があって、後半十分には聞き取れませんでしたが)。
 

先週2日の画像、金沢兼六園ではありません。

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2019年 2月 4日(月)07時11分38秒
  兼六園では毎年冬季は雪吊りと呼ばれる樹木の処置が施されます。群系の評論にも書きましたが金沢は一夜にして市内全域が兼六園のようになります。
正解は東京南麻布の有栖川公園、ただしくは有栖川宮熾仁親王記念公園です。近くに各国大使館があって外人さんの家族や親子連れが大勢散歩しています。お洒落なサ店やレストハウスも数多くあって金沢に負けない魅力的な街づくりがされているようです。
有栖川のことじ灯籠は金沢兼六園のものより小さめです。



 

深澤さんからのお知らせ

 投稿者:管理人 iPad 9127  投稿日:2019年 2月 3日(日)21時23分6秒
編集済
     川端康成学会の深澤晴美さんからのお便り。何と明日のNHK「クローズアップ現代+」に出られるそうです。
メール文の一部を紹介しておきますね。

〉先月、NHK「クローズアップ現代+」の撮影で大阪の川端文学館へ行ってきました。
〉明日「三島×川端」として放映予定です。ちょこっとですが私も出ます。ご笑覧くださいませ。

   深澤晴美さんといえば、小谷野敦と『川端康成詳細年譜』という浩瀚な事典を編集された方ですが、一人の文学者を追求・研究されてきたのですね。


   内田誠氏もすごいですね。
   土倉さんご紹介の「東京新聞」の書評、Webにありました。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019020302000191.html
 

内田誠さんの書評

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2019年 2月 3日(日)19時56分26秒
   2月3日の「東京新聞」朝刊・書評に内田誠さんの書評を発見。相澤冬樹著「安部官邸vsNHK」。著者の相澤氏は森友報道で真剣勝負をしたNHK職員。
安部政権に真っ向勝負を挑んだ方だ。相澤氏は、この問題で退職せざるをえなかった。この経緯は知らなければならないだろう。日々、戦いの中にいる内田さんらしい、熱い書評である。
 早速、注文。
 

きょうは節分の日

 投稿者:管理人 iPad 9127  投稿日:2019年 2月 3日(日)19時34分17秒
編集済
     きょうは節分。神社などでは豆まきなどあったそうな(当方宅近くの東大島神社でも)。でも、節分の日って二月四日ではなかったかな。
    調べてみると、二月四日は立春で、その前日つまりきょう二月三日が節分の日だそうだ。節分は、季「節」の「分」かれ目の日ということで、春夏秋冬それぞれの季節の前日をいうそうで、特に立春の前日をいうらしい。子供の頃豆まきもしたが、年齢分の豆を食べるなんてこともした。大人になってこんな習いはしないが、子供の頃は親たちがしてくれた。感謝とともにこういう風習・習いがあるこの国に生まれたことをつくづくありがたく思う。

    ちなみに、来月の今日、三月三日はひな祭りの日。この日は女の子のお祝いで、五月五日は端午の節句で男の子のお祝い、七月七日は七夕、男女の出会いの日、九月九日は重陽の節句、長寿のお祝いの日でもある。なにか人生を駆け足で経巡っているようですね。

    ところで、三月三日(日曜)は、41号の合評会の日でもあります。ちょうど一ヶ月となりましたのでご連絡です。そろそろ掲載作品に目を通されてください。また、中旬頃には執筆掲載の各位にはご出欠の問い合わせメールをお出しする予定なので、ご返信などよろしく。

    次号42号についても、今月中には〈募集要項〉を掲出しますね。(群系ホームページの新新版が出来ていればいいのですが)。特集《終戦・戦後の文学》についても、特集アピール文をこれも掲出の予定です。

    会費の振込が続いていますが、会員ご連絡のためにも、郵便振替でよろしくお願いしますね(二千円)。
 

amazonの驕り

 投稿者:名和哲夫  投稿日:2019年 2月 3日(日)12時06分1秒
  Amazonの驕り
顧客の呼び捨て。
さすがGAFA。指摘しても謝罪もない。
 

二つの殺人事件に思う。

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2019年 2月 2日(土)19時37分46秒
   私も女子大生殺人事件と父親の暴力からの殺人事件には暗い気持ちになっていた。薬科大学の一年といえば、普通ならば希望にみちた時期ではないか・・・だが、思ったような大学生活ではなく、孤独のうちにネット世界にはまってゆく学生も少なくはないのだろう。そこにひそむ悪の罠。この女子大生を救う道はなかったのか。一人の友もなかったのか・・・

 ああ、なんたること。こんなにも、助けてと言っていた少女を誰も助けられなかたとは。子供に暴力を振るう親は、ほとんどは治らない。病気なのだ。そのような親からは子供は離して、他の手当てを考えるべきかとおもう。
 

兼六園、ですね!

 投稿者:管理人 iPad 8923  投稿日:2019年 2月 2日(土)17時29分33秒
編集済
     あ、坂井さん、インフルエンザですか?二週間って、結構長かったですね。もういいのですか。いま猛威をふるっているそうで、700万人の患者数は過去最多だそうです。知り合いの職場でも職員に感染者が出たそうで、対策が必要ですね。
    小生は、一病ありの体なのでインフルエンザワクチンを去年11月頃に打ちました。さらに、インフルのウイルスは、25度以上の温度と50%以上の湿度で増殖を抑えられるというので、いつも部屋中の湿度をあげるためにガスストーブ以外に、台所でやかんに湯を沸かし、その都度居間にもってくるという所作を繰り返していました。乾湿計があるので、45%には行くようにしていました。
   でも、昨日ついに、加湿空気清浄器を購入、セットしました。加湿だけでなく、よく咳もするので空気清浄機能付きのものの購入を決めたものです。シャープのプラズマクラスターで、1万7千円で思っていたより安く、ネットで買ったらもう翌日に着きました。湿度だけでなく、部屋の空気の汚れが、緑・橙・赤で示されるので、軽快です。

    坂井さん、もう大丈夫ですか?写真の公園は兼六園ですね。前に金沢在住の小林弘子さんの招待で同人三人で行きました。お茶屋街も案内されました。皆でまた行きたいですね。
    でも、そちらは趣味と仕事を兼ねてでしょうか、全国に行ってらっしゃるようですね(日本のみならず、ですか)。

   三月三日の合評会、ぜひおいでください。
 

穏やかな昼下がり、ことじ灯籠のある風景

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2019年 2月 2日(土)12時33分53秒
  2週間ぶりに熱が下がりました。ってなわけで、少しお散歩しています。どこだかわかりますか。


 

事件の加害者

 投稿者:管理人 iPad 8923  投稿日:2019年 2月 1日(金)14時06分37秒
編集済
     書きたくもないことだが、ふたりの犠牲者が出たニュースについて感想を述べたい。
   一人は昨年11月から所在が行方不明になっていた女子大生が茨城県の畑で遺体で発見された件。もう一つは千葉県野田市でまたしても親の虐待で10歳の女児が殺された件、だ。

    行方不明の女子大生のことは、なんでそれだけでニュースになるのか、高齢者が行方不明になってもテレビで扱ってくれるのかと後で思っていたが、やはり事件性があるとの見通しで報道されていたのだったろう。結果、彼女の住む葛飾区から遠く離れた、茨城県の神栖市(鹿島神宮市の近く)の畑の土の中から遺体で発見された。被害の女性は日本薬科大の一年生の菊池捺未(なつみ)さん、まだ18歳。これからというときにこんな結果になって、本人もご家族も遣る方無い思いだろう。(こういう事件の被害者はたいてい若いひ弱い女性だ。たくましい男が標的になることはない。そこにこうした事案の本質があろう。すなわち淫行目的)。犯人は神栖(かみす)市に住む35歳の無職の広瀬晃一容疑者(35)。連行されるところをテレビで見たが、まだそんな年でもないのにてっぺんまでハゲあがって、横髪もボサボサ、ヒゲも剃らず、下向きのかっこうのいかにもこんなことを安易にやってしまいそうなヤツだった。供述によるとクルマの中で騒がれたので殺害したという(閉鎖空間で、騒ぐと殺される!)。この男は前にもこうした破廉恥事件で検挙歴があるという。無職で、ゲームか何かでネットだけは使っていたのだろう。 SNSで引っかかった女性も、どういう気持ちで遠く茨城の現場までいったのかそのことも気になるところだが、ここでは犯人のことを考えたい。こういう社会的に大人になりきれていない人間は今のこの国では少なからず潜在していよう。

   この事件で思い出されたのは、ちょうど十年前のことだが、2009年10月に松戸女子大生殺人事件というのがあった。千葉大園芸学部の女子大生荻野友花里さん(21)を殺害、証拠隠滅のため部屋ごと火をつけ逃走したのだった。犯人はコンビニのATM で荻野さんのキャッシュカードから二万円を引き出すところを防犯カメラに撮られたのだが、その男・竪山辰美(48)も薄毛の中年男で、なんと事件10月の前月に刑期を終え出所したばかりだった(やはり住居侵入・窃盗他)。この事件の印象は、被害者の美人女子大生と対照的な金を引き出す竪山の間抜け面だった。物事を見た目で判断してはいけないというが、こうした事件の表層は、綺麗な可愛い被害者と、さえない無能な中年男、という構図だ。淫行を犯すことがどういうことか、ましてや殺人を起こしたらどんな結果が自他に招来されるか、全く想像力がないのである。
   竪山は出所の際、刑務所での作業報奨金46万円があったそうだ。しかしサウナやネットカフェの寝泊まり、さらにキャバクラで15万を使い込み、この先どうやっていくか、職がなければまた犯罪か、さらに自殺か、と考えたとかいう。ふつうに、この男の近い将来は予想できる。結局、男は女子大生殺害に及ぶ。
    https://www.bengo4.com/other/1146/1307/n_2735/

   こうした当て所のない事犯者をそのまま出所させていることも問題だが、今回の茨城神栖市の女子大生殺害も似たようなもので、職もなく、淫行の前科もあるヤツは自殺するか、あるいは他殺を犯すのである(新幹線で事件を起こした若者、交番で銃を奪おうとした若者。結果殺人を犯した事例も思い浮かぶ)。もともとそういう弱さを内在している人間について、社会や政治はもっと、ヤツラの内面と社会生活の履歴とともに、考えてゆかねばならないのでは。

    十歳の女児の虐待死については、目黒の女児の事件に引き続いてで、満腔の思いがある。今回の栗原心愛(みあ)ちゃん、半年前の結愛(ゆあ)ちゃん、名前も似ている(ともに、愛の字がある)。結愛(ゆあ)ちゃんは前は香川に住んでいて東京目黒に引っ越してきたそうだが、心愛(みあ)ちゃんも前は沖縄に住んでいたそうだ。千葉県野田市の教委の謝罪会見は、こうした事件への大人の無力をそのまま表していた。
   https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs?page=2&
 

連合赤軍あさま山荘とリンチ事件

 投稿者:管理人 iPad 8745  投稿日:2019年 1月30日(水)19時42分46秒
編集済
      前回投稿の終わりに、「連合赤軍によるあさま山荘事件に感慨はひとしお」と書いた。これは1972年2月のことだったが、22歳の自分にはたいへんショックな事件であった。60年代後半からの学生闘争がついにその大団円を迎える時でもあった。あさま山荘に立てこもった学生たちと機動隊との闘いは十日間にも及び、その様子はテレビ中継され、全国民が固唾を呑んで見守った(視聴率が90%近くにもなったとナレーションがあった)。初めての連日のテレビ中継と言われたが、山荘管理人の妻を人質にした彼らは実質三人(他に少年二人)、最後に、鉄球で山荘の建物を崩壊させ、放水でびしょ濡れになって出てきた犯人たちの様相は、今も脳裏に焼き付いている。「国家を敵にして戦った若者たち」(菊田義孝の詩集の言葉)の姿はただただ凝視するあまりだった。その名前も焼き付いた。銃撃線を戦ったのは坂口弘、吉野雅邦、坂東国男であったが、氷点下になる環境で自分らの目的貫徹の意志強固は逮捕連行される彼らの顔に表れていた(そのうち坂東はのちに75年クアラルンプール事件で、超法規的措置によって釈放され、未だに行方不明である)。
    そしてその逮捕後の供述によって、さらに震撼の出来事が判明したのは、山岳ベース事件、いわゆるリンチ殺人事件だった。逃走中の仲間を十二人も、革命戦士になり得ているか査問し、いわゆる「総括」名の下にリンチし、死に至らしめたのだ。群馬の山中の逃亡最中という極限状況とはいえ、あまりな凄惨さに当時背筋が凍った。最高幹部になったという森恒夫と永田洋子たちと兵士たちとの心理の葛藤は如何許りかと思ったことだった(いまWikipediaで検索するも、犠牲者はアルファベットで呼ばれるだけで、今は名前も明らかにされない。確か女性も何人かいた。その中には妊娠していた女性もいた)。
    この事件で、いわゆる左翼に幻滅したというのが、小生より三、四年年下の同僚(駿台)にいた。社会学専攻(一橋大院)の彼にしてみれば、自分の研究者人生の踏み絵にもなった事件であったことだろう(が、全共闘世代に末尾につながる小職は幻滅にはいたらず、?(疑問)のままソ連崩壊の世紀末を迎えたことだった)。


    多感な青春期、この頃この国では魂を揺り動かす事件が相次いだ。まず67年年の羽田事件だろうか、佐藤首相ベトナム訪問阻止の学生闘争で羽田空港付近の橋で警官隊と衝突、その時京大生の山崎博昭が死んだのが最初の衝撃だった。その後68年の10.21国際反戦デー事件(いわゆる新宿騒乱※)のあと、69年2月、東大全共闘の安田講堂攻防戦にいたるのであった(この年の東大入試は中止になり、同じく中止の東京教育大と合わせて、受験生にはたいへんな負担になった)。
    70年には三島由紀夫自決事件もあって、やはり踏み絵的な衝撃であった。

※ この時期のことは、同人星野光徳の文藝賞(河出)受賞作「俺たちの熱い季節」にある。「新宿騒乱という実際を初めて文学表現に仕立てた」と選考委員・野間宏に言わしめた。
 

二つのドキュメンタリー

 投稿者:管理人 iPad 8567  投稿日:2019年 1月29日(火)15時55分11秒
編集済
     考えてみれば、昭和から平成、われわれの生きてきた時代というのは、人類史の中でも稀に見る歴史的事件の連続ではなかったか。もちろんその前の戦争の惨禍はわれわれの父祖の世代にたいへんな目をあわせた。前線の兵士のみならず、戦争末期は銃後国民にも東京大空襲、沖縄の闘い、広島・長崎の原爆など、塗炭の苦しみを味合わせた。
   だが、戦後の焼け跡からの出発、高度成長の後、余裕と安らぎが出来たかと思ったら、悲劇はその戦後的状況の中から胚胎してきていた。
    実は昨日・一昨日と衝撃的なドキュメンタリーをテレビで視聴したことであった。先に見たのは、NHKのスペシャルとして放送されたことのある、いわゆるルーマニア革命の一部始終のフィルムであった。また翌日のは池上彰の特番、連合赤軍、あさま山荘事件のことであった(テレビ東京)。
    今更に同時代を生きてきた人間として哀切極まるもので、そこで犠牲になった人たちには言葉もない。
    ルーマニア革命の方は、いわゆるベルリンの壁崩壊から引き続いたドミノ劇の最終場面として、歴史的ドキュメントとして、その時々刻々を当時を思い出しながら見つめたものであった。壁の崩壊が1989年11月で、これは日本国の元号が変わったその最初の年であった。為政者と群衆という対比がこれほどせり上がり、革命という盛り上がりになった成り行きは、かつてのフランス大革命やロシア革命もさぞやと想像された。

    ただ小職としては、時代としてはルーマニアの前ではあったが、連合赤軍によるあさま山荘事件に感慨はひとしおだった。以下、続く
 

年齢の受け止めが昔とは様変わり

 投稿者:管理人 iPad 8567  投稿日:2019年 1月29日(火)09時22分28秒
編集済
     年齢のことで言えば、近頃は六〇歳代といっても見た目も若いし、考え方、行動なども昔とはだいぶ違う。同人を見ても髪も黒いし、腰も曲がっていなく、肌も老いた感じではない。童謡にある、「村の渡しの船頭さんは  今年六十のお爺さん」(「船頭さん」)のお爺さんとは違う。この作品は1941年、つまり戦争中に発表されたもので八〇年近くも前であるから当然か(まこのお爺さんは元気ではあるが)。
   近頃は、実年齢の八掛けくらいが、相応の年だというが、そのデンでいけば六九歳も五五歳になる。

    嵐というアイドルグループが活動を休止するというのが巷では大きな話題となっているが、われわれの頃のアイドルといえば、タイガースとかフォーリーブス(知っている?)、あるいは御三家、新御三家の歌手がいた。橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦などはいまも活躍で、見た目も若い。新御三家の郷ひろみなどは全く年を取らない究極のアイドルだ。野口五郎も若いが、反面西城秀樹などは小生より5歳も年下なのに逝ってしまった。(フォーリーブズなどは始動当時から初々しく、いわゆるジャニーズ系の先駆けとも思えたが、ふたり逝ってしまって、ツーリーブズになったのは悲しい)。

    近頃は健康志向で、タバコを吸う人もだいぶ少なくなった。昔は映画などのカッコいいスターは必ずと言っていいほど片手に紫煙を燻らせていたものだが、時代は変わった。食べ物にも注意し、運動もする人、サプリメントを飲んでいる人も普通になった。この健康志向はテレビ番組に多く見られるが、驚くのは週刊誌である。週刊現代や週刊ポストといえば、政治社会の裏面を暴く、文字通り週刊誌的記事で読者を釣っていたのだが、最近のそれらは健康関連と、終活、つまり葬式や自分亡き後の諸事をどうするか、というのが毎回メインの内容だ。ま読者たる団塊の世代以上の人の需要に応じているということだろう。昔と違って、死後のことまで生前に考えるようになった、ということだが、それだけ余裕が出来てきたということだろう。

    今世紀になって、亡くなる人が減った。同人でも、2003年の時菊田義孝さん(八八歳)、2015年の野口存彌さん(八四歳)だけだ。親戚をみても、父母やオジオバは前世紀で亡くなって、従兄弟世代は皆元気だ。父の一番下の妹の叔母は昭和八年生だが元気。この同世代では黒柳徹子がいるが、テレビで見ていると全く変わらない(現在八五歳だが、市原悦子の方が三歳年下)。女優など見渡すと、戦後直後に銀幕で輝いていた人がいまも元気。岸恵子や有馬稲子、など。何より今上陛下がいらっしゃる。美智子さまも一つ年下だ。

     現在、次号の特集について、『昭和文学史』(川西政明・上中下・講談社)を読んでいるが、そこに戦後の風景としての映画なども紹介されていた。昭和二四年封切りの「青い山脈」、同二八年の「君の名は」の圧倒的な人気は、いかにも戦後、戦後民主主義の風景だ。

    平成という時代もあと100日で終わることになった。メディアのさまざまな回顧報道とともに、われわれもこの同時代を人を中心に、いろいろな視点から見渡してみたい。
 

「ボヘミアンラプソデイ」を観ていらっしゃい

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2019年 1月29日(火)08時57分52秒
   昨日、友人たちと「ボヘミアンラプソデイ」を観てきた。昨年、の封切りだからもう2か月目に入っている。相変わらずの熱気だ。元気のないひとは御覧あれ。
 私はロックよりフォーク派だが、クイーンの歌はいい。声がいい、歌詞がすてき。ギター、ドラム、みんないい。ロックはマイノリテイの人種から生まれている。
 永野さん、寒さなんか吹っ飛ぶ熱気ですから、ぜひ、行ってらっしゃいな。
 

年はいったが、気持ちはまだ若い?

 投稿者:管理人 iPad 8567  投稿日:2019年 1月28日(月)17時41分39秒
編集済
     今日は少し寒さが緩んで助かる。
   冬は朝布団からなかなか出られない。それでも通院の日は6時前には自然目覚めて、定刻に家を出て満員電車に乗る。逆にそうでない日は、目覚めているのに布団から出ないでグズグズしている。寒いので、電気ストーブを右に、ガスストーブを左につけて暖をとっている。何か自堕落な感じでなさけない。

   先だって1月11日に誕生日を迎えて、69歳になった。数えでは70で、改めてこの歳に驚く。実はこの年齢のことでこの間ちょっと考えこんでしまった。自分はあと何年生きられるのだろうか、など。看護婦にもう70だよと言ったら、そうは見えないと言ってくれた。じっさい自分はあまり年齢のことを考えてこなかった。だが年は人を待ってくれない。

   夕方銭湯に行くと爺さんばかりである(8時過ぎになると若い人が多い)。よく見かける禿頭の彼らはいかにも年寄りだという感じだが、年齢的には当方とあまり変わらないのだろう(ちなみに書くと、当方宅には新しい湯船が設置されて、オートマチックで湯が沸き追い炊きも出来るようになった。じつはURに言ったら、何と無料で新しく設置してくれたのだ。でも銭湯の方が慣れているので、当面こちらに通っている)。

   最近、食欲があまりないので困っている。栄養については体には基本的なことなので意識して摂るようにしているが、家にいると動かないせいか腹が減らないのである(通院の時は、透析が終わると女子医大のレストランで毎度完食しているのだが)。当方iPadで検索して何を食べたらいいか調べているので、からだにいいものを考えてはいるが。

   最近はなるべく体を動かすように意識していて、駅でもエレベーターを使わないでエスカレーターに並んでいる(下りの階段は大江戸線のホームまで百段近く降り切る)。道を歩く際も他の通勤の人たちに歩調を合わせている(皆、朝は早いテンポなのでついて行くのはちょっとタイヘン)。でも近頃はヘマトクリットも十分あるので、あまり疲れない。考えてみれば、われわれ透析患者は十分な看取りがあるので、このように元気でいられるのだ。

   透析は確立した医療なので、いまなくなる人もほとんどいない。患者も自分の体をしっかり意識して、基本の食事もきちんと摂っているので、元気なのである。いざ具合が悪い時でもすぐ入院・治療の体制がある。特に女子医大の場合はその点、すごくしっかりしている。
 

健全なナショナリズム

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 1月25日(金)13時08分33秒
編集済
   日本のナショナリズムの薄さは先進性の表れといえるのかどうかという管理人様の鋭いご指摘がありました。

 民度が高まり、人間の質が進歩するとナショナリズムのような前世紀、前々世紀的なドロ臭い、土着的な発想は影を薄めてやがて消滅してしまうのかどうか。

 アメリカのトランプ支持や英国のEU離脱、反グローバリズムの動きが広まりつつある背景の根本には、ナショナリズムがあるのではないか。
 60年代学生運動の根本にもナショナリズムがあって反米が叫ばれたのだと聞きました。

「社会主義神話の崩壊 乱舞するナショナリズムに批判の刃を!」

これは忘れもしないわたくしが大学に入った年(80年)、キャンパス中央の横断幕に書かれていた学祭のテーマであります。
 当時ソ連北方脅威論から有事立法が言われ、ソ連の圧政下に呻吟するポーランドで連帯が運動を始め、清水幾太郎の「核の選択」という本が物議をかもしておりました。
 学祭を担う革マル派の人々にとって、信じていた社会主義が信じるに足らざるものとなるかわりに防衛力増強をいう右側が活気づいてきたのに危機感をもっていたものと思われます。

 ナショナリズムは戦争につながる
愛国心なんかあるから国同士が衝突して戦争が起こる

日本人は7年間の占領でGHQからミッチリとそれを叩きこまれ、GHQが去った後も朝日新聞をはじめとする大新聞、教育界に跋扈した日教組、進歩的文化人、知識人、学会がGHQの肩代わりをして、愛国的な意見には悉く「右翼・反動」のレッテルを貼り付けて、愛国者たちは悉く責任ある地位から追い払われたのであります。

 改憲の「か」の字でも言おうものならたちまち大臣の首が飛び、「核武装」などといえば、ほとんど異星人か黴菌のように見なされて追放されました。
 あれから約40年経過すると、改憲を露骨に標榜する首相が現れ、リベラルの人が多い掲示板にも日本のナショナリズムはこれでいいのかと疑問を呈する書き込みが書かれるようになり、隔世の感があります。

 わたくしの生まれた昭和30年代、管理人さまがノスタルジーを強く感じられる30年代には祝日にはどこの家庭でも日章旗が掲げられ翩翻と翻っておりました。
 今はそんな家庭は皆無に等しく掲げようものなら「あそこは右翼か」と陰口を言われます。

 ナショナリズムは薄い方がいい、淡い方がいいと中日新聞には書いてありました。

 わたくしは、領土問題について特に北方領土をこの目で見た人間として、元島民の老人の話を聞いた人間として、薄かったり、淡かったりではダメだと思います。
 熱烈に領土に対する愛を表明しないでは、開拓した父祖に対して、あるいは終戦後に千島から攻めてきたソ連軍と果敢に戦った兵士に対しても申し訳が立たないと思います。

 戦争は何としても回避しなければなりませんが、他国に領土をみすみす掠め取られたり、他国の支配を受けて蹂躙されても知ったこっちゃないという態度では亡国は避けられないと思います。

 これは日本人の精神の問題で、このままで大丈夫かという危機感を切実に持つべきではないかと叫びたいのであります。
 

日本国民のナショナリズム

 投稿者:管理人 iPad 8118  投稿日:2019年 1月23日(水)20時24分52秒
編集済
     日ロ交渉は結局どうなったのでしょう。安倍首相とプーチン大統領はこれまで25回もの会談を重ねているといいますが結局領土問題は玉虫色、というかこれには触れずに経済協力を進めていくということになったようです。今回北方四島を巡ってはロシア国民の方がモスクワに千人が集まって、領土返還絶対反対のシュプレヒコールをあげたようですが、我が方の反対運動は聞いたことがありません。韓国の竹島(独島)問題といい、こうまで彼の国民の気持ちが熱いのに比べ、我が方の冷めというか無関心には、国民の意識レベルということで少し考えさせられることがありますね。要するにナショナリズムの問題。日本でも日露戦争直後は日比谷焼き打ち事件のように国民の講和条件に対する熱い気持ちがかつてはあったのですが、いまのこの国の無関心、あるいは冷静さは先進国のあり方として興味深いです。つまり、政治外交に熱いまなざしを持つ必要もないということでしょうか。
   翻って、ロシアや韓国、あるいは反日運動激化の中国にしても、国民の生活がかならずしも満足のいくものではなかった(ない)、それゆえになんらかの気持ちをあげたいということの現れでしょうか。生活が厳しい、ということ、それが反対運動になっていく。しかしそれが政権への批判、対抗にならないところに、かの国の問題がうかがえる感じです(それだけ強権・集権的な政治体制というものでしょうか)。
   日本で反対運動が起こらないのは、生活がそこまで逼迫していない、国としての先進性を表しているのでしょうか。でも、アメリカのトランプ反対運動や、国境の壁建設に対する抗議などを見ると、日本という国・国民に、必ずしも先進国としての意識の高さがあるとはいえないでしょう。
    いま、ヨーロッパも政治的に大変なようです。EU離脱をめぐる英国の混乱、イエロージャケットを来た民衆の反マクロンの大きなうねり、欧州全体もいま転換期にあるといえそうです。それに比べ、我が国の一見、平和な様子は喜んでいいのか。テレビを見ると、太平なこの国のいま、が伺えます。
 

群系会員、になっていただけませんか。

 投稿者:管理人 iPad 7908  投稿日:2019年 1月21日(月)16時28分15秒
編集済
     寒さも少し緩んだ感じもしますが、皆様はいかがでしょうか。

    ところで先ほど郵便局で、41号の印刷・送料の代金を龍書房様宛て振り込みました。全部で、74万4千円ほどの請求のうち、今回は60万円振り込みました(毎回二回に分けている。振込用紙が二枚いつも同封されています)。
    さて、今回41号は220ページで、これは3,300円/1pを掛けると、72万6千円となります。それに全部で450部の発送料が2万円ほどです。前号・40号は280ページだったので、3,300円/1pを掛けて、92万4千円でした。
    しかしそれでも請求額に追いつかない実態があります。執筆者のご負担だけでは不足で、目次や後記などの編集部負担があってこれが大きいのです。常連の会員様は毎度お振込みいただいていますが、30~40人くらいで、どうしてもそれ以上の方が見込めない。会員・読者の拡大は、特にこの十年余は大きな課題でしたが、執筆者30人と合わせて70人の会員数はどうしてもそれ以上に伸びません(中には、三千円・五千円というご芳志を頂いています。一万円の方も)。この会員拡大は、あまり編集部で話してきたことはありませんが、経費の問題とからめ、どうしたらいいか思案すべき時が来ているのでしょうね。

    この二、三年、群系ホームページの更新の方もなされていません。前のPC(Windows vista)がクラッシュして、いまのPC(Windows 10)になって、新しくホームページをそこに作れていないのです。40号・41号と、本体である群系は出来上がっているのに、その目次内容の名前すらネット公開出来ていない。やはり広く読者・会員を募るにはインターネットは欠かせません。
    なぜ群系ホームページの更新が出来ていないのか。これは、データの転送は出来るが、アプリケーションは、旧PCから新PCに転送出来ない、という事実があります。データは十分あっても、それを受けるホームページの基礎となるHPアプリがないとダメ。つまり、新規にHPソフト(アプリ)をインストールして、基礎たる「群系ホームページ」を作り上げねばならない。でもこれが実にめんどう。
    前は、楽しく面白く作成できたのに、最近はその力がない。トシ、だからでしょうか。かといって、ホームページ作成を業者に任せるなんてことは、赤字の屋上屋を課するようなもの。願わくば、当方の意気が上がるようなことがあれば、と思うのですが。ー

群系ホームページ新版
   http://gunnkei2.sakura.ne.jp/index.html
群系ホームページ旧版
   http://gunnkei.sakura.ne.jp
 

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