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  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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芸術至上の会

 投稿者:管理人iPad 1750  投稿日:2019年 6月17日(月)09時30分17秒
編集済
     ああよく寝た。いつも5時半には目覚めているのだが、昨日芸術至上の会へ行ってきてほどよい疲れだったのだろうか、いい夢もみて8時過ぎても起きなかった。

    芸術至上の会へ行くのは楽しい。大井町の品川区中小企業会館へ行くのに、馬喰町から東京駅へ出て京浜東北線で行く。すると都心のビル街の風景が見えるからだ。新幹線が走り、帝国ホテルも見えるこの中を通っていくのは、何か自分が時代を生きている、という感じ。昔の東宝のサラリーマン映画の雰囲気もするし、GHQの第一生命ビルもあって、戦後をも感じる(古い!)あえていえば、今日の講演のテーマ芥川龍之介が、帝国ホテルでサンダルがどこか行った、と探す姿も想うか。むろんいまの丸の内はとんでもない高層ビル街だ(先日初めて新しくなった大丸、へ行って、そこのレストランで食事した。新しい初めての場所なのに、懐かしい感じがした)。

    この日は例会ではなく総会なので、研究発表ではなく講演だった。少し遅れて始まった。かいじょうは大講習室だったが、参会者は少なかった(二十人足らず)。若い人がいなかった。でも逆に昔から馴染みの人たちで、群系同人も数人来ていた。芸至の幹部の方々はいつも見えているが尊敬する人たちだ(この先生たちに認められたい!)
    思えば、四〇年も前に愚生もこの芸術至上の会で初めて研究発表したのだった(会場は亀戸の勤労福祉会館)。テーマはこの日と同じ芥川龍之介、それも「玄鶴山房」論。司会の大森先輩宅に前夜から泊りがけで仕込んだ。そのせいもあってか好評で(畏友星野が激賞してくれた)。若い時の病歴でずっと不本意でコンプレックスの人生が晴れたのだった。デビューって大事だよね。その後、小生は口頭発表は少しだけだったが(朔太郎「月に吠える」論、室生犀星「抒情小曲集」論)、以降戦争文学研究会を主宰して、貧しい青春に少しでも飾りをつけたのだった。
    芸至上の会はそういうわけで、小生の文学濫觴の場、である。あとの懇親会も含めて、いつも人間勝負の場であった(えらい先生が多かった。認められたい先輩も)。土曜日が透析なので、近代文学会などの例会へ行けない自分にとって、日曜やる芸至上が文学の揺籃であった(安宅夏夫先生にもここで出会った)。

   今日は若い人がいなくてそのことも話題になったが、文学をやっていくこと、そのことで自己発表し、人に認められていくことは、会社人生以上のことと思う。会の後の懇親会も、文字通り人間関係を育める。小生に、森安理文せんせいと、その麾下の芸術至上主義文芸の会との出逢いがなかったら、戦争文学の研究会も、群系の会もなかっただろう。
 
 

全力で生きていくこと

 投稿者:管理人iPad 1639  投稿日:2019年 6月16日(日)08時39分38秒
編集済
     少年がサッカーのボールを蹴る    他の少年がそれを追う

   少年たちはスポーツが好きだ。特にサッカーや野球は。
   だが、そうでない子供もいた。サッカーボールではなく、その飛んでいく行く先に目がいく
   練習場の外、公園の樹々に、花に、蝶にー。
   サッカーにいそしむ少年同様に、樹々も花々も蝶も、何か懸命だ
   と 子供は気づいたのか
   花は、きれいに咲いているのではなく、全力で咲こうといそんしんでいる結果だ
   蝶も、ただふらふら飛んでいるのではなく、生きようと全力でいそしんでいるのだ
   子供は、サッカーよりも、それら周囲の生を見るのが好きだった
   綺麗なのは、格好いいのは、内実から、生物が懸命に頑張っている(とわかった)から

   一方、全然そういうことに関心がない大人もいた
   勉強も遊びも中途半端で、何といって趣味もなく(友だちもなく)、
   ただテレビを見て、コンビニの弁当を食う日々だった
   子供の頃、父母に捨てられて(?)、伯母伯父のもとにいた。
   愛、というものも、優しさというものも知らず、
   世の中の人が皆全力で生きている、皆それぞれ懸命に頑張っている
   そういうことが  わからなかった

   昔、連合赤軍などいう若者の一群があった
   彼らはものすごく頑張った  やらねばならぬことを感じて
   日常の時間すべてを  彼らの「革命」のために注いだ
   懸命にやった  そのために仲間も その生も犠牲にした

   川崎の51歳の男も、周囲の生を犠牲にした

   他人を殺めるのにはよほどの心の傾き・集中がなければできない
   連合赤軍の若者たちは、戦闘訓練、山中生活の中で  疑心暗鬼が生じてきたのか
   川崎の男は、長い一人生活の中、数少ない外出の中で、通りを歩く他人に敵意を育んできたのか

   人は(透析者も)、全力で日々を生きているものだ
   社会のおかげで、というのも恐縮でなく、感謝のためにも
   自分の人生を全力で生きている

   先の子供はボールを追っかけるのではなく、横で見ている立場だった
   横でも   見ていると、ものを見据えているとその内面が見えてくる

   文学とは、その内面の語りかけ、を文字にしていく行為ではないかー。
 

戦中に書かれたものを読むことの意義

 投稿者:管理人iPad 1639  投稿日:2019年 6月16日(日)07時15分26秒
編集済
     42号は会心の出来なので、専門家の方、文学にかぎらず、歴史や社会学の先生方にも送ろうか、と思います。『戦争×文学』の叢書の編集委員は、『文藝年鑑』にその住所などが載っていましたし。
    戦争文学については、小誌はだいぶ前から扱っているのですが、その姿勢、戦争文学の読み方、時代にたいする向き合いを評価していただきたいです。戦艦や戦闘機などについては、雑誌『丸』などありましたし、小生の世代は子供の頃から、プラモデルで、大和も長門も、零戦も隼も紫電改も作っていました。でも、戦争と文学、8・15の終戦がテーマの今回の特集はむろん、戦争懐かし、でも、日本万歳、でも、また平和と民主主義を守れ、などが中心ではありません。やはり、文学の立場で、あの時代を分析、批評しています。

    同人誌はいろいろ拙宅にも送られてきますが、批評がこれだけまとまってあるもの(自由論稿を入れれば20本以上)、かつ時代や戦争文学、戦後文学などに継続して傾注してきた雑誌は見たことがありません。
     漱石も芥川も結構ですが、一億国民を巻き込んだあの時代を、歴史家や社会学者でなく、文学の研究者や批評家がなぜもっと関心を持たないのでしょうか。調べれば調べるほど、この国の過去がわかるし、外地に行ってしまったお国の人の気持ちがわかります。また周囲の外国のことも分かってきます(侵略された、という受け身から連想されるのとはちがう、人権もない国家・民族の惨劇を知っていきます)。逆にこの国、日本の、相対的なまともさ、必死に頑張ってきた姿がわかってきます。
    メディアによる知識のみならず、実際彼の地に行った作家、兵、軍属、その家族などの文章に接して、総合的に時代と民族、そして歴史を知ることができます。ぜひ、本誌42号にご注目下さい。
 

大学の文芸部は妙案。

 投稿者:管理人iPad 1530  投稿日:2019年 6月14日(金)22時26分7秒
編集済
     学生をターゲットに、はいい案ですね。
   あまり考えていませんでした。大学の教官は招じいれようと何度も試みたことがありました。まず案内のメールを送ろうとネットで大学名から入っていくのですが、サイトはあって専攻や論文名はあっても、肝心の連絡先、すなわちメールアドレスが掲出されていないものが多かったです。
   以来、大学教官は先方から既刊号を問い合わせて購読会員になってくれたのが多い感じです。かつ一度会員になってくれると、ずっと会費を雑誌を送るなりすぐに振り込んでくれる例が多く、いいお客様、ですね。

   学生を相手といえば、芸術至上の例会で研究発表した院生などと、あとの懇親会で話して雑誌などをあげて盛り上がった例もありますが、その時限りが多いですね。なんとか継続的にお付き合い出来ればと思うのですが。
   その点、国文学の専攻生というより、文芸部の方がより関心を持ってくれるかもしれませんね。一度、どういう文芸サークルがあるのかネットで調べ、出来たら名簿を作りたいですね。
 

『群系』のこれから

 投稿者:荻野央  投稿日:2019年 6月14日(金)13時25分14秒
  再三再四、永野さんが板に書いてますが、この前の編集会議でも色々と話題としましたこのこと。私は一つのアイデアとして、学生をターゲットにしてみてはどうかなと考えています。各大学の文芸サークル宛てに送り、返信用はがきを同封してみる。(お金がかかりますが) 将来同人になるかもしれない。
私は退職して早々、某大学のサークルが、社会人で文学を愛する人を募集しているのを知って一年間通ったことがあります。なんとなんと、若い世代で純文学を論じているのをみて、やるなあと思ったことです。けっこう賑わってましたよ。
ちょいと名簿作りをしてみようかなと考えてます。同人諸氏におかれても、『群系』を将来に向けて伸ばすアイデアなり工夫を発表されてはどうでしょうか??

 

戦争文学は今の若い世代にこそ不可欠

 投稿者:管理人iPad 381355  投稿日:2019年 6月13日(木)22時35分13秒
編集済
     今さらですが、「令和」の時代を迎えたこと、奥付にも西暦の横に併記されました。この年号の交替はむろん天皇陛下の代替わりがあったゆえですが、そのことで国民はもう一つ前の時代を思った人も少なくはなかったのではないでしょうか。平成の前、つまり昭和の御代ですね。
   昭和というと、のちの高度成長を思う世代も多くなってきたでしょうが、でもやはり国民共通の歴史は戦争のことですね。昭和天皇はむろん、上皇陛下も片時も戦争のことをお忘れではなく、特に沖縄については、周囲にその関連の書籍を積んでたいへんなご執心でありました。
   天皇というと平和憲法下では国民統合の象徴と言われますが、でも反面戦争をいまでも連想させるのではないでしょうか。むろん今上陛下におかれてはいわゆる責任というものはないのですが、そのご存在がこの国のありようからそれが連想されるー。
   しかし、現代の日本においては必ずしも負のイメージだけで捉えられるのではなく、この国の近代史に次の世代がふつうに対面するときに、天皇の存在がたいへんわかりやすいもの(媒体)となっていることがあると思います。つまり天皇のために戦ったという時代があった、ということ。
(新しい両陛下の国民のこれだけの親近は、天皇制とかナショナリズム、という固い話とは別個の、日本人のいわゆる人間的な親和、だとも思える)。

   さて、今月下旬に刊行される「群系」42号、つくづく最新ゲラや目次を見ていいものだと思いました。特集が〈8・15の青い空 戦争と文学〉というもので、新天皇の時代「令和」になったからこそ、この刊行は意義深いものとなると思います。手にとってご覧になれば、胸に刻まれるテーマが並んでいると印象されましょう。
    文芸同人誌があまり継がれていかない、若い人が来ない、とはあまりに言われ過ぎた言葉ですが、でも、自分の国、生きてきた時代の少し前にこんなことがあった、とわかってくるなら、それらをもっと知ろう、自分でも書いてみようと思うのでは?遠い異国、満州で、南洋で、あるいはシベリアでたいへんな生があったということを知ること。それは怒りにも憤懣にもなりましょうが、いまの人にとっては生きる指針ともなると思います。
   最近、引きこもり(と限定してはいけないが)、心に不満を積もらせてたいへんな犯罪に至ることがありましたね。川崎の事件と、元次官が息子を殺害した事件もありました。それらの前の、新幹線車内殺人の容疑者の様子をテレビでやっていたのを見て驚きましたが、犯人の若者は自分の殺人を全く後悔反省していないどころか、自分のむしゃくしゃを正当化する気持ちがいまも変わらなくあったようでした。
   個人の資性によるとばかり言えないと思います。彼らが憎むこの数十年の社会のありようが反映していましょう。やはり受験戦争とか、競争社会のかげの部分がある。こういうときに、いきなりとっぴですが、戦争の話、歴史秘話が彼らの前に披露されていたらどうでしょう。
   満州や朝鮮半島から命からがら逃げてきた人たちのこと、あるいはシベリアで収容拘束され、重労働させられた元日本兵の話(彼らの裁判での容疑は「平和と民主主義」に対する罪だと)。あるいは南方での疲弊と飢餓、病苦の状況。そして、特攻攻撃による奉公の顛末。いまの人たちには考えられもしない事態だが、実際にあったことごとなのですね。
   テレビやネットでは、楽しいこと、面白いことが中心ですが、たまには、戦争とかその時代のことを考えましょう。自分たちのいまの生にとっても意義あることで、精神生活にプラスになります。そのためのおおいなるきっかけが、月末に発送される、本誌の誌面です。ご期待下さい。
(こういう批評を中心とした文芸同人誌はほんとうに少ないようです)
 

『群系』月末には発行とのこと

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2019年 6月13日(木)19時16分1秒
   編集委員の皆さま、お疲れさまです。目次を観ました。楽しみな内容ですね。8月15日の敗戦の日も年々忘れさられるようで悲しい想いをしておりました。身近な人たちに本号を読んでいただこう考えております。この日を記憶している人たちは、現在、どのくらいいるのでしょうか。先の戦争の語り部として身近な人たちに語り継いで欲しいと思っています。

6月16日は「芸術至上主義文芸学会」の総会です。講演は芥川龍之介の『羅生門』『蜘蛛の糸』です。会場はいつもの品川です。

 今回が最後と思い『羅生門』『蜘蛛の糸』を読んでみました。色々と考えることがありました。
 

42号、26日にも

 投稿者:管理人iPad 381355  投稿日:2019年 6月13日(木)14時01分2秒
編集済
     ご報告が遅れましたが、昨日同人三人が龍書房へうかがい、最終校正をいたしました。下版になると事は早いもので、二週間後、すなわち6月26日(水曜)には出来上がるそうです。
    今回の特集は、〈8・15 の青い空   戦争と文学〉ですが、15本もの論稿が集まり、内容的にもなかなかのものと存じます。自由論稿も力作が多く、読みごたえもあると思います。
   こういう批評系の同人誌はやはり全国的にも珍しいそうです。 ぜひ、今後とも購読会員となっていただくとうれしいです。(2千円/半期)
 

本日最終校正

 投稿者:管理人iPad 381245  投稿日:2019年 6月12日(水)10時03分56秒
編集済
     梅雨の合間、というのか、今日は日中20%の降雨率で、夕方40%のようですね。しめしめ、この間に、早々龍にでかけて、やるべきことやってしまいましょう。

   しかし、昨日、一昨日と体調悪かった。季節の変わり目、というのか、からだがだるく、何かをやる気が出ない。結局、金曜日校正で持ち帰ったゲラもあまり見られませんでした。ま、この校正こそ、人海戦術が必要なものですが、こういうのにこそ、AI  が使えたらいいのに、と思います。


    最近、世界情勢も技術水準も日進月歩なので、戦争関係などを読んでいるときに、たまに最新の情勢を新聞テレビでみると、まったく同じ国のことかと驚いてしまいます。しかし、当方の内にある昔の中国、そして人民のほうが、同情しやすく、好意ももてた。いまの中国、朝鮮半島にたいする、われわれの思いはどういうことか。なまじっか前世紀の歴史文学を勉強したせいなのか。
 

やまなし文学賞

 投稿者:管理人iPad 380970  投稿日:2019年 6月 9日(日)17時20分14秒
編集済
      あ、どうも。
    減らすといっても、30部くらいです。だから420部ですかね。印刷代金はそんなに変わらないそうで、場合によっては、部数は印刷して、取り置きという形にしましょうか。

    ところで、今日は日曜にもかかわらず、「やまなし文学賞」の応募のパンフが郵便受けに来ていました。小説と評論の二つを別々に募集しています。小説は令和元年六月~十一月、評論は、もっと前から募集で、今年の十月すえまで、でしたかな。詳しくは、下のネット案内をご覧ください。編集部でも応募するか検討ですが、各位におかれてもどうぞ、ご検討ください。
※  でもこの賞の敷居、高いです。

  http://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/prize/
 

発行部数を減らす件

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2019年 6月 9日(日)15時59分20秒
   梅雨冷えでしょうか・・・今日はひんやりしてますね。同人誌の運営は大変なことと思います。すべてお任せで申し訳ありません。赤字にならないためにも部数を減らすのはやもうえないことと思います。送り先を厳選することがよろしいかと。送られても読まれずに処分されてしまうのは悲しいこと。本当に喜んで下さる方に送られるのが良いかと思います。
 高齢になると難しい本は読みたくないと、周辺の知人は言っております。評論好きは少数派。
 本当は面白いのに残念です。

 編集者のみなさま、色々とお世話様です。
 

42号発行部数、減らす方向へ

 投稿者:管理人iPad 380970  投稿日:2019年 6月 9日(日)10時53分46秒
編集済
     今日明日、雨模様ですね。いまいち体調もよくないです。

   「群系」42号のゲラを持ち帰り、昨日の透析中からみていますが、やはり面白い号になったと思いました。表紙も、同人の選んだウツギの白い花で、これは卯の花なんですね。そういえば六月になって、「夏は来ぬ」の季節になりますね。

   さて、群系の会としては、以前はなかった赤字がこの二、三年続いています。ま、ページ数が多いことが一番の原因で本来なら慶賀の至りなのですが、印刷製本だけでなく、送付の費用もかさみます。厚さが1センチを超えると送料が増えますし、執筆者にも十冊、二十冊となるとその代金もかかります。費用は掲載料と会費のみで、送料は取っていません。これも会の負担となっています(amazonならともかく)。
   今までやってこられたのは善意の会員・同人が、五千円、一万円、それ以上とお振込みいただいたのもあったからでした。でもそういうことに頼るわけにはいかないでしょうから、根本的な対策が必要です。
    簡単な手は会費の値上げがあります。いま当会は、二千円/半期、ですが、これでは実はやや赤字なのです。購読会員様には、別途に「会報」も次号の募集案内、合評会やパーティなどの案内も送っています。メールで済ませる方も執筆どうじんには多いですが、一般会員の方々のメールアドレスは存じ上げない方も多く、郵送などになるのです。会費の値上げ、というのも考えないではなかったですが、五千円/半期にすれば解決ですが、これはムリだという意見があります。いわゆる学会なら、大学教員は控除などもありましょうが、当会は同人誌、です。値上げすれば、離れていく人も多いでしょう。

   で、号が厚くなるのは雑誌の精華と考えて、やはり発行部数を抑える、つまり、送付先を減らすというのが一番、だと思います。
    同人誌を送っても迷惑に感じている人がすくなからずいると思っています。大学教官に送っても、応答がないのが多いです(同人によれば、学会の人は同人誌は相手にしないのでしょう、とのこと)。
(もちろん逆の方々も多いです。大学教員の同人の方はここ二〇年以上、ずっとお振込み頂いています。お名前を上げたいところですが)。

    で、42号は、この数年応答のない方には送らないようにしたいと思います。かつての同人、関係文学団体の人、恩師・友人・親戚、など、関心のない方には、迷惑だと存じ上げるからです(個々、問い合わせしたいところですが、却って失礼でしょうし)。

    当方がこう思うのは、最近あった二、三の例からでした。長年の購読会員の方が、「親の介護に住居を移りますので」という理由でした。また、既刊号を希望された方々に、購読会員のお願いを入れたところ、その応答はなかったでした。学校や予備校の教員は関心あろうかと送ったところ、「読む時間がありませんので」と返却された方々、また高齢になり過ぎたので、と辞退された方もいました。

   それぞれの事情がありますね。当方は個人的にかつて投稿された人には、復帰の意味でも送っていたのですが、これはやはり感傷ですね。やる気のある人は、きちんと「投稿します」とメール連絡、きちんと送られてきているのですから。人はそれぞれ事情がありますから、違う道へ行っている人(法律など)はむろん、それ以外に関心が向いたなど、いろいろありますから、発行者として負のイメージはなく、そのようにしたいと思います。
   もちろん「送って下さい」と念押しの連絡のあった方、ハガキやメールでお礼のあった方、会員になっている方には、42号、送付します(六月下旬)。合評会も9月22日(日)、船堀の和室、です。
 

発送料の値上げ

 投稿者:管理人iPad 380880  投稿日:2019年 6月 8日(土)11時04分12秒
編集済
     昨日、同人四人と、「群系」42号の校正をしてきました。やはり、誤字脱字など、他人が見ないとダメですねえ。また来週の前半も伺って、水曜日くらいには印刷にお願いしたいと思います。
   さて、龍書房のご担当から、新しく封筒作成の件と、発送料の値上げの件を言われました。宅急便(クロネコ)など、値上げになっていて、その割合も結構大きいのでした。(140円でいったものが180円になった)。詳しくは、引用のサイトをご覧頂きたいですが、十月からの消費税値上げも、こうした同人誌発行のものにとっては大きいです。郵便料金も上がりますが、何より印刷製本代金にかかる消費税が大きいのです。250ページ近くだと、80万円くらいになりますが、8%でも六万四千円でしたが、10%になれば八万円になります。
   対策としては、発行部数の減少、あるいは少しでも多くの方に購読会員(2千円/半期)になっていただくことですね。

http://www.kuronekoyamato.co.jp/ytc/ad/1001/
 

購読会員へのお勧め

 投稿者:管理人iPad 380780  投稿日:2019年 6月 7日(金)08時29分38秒
編集済
      きょうからしばらく雨のようですね。自転車を使う小生にとって、うっとしい日々です(暑さも嫌だが)。

    さて、今度の「群系l、近来にないほどの充実ぶりで、校正に行くのも楽しいです。問題は印刷部数の決定ですね。450部にして、今まで連絡なくなった方にも送るか、赤字財政を考えて最小限の400部にするか、です。

    最近、群系ホームページ新版をネットに出したせいか、既刊号を希望される方が続いています。ご希望の号とともに、振替用紙を入れて、この号のみなら千円、購読会員になってくださるなら2千円、お振込み下さい、会員には近く発行の42号も送ります、とメモ書きするのですが、前者がこのところ続きました。やはり、会員になってまで文芸同人誌に関わっていくという方は少ないのですね(ま、それでも、小誌を探し得てお便りくれるだけ、こんな社会にあって素晴らしいです)。

    文学は、むろん書いていきたいとまで思う人は多くはないものですが、それでも今ほど娯楽や通信手段がなかった大正時代などは、百人いたら三~五人の若者は文学志望だったそうです(小山文雄『大正文士颯爽』講談社。筆者は湘南高校で江藤淳の先生だった)。今なら、千人に三~五人でしょうか。それでも日本の人口から計算すると、数千~数万人単位はいますね。
    いまはパソコンやタブレット、様々なものがあります。でもそれらはツールです。使い方によってはゲームやファッション、動画を楽しむだけでなく、文章も書けて投稿できます(こうしたSNSが一つ、ですね)。とりあえずこの板、群系掲示板をお楽しみ下さい(そのうちにご投稿下さい。もちろんタダです)。でさらには、本体の「群系」の購読会員、さらには執筆同人になりませんか?いろんな人がいますよ。職業多彩、年齢もいろいろ、です。

   今まででにも、国文学資料館にたくさん並架されているのを見て連絡したくなった(この方、以来どうされているのでしょう)、CINIの論文検索で発見して、とか、中には海外の方(ロンドン大学)、東大大学院の方は複数(ここだけ本誌を送っているので)、いらっしゃいました(スペイン留学の方、今はどうされています?)
   現在ご活躍の同人になった方もいますが、あれから連絡の来なくなった方々もいます。

   でも、文学・思想、芸術に関心ある方には本誌は絶対オススメです。商業誌と違って投稿作品は基本掲出されます。大学関係の方々もいますが、一線の批評家(その卵も)もいます。全国同人誌大賞を受賞した創刊三〇年を昨年迎えた文芸同人誌です。
   今回、会心作の42号を多くの人に手にとっていただきたいです。(会費二千円/半期)
    合評会、パーティもあって、楽しいですよ。
   下の群系HP、に連絡先のメールアドレスがあります。
   一度、ご連絡下さい。

http://gunnkei2.sakura.ne.jp/index.html

 

明日、出張校正行きます。

 投稿者:管理人iPad 380720  投稿日:2019年 6月 6日(木)13時55分11秒
編集済
     だいぶアクセス数がありましたね。期待の表れ、でしょうか(アマイ!)

   でもとりあえず編集部五人のうち、四人が龍書房へ伺うことになりました。素読み校正中心で、誤字脱字を直すのですが、不明なところは、元原稿確認ですかね。
    明日だけでは終わらないので、最終校正に、来週前半また伺いまして、晴れて印刷のサイン、です。

    何度も言いますが、会心の出来栄えだと思います。執筆者の皆様、ありがとうございました。発送希望冊数、まだの方は後日、お問い合わせします。



https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs
 

校正日、出来れば今週金曜に。

 投稿者:管理人iPad 380450  投稿日:2019年 6月 4日(火)21時13分46秒
編集済
     そろそろ編集部による最終校正ですが、出来れば今週金曜にやりたいです。まだ二、三入稿していないのがあるのですが、木曜日くらいが締切ですかね。むろん、一日で済まないので、来週前半も行く予定ですが、どうやら雨模様ですね。
(まだ決定ではないのですが、決まれば編集部の方にはご連絡)。今日は、船堀へ行って、合評会の予約を決めてきました(入金)。

   毎度のことですが、「群系」誌は入稿の手順があり、早い人は一~二カ月前に入っています。いま再校や三校が大方済んで、目次もだいたい出来上がっています。あとは編集後記ですが、これも基本が終わっています。執筆者紹介も今日も三つほど入りました。木金曜日くらいまでに入れてもらって、完成です。

   表紙も皆でこれがいいと決めて(ま、昨年の40号はアジサイでしたが、今回はアヤメというのも候補に上がっています)、たぶんいつも通り450部印刷になると思います。
   編集部としては、今回はまた特に内容がいいと自負しています。全国多くある散文系の同人誌(2千以上)の中で、本誌の今回のような特集は組むところがあるでしょうか。〈8・15の青い空  戦争と文学〉のタイトルも同人からの提案ですが、やはりやる気のある方の主導というのはありますね。しかし、今回も24人ほどのご投稿があって、二五〇ページ近くのものになりました。
   この間よく提案していますように、連載の方など、単行本にまとめられると、インパクトがあると思います。
    とにかく、購読会員も増やしましょう。

    42号の送付先に、amazonというのはありでしょうか。よく同人でもこういうことを仰せの方がいますが、先日、伊東静雄の本の講評を書いたら採用されました。このようにネットで評が載るであれば、同人や関係の方のご著作を批評するといいですね。いい本というのは、中身がもちろん大事ですが、人の目に触れられなければそれまでです。
   龍書房さんでは格安でご本ができますが、それがネットなどで扱われるか、ですね。今度聴いてみましょう。
 

「アクセルとブレーキを踏み間違えた」

 投稿者:荻野央  投稿日:2019年 6月 4日(火)08時58分48秒
編集済
  ほぼ連日と言っていいほどこの文言がTV画面から流れてくる。むろんオートマティック・トランスミッション車に乗った者の”言いわけ”である、聞き飽きたこの常套句。死んだり(殺されたと言ってもいいかもしれない)人たちや大怪我をした人たちは、顔をゆがめたり、しかめるだけだろう。事故を起こした者は、いまや常套句といっていいこの文言を使って、やがてクルマ社会へ復帰していく。またハンドルを握るかどうかは知らないが。

高齢であることによる判断力の低下と運転技術そのものの衰えがあるだろうけれども、問題はそこにだけあるのではない。つまり車そのもののメカニックにある。昨日の大阪・此花区の事故など見ていると前進バック、そしてハンドル操作が免許「皆伝」の者とは考えられないでたらめであることが報道された。「その瞬間にパニックに陥ってどうしてかわからなくなり」右足が二つのペダルの間をうろたえていたことが良く分かる。

私の車はマニュアル車で、クラッチがかなり硬い車であるからよくエンストする。それはそうである。両足を離すと減速して自然にエンストするから。AT車は教習時代に数度運転したことがあるが、とても簡単だった。つまり大人のゴーカートなので、MTとは全然違う。アクセル・ブレーキ・クラッチ(低速ギアから高速ギアへ変えるためのもの)が右から並んでいる。二本の脚で三つのギアを操作するから「ややこしく面倒だ」が、ATよりは安全なのかもしれない。踏み間違えとかなんとか、はあり得ない。
AT車の二つのペダルを見てみると、アクセルペダルより左のブレーキペダルが少し高い。どうしてなのだろう。不思議な構造だ。あれではパニックになって、右足がブレーキペダルの側面に衝突して、ブレーキがかからないのは無理はない、などと思ったりする。危険で不思議な構造のふたつのペダル。(思い切って二つのペダルを離すのもいいかもしれない。二つの脚で二つのぺダルを操作する)

この常套句をうんざりするほど使われて「はい、次の事故も」となっては・・・。陸運局がぼんやりして「免許更新」の問題を真剣に考えないでいる一方、自動車メーカーの、とくに技術陣は何も考えていないようである。自動運転とか、接近しすぎると自動的に止まるとかの「不要な技術開発」に目の色を変えている"スグレタ"アタマでAT車のペダルの問題を何とかできないものか。(もっともリコール騒ぎになると大損害になるのだから、止む無しだろうけれども)

今のままでは、この常套句で説明して逃げられる自動車事故は後を絶たないのではないか、と思う。


 

親に暴力の中年息子

 投稿者:管理人iPad 380450  投稿日:2019年 6月 4日(火)08時51分22秒
     川崎登戸の事件に続いて、練馬でしたか、農水省元次官の人が息子を殺傷してしまった事件が起こりましたね。事件は連鎖するとはういものの、こちらもどうしようもない息子を持った親御さんの悲劇ですね。許せないのは、報道によると、父ばかりか母にも暴力をふるって、あろうことに、「愚母を殴ってやった時の気持ちのよさは忘れられない」でしたっけ、もっとひどい言葉だったようでしたが、とんでもないヤツです。生んでくれと頼んだわけでもない、とかとんでもない言い草、ですね。だいたい親に暴力、それも母に振るうなんて、人間的なクズ、です。しかし、お父さんもそうですが、腹を痛めて生んだわが子がこんなんでは、お母さまのお気持ちは如何許りでしょう。

   ほんとになんでこんなクズが生まれるのでしょう。日常的に暴力をふるっていた父親については、よそではとんでみない自慢をそて、「お前らみたいな一般市民が、次官様の息子に何か言うのは一万年早いんだよ」ー。言葉の実際は覚えていませんが。父親のエリート経歴をかさにきて、自分の周囲を見下げた言動をする、まったく有り得ないことです。自分自身がえりーとでもあるまいに、親を傘に来たこの現表は、人格として成り立っていないのではありませんか。

   謙譲の徳、なんてどころか、こいつは認識そのもがおかしい。やはり人、以下だ。隣りの小学校がうるさいっと言って、「ぶっ殺してやる」という言葉を聞いて、この親父さんが本当に危機意識を抱いたのでしょう。
   しかし、なんでこんあエリートにこんなバカが生まれたのか、不思議でならない。

   小説を読むのはともかく、自ら書くことにはあまり関心はない当方でしたが、先の川崎の事件は、小説に仕立てれ面白いな、と思いました。人間の存在の根源を垣間見れる。ほんとに誰か書かないかなと思いましたが、こちらのクズはあまりにリアリティがなさすぎて(マンガみたいで)、こんな人間って、ほんとにいるの、という感じでした。

   むかし永山則夫という青森の貧窮出身の若者がいました。集団就職で上京、しかし職場に染まらず、職を転々として、ついに19歳の時、殺人事件を起こしました。それも三人を殺めたのでした。いわゆる連続射殺魔事件として、世間を騒がせました。小生と同世代でした。彼には同情するところありますが、今回の事件の犯人たちは同情どころか、憎悪しかありません。川崎登戸の女の子、小学六年生にしては大人びた、すこし綺麗な子でしたが、こんな将来ある子をまるで突発的な事故のように死なせたこと、それが犯人の勝手な被害妄想によることは、誰にとっても納得いかないでしょう。


 

編集後記も書きました。あと表紙ですね。

 投稿者:管理人iPad 380328  投稿日:2019年 6月 3日(月)17時07分7秒
編集済
     午後になって青空になってきました。いま寝そべりながらiPadを打っていますが、気持ちいい風があたります。ほとんど一日に一度は外へ出るのですが、今日珍しくデスクトップで作業。特集の扉文も、目次も、編集後記も、作成しました(あ、42号の合評会、九月ですが上旬はもう全部埋まってしまって、結局22日の日曜午後になりました。ま翌日が秋分の日でちょっといいかなと思いました)。で、編集後記に書くべきもう一つの大事なことは、次号の特集ですね。それでそのことで、皆様に添付文付きのメールをお出しし、日本近代の精神、抒情を考えてみたい、などとほざきましたが、特集としての輪郭がはっきりしない、範囲が広すぎるなどの難点がありましたので、けっきょく、「戦後における文学」とさせていただきました。いわゆる戦後文学も含みますが、それ以外の戦後における作品、が対象です。その中には小生など今まで全然縁がなかった中間小説、大衆小説なども、戦後という時代背景とともに見て行くのもいいかなと思いました。例えば、マダム物の丹羽文雄、青春小説の石坂洋次郎、あるいは、目白三平、江分利満氏などのサラリーマン小説、などなど。
   むろん、戦後文学者や批評家も扱いたい、です。場合によっては政治と文学論争、戦争責任論争、主体性論争、風俗小説論争、純文学論争なども、ですね。

   で結局の目標は何か、というと、現代、つまり令和を迎えた2019年の日本社会を考えたいのですね。どうして純文学は読まれなくなったのか、テレビが取って代わった、パソコン・スマホの時代になったから?いやいやそれらはツールの問題、皮相的なものです。いま若者が夢中になるのは何、中年が気になるのは?年寄りは何を読めばいいのか、を考えたいのですね。これだけ豊かで便利になっても、もっと違う望みがある、不安がある。何か分からないが、まだ根本的なことがあるようなー。それを考えたい。文学をやる人はこうした意識があるのではないでしょうか。
(といっても、これを書いている人間は高齢者意識があまりない。若者とはさすが思わないが、壮年、社会の現役だと思っている。この錯誤はどうしたらいいんですかね)。
   でも、郷ひろみも還暦、デヴィ夫人も断然若い、吉永小百合他戦後女優はまだまだきれい。マハティールは九十歳超えても首相に復帰。中曾根も百歳超えてまだ生存!
   群系の人は世間の人より二〇歳若い!皆さんのご文見て、小職はそう思いました。
   ちなみに、関連の掲示板、引いておきますね。

https://6928.teacup.com/377612377612/bbs

https://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs

https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs
 

会費に協賛費もよければ

 投稿者:管理人iPad 380328  投稿日:2019年 6月 3日(月)08時07分45秒
編集済
    42号は、特集《8・15の青い空  戦争と文学》というもので、終戦の時の人びとの様子、疎開生活、さらに満州や半島にいた邦人のフタめいた状況が報告されています。また敗戦後のそれからを書いた文学、思想、詩歌などあって、令和元年のこの国の原点が描かれているとも思われます。

   発行部数は同人誌として多い、400~450部になりますが、図書館・マスコミ各社はともかく、一人でも多くの購読会員を獲得したいところです。特に研究者に多く送りたいので、「近代文学会」「昭和文学会」「芸術至上主義文芸学会」「室生犀星学会」「社会文学会」その他の名簿をお持ちの方は、しばらく編集部にお借り願えないでしょうか(コピーでも結構です)。小誌のような、批評・研究誌が多くの人の目に触れられていないのは、学会・文学界ともに損なことです。
送り先  136-0072  東京都江東区大島7-28-1-1336  永野悟方  群系の会   電話 03-3685-3981

   なお、購読会員の会費は、2千円/半期、で変わりませんが、ここで一つ今回新規の提案・お願いがあります。すなわち会費にくわえて、協賛費(仮名)というものを設け(一口これも二千円)、一緒に振り込んでいただくということです。協賛費三口という方は六千円となり、会費と合わせて8千円になります。これらを一緒に群系の会の郵便振替口座に振り込んでいただくのです。いまのところ協賛費への見返りはないのですが、編集部・並びに龍書房のスタッフの方からの感謝の気持ちになります。青木社長もお喜びになるでしょう(せめてもの報いに、既刊号、ご所望のものがあれば送ります。群系HPご参照下さい)。
   小誌のような、希少な批評・研究誌が大きくなることは(商業誌が批評部門に意欲的でない分)、現在のこの国の気分に対する反措定となりましょうし、またこの国の文学、批評を同人誌が担っていく、という明治以来のカタチになります。これこそ、どこにも気兼ね、遠慮のない、批評誌となるのではないでしょうか。

   また創刊三〇周年を迎えた本誌にはここのところ多くの連載が続いています。作家研究や評伝、などそれこそ地味で、手間と時間のかかるものでありますが、それらがこの一~二年、江湖にその意義を問う時期を迎えます。版元の龍書房には組版が残っているので、一般市価の半分どころか、三分の一の費用で本が出来るそうです。いっぺんに何冊か刊行されるとなると、そのインパクトはあり、「読書人」「図書新聞」「季刊文科」「三田文学」、さらには文芸同志会など、ネットでも紹介・批評されることでしょう。長年の継続が、実り収穫期を迎えつつあるということです。

   実際、本誌ほど一定の厚さでこれほど長く続いているのは、戦後でもあまり類を見ないでしょう。師表『近代文学』でさえ、二〇年ほどでした(今日、戦後からあるのは、神戸の『VIKiNG』くらいなものでしょうかー)。
   毎年6月と12月に刊行、その前の1~2ヶ月が募集期間。本誌は同人の人生に歩を寄せるカタチで刊行されてきました。これが予定を組むにも調整のためにも良かったと思っています。
   どうぞ、本誌のこれからにご期待下さい。そして、あなたもご参画下さい。
    批評でも、創作でも、詩でも、あっという傑作が、こうした同人誌から生まれることが、現代のファンタジーでもあります。

※  群系ホームページ新版です。本誌の案内のサイトが開きます。郵便振替口座番号もございます。

      http://gunnkei2.sakura.ne.jp/list1.html
 

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