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スレッド一覧

  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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「梅崎春生全集」について

 投稿者:荻野央  投稿日:2019年 2月21日(木)11時25分32秒
編集済
  サラリーマンだった頃、友人のH氏とよく日比谷図書館に通った。何がどうということは無いのだが、無味な勤務者生活に彩りを与えたかったのだろうか。てくてく日比谷公園をH氏と会話しながら図書館に向かったものである。昼食は地下にある食堂で摂ったが、これはえらく不味かった。安いけれどもその不味さに参って有楽町界隈の料理店に行ったのであった。
ところでこの図書館に通い、或る日濃紺に金箔文字の「梅崎春生全集」が並べられているのを見つけて、借り出して一部読んだ。これが梅崎との最初の出会い。全8冊(1巻~7巻および研究編)。作家として多作でもなければ寡作でもない梅崎の作物は、まさに適量のヴォリュウムである。後年、退職して梅崎文学に真向かうことを決めて、この全集を購入しようとしたが、これは時間がかかった。全集は二種類あって、新潮社版と沖積舎版であり、日比谷図書館にあったのは後者だった。いずれも絶版。(実は沖積舎のものは新潮社の焼き直しであることが判明。版を買い取ったのか?)アマゾンで検索してもなかなか見つからず、昨年になってようやく全てを買いそろえることができた。欠巻の5巻と6巻を「日本の古本屋」サイトで売りだされたことを発見して、慌てて購入手続きをした。近来になく興奮した一瞬、欣喜雀躍と言ったところ…。
毎週木曜日は梅崎春生を読む日と決めてここ何年。もう5巻まで来てしまった。名残惜しいのでじっくりと読んでます。(笑)

次回の「群系」は戦後文学の特集であるけれども、一番好きな梅崎の「日の果て」と「幻化」はすでに書いてしまったので、次回はどうしようかな、と思案しているところ。
 
 

山都小路を表示か?

 投稿者:佐藤文行  投稿日:2019年 2月21日(木)03時51分13秒
  故野口存弥先生がお住まいっだった吉祥寺北町の道路は、雨情先生の引っ越しにあたり
「山都小路」と命名されました。(大正13年)戦前は使われていたようですが、戦後
は行政が認知していませんでした。昭和19年~39年ごろまで野口家が宇都宮郊外に
疎開されていたことが原因だったと想像されます。
 現在は地図や現地に表示がありませんが、このたび地元市議の発案でよみがえるかも
しれません。これも「童謡百年」の影響でしょうか。知り合いの市議さんから呼び出し
を受け、三月二日に「命名の由縁」について話してきます。わずかですが、野口雨情・
存弥親子の足跡が残ることになりそうです。

http://www.snow-man.com/

 

初めてスマホから投稿

 投稿者:管理人スマートフォン  投稿日:2019年 2月19日(火)12時53分59秒
編集済
     iPadの4G回線が残量なしで、このところ投稿出来ませんでした。外出先ではWi-Fiスポットのあるところでは繋がるのですが、当方の出先にはそういうところはなかなかありません。
合評会の出席問い合わせもそれゆえ出来ておりません。ま、パソコンを起動すれば出来るのですが、会員のアドレスはiPadの方が網羅的ですので。
ところで、これはスマホからの投稿です。初めてですが、同じsoftbank.ne.jpなのに4G回線、こっちは繋がるのですね。訳、わからないです。
 

言葉狩り 都市伝説 GHQの亡霊

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 2月16日(土)11時35分15秒
   まず残念なのは「ハゲ論争」が繰り広げられると思いきや、投稿子さんは管理人様に書き込まれると投稿を削除してしまったことです。
「ハゲ男」に差別意識を嗅ぎ取ってこれはおかしいと思い投稿されたのならどこまでも自説を展開されることこそ読者は期待して論争に参加したくなったりしたのでありますが、撤回されてしまうとは「がっかり」です。

「がっかり」とコメントしてやり込められた大臣があっさり撤回してしまうのも「がっかり」で、こんな言葉狩り、切り取った言葉尻批判に明け暮れるマスコミとか国民とかに「バカヤロー」と水をぶっかけるくらいの政治家がいてほしいものです。

放送コードには「ハゲ」は含まれていないと思いますが、私などが幼少期に使っていた「ちんば」「つんぼ」「めくら」などはさすがに使われなくなり、中学生に聞いても知りません。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4845/odio/kinku.html

ただ、「きちがい」は知ってまして笑います。
「ハゲ」も、「励ます」の読み方で「ハゲ」とだけ答えをいうと爆笑になります。
 私なども「びみょーに禿げている」とか頭髪が乱れると「ハゲ散らかっている」と揶揄われていますが、学校でも頭の禿げた教師は笑いの標的になっているようです。
もっとも管理人さまが言われるように問題なのは人格、中身であって、禿げていても尊敬され慕われる先生もいればふさふさの頭髪でもバカにされる教師はいます。

思いますのは、一体、「ハゲ」とか「きちがい」とか使わないようにして本当に当事者の救済になるのか、使われると傷ついているのかということで、当事者はもっと逞しいのであって、差別発言に傷ついているような当事者は実はいないのではないか、都市伝説なのではないかということです。
手をつなぎながら皆一斉にゴールする運動会を、平等の行き過ぎの悪例として言われた時期がありましたが、調べてみるとそんな運動会をしている学校はどこにもなく、徒競走は平然とどこの学校も普通に行っていたということです。

言葉を操って世の中を操作したい勢力が意図的に都市伝説を作り上げているのではないか、その淵源を辿っていくと戦後GHQの行ったプレスコードに行き着くのではないかと思います。
もっとも戦前も当局によって検閲は行われていましたが、プレスコードに触れるものは伏字どころか丸ごと削除で、存在さえも抹殺され、検閲していたという事実も検閲によって封印されていたという事実があって、そのGHQのプレスコードを踏襲する形で「平等」「平和」に反する「差別」「国家」「皇室」関連のことは「放送コード」にふれるものとして悉く排除されているように思います。

 江藤淳の『閉ざされた言語空間』の末尾に「使わない言葉」と「使う言葉」(毎日放送『用語集』)が表示されていますが、例えば、

践祚×→即位 御名×→天皇のお名前 行幸×→ご訪問 勅語×→おことば 聖上×→天皇 今上×→天皇陛下

となっています。
GHQが去った後もマスコミは律儀にこれを守って言葉狩りは行われ、それが日本人の思考活動にゆゆしき制限を加え、文学始め文化活動を衰弱せしめているというのが江藤の危機意識だったと思います。

ハゲ×→頭髪でお悩みの方

これにして一体何が守られ、どういうふうに文化や言語活動が豊饒となりえるのか、管理人様の言われる「違和感」はおそらく大多数の日本人は共有しており、特に若者はそういうマスコミの偽善を敏感に嗅ぎ取ってネットの世界で自由に主張しているのではないかと思います。
「報道の自由」とか「報道しないことの自由」とか言葉を不自由にしか使えない世界の中に沈淪しておきながら一体何をかいわんや、です。
 

言葉の奥にあるもの(事実)

 投稿者:管理人 iPad 120  投稿日:2019年 2月14日(木)23時30分54秒
編集済
    この際、小生自身の本音をいうと、言葉の使用如何で「差別」になるというのにはあまり賛成出来ません。よく古い映画や書籍には、今でいう差別語がありますが、当時の事情をそのまま反映しているものなので、ご了解下さい、とかありますが、言葉が使われたから差別で、使われないから差別していないなどとは今更おもいません。
   むしろ、当節テレビキャスターなどが、誤った言葉遣いをせぬよう(差別にならないよう)、慇懃丁寧、それこそ第三者についても敬語を使っている様をみると、違和感を感じます(報道の事実よりも言い方の方が大事。いわば中身よりも体裁)。

    だいたい差別語の問題が出来して、部落問題といわず同和問題と言い換えられ、「チビクロサンボ」も差別表現だといわれました。「ノートルダムのせむし男」はいまどうなったのでしょうか。

    昔の文人・文学者は、いまでいう差別語(と言われるもの)を普通に使っています。小林秀雄の「満州の印象」という紀行文では当時彼が見た道端の物売りや、大道芸を描いていますが、なかにせむし男やチビ、不具の人間の見世物芸をそのまま活写しています。

    差別がいけないのは現代社会の規範的ルールですが、だからといって、必要な語彙まで使わせないようにするのは言葉狩りではないでしょうか。仰せのように、自身の中の差別意識を振り返って見るべき、とも思いますが、英語のdiscrimination、という語の意味に、区別・識別、と同じく差別、という意味もあるように、差別意識は民族により違い、相対的なもので、あまり神経質にならない方がいいと思います。
   言葉を大事にすべき文芸誌同人としては、という大見栄がありますが、詩歌ならともかく、ふつうの散文での一字一句がそれほど大事なものでしょうか。問題は文脈であり、書かれている内容であり、一字一句は最大限それに相応しいものを筆者が考え使うものですが、中には場合によってこの方がいいのではないか、と同人が提案するのもふつうのことではないでしょうか。

   差別語という言葉の問題より以上に深刻な事実の方を当職は最近見知って、こちらに心をそそいでいます。数々の犯罪事件もそうですが、昨日だかNHKヒストリアで見た太平洋戦争中のトラック島の悲劇は身に迫るものでした。戦争末期の日本の連合艦隊が去った後、残された無防備の輸送船(徴用船)数隻は、雲霞のごとく襲来する米軍機に格好の標的とされ、海の藻屑となりました。今回番組では75年ぶりに海に潜ってその状況を4K のカメラで撮ったのでした。

   お尋ねの趣旨と違うかもしてない応答になったかもしれませんが、インターネットの掲示板、どうぞどのような視点からでもご発言下さい。ご投稿、感謝です。
 

差別というご意見に関して

 投稿者:管理人 iPad 120  投稿日:2019年 2月14日(木)22時10分52秒
編集済
      ハゲ差別のためにこの語を使ったのではありません。まだ35歳だというのにあそこまで禿げ上がった広瀬晃一容疑者を特徴的に表現するのにあまりに的確だと思ったからです(実は当初、小生もこの語を使うのに逡巡してましたが、他のサイトやSNSにもこのハゲが頻用されていたので、使うことになりました)。むろん、この語に含まれているのは、とんでもないことをしでかした男への憎悪と批判の気持ちがあるからです。
   ハゲは身体的特徴の一つですが、当方はそのこと自体で批判もからかいもするつもりもありません。例えば、ソ連最後の指導者ゴルバチョフを、ハゲといいますか。ドストエフスキーや森鴎外をハゲと言表しますか。

   デブとかハゲというのは、その中身にそれ以上にどうしようもない悪質、人間のクズ性をみたときにつかうのであって、何もそういうことが見受けられないひとにデブ、はげ、チビ、とは言わないでしょう(言えば、そいつの人間性が疑われます。文字通り、人を見た目で判断するヤツだということで)。

   今回の小生の投稿の意図は、取り返しのつかないことをしてくれた、という満腔の怒りから出たもので、主旨をご理解いただきたくー。
《追加》
   むしろ中高年でも相応の体格の人の禿頭は、なにか知的な、翳りのある床しさが感じられます。男のくせに長い髪を切ることもしないヤツよりグッと、人間的にステキなイメージです。
 

アクセス数、37万回超えました!

 投稿者:管理人 iPad 370,021  投稿日:2019年 2月13日(水)18時18分18秒
編集済
     いつのまにか本掲示板へのアクセス回数は累計37万回を超えましたね。このところ一日に100回のアクセスがありますので、年にすると、3万6500回となり、アクセスカウンターは十年前の2009年に設置したので、これまでで365,000回となり、だいたい数字的に計算通りですね。もっと面白い、娯楽的な板ならともかく、文芸批評を メインとする同人誌の交流掲示板としては、閲覧者が多い方なのかもしれませんね。

                               ◯

   水泳の池江璃花子選手の白血病のニュースには驚いた方も多いのではないでしょうか。小生は、銭湯の脱衣場でその話をし合っている爺さんたちの話を横聞きました。孫より若い彼女に関心があったのでしょうか。昨晩からのテレビではこの話にかかりっきりで、金メダル六個獲得のスーパー女子高校生であっても、かなりきつい病気の発覚、彼女自身がまだ信じられないとのこと、ほんとにその通りで、皆が案じていることが伺えました。

   方や、飲食チェーンのバイトの若者がつまらぬ悪ふざけをしていたのが衆目の注目を集め、非難が集中したようです。こんな悪ふざけは昔からあったものでしょうが、いかにも今的で悪質なのは、それをスマフォか何かで撮って、その動画をSNSに投稿したことでしょう。自己表現がこんなくだらぬことに費消され(俺たちゃ動画投稿も出来るんだぜ)、それが拡散されて非難されたこと。衣食足りた豊かな国の若者は他にやることがないのでしょうか。この社会意識の希薄な彼らに眉をひそめる人も多かったようです。

  逆に池江璃花子や今回またフィギュアで優勝の紀平梨花、ジャンプ二位の高梨沙羅、などには圧倒されます。スポーツ選手の驚くべき業績(達成)に、国民は爽やかな感動を共有出来ていたのでしょう。


   翻って、この間小生が心痛めていたのは、事件当時にも本板に投稿した茨城での女子大生殺害・遺体遺棄事件のことです。捜査が進んで明らかになってきた事実には、事件に遭遇した女子大生の思いもかけぬ非運な運命でした。お金を払ってくれなけばこのことをネットに拡散する、という言葉が彼女を最悪な悲劇に落とし込んだのでした。犯人のハゲ男は、彼女の口を塞ぎ息が出来ないようしたということで、「何をするの」と抵抗した彼女が、これが単なる悪ふざけではないと分かった時の絶望・恐怖は想っても余りあります。か弱い彼女とハゲ男の体力差は誰もが思ったことでしょう。
    だいたい、力のある者がその力を他を助ける為でないことに使うとしたら、どういうことになるでしょう。野田の十歳の少女の致死事件も、大人がいたいけな小児に手をかけたということで、その罪、万死に値いすることでしょう。茨城の女子大生殺害は、文字通り殺意があっての殺人で、万死に値いしましょうが、ここで問題なのは加害者の男に責任能力があるか、ということです。むろんふつうの意味で禁治産者でもないこの男が刑を免れることないでしょうが、ここでほんとに改めて考えるべきは、男にまっとうな想像力があったのか、ということです。こんな苦しみを与えることがどういう結果を将来するか、自分への罰はどのようになるのかー。いやそれ以前に死の苦しみの被害者をみてて、その加害行為を中止する、思い止まる気持ちは一度も脳裏に浮かばなかったのかー。

   戦争中の事案ではない。相手がわからず不安のどん底でどんぱちやったのではない。また、相手が自分と同等なレベルの体格・体力をもった者でもない。いかにも弱い相手を大人である肉体労働の男が為したのである。ここにはまさしく卑劣、残忍極まりない心証がうかがえる。被害者の恐怖・苦痛を考えると、この種の殺害事件は、他の場合と別して量刑すべきだと思う。

   野田の女児のばあいも、教育委員会がとんでもない対応であった。父親の怒鳴り込みに威圧を受け恐怖を感じてアンケートを渡してしまった、と淡々と言っているが、お前らは何人いるんだ、立派な教委の大人であろう、と行政の腑抜けを感じたことであった。

    犯罪者の心理を考えていきたいと、夏のパーティー出席の取井一氏が言っていたが、彼の長年の関心は正しく、人間の研究、その奥の心理の研究であった。文学に関心ある者は、こうした加害者の心理、行動に至るまでの動機、個人史をぜひ、知るべきだと思う。

   さらに加害者の親族が、自らの非ではないのに、自死していることをいくつか知った。平成の始まりの時の宮崎勤の父親の自殺、近くは秋葉原の無差別殺人の加藤智大、その実弟の自死など、胸痛む事実がある。
 

三月三日の合評会

 投稿者:管理人 iPad 9845  投稿日:2019年 2月11日(月)10時11分38秒
編集済
     今回は、意外な人もおいでかもしれません。いまいろいろな人との接触、お付き合いをさせていただいています。

   今月半ば過ぎには、41号執筆者の方を中心に、出欠の問い合わせメールをお出ししますので、よろしく。

   あ、それと恐縮ですが、会費まだの方は、41号同封の振替用紙にてよろしく(2千円です)。「群系会報」、未着の方は、通信欄にその旨書いて下さい。送ります。


   ついでに見つけたNHKのガッテンのサイト。人との繋がりが健康寿命を伸ばすそうですね。

   http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20180606/index.html
 

図書新聞紹介の、童謡百年の記事

 投稿者:管理人デスクトップ 4970  投稿日:2019年 2月10日(日)13時41分43秒
   やっとPCを開いて、図書新聞の記事をスキャンしました。前回のiPadからの記事もそのままコピペしておきますね。

>先日、当方宅に着いたのですが、図書新聞2月16日号に、「群系」41号、特集《童謡百年》のことが載り、小生(永野)の「童謡のセンチメント」が紹介されていました。ご披露はいかがかと思っていたのですが、佐藤文行先生のご投稿の驥尾に付して、ついでにご連絡いたします。記事の一部などはiPadからではムリなので、後でパソコンから掲出出来たらと思っています。
 

近所でオペラコンサート

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2019年 2月10日(日)08時37分30秒
   昨日の雪は大雪にならなくて良かった。今日は地元の公民館でオペラコンンサートがあります。演目は「カヴァレリアルスティカーナ」。音大出身の若い方たちが出演します。もう四五年は経つでしょうか。公民館での音楽祭、文化祭などで歌いはじめました。鍛えられた美しい声を堪能いたしました。なかなかオペラは観られないので身近なところで聴けるにはうれしいこと。
 クラッシック分野でもオペラは日本人には敷居が高いのでしょう。日頃の音楽活動も大変のようです。晴れてよかった。いっぱい、お客さんが入るといいな。
 

図書新聞に、童謡百年が。

 投稿者:管理人 iPad 9660  投稿日:2019年 2月 9日(土)10時33分22秒
     先日、当方宅に着いたのですが、図書新聞2月16日号に、「群系」41号、特集《童謡百年》のことが載り、小生(永野)の「童謡のセンチメント」が紹介されていました。ご披露はいかがかと思っていたのですが、佐藤文行先生のご投稿の驥尾に付して、ついでにご連絡いたします。記事の一部などはiPadからではムリなので、後でパソコンから掲出出来たらと思っています。  

童謡百年

 投稿者:佐藤文行  投稿日:2019年 2月 9日(土)09時47分41秒
  生まれ育って50年住んでいた世田谷区から声がかかり
イベントのアドバイザ/出演者として関わることに。
8月10日(土)世田谷区民会館の全館と広場を使います。
「一日遊べる童謡まつり」(仮称)

2月11日(月/祝)はシニアコーラス東京フェスティバル
で「叱られて」と「五木の子守り唄」を合唱編曲し歌います。
コンクール形式なので25名の合唱です。
オペラシティの「タケミツホール」にて

http://www.snow-man.com/

 

ただしました

 投稿者:佐藤文行  投稿日:2019年 2月 9日(土)09時35分20秒
  アドレスです:
wwww.snow-man.com/
失礼しました。

http://www.snow-man.com/

 

お礼

 投稿者:深澤晴美  投稿日:2019年 2月 8日(金)12時50分9秒
  永野様、大堀様、ご覧いただいた上に懇切なご感想まで有難うございます。

番組ではほんの一言しか取り上げられませんでしたが、あの書簡に関してだけでもあれこれ調べて考えましたので、なるべく早い機会に短くまとめて(三千字くらい)活字にしたいと思っています。
 

正しいURLです。

 投稿者:管理人 iPad 9555  投稿日:2019年 2月 8日(金)00時58分23秒
編集済
    あ、佐藤先生、ご案内ありがとうございます。
新しいホームページ、おめでとうございます。
でも、アドレスが違っていたようです。小生に送っていただいたもの、記しておきますね。

http://www.snow-man.com
 

ご案内

 投稿者:佐藤文行  投稿日:2019年 2月 7日(木)23時35分9秒
  群系の皆様。
このたび小生が運営するスノーマン事務所のホームページをリニューアルしました。
子ども(ファミリー)向けのイベント屋です。
野口雨情先生についても企画を出しております。また
松井須磨子については「音楽劇」を出しております。
よかったらご訪問ください。
www.snow-man.com/

http://www.snow-man.cocm/

 

作家の運命

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 2月 7日(木)01時15分42秒
編集済
  管理人様ご紹介のNHK「クローズアップ現代+」を録画にとって観ました。

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4241/index.html

同人の深澤晴美氏が川端の自殺直前の手紙を堂々と紹介なさってました。
その中に「この春は花も見ず、病とも申せぬ 心弱りに」という一節があり、「直近の死を自分で感じていると思われるところがございます」と深澤さんは指摘されていました。

 ノーベル賞候補に三島の名もあがっていたことから二人の作家の自殺がノーベル賞受賞を巡って影響したのではないかという疑問を抱いて宮本亜門が関係者を尋ねてインタビューするという内容で、スタジオには三島の再来といわれる平野啓一郎も来て語っておりました。

 この平野はMCを務める武田アナと酷似していると私は思いました。

 村松剛の妹の女優村松英子は川端がノーベル賞を譲ってくれと三島に頼んだのだと三島の母から聞いたと証言しておりましたが、美人女優という印象のあった村松ですが久しぶりに見ると妖婆のような風貌に変貌しており驚きました。

 もし三島がノーベル賞をもらっておれば死なずに小説を書き続けただろう、いや、それとは関係なく三島は行動を起こしただろう、川端は三島の自決の影響で二年後自殺したんだろう、いや、関係ない、見解はそれぞれ分かれて、この番組は結局何を言いたかったのかよくわからないまま三島と川端の肖像がクローズアップされて終わったのであります。

 芥川にしても太宰にしても文学者がなぜ自殺したか、明快に断定することは難しく、あれこれ言ってみても、最後に紹介されていたドナルド・キーンの「みな、想像にしか過ぎません」というのが結論であるかもしれません。

 川端の死については「事故のてんまつ」という作品を昔読みましたが、家政婦の突然の帰郷がショックでそれが突発的な自殺の引き金になったという内容だったように記憶しています。
 「伊豆の踊子」の踊子の系譜に連なる女神を女性に求めた川端が晩年に至るも家政婦に女神像を求めてその突然の裏切り的帰郷に衝撃を受けたということは考えられることかもしれませんが、柄にもなく都知事選の保守候補の応援演説をしてみたり訳のわからないところのあるキャラなので深澤さんにそのあたりはお聞きしてみたいと思います。

 三島については、作品を読んでいれば若いころから「死」という言葉は随所に出てきますので、訪ねてきた少年に「先生はいつ死ぬのですか」と問われたというエピソードがあるくらいで、ノーベル賞に関係なく必然だったと私は思います。
 平野が言うように戦死した同年代の者に対する「サバイバーズ・ギルト」があって大義のない世界をなんとなく生きている自分が許せない思いというのはずっと持ち続けてああいうことになったと思います。

 そう考えれば番組冒頭で宮本亜門が言っていた「ある作家たちの運命」「2人についての運命」…「運命」という言葉に尽きると思われました。

 

三島と川端のこと

 投稿者:管理人 iPad 9390  投稿日:2019年 2月 6日(水)13時56分29秒
編集済
     あ、あの写真の景色は有栖川公園ですか? あそこにある都立中央図書館にはよく通いました。でもいつ頃からか、通わなくなりました。地元の江東区立図書館や、隣の江戸川区立中央図書館が身近で、かつ蔵書も多くなったからでしょうか。都立図書館は、文学関係は多摩図書館に移送させたという話を聞いたから行かなくなったのかな。
   図書館には大学受験時からよく友人と通っていました(受験勉強の場所のため)。当時通っていたのは三河島の荒川図書館、国立の上野図書館、そして都立日比谷図書館でした(今は千代田区立になったかな。あそこの食堂のカレーが安くてお姉さんが感じよかった。いつの頃?半世紀前だ)。懐かしい。

   さて、昨晩はNHKの「クローズアップ現代+」の「三島×川端」、見ました。二人の文豪の関係は、当時の中央公論社版の『日本の文学』の編集委員になって以来もいろいろ話し込む機会があったのではないか。(この全集には、いま思うとすごい文豪たちが編集委員になっていた。谷崎・川端・伊藤整・高見順・大岡昇平・三島、そしてD・キーンだ。存命なのは小生の父と同年のキーンだけだがすごい)。当時はこうした文学全集がだいぶ刊行されていて、そうしたパンフを集めるのも趣味になっていた。河出版は吉永小百合、他にも内藤洋子のもあったか。こういう全集があったことで文学部へ行くことになったのかな。
   番組では三島と親しかった村松英子も出ていたが、すぐには誰だか分からなかった。あのきついほどの美貌が柔和になっていた。その他、当時の編集者も出ていたが、皆高齢で、その中で唯一若かったのが深澤晴美さんでしたね。このたび和洋九段の女子校から和洋女子大学に移られたそうで。
   でもノーベル賞を受賞した川端自身が、これを受けるべきは三島君でしょう、と言い、その三島自身は川端の作品はすごいに決まっているとして読まなかったという話は、おどろいたことだった。
   またゲストに出ていた平野啓一郎が、自分は三島の「金閣寺」を読んで感動して作家になろうと思ったという言葉に、なるほど、現代の三島由紀夫なのか、と思ったことでした。中江有里もでていましたが、昔から読書家として知られ、こういう人が若い人への文学への導き手になればいいな、とおもいました。(途中から電話があって、後半十分には聞き取れませんでしたが)。
 

先週2日の画像、金沢兼六園ではありません。

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2019年 2月 4日(月)07時11分38秒
  兼六園では毎年冬季は雪吊りと呼ばれる樹木の処置が施されます。群系の評論にも書きましたが金沢は一夜にして市内全域が兼六園のようになります。
正解は東京南麻布の有栖川公園、ただしくは有栖川宮熾仁親王記念公園です。近くに各国大使館があって外人さんの家族や親子連れが大勢散歩しています。お洒落なサ店やレストハウスも数多くあって金沢に負けない魅力的な街づくりがされているようです。
有栖川のことじ灯籠は金沢兼六園のものより小さめです。



 

深澤さんからのお知らせ

 投稿者:管理人 iPad 9127  投稿日:2019年 2月 3日(日)21時23分6秒
編集済
     川端康成学会の深澤晴美さんからのお便り。何と明日のNHK「クローズアップ現代+」に出られるそうです。
メール文の一部を紹介しておきますね。

〉先月、NHK「クローズアップ現代+」の撮影で大阪の川端文学館へ行ってきました。
〉明日「三島×川端」として放映予定です。ちょこっとですが私も出ます。ご笑覧くださいませ。

   深澤晴美さんといえば、小谷野敦と『川端康成詳細年譜』という浩瀚な事典を編集された方ですが、一人の文学者を追求・研究されてきたのですね。


   内田誠氏もすごいですね。
   土倉さんご紹介の「東京新聞」の書評、Webにありました。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019020302000191.html
 

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