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6月12日の講演会(日野宿交流館)に参加して
多摩市教育委員会の山崎氏のお話を伺ってきました。
元治元年一月三日から、将軍家茂の上洛に際して、連光寺村の知行主、旗本、天野氏が御書院番六番組番頭、柴田能登守の組下として上洛の折、天野家の用人格として随行した時に、道中の情勢や、京での、近藤、土方、井上らとの交友などを記したものが、『旅硯九重日記』です。
京での、旧知の近藤や土方、井上、沖田等と祇園等で交歓した様子や、一緒に花見をしたり、何度も会っている様子がうかがえます。
四月十三日には、いわゆる任務を終了して、江戸へ帰るのですが、その際にも、土方、井上両士は、なごり惜しく、
伏見まで見送りについて行くと、この日記にはあります。
ほんの約二ヶ月後が、池田屋なのです。
その当時の新選組の面々の様子が伝わってくる気がします。
遠く江戸から京まで行った彼らを、あらためて
とても身近に感じる『旅硯九重日記』でした。
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