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「ジャズワールド」にて

 投稿者:筆者  投稿日:2007年 3月19日(月)18時58分42秒
編集済
  ジャズ専門新聞である「ジャズワールド」(2007年3月号)の一コーナー、「日本ジャズヴォーカル物語」で、拙稿が紹介されました。
以下にその記事を掲載します。
http://www.m-nakano.com/jazzworld3.JPG
「ジャズワールド」の編集長は、『日本のジャズ史』(スイングジャーナル社、1976年)の著作がある内田晃一さんです。
日本のジャズの分野ではご高名な内田さんに拙稿を読んでいただき、評価していただけたことに感激しております。
 

(無題)

 投稿者:筆者  投稿日:2007年 3月18日(日)03時21分14秒
  >こまき様
これは面白いエピソードですね。
この時期に演奏会に参加していたという事実が分かっただけでも貴重でした。
 

もう一つ想い出が・・・

 投稿者:こまき くにお  投稿日:2007年 3月17日(土)15時10分36秒
   早くも1ヶ月のご無沙汰になってしまいました。
その後もう一つの想い出に気付きましたので、お知らせします。
戦争が険しくなった昭和18〜19年頃、日比谷公会堂で演奏会があり、宮田ハーモニカバンドの演奏で主にコロンビアの歌手が出演、殆ど軍事歌謡が歌われましたが、中野忠晴は    ”タブー”を歌い、最後に「ルンバー ルンバー ルンバー」と力強く歌い上げたのをはっきり覚えています。なぜ中野だけがルンバを歌ったのか・・不思議でなりません。
 あの戦争のお陰で有能な作曲家、歌手がその能力を発揮出来なかったことは残念でなりません。特に服部良一と中野忠晴、ディック,ミネ、淡谷のり子が気の毒でした。
 しかし戦後ディック,ミネと淡谷の二人がなぜもっと戦前のすばらしい曲を歌ってくれなかったのか? 大いに不満に思っています。盛り上げてくれていたら、中野忠晴も思い出されていたでしょう。                こまきくにお
 

(無題)

 投稿者:筆者  投稿日:2007年 2月13日(火)13時24分26秒
  >こまき様
お役に立てたようで何よりです。
私も、卒論をわざわざインターネットで公開することによって、閲覧者の方々からの反響や情報提供がいただけ、嬉しく思っています。
バートン・クレーンというと、東京経済大学の山田先生のサイトが1番詳しく出ていると思います。
 

長生きしてよかった

 投稿者:こまき くにお  投稿日:2007年 2月13日(火)12時24分46秒
   昔から年寄りがよく言っていた言葉が身に沁みてよくわかりました。
 60年以上も経って、懐かしい中野忠晴について、こんなに細かいことまで、しみじみと語り合えるなんて、思いもよりませんでした。実は今回も、バートン・クレーンについて調べる必要が出来て、初めて歌手についてのインターネットを開いて見たわけです。
 私は横浜に住んでいますが、平成10年ごろからレコード収集家のご好意で、「蓄音機による音楽鑑賞会」を聴きに行っていましたが、解説者が入院されて流行歌部門を、私が解説をすることになりました。ある程度の知識もあり解説書もあるのですが、それ以上の知識を得たくて調べ出したのですが、こんな素晴らしい出会いがあるとは思いませんでした。
 主催をしてくれるのは、私の息子と同年代の人で、やはりかなりのSP盤マニアです。
忙しい仕事の合間に企画を立て、奇数月毎に開催しています。私も3月で3回目になります。
 手巻き式蓄音機のゼンマイを巻くあのゴトゴトという感触も懐かしく、パソコン、デジカメについで歌謡曲の解説・・と年を忘れて楽しんでいます。     こまき
 

「丘の夢」では?

 投稿者:筆者  投稿日:2007年 2月12日(月)13時06分56秒
  「レイを召しませ」はハワイアンだったんですね。
一応私が作成したリストは、国会図書館にある戦前のコロムビアレコードの新譜目録から作成したものですので、社歌などのPR盤を除く、一般販売のレコードに関しては、全て網羅しているつもりです。
塚越さんのサイトにある「昭和歌謡大全」にも、「レイを召しませ」は記載がありませんでした。
昭和館から出ている『SPレコード60,000曲総目録』でも確認してみる必要はあると思います。

次に、「二人のアルバム」より前の、二葉あき子と中野忠晴のデュエットというと、1936年7月の「丘の夢」しか該当がありませんでした。
ご記載の歌詞からも、これが可能性が高いと思います。
 

”レイを召しませ”の詩について

 投稿者:こまき くにお  投稿日:2007年 2月12日(月)12時31分2秒
  何しろ子供時代ですから、うろ覚えです。しかし当時としては珍しいハワイアンのリズムが印象に残ります。
 レーイ レーイ レーイ 花召しませ 恋の花を一ついかが
 燃える月に照らされ 波間に咲く花はいかが
 この花をお買いなさい 貴方の可愛いあの子はささやくでしょ アイラブユー
たしかこのような歌詞でした。
それと曲目の判らないのがあるのですが、
 枝から枝え歌を振りまく 小鳥でさえも 夢を見る
 僕等は若い 二人は楽し 君よ僕等もあのように
 小鳥と共に 丘の木陰で結ぼうよ
二葉あき子と歌っている明るく楽しい曲ですが、曲名がはっきりしません。
教えていただければ幸いです。 ”二人のアルバム”より前でした。
 以上よろしくお願いいたします。     こまき
 

「レイを召しませ」について

 投稿者:ももくり  投稿日:2007年 2月11日(日)00時03分56秒
  私が以前作成した、リストにもこの曲名はありませんでした。どういう曲だったのでしょうか。(記入漏れしたかもしれませんが)中野忠晴のジャズソングには幾つかハワイアンのカバーがあり、昭和12年2月に「椰子の島」と言う曲が発売されております。この頃は灰田晴彦のモアナ・グリークラブやバッキー白片のアロハ・ハワイアンズ等が人気でしたから、そのブームに乗ったものと思います。同年夏には「月光の湖」と言う曲も出ており、これもハワイアンだそうです。残念ながら2曲とも耳にしたことがありません。  

(無題)

 投稿者:筆者  投稿日:2007年 2月 9日(金)22時10分49秒
  >こまきさん
中野忠晴は後年、日本歌謡学院通信部というのを設立して、自ら校長となっています。
おそらくそれのことではないでしょうか。
古賀政男音楽博物館には私も2年半前に行きましたが、現在もまだ中野忠晴は表彰されていないのですね。
同じく不満を感じます。

>雅治さん
「東京見物」はいい曲ですよね。
通常「東京見物」というと、戦後の三橋美智也の歌を思い浮かべてしまいがちですが。
 

日本のジャズソング

 投稿者:雅治  投稿日:2007年 2月 9日(金)14時51分41秒
  6枚購入し、早速聴いています。「東京見物」は初めて聴きましたが、なかなかスピードがあって当時は斬新だったろうな、と思います。戦前というのは暗いイメージを持たれがちですが、あれだけ自由なジャズシーンが展開されていたとは驚きです。日本のアイデンティティとジャズの融合であらたな世界を築いている、いい時代だったのかなあと、曲を聴きつつ感じています。  

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