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「六月の唄」原曲

 投稿者:筆者  投稿日:2017年12月 8日(金)22時36分51秒
編集済
  こんばんは。
お尋ねの「六月の唄」の原曲ですが、邦題では「谷間のともしび」や「谷の灯ともし頃」として知られるアメリカ民謡です。

東海林太郎が歌った盤がよく流行りました。
https://www.youtube.com/watch?v=ZfPNQPUKewk
 
 

6月の唄

 投稿者:ポタコン  投稿日:2017年12月 8日(金)08時56分41秒
  初めまして、筆者さんおの御見識を頼りにお伺いさせて下さい。先ごろ淡谷のり子さんのCDで「6月の唄」を聴きましたがどこか聞き覚えがある曲なのですが、多分何かの元曲に歌詞・アレンジをしたものと思われるのですが、その元歌が何なのか良く分かりません。宜しくご教授下さい。  

新作論文のウェブ上での公開

 投稿者:筆者  投稿日:2017年11月 4日(土)10時57分39秒
  今年の春に刊行された日本ポピュラー音楽学会の学会誌に載せていただいた新作論文をウェブ上で公開することにしました。
http://www.tadaharu.com/newpaper.htm
是非ご笑覧ください。
 

新規論文

 投稿者:筆者  投稿日:2017年 3月25日(土)19時02分56秒
  日本ポピュラー音楽学会の学会誌最新号にて、「流行歌手育成者としての中野忠晴―戦前・戦後の活動を通して―」と題する新規論文を掲載いただきました。
お手にとる機会がございましたら、是非ご笑覧ください。
 

「東京見物」の歌詞について

 投稿者:筆者  投稿日:2017年 3月15日(水)21時32分6秒
  初のご投稿、ありがとうございます。
東京海保様のことは、よくお名前を存じ上げております。

さて、「東京見物」の歌詞ですが、2010年に発売された中野忠晴の2枚組CDに収録されており、歌詞も載っていました。

著作権がまだ切れていませんので、ネット上に掲載することができません。
お手数ですが、私宛にメールをいただければご対応いたします。
メールアドレスは、本ホームページの1番下に掲載しております。

よろしくお願いいたします。

http://www.tadaharu.com/

 

教えて下さい。

 投稿者:大東亞合唱團 團長  投稿日:2017年 3月15日(水)07時10分20秒
  初めまして 大東亞合唱團 東京海保 と申します。

「東京見物」の歌詞をご存じの方居られましたら、歌詞を教えて下さい。
専門のジャンルでは有りませんが、九州の有るご婦人から尋ねられた物で、当方収集の副産物
大日本雄弁会講談社 昭和12年1月発行 最新「流行歌謡大全」講談倶楽部新年號附録 650ページの中に見当たらない物で投稿致しました。
 

西洋音楽

 投稿者:筆者  投稿日:2017年 1月29日(日)19時40分33秒
  興味深い考察です。
私は西洋音楽には疎いので順次勉強していきたいと思います。
 

おさらば東京パート3

 投稿者:曽我部 員義  投稿日:2017年 1月29日(日)17時35分33秒
  コメント有難うございました。蛇足になるかもしれませんが、前回の内容について補足の意味で述べさせていただきます。米国の大衆音楽に興味を持っている私は、19世紀後半以降のレコード、CDや文献などを収集するのが趣味で毎日BGMに聞いております。所感を言えば、アメリカポピュラーミュージックというのは、アフリカ系アメリカンの教会音楽所謂ゴスペルとプランテーションや湾港等での彼らの労働歌をベースに、英独伊等西欧とポーランドやロシヤのユダヤ系移民達の民族音楽が融合されて進化発展してきたと思われます。彼のモーツアルトも中世のバロック音楽を始めバッハ、ヘンデル、ハイドンなどの影響を受けてあれだけの傑作を生み出すことができたと聞いております。我等のヒーロー中野忠晴も音楽学校で学んだクラシックを基本にアメリカのジャズやブルースを取り入れた独特の中野サウンドを作り上げたところにその魅力があるのではないかと思われます。服部良一や中村八大との共通点もそこにあるかなと。戦前の歌手時代はあまり認識がなかった私には随分勉強になりました。唯し、リアルタイムでその素晴らしさを体験した私にとっては戦後の作曲家時代のほうがよりインパクトが強いということでしょうか。民謡歌手であった三橋美智也がそんな中野忠晴作品を歌い上げたところも今考えると大変興味深いことではないかとも思われます。雑感まで。
 

戦後の中野忠晴

 投稿者:筆者  投稿日:2017年 1月20日(金)22時01分22秒
  曽我部様
本掲示板への久しぶりの投稿、ありがとうございます。
不勉強のため、私は残念ながら「ハートブレイク・ホテル」以外の曲は存じ上げませんが、洋楽を好んだ中野忠晴には大いにあり得る話だと思います。

一方で、戦後の中野忠晴の楽曲を歌った元歌手の方との交流が最近ありましたが、その方は中野と交流していた当時は、彼が元々ジャズの世界の人だとは知らず、亡くなった後初めて「山の人気者」や「チャイナ・タンゴ」を聞いて驚いたと証言していました。

服部良一や中村八大のように分かりやすい存在でなかったことは確かということでしょうね。
 

おさらば東京Part2

 投稿者:曽我部 員義  投稿日:2017年 1月20日(金)12時00分26秒
  最近三橋美智也没後20年がらみで五木ひろし、堀内孝雄等著名歌手が出演しての特集番組が続いて久しぶりに中野忠晴作品がTVで聞かれました。私の第一のお気に入り"おさらば東京"はその難しさ故か唄われませんでしたが"赤い夕陽の故郷""ああ新撰組""達者でな"などがとりあげられていて楽しみました。前回の投稿時に"おさらば東京"が"ハートブレイク ホテル"をベースに作られたという点に触れましたが、番組視聴して”赤い夕陽”はそのベースにポール・アンカの”君はわが運命”があるかなと感じました。”達者でな”はニール・セダカの”恋の日記”かなとも。その後若原一郎の”おーい中村君”は”おお!キャロル”を想いました。団塊世代である私は、昭和30年代では今でいう演歌ではなく歌謡曲に浸かりながらプレスリー、ポール・アンカ、ニール・セダカなどの洋物にも惹かれていました。今考えると中野作品が好みだったのは偶々ではなく、きっと作曲家中野忠晴とレベルの違いこそあれ底に通じるものがあるのかなと勝手に考えております。いずれにしても、私感を言わせてもらえば、作曲家としての位置づけは服部良一と並び称されるべきだと思うし中村八大、筒美京平へと繋がる日本ポップス歌謡の先駆者ともいうべき存在だと考えます。以上雑感まで。  

小さな喫茶店

 投稿者:筆者  投稿日:2015年 5月20日(水)08時56分30秒
  「小さな喫茶店」が90年代の映画に使われていたことを初めて知りました。
ありがとうございます。
 

(無題)

 投稿者:沼津から  投稿日:2015年 5月19日(火)22時32分51秒
  小さな喫茶店。ありがとう。学校の怪談2挿入歌。中学生や小学生の頃を思い出します。
   老婆の幻想的な社交ダンス。
曲もしらなかったけど、思い出したらなきそうになる。
 

ありがとうございます

 投稿者:筆者  投稿日:2015年 4月10日(金)21時01分36秒
  >八丁堀様
ありがとうございます。
 

東京見物を聞きつつ東京見物

 投稿者:八丁堀  投稿日:2015年 4月10日(金)20時24分54秒
  はじめまして。
たまたまつけたカーラジオから流れてきた「東京見物」で中野忠晴とコロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズを知りました。
中野忠晴ってどんな人だろうと検索したらこちらのHPに参りましたのでこれから論文拝読致します。
楽しみです。
 

Re:おさらば東京

 投稿者:筆者  投稿日:2014年 7月 4日(金)23時35分56秒
編集済
  コメントありがとうございます。
作曲家時代の中野が、同時代の他の作曲家と比べてあまり評価されていないということは、私も思っていました。

中野は昭和20年代後半にキングレコードから作曲家として再スタートしましたが、当初は江利チエミや松島詩子に、ジャズ・ソング系のものを提供していました。
ところがそれが売れないため、歌謡曲調のものに手を出すようになったとのこと。

長男の忠彦氏は、昭和20年代の作曲作品(例えば「喫茶店の片隅で」)にこそ、素晴らしいものが多いと評しています。
それもまた事実ですし、昭和30年代以降の歌謡曲調の楽曲にも、実はジャズの要素を隠し味として入れていたというのは、中野らしいところだと思います。
 

おさらば東京

 投稿者:曽我部 員義  投稿日:2014年 7月 4日(金)12時37分58秒
  初めて投稿します。コロンビア・ナカノ・リズム・ボーイズのCDを聞きながら論文読みました。団塊世代の私にとって昭和30年代の歌謡曲は体に染みついて離れない、そんな存在です。特に
三橋美智也がひいきで、おさらば東京、赤い夕陽の故郷がラジオのベストテン番組で1位になると嬉しくてたまらなかったです。作曲家中野忠晴が、を世間であまり評価されないことに以前からいくらか憤りを感じていた私には救いの論文でした。おさらば東京のベースにハートブレークホテルがあったというご指摘は、実は私も感じていました。いずれにしても大変興味深い内容でした。これからも中野忠晴の業績をより一層世の中に認知させてください。本当に有難うございました
 

超特急ツバメの原曲

 投稿者:筆者  投稿日:2013年12月25日(水)19時23分45秒
編集済
  >唐内様
ご投稿有難うございます。
さて、お問い合わせの件ですが、無知な故分かりません。
申し訳ありません…。
 

超特急つばめ

 投稿者:唐内  投稿日:2013年12月25日(水)17時51分15秒
  超特急つばめの原曲はなんですか?  

松山百点

 投稿者:筆者  投稿日:2013年 6月28日(金)22時03分22秒
編集済
  愛媛のPR冊子「松山百点」の最新号に中野忠晴の記事が組まれました。
僭越ながら私も協力させていただきました。
ウェブにも公開されていますので、関心のある方はご覧ください。

http://www.dcity-ehime.com/ebook/hyakuten/

 

(無題)

 投稿者:筆者  投稿日:2013年 5月 5日(日)19時06分10秒
  >加藤様

自信はありませんが、おそらくそのとおりだと思います。
 

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