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  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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真冬のガーベラ

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年11月29日(水)10時56分4秒
  五月頃に義母が買ってきてくれたガーベラ。温帯・亜熱帯に咲く花ですが温かい地域では秋深くなっても咲くそうです。にしてもこの寒さ。

花が散ってから半年、ほおっておいたら昨日一輪の開花しているのを見つけました。

う~む。
 
 

(再掲) 大堀さんへ

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年11月29日(水)10時35分34秒
編集済
  削除した理由は、わたしの投稿文にいささか”暴力性”があったり、独善的な判断が入っているかもしれないと感じたからです。(草原さんがそうでもないよ、と言われたので、もう一度・・・)

”憂国”の観点では、その根本のところでは、そんなに大堀さんとわたしは変わってはいないと思いますが、その後の展開については去年来この板で現代政治の発言をわたしは書いてきたし、大堀さんは”國体”護持(さてこれがサッパリ判らないので困っていますが)を踏まえての思想的な発言との差異があるわけです。現政権に対して「あなたがたこそが国難だ!」というブラックなヤジと、まあいくらか問題があろうとも現政権しかない、とした結論にいたるところです。

それはさておいて、大堀さんには三島文学について語っていただきたいと思います。三島が市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をしたとき、わたしは19歳でした。つまりライブで見聞したわけで、なんとも嫌な感触に包まれたことを覚えています。楯の会の、あの無表情な茶色の軍服を着てキーキーと意味の判らない三島の演説は、悲しいものに目に映ったことです。(当時の自衛隊員が、やめろと怒号していたのを覚えています)
まさに、「時代錯誤」!!

この憂国の文士の論考を、ぜひ大堀さんにお願いしたい。三島の政治思想は要りません。彼にとって「戦後は単に空白にしか過ぎない」とインタビューに応えていました。ただまあ、それだけではなかろうと思うからです。

どうでしょうか??

▲(削除した投稿)
「三島の割腹事件は当時わたしは日吉の学舎で聴きました。馬鹿か、と率直に感じたことです。一挙に時間が過去にさかのぼり、慌てて「豊饒の海」を買って読みました。いい思い出ですとはいえない忌まわしい記憶です。大堀さんは、まずもって三島文学に言及すべきです。彼の一連の政治的な発言と行動に、「自分の言葉」で解析しましょう。他者の言説を引用するだけではほぼ意味がありません。つまり貴方の説得性に欠けています。
右翼であるとかそうでないとかの議論ではない。大堀さんのoriginalな議論が無いとただの「放談」に堕する危難がありはしませんか?。
 

(無題)

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年11月28日(火)19時20分15秒
編集済
  あれっ、
荻野さん、コメント消しちゃったんですか。
せっかく、大堀さんに対する的確な指摘だったのに。

~確か、

①自分の言葉と考えで書け。
②三島由紀夫の政治思想だけではなく、三島文学についてどう思うのか。
その辺りが大堀コメントにはない、とか。

私も以前から、そう思っておりました。
別に、消さなくても良かったのに。

 

狐の手帖(刊行書目)

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2017年11月27日(月)23時22分59秒
  詩歌部門。

歌集:『アドニス頌』
   『火の泉』
   『塚本邦雄論集』(共著)

詩集:『シオンの娘』
   『ラマ・タブタブ』
   『火の舞踏』
   『万華鏡』
   『戦後詩大系』(共著)

   『現代詩の鑑賞』(共著)
   『現代詩の解釈と鑑賞事典』(共著)

紀行部門。

紀行:『金沢文学散歩道』(共著)
   『加賀能登文学散歩道』(共著)
   『金沢文学散歩』
   『鎌倉文学散歩』
   『坂東三十三カ所巡り』
   『秩父三十四カ所巡り』
   『霊場の事典』(共著)

評論・評伝部門。

評論:『渡辺淳一作品にみるヒロインたちの生きかた』(共著)
   『ふるさと文学探訪ーー鏡花・秋声・犀星』(共著)

評伝:『愛の狩人 室生犀星』
   『「日本百名山」の背景ーー深田久弥・二つの愛』
 

三島事件のショック

 投稿者:管理人 iPad 875  投稿日:2017年11月27日(月)11時08分19秒
編集済
     三島由紀夫の自決は11月25日でしたね、あれから47年も経つのですか。でも、あの時小生はちょうど20歳、多感な年でしたから、あの衝撃は大きなものでした。ちょうど大学へ通学しようと、埼玉から亀戸駅の乗り換えのときでしたか、駅スタンドに「三島由紀夫が自決」とか、大きな見出しの記事が見えました。でもこれは夕刊フジのことで、何かこの新聞はいつもおどろしい見出しで読者の注目を集めているものでしたから、この記事もガセネタというか、何かあまり信用できず、一般紙の夕刊を見てみようというくらいの気持ちでした(当時はまだ、日刊ゲンダイは発行されていませんでした)。
   ところが大学に着いてみると、そのことで大騒ぎで、「死んだ、死んだ!」と史学科のヤツが大声で触れ回っていて、当方もことの重大さがわかり、その日の夕方からのテレビ、またそれ以降のニュース、解説に首ったけでした。当方はしそうてきなことより、ああいう自決をしたこと、また介錯した彼の首が朝日の一面横に掲載されていたことなど、状況に非常にショックを受けたものでした。
   ショックのほとぼりが冷めかけたころから、この自決をどうみるか、どう評価すべきか、に関心が集まりました。評論家や作家などの意見は二つに別れました。あの行動に同情的な意見を言うもの、反対にまったく評価しないものー。後者には共産党・民青の連中で、あまりに簡単に、反動だ、右翼だ、と切り捨てていました。当方はその頃から彼らに近い考えを持っていましたが、それでも、あまりに簡単に切って捨てるやり方に不満を感じていました。ひとりの人間が、それも高名な作家が一命を賭して訴えたのだから、もう少しその内面に入って考えるべきではないか、と。
   しかし、小生のこの感じ方は青二才の認識で、世の大人はもっと簡単な認識でした。その典型は、中曽根康弘氏の発言でした。当時、防衛庁長官でしたか、のちに「不沈空母」発言もした、大方が見る所の国家主義者然とした氏の発言は、三島の盾の会を、「宝塚みたいだ」と言ってのけたのでした。そのファッションを言ったものでしたが、そのように、世の大人はテンから三島たちの行動をまともなものとみなしていなかったのですね。
   若いみぎりの小生は、三島の市ヶ谷自衛隊での演説を暗記し、「諸君、なぜ立たないのか、武士ではないのか」と言う文句を道歩く中で繰り返ししたりしていました(だけれどそれは、ちょうど同じ頃のタイガースの歌の文句、「君だけが」を熱唱するのと同じ、精神でしたのでしょう。一言、熱しやすい気性でした)。
   それでも問題を正しく認識したい気持ちはあり、この間ずうっとある作家の発言をまっていました。それは大江健三郎のことでしたが、三島に対抗できる高名な知性と当時認識していたからでした。ところが、待ってても、この人の発言は聞かれない。がやっとそれを聞くことができるときがきました。多分朝日か何かの記事で見たと思うのですが、当時大江は日本にはいず、海外に滞在していたのでした。それも欧米ではなく、アジアの、貧しい一角、たしかインドかネパールあたりにいたようでした。その発言は要旨以下のようでした。ー
「その時私は、海の向こうから聞こえてくるハラキリをする日本の作家の絶叫を聞いていた。武士道を自衛隊の前で演説すると言うこのアナクロニズム、戦後民主主義を頭から否定するこの高名な作家の行動に腹立たしい思いであった」ー
    あ、そうかという気持ちがしました。やみくもに否定するするのではなく、自らの戦後的な文学活動から、大江氏は三島を許容できない、営々と築いてきた戦後民主主義に真っ向から立ちはだかるものだと認識しているのだな、と合点しました。

   三島由紀夫の政治活動は、その彼の文学活動と不即不離でしょうが、政治活動の方は誤解されやすい。なにせ外野にうるさい、不純な要素がいっぱいですから。三島の憂国の気持ちはわかる感じもしますが、世間のそういった分子、街に街宣車を繰り出し、ラウドスピーカーで怒鳴り散らす連中には、愛国も憂国の情も感じられない。ただのチンピラとしか思われないのです。
   左翼にしても、国際反戦デーの新宿騒乱も褒められたものではありませんが、そういう雑音を除いた、いわゆる至上の気持ちならわからないものでもない。しかし、愛国とは何か。三島も毛嫌いした「昭和元禄」から半世紀、平成の御代に愛国はどういうレゾンデートルを持つものでしょうか。
   三島由紀夫の文学といえば、「仮面の告白」や特に「金閣寺」にはその才能を感じたものでしたが、晩年の「豊饒の海」などには、彼の貴族趣味、金キラの美意識は 了解しましたが、やはり時代との疎隔というか、一種 砂上楼閣のような感じがしました。美に殉ずる主人公もわかるけど、現実の三島の割腹自決の方が、大きなインパクトがありました。

    愛国とは、この国の今、というより伝統・文化を寿ぐことではないか。さすれば、今廃れつつある、文学、万葉や古今集などの世界に身を浸したらいいのではないでしょうか。
 

三島・憲法

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年11月26日(日)11時12分34秒
   昨日は三島由紀夫が市ヶ谷で自決してから47年目の日にあたり、わたくしの会社では例年の如く有志が集って慰霊祭を行ったのでありますが、憲法改正も選挙の争点となるに及んでいよいよ現実味を帯びてきた中、三島が最晩年、憲法に対してどのような考えをもっていたかを振り返ることは無意味なことではないと思われます。
(いや無意味だ、と思われる方はシカトしていただいて結構です)

 三島がああいう行動に及ぶきっかけになったのは、自決の前年の十月二十一日(学徒出陣の日)、国際反戦デーでの騒乱を目撃したことでした。

全国で大規模なデモが繰り広げられ(社・共両党・総評、全国600ヶ所で統一行動、86万人参加。反日共系学生、各地でゲリラ活動、機動隊と衝突)、新宿の騒乱では騒乱罪が適用され、検挙者は東京だけで1221名に及んだのですが、三島はアルタ・スタジオの向こうにある大ガード辺りでこれを見ていたようです。

 三島はこの大騒乱が警察力では抑えきれなくなり、自衛隊による治安出動に至ることを期待していました。
そうなれば、戦う自衛隊は、もはや「戦力なき軍隊」とは言えなくなり、憲法改正が不可避となり、自衛隊は晴れて国軍として認知されることを期待したのでありました。

 彼の組織する楯の会は、自衛隊が治安出動するまでの「空白」を埋めるべく死を覚悟して行動することを考えていたようです。

 それ以前は、非正規軍による間接侵略が主流になるこれからの戦争に備えてイギリス、スウェーデン、ノルウェーの民兵組織、フランスの民兵構想などを参考にして、「祖国防衛隊」という民兵組織を組織することを目指したのでありますが、政財界の人から完全に無視されました。

そこで楯の会を組織して自衛隊の出動までの空白をうめる組織たらんことを目指したのでありますが、これも、圧倒的な警察力によって、10・21のデモが収束されてしまうのを見て、自分たちの出番はなくなり、もはや憲法は変わらないと痛感したといいます。

 自民党は敢えて憲法改正などという火中の栗を拾わずとも、警察力だけで乗り切る自信を得、「左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ」、「自ら護憲を標榜することの利点を得た」と認識するに至ります。

自民党は「最大の護憲勢力」となり、左には護憲を言って黙らせ、右の過激派には現憲法でもこれだけの危機収拾能力があることを思い知らせ、アメリカなど外国からの軍事的要請には、九条を盾に拒否することができるという、護憲の強固な構造が出来上がってしまったと三島は嘆いて、かくなる上は、精神的なクーデターしかないというところに至ったようです。

 つまり、戦後の偽善の大本が第九条であり、自民党はこれを欺瞞的に大いに政治利用するに至ったというわけです。

 ※

最晩年の三島の憲法に対する考えは「問題提起(日本国憲法)」(昭和45年)を読めばよく分かりますが、

まず、天皇については、「歴史、伝統、文化の連続性と、国の永遠性を記念し保障する象徴行為である祭祀が」「天皇の個人的行事となり、国と切り離されてゐる」ことが最も問題であるとして、歴史や伝統と関りないならば大統領でいいし、世俗君主とは祭祀の一点で区別されるのであるから、第二十条の「信教の自由」の規定から神道を除外すべきであると言って、象徴としての天皇の祭祀を国家と結びつけることを求めています。

つまり天皇の神聖性、明治憲法では「神聖にして不可侵」と書かれてましたが、これが保障されねば第七条七項の「栄誉授与」の根拠も出てこないし、
また政治的無答責は神聖性を内包しているゆえのもので、人間であることはつまり政治的責任をもっていることで、それがなければ、名誉棄損の法的保護しか受けえないという、論理的詐欺を憲法は犯しているといいます。

さらに第九条については、その改廃をそれ自体独立して考えては、アメリカなどの思うツボに陥り、日本が独立国家として、日本の本然の姿を開顕する結果にならぬと言っています。
三島の規定では、
「日本国軍隊は、天皇を中心とするわが国体、その歴史、伝統、文化を護持することを本義とし、国際社会の信倚と日本国民の信頼の上に建軍される」
として、
「時間的空間的」「主体的に」に防衛できる軍隊には、自衛隊は育ちえないのが、九条の下にある現状だと訴えています。

 つまり忠誠の対象が、「未現実の人類共通の理想」になっており、「何を守るのか」を明らかにしないまま、自衛隊が外国の要請で動く「魂の死んだ巨大な武器庫」となっていることを憂いています。

 わたくしは、一人の文学者が生命を賭して投げかけた「問題提起」に対して、憲法改正が現実味を帯びて論じられる中で、余りに上滑りの犯罪的な浅薄さにあることを自分も含めて反省しなければならないと思っています。

 歴史や伝統の重みや国家とは何か、守るべきものは何か、浮薄な現実に流されて考えることを放棄し、考えることをタブーとしてきたような戦後の日本人に、一人の文学者が体を張って訴えたことは大きな意味があるとわたくは昨日改めて思った次第であります。
 

小便小僧

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年11月23日(木)14時28分36秒
  男子用のトイレというのは、異形のトイレなのかもしれません。
見聞宝永記に小便小僧が登場します。道元の正法眼蔵が元々の出処になるそうですが、詳しいことは知りません。

余談:PET-CT検査にて。「立ち小便はしないでください。小用も座って足してください。周囲に放射能が飛び散ることがありますから。」といった趣旨の説明と掲示。なるほど。
 

狐の手帖(WORK版)  

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2017年11月23日(木)10時48分37秒
  1:『定本 室生犀星全詩集』)全三巻・(冬樹社)
 編集:室生朝子・校合解題:安宅夏夫

2:「犀星の処女詩発掘」
 「手離撫身生」(犀星の本名は照道。照文・てりぶみ・てるふみ等の筆名で少年期から俳句を金沢の地方新聞等に投稿)の作者名で詩も投稿したことを地元新聞の「政教新聞」を唯一保存していた金沢市立図書館地下倉庫から調査、同定して、処女詩を発掘。
勤務先の高校教員仲間の「教育同人誌」に掲載。
 「毎日新聞」金沢支局が全国版にスクープとして紹介。「朝日」「読売」等も後追い、地元紙も同様。

3:『哈爾浜詩集』の故地に行く。
 尾崎秀樹会長「大衆文学研究会」と中国との共同シンポジュウムで旧満州(現中国東北部)長春に行く。一行は哈爾浜まで北上して同地の文芸関係者と交流した。犀星が『哈爾浜詩集』ほか小説・随筆に描いたトポスを堪能。魚市場に鼈を売る商人の「ワンパア、ワンパア」の声が健在。

4:『蜜のあはれ』のアジト、犀星邸奥の部屋。
 詩誌「長帽子」の同人たちと犀星遺族との交流。次男朝巳氏と主に夕食を共にして、深夜となること再々。「犀星全詩集」の仕事を抱えるので、「奥の部屋」「離れ」に宿泊する。犀星邸に男子トイレ無し、と聞く、その実態を知る。
 

長瀞の吟行、いいですね・・・

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年11月23日(木)10時27分10秒
   長瀞は近間のわりには絶景です。私もいい思い出ばかりです。蕎麦と酒もあいますし。
 永野さん、今後の手術が順調に運びますように祈っております。
 

20ン年ぶりの長瀞行き

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年11月23日(木)09時06分18秒
  先週、元勤務先の仲間たちと俳句を詠みがてら、ということで(吟行)行きましたが、素晴らしい快晴の日。長瀞川急流下り→TVで有名になった「わへい蕎麦」庵にて名物“くるみ蕎麦”と“味噌ポテト”を食す→秩父神社参詣→西部秩父駅隣接の道の駅にて温泉に浸かる→生beerを美味しく、という工程。紅葉を楽しみました。久しぶりの外遊(?)でした。

鎌田さんではありませんが「気分良し」。
 

(無題)

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年11月22日(水)21時27分21秒
編集済
  永野さんの経過は順調そうで、何よりです。
うれしいですね。ではゆっくり。おやすみなさい。
 

『掌の小説』から人生を考える

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年11月22日(水)18時51分31秒
   先日の日曜日に久しぶりに「芸術至上主義文芸学会」の秋季大会に出席してきた。講演者は森晴雄氏。森氏生涯のテーマですから詳細綿密な実証と解釈であった。
わたしは川端の『掌の小説』を小説の宝庫と思っているのでお手本としていつも枕辺においている。最初はこれは小説を書くためのデッサンかと理解していたのだが。これは、デッサンではないなと。これは小説の真髄。つまりテーマが関わってくる。川端においては「死」と「美」か。

今、最晩年を迎えて思うことは、小説が好きで良かったと。北海道からいらした安田さんの教え子が石川淳が卒論だったよし。『紫苑物語』を取り上げたかったらしいが、安田先生の「まだ。早い」といわれ諦めたという。若い人が石川淳に関心をもつことがうれしい。

人生派でも芸術派でも人生に関わらないわけにはいかない。まったく、当たり前のことなのだが・・・

永野さんから、いつも投稿をすすめられてる先生にお会いしました。犀星学会の方です。
 

夢の人工腎臓

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年11月22日(水)02時16分19秒
編集済
    いやいや、当方のつぶやき、さらに重ねれば、昨日は、心臓血管外科と循環器内科の外来診察が同日にあり、午後の透析もおそくなり、帰宅が寒い夜の中になりました(昨日は特に寒かった)。
   心臓血管外科は三年前の大動脈弁置換の、一年に一回の診察、循環器内科は、先だっての動脈カテーテル挿入後の診察ですね。で、結果はともにオーケーというものでした。特に息が切れるとか、不整脈を感じるとかの自覚症状もないし(心電図もきれいとか)、まあよかったです。

   いろいろ事情で遅滞していましたが、長年の懸案だった二つの手術、やっとゴー、です。白内障は十二月に(できれば年内に両眼ともやってしまいましょうと、先生のご託宣)、整形外科も来年一月となりました。ま、一つは群系の編集が最終段階にあったこと、今一つは先生をめぐるトラブルでした。

   ISP細胞による、腎臓の糸球体再生が京都大学で成功し、難しいと言われていた、人工腎臓が実現に向けて、一つステップを進めたようです。まだまだ小さいので、これを実用化できる大きさにするのが次のステップとか。ネズミの体内に入れて増殖を図るとか。ま十年以内に実現をめざすという、嬉しいニュースでした。もう透析者にとって、透析をしないで済む、と言うのは夢のような話です。
   最近は株価が好調なようで。並行して、科学技術も一段とアクセルがかかっているようです。
 

永訣の朝

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年11月22日(水)00時45分54秒
編集済
  永野さんのつぶやきに、またまた余計なお節介。
いつもすみません。宮澤賢治の詩の題名にふと思ったこと。

自然が織り込まれたら、どのようになっていくのでしょう。
言葉による錯覚は、いたるところに紛らわしく。迷路は果てしなく。
まずはゆっくり。休憩の時を楽しむことにしましょう。

写真は「南極老人星」昨夜のベランダより。ガスで煙っています。
この星を見た人は長寿を楽しむと言われていますが、本当かな?

 

人生・社会・文学、ということー

 投稿者:管理人 iPad 288  投稿日:2017年11月21日(火)21時50分5秒
編集済
     「群系」次号は、40号、また昭和63年に創刊して以来、三〇年になります。もし、記念のパーティーでも開くとなると、サブタイトルには、「人生・社会・文学」といったものがふさわしいかな、と考えております。

  「人生・社会・文学」ーこのトライアングルを巡ってわれわれは生きてきたといえるのではないでしょうか。
   むろん、この3つのどれにより力点をおいたかで、それぞれ多少毛色が変わってきましょう。「人生のための文学」ーなかなか書けないと悩んで来た人も多いでしょう。また、「社会のための文学」ー社会変革の情熱は若い時は誰も持することでしょう。でも生涯にわたって、その志を持つというのは、そして文学表現の道をすてないならば、それは注目すべきでしょう。そして、「文学のための文学」ー文学が好きでたまらないと言う人ー彼には、人生も文学にまえには、たいしたことではない。でも、確かにたくさん書いて来た人の心中はこれでしょう。
  いまは、技術が進歩して、娯楽も多様になって来ました。写真一途が、動画一途になったり、趣味は多様になってきました。でも、こういう時代でも、文学一途、それは他に変わりうるものでないこと、いわゆる趣味ではないのです。
   文学とは何なのでしょうね。
 

「群系」39号は、十二月十日刊行に。

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年11月21日(火)00時45分47秒
  本日(月曜)、「群系」39号は編集作業を終わり、印刷に回ります。確定ページ266pで、前号38号の272pとそう大差ない形となりました。
   さて、出来栄えはというと、相変わらずの特集と、自由論考ですが、そのヴァリエーション、質の高さは、《富士正晴全国同人雑誌賞》の大賞に恥じないものとなっているものと思います。特集Ⅰの《日本近代文学の展開》は、前号の《始原》を受けたかたちとなっております。確かにもう少し、この頃の文学者についての論稿が欲しかった気持ちはありますが、現代のこの国で、明治大正の文学をこれだけ特集できる雑誌はありましょうか。これはコンスタントに一定の厚みの雑誌を定期的に出せている、我が同人の裾野の広さ、かつ執筆意欲の高さということで、自慢に思っていいことでしょう。自由論考は、毎号ならべてみるとわかりますが、同じ執筆者による、ほぼ同じThemaの論考が並んでおります。実はこれらは、ページ数も多い、かなり室の高い専門的な論稿で、編集部などがいい加減なことをいえないもので、広く江湖の識者に訴えたいものであります。

   さて、今回編集部が満足しているのは、特集Ⅱの《野口存彌と日本近代文学 その一》で、圧倒的な内容を盛る事が出来ました。一人の同人の文学的な仕事の継承をここまでやれた同人誌は他にあるでしょうか(それも、其始まりに過ぎない)。野口文学をめぐる各論考も、それぞれお手元に入ったら是非賞翫いただきたいが、圧巻は、「野口存彌年譜」だろう。序文と合わせて15ページになる、こんな年譜を出せる同人誌があろうか。それだけ、多くの著作、講演をされた偉大な同人を持てたのは、やはり、我らの誇りである(ちなみに、野口さんだからこそこの仕事に勤しめたことにも感謝である)。個人的に思うことであるが、「群系」誌が、かつての「近代文学」誌になぞらえることができるならば、その同人も、本多秋五や平野謙、荒正人、小田切秀雄になぞらえることが出来ないか。とりあえず、野口大人は、そうなってほしい。これからも、あと三回は野口同人の特集を組む予定である。
 

狐の手帖(PR版)

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2017年11月19日(日)02時17分55秒
  「短歌往来」12月号。
「特集・題詠:日本の秋:による詩歌句の試み」
ジェフリー・アングルス(昨年・読売文学賞)、斎藤慎爾、水原紫苑、仁平勝、安宅夏夫、小島ゆかり、高橋睦郎(今年度・文化功労者に推挙)ほか。
「連載:歌・小説・日本語:⑧  日本語の一人称/勝又 浩

読売新聞連載「もったいない語辞典」が中公文庫に。
 2013・7・19日号掲載:安宅夏夫「ながらーー短歌的情調 今一度」など、言葉に携わる人約150名のエッセー集。
 

言葉の難しさ

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年11月14日(火)00時50分45秒
編集済
  今さら言うまでもない題名です。
おかしな内容の投稿でしたから、全面的に書き直しました。
さまざまな観点から眺めていく時期なのかもしれませんね。

写真は実家より。日の出前の眺め。ゆっくり休憩中。

 

39号も、力作が集合、です。

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年11月12日(日)23時03分25秒
編集済
    後からくるご投稿の作品にも、力作、秀逸作、あるいは稀覯論考と思われるものもあって、昨年、富士正晴全国同人雑誌大賞をいただいたのに恥じない内容になったと思います。投稿者数、投稿作品数こそ、近年の中では、多くはないほうですが、それでも締切間近に長い力作が続いて、恐らく250ページちかくにいくのではないか、と思われます(前号、38号は272ページでした)。
   本誌の特徴の一つに、長い論考、創作が多いということはあげられるでしょう。全部で30作品のなかで、10作品もが、10ページ以上、中には23ページの論考、28ページの創作もあります。これらがどういうものか、その評価はむろん読者の皆様に委ねられるものですが、こういう雑誌が続けて刊行されていることに、同人・購読会員の皆様のご支援があってのことと思います。本年12月初旬の刊行にどうぞご期待いただくとともに、今後ともぜひよろしくお願いいたします。

http://webopac.bungakukan.or.jp/lx/search.aspx?iframe=true&width=104%25&height=102%25   近代文学館

http://www.kanabun.or.jp/opac/kensaku.html       神奈川近代文学館

http://base1.nijl.ac.jp/infolib/meta_pub/G0038835RBN     国文学資料館
 

プロフィル、本日中に。

 投稿者:管理人 iPad 270  投稿日:2017年11月12日(日)11時48分36秒
編集済
    「群系」39号は15日水曜に最終入稿、印刷に入ります。編集部ではそれまでに目次、扉文、表紙など作成します。同時に、執筆者紹介(プロフィル)も作成して、できれば、これらは明日月曜に入稿したいと思っています。執筆者の皆様には、既にメールでおねがいしていますが、基本的には19字×3行の、57字でお願いします、(句読点も字数に入れて).。
  投稿先は、uf2gmpzkmt@i.softbank.jp  です。



 

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