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痛そうですね

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 9月26日(火)22時32分57秒
  「右手上腕粉砕骨折」。
名前からして、痛そうです。

合評会は、いつもより長めに時間をとったはずなのに、
意外に、十分には論じつくせなかった感。
「文学」とは何かの共有感覚が、いまだに得られない。
ま、そんなもの、ハナからないのかも、しれませんがね。

~ムードメーカーにして、学級委員長の土倉さんの
一日も早い回復を、祈っております。



 
 

土倉様へ

 投稿者:間島康子  投稿日:2017年 9月26日(火)21時15分30秒
  今回の合評会、土倉さんにお会いするのを楽しみにしておりましたが、
骨折のため欠席とお聞きし、残念でした。心配しておりましたが、掲示板に
書いて下さるまでにおなりで、少し安心しました。
今回は、安宅さん、永野さん、澤田さん、草原さん、荻野さん、稲垣さん、
小野さん、近藤さんそして間島と、小ぢんまりとした合評会でしたが、創作に
たっぷり時間をとることができ、改めて文学とは、文学作品とはというところにも
触れられたと感じました。
二次会はいつもの所で、赤穂さんも参加されました。

どうぞくれぐれもお大事になさってください。
 

『合評会も一期一会」

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年 9月26日(火)19時30分54秒
   思わぬ骨折から24日の群系合評会には欠席ということになり、残念無念!!「右手上腕粉砕骨折」。
 6日の夕暮れ、洗濯ものを取り込みに庭に出てテラスまで。そこに魔があり、錆びた物干しざおにけつまずく。右肩からどっと倒れ、右半身の衝撃のすごさ。「やってしまった」

 魔の時は快楽の前にあり。7日は「童謡の会」の開催日。明日集う面々の顔などを思い浮かべていたのだろう。一瞬、足が躍ったのだろうか・・・教訓!!何かある前の日は慎重に行動しよう。
 8日に入院。12日に手術。19日に退院。手術時間、5時間。「肺血栓」治療中の私なので、全身麻酔での手術は、かなりリスクがありと告げられる。手術中に「心不全」もあり。覚悟しての手術であった。

 合評会にはどなたが参加されたのか・・・様々な意見が飛び交い、まさに「知」の交歓。この日、この場でなくては交わされない会話が弾んでいる。(ああ~もうこの日は、二度とめぐってこないのだ)

 まだ、右手は上がらず、炊事もままにならない。それでも、左手を工夫して使い、何とか乗り切っている。

 みなさま、怪我などなさらぬようご用心なさいませ。
 

次号特集についてーその見込み

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月26日(火)07時29分12秒
編集済
     現在までの予定原稿としては、特集《日本近代文学の展開》では、島崎藤村、国木田独歩、夏目漱石、あるいは大正期から鈴木三重吉、さらには社会主義運動とともに、日本近代に胎動してきた国粋主義についての論考も上がってくる予定です。編集部としては、これらに加えて、徳田秋聲、田山花袋、そして大逆事件をめぐる動向について書いていただける方がいれば、と思っています。

   《野口存彌と日本近代文学》では、「群系」に掲出の、漱石(25号)、鴎外(31号)、芥川(32号)、さらには佐藤春夫(26号)については、それぞれ担当も決まって、紹介批評してゆく次第になっています。さらに、野口さんのご著作からは、例えば、明治期の詩人、あるいは宗教家、思想家、児童文学者などを紹介していただければ、と思っています。


   小誌「群系」は、目下、他に類例を見ない誌面作りをしています。先に富士正晴大賞をいただいたように、本誌は質的にも良質で、それゆえいまの時代を撃つ性格をもってきています。が財政面は(先の合評会で報告しましたが)決して余裕があるわけではありません(会費振込も従前より少なくなっています)。これから呼びかけなどもしてゆきたいですが、とにかくこの雑誌の火を消さぬよう、各位のいろいろな面でのご協力をお願いしたいと思います。

 

群系39号特集アピール

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月26日(火)06時57分9秒
     以下、特集のアピールも再度アップしておきますね。

   本誌のこのところの特集は、募集要項にも記した通り、以下のようなテーマ・内容となっている。

   第1期   日本近代文学の始原   明治初期~45年まで         38号
   第2期   日本近代文学の展開    明治期~大正11年まで      39号
   第3期   日本近代文学の転換    大正12~昭和8年年まで  40号   予定
   第4期   日本近代文学の崩壊   昭和8年~20年敗戦      41号    予定
    第5期   日本近代文学の再編  昭和戦後                           42号     未定

   従来の文学史は、明治大正など、元号によって区分されたものが多かった。これは簡便で便宜的ではあったが、やはり前代と質が異なって来たところは、それなりの分節点を設けるほうがいいのではないか、との立場から最低限の、分節点を設けてみた。第2期の下限を大正11年としたのは、翌年に関東大震災という未曾有の災害が起こったからである。これにより帝都や近隣都市は壊滅的な打撃を受けた。輪転機も紙の配給も打撃を受けた(この被害状況については、本誌28号「震災・戦争と文学」に詳しい分析がある)。これらは、前代とは異なる質のもので、「転換」というべきだろう。
    単に社会的に壊滅を受けただけでなく、震災後にそこから復興がなされると同時に、街は近代化、都市化が計られ、映画や劇場、ラジオ放送の開始、レコードが普及されるようになった。いままでなかった都市文化が作られ、文学もそれに倣ってモダニズムということが言われた。横光・川端らの「文芸時代」の刊行、また都市の労働者のための労働運動、プロレタリア文学運動は、この頃から昭和3年頃には最盛期を迎えた。
    だがそのプロレタリア運動も内部と外部の影響で終焉を迎える。昭和6年の満州事変、翌7年の満州国の創設、国際連盟脱退の流れの中で、昭和8年小林多喜二は虐殺され、党中央の獄中転向声明が出され、ここに状況に対する組織的抵抗は終わった。
    それ以降、昭和10年代は文芸復興などが言われたが、保田與重郎らの新浪漫派、あるいは思想界では京都学派を中心とした「近代の超克」の議論が交わされた(これらも、33号に、詳しい論考がある)。そして、昭和12年の支那事変勃発とともに、マスコミ・文壇は、多くの戦場特派員、作家の派遣をしていった。その中で、昭和14年の日中戦争膠着のなかで、文藝春秋社は、陸海軍そろって、14名の作家の派遣を決めた。いわゆるペン部隊である。その内容はさまざまであるが、文壇がこぞって戦争協力にはしった点で、もはや「崩壊」の名に値しよう。戦争文学が独立した文芸ジャンルとして認められるか、議論はあろうが、少なくとも戦前戦中は、抵抗文学はなかった点で、問題は戦後にゆだねられよう。

                               ◯

   さて、以上のアウトラインは了解されるとして、前回とどのように違った視点、取り組みが出来るか、これが問題である。いくつかの視点が挙げられようが、第1期の特集に見られたこと、そこから敷衍されることを考えてみたい。
    いくつか、ここで整理してみると、明治初期に現れた自由主義・浪漫主義・啓蒙主義の、その後の展開はどうなったか、である。北村透谷・島崎藤村らの「文学界」の内実はどんなものだったのか(これは残念ながら、38号に論考はなかった)。福澤諭吉らの啓蒙主義、中江兆民らの自由主義はどうなったか。福澤の活動でいま思いみるのは、朝鮮独立に塾生を派遣・支援したことである。このことの是非もふくめて、現在の朝鮮半島も思い返すと、独自な視点が生まれたかもしれない。兆民の自由主義、幸福論は、幸徳秋水という最大の継承者を得ていたが、結果は官憲の弾圧で頓挫した。しかし秋水らの視点はわが近代の希望でなくてはならない。大逆事件後の「冬の時代」、しかしその中で堺古川、利彦の売文社の活動は近年喧伝されるようになった。
   この大逆事件が、文壇・思想界に与えた影響は、これを考察することは、いま重ねて重要であろう。そのなかで、事件を取り巻く文学者が今更思われるが、鴎外の行動と立場は重い。また、事件にかなり近くにいた佐藤春夫は、この際考究する価値があろう(この点については、今は亡き同人・野口存彌に、貴重な論考がある。「佐藤春夫ー大逆事件から遠く離れて」・26号)。

   当職には、大逆事件の弾圧後の「冬の時代」というものが気になる。官憲の凄まじい弾圧後、社会主義運動が萎えてしまった時期(明治末期から大正5年頃まで)をいうが、果たして、まったく雌伏を余儀なくされたのか(この点でも野口氏の論考はやはり気になる。雨情が社会主義詩人として出発したというなら、その周囲にはどんな人物がいたのか)。また、後のプロレタリア運動は、この冬の時代をどのような反省として捉えていたのか。

    思想的・政治的な問題にかたよりすぎたかもしれない。もう一つ、この時代にぜひ考究してみたい、問題がある。それは文学の表現の問題だ。明治初期の講談から、言文一致、口語体表現の模索を説いた草原克芳氏の論考は実に示唆的であった。その後の言文一致は、口語体文学の確立までの道程は、今回特集でぜひ、どなたでも挑戦していただけたらと思う。焦点となる二葉亭のその後は欠かすことができない。紅葉・山田美妙なども大事だが、世の文学史の教科書などは、やれ「だ」調であるとか、「です」調であるとか、目に見える文末表現を云々しているに過ぎない。もっとその言文一致調と、その文学・思想内容にふれたものはないか。たとえば、自由主義、個人の自由をいった透谷や幸徳秋水は、その文章は漢文書き下し体だったという事実がある。単純に言文一致の文章に触れなかったという面もあろうが、泰西の文学、思想に触れていく中で、漢文書き下しに違和はなったのか(その点、田山花袋は泰西の文学にほれるなかで、星星派といわれる叙情的な文体を手に入れた)。当代を代表した国木田独歩も、この文体表現という点ではどうなのか、さらに大正昭和まで活動を続けた島崎藤村、泉鏡花なども、その文体の変化・変容があれば言及していただきたい。また、案外従軍記者の文体は当時しては、口語表現に近かったという指摘もある。

    美文というものがある。これが中古に由来する優雅な文体であるのならそれは否定すべきものでもないだろう(鴎外や一葉の擬古文の、「古」とはやはり王朝時代をさそう)。手紙すら擬古文で書かれた我が国特有の事情があるから、いちがいに、この擬古文、それに比される言文一致(口語)の、一長一短を論ずるべきでもないかもしれない。
     まとまりにくい論調になってきたが、明治大正期は、新聞雑誌すらも、幾分擬古文調であったことは、文体、近代日本文学の表現を考えるのに、いままであまりに等閑視されてきたのではないか。


    長くなりましたが、一つの視点、取り組み方、ということでご了承下さい。


     なお、同人・野口氏の業績に関しては、「野口存彌と日本近代文学」、という表題で、本編の特集に付するかたちで、論考募集、掲出してきます。こちらは、野口氏の論点、捉え方を紹介する中で、従来の近代文学研究になかった視点を紹介できればすばらしいと思われます。対象となる、文学、作家・詩人は野口氏の「群系」既刊号論文、ご著作などから、お選びください。このうち、既刊号収載の鴎外( 31号)、漱石(25号)、芥川(32号)、そして佐藤春夫(26号)については、今回の特集でぜひ論じてもらいたいところで、近日、各位にご投稿のおうかがいを個別に出しますので、よろしくご留意いただければ、と思います。
なお、この野口氏の特集も、本編特集に連動、扱った作家・詩人の時代順に分けて、原稿募集・掲出してゆく予定です(例えば野口氏考究の、梶井基次郎、宮澤賢治は第3期、太宰治は第4期に属する形となります)。
   また、野口雨情自体の論考も以前は自由論考あつかいでしたが、今回は、この「日本近代文学」特集に併催するものといたします。


   このアピールについてのご意見など、よろしくお願いします。
(編集部でお伺いをして、内部で調整してから発表の予定でしたが、もう九月にはいり時間的におしているので、ご了解ください)。
 

野口存彌氏の研究、そのお仕事について (再掲出)

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月26日(火)06時52分50秒
    合評会も終わって、次はいよいよ次号についてです。特集についての呼びかけを繰り返し致しますね。特集は《日本近代文学の展開》ですが、明治大正期のこれだという作家・詩人について、何か書きませんか。掲示板に前に書いたものを、今一度掲出します。とりあえず、特集に併載する、《野口存彌と近代日本文学》ですが、野口さんのお仕事を、以下、あげておきます。

   野口存彌氏が書いてきたものは、どういうものか、「群系」既刊号と、文学研究の単行本からわかるかぎりで示してみようと思います。

「群系」既刊号 投稿内容  収載号
野口存彌 創作 顔蒼ざめて          1
野口存彌 創作 異形の男           2
野口存彌 創作 異形の男(承前)        3
野口存彌 創作 正午を過ぎて          4
野口存彌 創作 チューリップが咲いて     5
野口存彌 創作 夕日が沈んで         6
野口存彌 創作 真夏の前           7
野口存彌 創作 モノローグ旅行        8
野口存彌 創作 夜が明けてから        10
野口存彌 「風と光と二十の私と」について ―坂口安吾を読む・第一回―   11
野口存彌 「いずこへ」について ―坂口安吾を読む・第二回        12
野口存彌 創作 長い夕暮れ            13
野口存彌 創作 (児玉)花外の悲しみ、母の悲しみ        14
野口存彌 「城のある町にて」 ―子供を見る青年―         15
野口存彌 堀辰雄―「麦藁帽子」の背景              16
野口存彌 特集芥川賞 二一回(一九四九上半期)由起しげ子「本の話」 17
野口存彌 堀辰雄 ―幼年時の問題―               17
野口存彌 藤枝静男 その男性性 ―「ヤゴの分際」を読む―     18
野口存彌 特集「昭和文学」 武田泰淳・「審判」を原点にして    19
野口存彌 太宰治 健全な生活というアポリア-「黄金風景」から「津軽」「舌切雀」まで―  20
野口存彌 太宰治・罰せられるものとしての自己 ―「俗天使」から「斜陽」「人間失格」まで― 21
野口存彌 太宰治と菊田義孝 ―文学と宗教を問うー             22
野口存彌 「私」の好きな詩 蒲原有明・詩的完成という逆説         23
野口存彌 【新刊紹介】野口存彌著 『太宰治・現代文学の地平線』      23
野口存彌 大岡昇平―中原中也へのまなざし ―無垢と邪悪と          24
野口存彌 特集Ⅰ夏目漱石  家族という他者と漱石
          ―「道草」と『漱石の思ひ出』から浮かび上がるもの―   25
野口存彌 特集 大逆事件と文学 佐藤春夫 ―大逆事件から遠く離れて―      26
野口存彌 野間宏「顔の中の赤い月」の背後に ―戦争の経験をどう受けとめたのか  27
野口存彌 特集 『戦争×文学』を読む 川上宗薫「残存者」 穂田川洋山      28
野口存彌 大田洋子と原子爆弾 ―人間の不幸へ注ぐまなざし      28
野口存彌 森茉莉のいる部屋 -鴎外・山田珠樹・森類         29
野口存彌 佐多稲子・その生きるという経験             30
野口存彌 森鴎外・小説の問題 -「舞姫」まで、「舞姫」以後-    31
野口存彌 芥川龍之介・芸術の光、人生の闇             32
野口存彌 優美なものを求めて-軍歌のかげのひそやかな調べ     32
野口存彌 特集 昭和戦前・戦中の文学  坂口安吾・廃墟への意志   33

 第10号までは、本誌には創作が主な投稿ジャンルでしたが、11号からは、研究論文が中心になりました。ほとんど毎号欠かさずに投稿、それも20ページ以上のものが多かったです。中には、本誌特集の求めに
応じて、二つの原稿を出されているのも少なくないようです・



 ご著作については、その数が多いのと、そこからどういう作家・詩人を対象としているのかつかむのは難しいのですが、とりあえず、文学研究のご本から、その目次をあげてみました。ご本は、雨情全集など、編集・共著も含めるといろいろありますが(それらの【解題】は37号にあります)、とりあえず目につくものをあげてみました。

『父野口雨情 ー青春と詩への旅ー』筑波書林
「父 野口雨情と利根川」「父 野口雨情と童謡の時代」「初期作品・新資料について」
「初期おとぎ話群の発見」「明治四十年前後」「『沖の島根』の発見」「初期詩篇六編」
「父野口雨情点描」巻末に年表

『野口雨情 詩と人と時代』 未來社
   Ⅰ
1可憐なるものの死と孤児と―児玉花外と野口雨情 (『枯れすすき』第7号 昭和55年4月)
2同時代の知友たちの足跡―鷹見久太郎と鈴木善太郎と(『枯れすすき』 第8号 昭和55年10月)
3民謡・口語詩・象徴詩―野口雨情と上田敏のあいだ(『枯れすすき』第9号 昭和56年4月)
4山上の人―中村有楽の生涯をめぐって(『枯れすすき』第10号 昭和56年10月)
5明治の奔流のなかで―社会主義運動をめぐる一断(『枯れすすき』第11号 昭和57年4月)
6救済者としての子供―童謡への出発(『枯れすすき』第12号 昭和57年10月)
   Ⅱ
樹木の多い庭―父野口雨情の晩年小景 (『柿の葉』第37号 昭和56年4月)
父野口雨情について(『児童文芸』昭和57年9月臨時増刊号)
街路樹のある道(『早稲田大学仏文科クラス会記念文集』昭和55年7月)
樹々の音楽 (『眼』第8号 昭和55年9月)


『大正児童文学―近代日本の青い窓』踏青社
Ⅰ 編集サイドよりみた大正児童文学
鈴木三重吉と『赤い鳥』/「蜘蛛の糸」と「一房の葡萄」/宮沢賢治の童話/北原白秋の童謡/
宇野浩二の童話/沖野岩三郎/大正の終わり、昭和へー
Ⅱ 大正児童文学の探索
坪田譲治と加藤一夫/編集者小野浩についての覚書―「赤い鳥」の知られざる功労者/
内藤鋠策と童謡雑誌『たんぽぽ』
Ⅲ 野口雨情 検討と追憶
「七つの子」観賞/「シャボン玉」観賞/父の印象/父が用いた筆と眼鏡/言葉の背後にあるものー父雨情をめぐって/明治三十年代から四十年代へー証言と新資料による/『定本 野口雨情』に寄せて/<枯れすすき>への道程
あとがき

『文学の遠近法』  武蔵野書房
Ⅰ 中里介山・その文学の原点/森鷗外「大塩平八郎」を読む/平出修・英知の人の感性/
『太陽』・『文章世界』に見る平出修/沖野岩三郎と平出修/沖野岩三郎と大逆事件/
沖野岩三郎と内村鑑三/軽井沢と沖野岩三郎/沖野岩三郎と加藤一夫/
加藤一夫と独歩の『欺かざるの記』をめぐって/加藤一夫『トルストイ人道主義』について/
野口雨情と北方の海、大地/野口雨情の童謡/よみがえった短歌世界―『内藤鋠策 人と作品』を刊行して
Ⅱ 宮沢賢治を考える/梶井基次郎・子供を見る青年
―「城のある町にて」試解―/葛巻義敏と坂口安吾/坂口安吾・『言葉』創刊の前後/坂口安吾について/
坂口安吾著『白痴』/坂口安吾「いずこへ」を読む/堀辰雄―「麦藁帽子」の背景/
堀辰雄―幼年時の問題 あとがき 初出一覧

『詩的近代の生成 明治の詩と詩人たち』 踏青社
「花薔薇」からの始まり/『枯れすすき』第二三号(平成12年10月)
国木田独歩・「山林に自由存す」の成立/『枯れすすき』第二四号(平成13年10月)
島崎藤村・『若菜集』への道程/『武蔵野大学文学部紀要』第六号(平成17年3月)、
同七号(平成18年3月)
上田敏・その人間像を求めて/『平出修研究』第38集(平成18年6月)
永井荷風・言葉の音楽/『枯れすすき』第二二号(平成10年10月)
川路柳虹・最初の口語自由詩を書くまで/『武蔵野女子大学文学部紀要』第二号(平成13年2月)、
同三号(平成14年3月)、同四号(平成15年3月)、『武蔵野大学文学部紀要』第五号(平成16年3月)


 先の「群系」で論じた作家などには、漱石・鴎外、芥川や佐藤春夫など、有名な作家も目につきましたが、こちらご著では一見して、そうでない人たちも目立ち、野口氏の扱った文学者のある傾向性がみられることでありましょう。
 以上は、目次から、どういう作家・詩人が扱われているか、眼につくものをあげたまでで、むろん他のご著に扱われている文学者は、そうしたご本に直接あたるしかなないでしょう。畢生の大著『沖野岩三郎』には、それこそ明治大正期の思想群像が相当あげられたいましょう。でも現在編集部でそれをあげるのは手にあまることなので、各位のお力におまかせしたいです。、

 さて、これらを元に、次号で、野口存彌氏と明治大正文学、といった特集を組みたい。むろん、野口氏のこれらと関係なく、明治大正文学を扱うことになっているのは、この板で開陳してきた通りです。
 

脚のMRI検査やりました。

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月25日(月)18時25分23秒
編集済
     今日は夕方4時からMRI検査。今回は、脚の動脈のつまり具合を診る。石灰化やアテロームなどつまりがあると、カテーテルを挿入して、その部分を除去する。透析室のABI検査で多少のつまりみたいなものが所見されたので、今回の精密検査となった。カテーテルは以前にも心臓の冠動脈、頸動脈と入れて施術してもらったことがある。当方の場合は、狭隘部にステントを入れて拡げるのではなく、ローターで石灰部分を削り取る方法だった。削り取ったCaはミクロン単位に小さいのでそのまま血流に流し込んだことだった。施術のドクターいわく、「120%、いい!」ということで、もう七年くらいになるが、以来問題はない。
   今回は脚の部分なので、気持ち的にもラクである。血流がわるいせいか、歩行がしんどく、特にバスから降りる際のステップに足を置くのも転んでしまわないか、不安であった。施術して軽快になれば、こんな福音はない。しかし、あいかわらず、MRIはうるさい音と、なんせ小一時間、体位が束縛されるので、それがつらかった。いま女子医大近くの喫茶店でこれを綴っているが、やれやれというところです。
 

本日の業務をご連絡

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月24日(日)09時59分17秒
編集済
     今日の合評会は11時からですが、12時半に終わった後、1時間の休憩です。昼食のレストランが7階にあってハンバーグなどありますが、駅のコンビニで何か買ってこられてもいいですね。夕方の飲み会は5時からですので、飲物だけでは持たない方は、おにぎりやサンドイッチなど、いかが。
  午後は1時半からですが、その10分ほど前に、前号の会計報告を簡単にさせていただきますね。その後、特集の箇所、3時に15分休憩をとって、4時半まで、残りの箇所をやります。
   最近、小生は人の集まるところに、iPadを持参し、カメラ撮影する、という習慣ができてしまいました。写真と動画ですね。合評会は和室で、しかもコの字型に囲んですわるので、iPadカメラは定点一箇所に固定というわけにはいきませんね。ま、ずっと回しているわけではありませんが、

https://www.youtube.com/watch?v=Tt1nX3PS-Ec

 

葦の会の頃

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 9月23日(土)22時44分56秒
  発端は1984年だったと思います。何度か「みとす」を頂いたことを覚えています。
1988年でしたっけ、永野さんに誘われて、野口先生の出版記念会に参加。それからは仕事が忙しくなり、ずっとご無沙汰していました。

再会のきっかけ?省略ということで(苦笑)

追記:見苦しい投稿が続きましたから、勝手ながら、一部削除させていただきました。
 

明日は合評会

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月23日(土)14時02分48秒
編集済
     明日は合評会ですが、振り返れば、当職は三〇年間、欠席したことがない。群系創刊前の葦の会の二ヶ月ごとの読書会もそうだった。1985年からだから、三十二年にはなろうか。ま、主催者だし、自分の都合のいい日に決めているのだから当然ですが。
   欠席しないのは悪いことではないですが、それによって、貴重な会合を見逃したこともあります。もう三〇年以上もまえですが、中学校の同窓会に行けませんでした。それは葦の会の読書会で、その日のレポーターは誰あろう、当掲示板常連の鎌田さんでした。当時東京大学の現役医学生で、担当されたご本は「力動精神医学」というご専門のたいへんなご本でした。
   この読書会の記録を活字に残そうということで出されたのが「群系」などのなわけで、大事なステップだったと思います。
   あれから、ん十年、読書会参加者、初期の同人もそれぞれ散りじりのなか、どういうわけか、再会出来た人もありました。鎌田さんはその初期の最たる人で、ともにインターネットをやっていなければ、こうした遭遇はなかったことでせう。
 

明治という時代の乱気流

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月22日(金)10時36分7秒
編集済
     次号の特集の輪郭を形成すべく、各位にご投稿・ご執筆をお願いしている。明治という新しい時代には、庶民も指導者も、いろいろな戸惑い、試行錯誤があったようだ。西南の役を始め、各地で起こった不平武士の内乱はそれらの現れであろう。しかし、西方東漸・文明開化の時代にあっては、早急に国家の成立・独立を成すことは焦眉の課題だった。欧米視察を終えた岩倉具視らの使節団は、すぐ国家の枢要につき国家建立にあたる。ここにおいて、大久保や木戸らがどんな方向、政策でいたのか、不運にも早世して残念だったが、ともかく、条約改正など大事をのちの課題にして、1889年(明治22年)、大日本帝国憲法の発布をみる。
   しかし、こうした国家の出発を前に、上へ下への擾乱がすさまじかったのは、新聞条例、讒謗律などが立て続けに出されたのでも推察される。そのなかで今さら注目されるのは、福澤など明六社の開明派以上に、国士・右派の動きである。徳富蘇峰は「国民の友」、三宅雪嶺は「日本人」を出し、国家の危急に行動を起こした。また、日清・日露の戦役前後には、黒龍会や玄洋社といった結社が作られた。漱石の「それから」、さらには、「明暗」でも、衣食に困った青年が、「大陸でも行って一旗あげたい」などの話があった。今日からすれば、他国への容喙、食指などあってはならぬ話だが、当時は半島や、大陸でも満州などはもはや内国のように思われていたのではないか(実際、日韓併合は、植民政策というより、朝鮮人保護、半島保全、という内国政策の感じではなかったか)。
   当時の右翼は憂国の国士といわれた。私利私欲ではない、国家百年の大義の元に企図行動されたのではないか。そして、案外国民も彼らに同調期待するところではなかったか。日露戦後のポーツマス条約に不満の分子の日比谷焼き討ち事件は、国民の愛国的水位がきっ線を超えたからであり、こうした国民のナショナリズムの高まりは、独歩「号外」における酒場の一男爵の内心言動にも現れている(ま、このシンからの浪漫主義者が、国家主義にかられるのは、本人が日露戦争中、初めての戦争グラビア誌を出してやんやの喝采を受けていたからでもあろう)。
    ともかく、明治の乱気流は、とりあえず、明治43年の大逆事件で逼塞事態を迎える。いわゆる「冬の次第」は、こうした官憲の強圧に左翼が明治末から大正の5年までくらいのあいだ、まったくの沈黙を強いられたことをいうが、左翼だけでなく、多くの国士もそうだったのではないか(これは年譜などで徴する要があるが).
    前世紀から第一次大戦ころまでは、歴史学では国民国家の時代といわれる。列強が揃ってきて、国民国家が醸成されてきたことをいうのだろうが、その頃の国民の意識、水位が奈辺にあったのか、これを知らないでは、特集《日本近代文学の展開》も片手落ちだろう。如上の、右翼・国士らの動きについても、ご投稿があれば、と思う(一部同人に依頼はしたが)。
 

「バイキング」の面白さ

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月22日(金)00時15分5秒
編集済
     テレビを点けてもおもしろいことはないですね。音楽番組では、ロックだかなんだか大音響で喚いているし、トーク番組ではマツコデラックスが相変わらず、女言葉と、「てめえ、このー」という怒鳴り言葉を使っている(こいつはまだ人気あるのか。もういい加減あのデブ巨体には食傷しているのだが)。また東京MXテレビというのは、毎回お子様相手だか、マンガ・アニメばっかりですね。
   ま、テレビに高尚なことは求めないが、おふざけも含めて、男女の痴話話も、提供の仕方にあると思う。
   その点、当職が最近面白いと思ってみているのは、お昼のフジテレビ、「バイキング」だ。前は、同時刻、TBSの「昼おび」をみていたが、変わってきた。ま、昼おびが、北朝鮮問題など時事ネタをしっかりやっているのに、バイキングでは、最近話題の女性ネタ、不倫ネタが多い。必ずしもそうした問題に積極的にチャンネルを合わせる人でなくても、この番組見ている人は多かろう。なぜか。それは、坂上忍の当意即妙、素早いMCぶりであり、それにあわせたパネラーの、これまた納得の話ぶりからである。パネラーも、特に文化人、というのではさらになく、IKKOだとか、アンガールズの田中や、誠くん、ブラックマヨネーズの吉田、である。せいぜいが東国原なのに、この番組は面白い。このお笑い芸人の、必ずしも第一線と限らなくとも、場を盛り上げる話術の巧みさ、か。いうまでもなく、MC坂上忍の存在はおおきい。
    面白いテレビ番組もあるものだ。
 

4 明後日の日曜、群系38号の合評会(再掲出)

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 9月21日(木)23時35分26秒
編集済
     明後日の日曜、群系38号の合評会、東京江戸川区のタワーホール船堀の4fの和室1で行われます。
いつもは午後1時から始めていましたが、巻末掲載の創作がいつも時間切れになるのを気遣って、今
回は創作を先に取り上げ、開始時刻も午前11時からとなりました(来られる方はよろしく)。
会場は4時半までですので、当日の時間配分と、ご通知のあった出席者のお名前、です。

                   記

群系38号の合評会
                 時間配分などは試案です。当日の各進行役におまkせですね。
     時      2017年9月24日(日曜日)
     場所    タワーホール船堀  4F和室       都営新宿線 船堀駅下車   駅前
     時程    午前11時~午後12時半    創作
                  うち執筆の参加者  荻野、小野、野本、稲垣各氏
                 午後12時半~1時半    休憩(軽食など)
                       事務連絡など、
                 午後1時半~3時    特集  日本近代文学の始原
                    うち執筆者出席見込み  草原、荻野、土倉、間島、近藤、安宅
                 午後3時15分~4時半    富士正晴大賞、コラム、自由論考
                      同じく執筆者出席見込み  永野、荻野、草原、間島、澤田、赤穂(五時近く)

        その他、執筆者でない方も どなたでもおいで下さい。飛び入り大歓迎(無料です。
                   執筆者以外の方のお出では、むしろ皆うれしいです。

    これから数日間ですが、お読みになった掲載作品の感想・批評をどうぞ、自由に本掲示板にお書き込みください
 

突然ですが、たまには数学でもいかがかと!

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2017年 9月21日(木)21時36分11秒
  --------------31  32  33  34----------------
-------23------------30---------------35-----------
上段数列は、とある小説家のペンネーム
下段数列は、とある野球選手の背番号の変遷を示しています。
からくりがわかった方は坂井まで。
 

野口存彌氏の特集を組むことの喜び

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月21日(木)19時31分26秒
編集済
  「群系」誌で、同人だった野口存彌氏の業績を顕彰しそのお仕事を継承する特集が同人らによって、編むことが出来るのはわれわれにとって、この上ない喜びであるに違いない。なぜなら敬愛する野口さんをそうすることによって、いつでも眼前のものにすることが出来るからだ。これはいうまでもなく、野口さんが二六時中文学のことを考え、それをそれぞれ活字にしてきたからで、いまわれわれはのこされたお仕事に感嘆するとともに、それを一つひとつ紐解くことの喜びを共有する。
   むろん、こうしたことは、野口さん個人の人間性がまずあってのことで、かつその文学の業績のこの上ない価値に由来している。のこされた同人にとって、その人間性と、文学の業績とはどちらが欠けてもならないことである。

   野口さんは現代に生きる人としては、ある種、珍しい人といっていいだろう。その時流や流行に左右されることのない、しっかりとした生き方、その生き方や研究においては一種頑固とも言えるところがあった。だがそれは偏屈とか、変人というものでは断じてない。人のありようにながされることはなくとも、社会習慣、礼儀について同人の誰よりもきちんとしていた。一例をあげると、校正のため皆で出版先、龍書房へうかがうときは、「これつまらないもですが」といって、菓子折りを必ず差し出す。われわれ余人には思いもつかないことだ(それ以外皆でトンカツでも食べた時は、決まって野口さんが勘定を払う)。
   もちろんなけなしのカネではなかろう。そこは父に高名な童謡詩人を持っていたから、印税もかつて入っていただろうし、つましい生活、じぶんの贅沢には使わなかった人だ。
   確かに時流に自らを合わせることはしなかった。いま同人誌ではあたりまえのようになった、Word添付の電子メールとはとんと関係がなかった。そのかわり、脱稿した原稿は浄書した上、きちんと紐で結んで持参した。

    野口さんは、近代文学研究の専門家であるが、それはよく大学の教官にありがちな、一つのことだけ、その専門しかやらない、というのではない。よく文献を専門に集めて、その作家なりの専門家というひとがいるが、野口さんはそうではなかった。あらゆる作家・詩人に目配りしていた。これは、文学研究というものが専門専一というものではなく、そこには人皆に通じうるような一般性、共感性というものがあるという認識あったからであろう。文学研究は、すぐれた文学批評、評論でなくてはならないことだろう。そうして、その中で、自分唯一の文学者を持っていた(いうまでもなく、沖野岩三郎研究がそうであり、それ以外に、その周辺の作家・詩人、宗教家に目配りしていた)。

    野口さんの文学研究でいえるのは、信頼がおけるということ。これは極めて大事だ。きいたふうな通説なら、誰だって言葉を替えて文章をものすることが出来よう。しかし、野口さんの作物はさっきから言っているように、独特、独自なものである。対象となる作家・詩人が巷間あまり知られていないのが多いのは、父・雨情とその周辺を書いた、事実上の処女出版である『野口雨情、詩と人と時代』(未来社)から、そういえる。

   野口文学がそうした希少なものばかりか、というと断じてそうではない。鴎外・漱石、芥川、太宰治、坂口安吾、そして多くの戦後文学、晩年には大田洋子、森茉莉、佐多稲子、といった女流作家に大いなる関心を示している。

    野口山脈は大きい。いろいろ山が連なっている。しかしそれは、皆の登攀を躊躇させるものではなく、人皆が、登ってみようという気をおこさせるものである。
    平明、最後に野口文学の一番大事な特徴をあげておこう。平明、というのは難しい小理屈を述べ立てるのではなく、理路が通って、なるほどと思わせるところがあるということだ。もうひとつ、大事な側面はその資料博捜にもあろう。資料による説得性、そんなものもあったろう。調べる人ーわれわれが、もうだいぶまえ、戦争文学の資料調べに国会図書館に毎週土曜日に行っていたころ、必ず資料調べに来ていた野口さんと出会った。われわれは数人、あとで飲んだりもしたろう。野口さんはただ一人、しっかりとした目的意識がなければこんなことはできなかったろう。もう三〇年以上もまえのことである。

   ぜひ、野口文学を継承、後代に伝えたい、そう思うやせつである。
 

合評会、出席予定者など。

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月20日(水)20時58分42秒
編集済
    今度の日曜、群系38号の合評会は、東京江戸川区のタワーホール船堀の4fの和室1で行われます。
いつもは午後1時から始めていましたが、巻末掲載の創作がいつも時間切れになるのを気遣って、今
回は創作を先に取り上げ、開始時刻も午前11時からとなりました。会場は4時半までですので、当日
の時間配分と、ご通知のあった出席者のお名前、です。

                   記

群系38号の合評会
                 時間配分などは試案です。当日の各進行役におまkせですね。
     時        2017年9月24日(日曜日)
     場所    タワーホール船堀  4F和室       都営新宿線 船堀駅下車   駅前
     時程     午前11時~午後12時半    創作
                  うち執筆の参加者  荻野、小野、野本、稲垣各氏
                 午後12時半~1時半    休憩(軽食など)
                 午後1時半~3時    特集  日本近代文学の始原
                    うち執筆者出席見込み  草原、荻野、土倉、間島、近藤、安宅

                 午後3時15分~4時半    富士正晴大賞、コラム、自由論考    
                     同じく執筆者出席見込み  永野、荻野、草原、間島、澤田、赤穂(五時近く)

        その他、執筆者でない方も どなたでもおいで下さい。飛び入り大歓迎(無料です。
                   執筆者以外の方のお出では、むしろ皆うれしいです。

    これから数日間ですが、お読みになった掲載作品の感想・批評をどうぞ、自由に本掲示板にお書き込みください
 

次号投稿への重ねて、ご案内

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 9月20日(水)18時37分53秒
編集済
      今日、 次号39号の原稿について、幾人かの同人などに、押して御投稿の案内を出しました。今回の特集は前号の《日本近代文学の始原》に続いて、《日本近代文学の展開》として、明治大正の文学を取り上げます。いまのところ、漱石、藤村、独歩、あるいは木下尚江などあがっています。
     一方これと並行して、同人だった野口存彌さんの研究・業績を継承する《野口存彌と日本近代文学》も、野口さんの既刊号論文を中心に、その紹介批評が予定されています。鴎外、漱石、芥川、などですが、これらは以前からのベテラン同人にふり、それに「佐藤春夫・大逆事件を遠く離れて」は、外部の専門家に原稿をお願いすることが出来ました。

     今日、文学は一般受けしなくなった。小説もライトノベルや、テレビ・映画の原作ならまだしも、日本近代文学、いわゆる純文学は顧みられること(機会)が少なくなりました。特に明治大正の作品は、それこそ「明治(大正)は遠くなりにけり」と慨嘆されることでしょう。
     でも、「日本近代文学ほど面白いものはない」と生前野口氏がおっしゃっていたごとくで、面白くないものと遠ざけているのは、今日のマスコミ・出版業界、あるいは大学ではないでしょうか。
    思い返せば、我々が高校・大学の頃は、各出版社の文学全集フェアが巷にあふれていました。中央公論社の「日本の文学」「世界の文学」、河出書房の「世界文学」(グリーン版)、あるいは安価のでは集英社の日本文学集(赤い表紙)、が次々に出ました(当時のアイドルも広告に出ていた。吉永小百合や、内藤洋子など)。さらに、図版入りの古典全集も出たし、小学館の「日本古典文学全集」は、前に出ていた岩波の「古典文学大系」のむこうをはるものとして、70年代、我々大学の国文学研究室で使われ出していた。今日、それらは今に伝わる財産として、各地の公共図書館にあります。
    確かにマスコミやIT業界からすれば、近代文学研究など、なにの財も生まないかもしれません。かかる経費はむかしながらの印刷代、紙の代金ですね。でも、だからそ愉快じゃありませんか。長い冗漫な携帯電話賃にかかる料金、思う以上の高いプロバイダへの料金に比べ、沈思黙考の精神生活。これこそ、エントロピー拡散を最大限に抑える人間的営み、ではありますまいか。
    確かに、孤高の営みではあろう、しかし孤独ではない、そのために同人も大勢いるのだから。さらにこうして訴えるSNSも、最低限のコスト(ま、ロハ)ですね。
    投稿遠慮という方もぜひ、何かお寄せください。紙の文章は残りますよ。

 

北の存立 破壊へ

 投稿者:管理人永野 iPad  投稿日:2017年 9月20日(水)09時01分1秒
編集済
     きょうの朝のニュースで注目だったのは、トランプの国連初演説だった。北の崩壊を示唆するその演説は衝撃的だが、いままでの彼からすれば、かなり前向きの方針であり、支持できる。ocnニュースから引用する。

 【ニューヨーク時事】トランプ米大統領は19日、初めて国連総会に出席して一般討論演説を行い、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮が米国や同盟国に脅威を及ぼすなら「完全に破壊するしか選択肢はなくなる」と強く警告した。その上で、金正恩朝鮮労働党委員長を指し「『ロケットマン』は、自身とその体制の自滅に向けた道を突き進んでいる」と強調した。
 また、日本人拉致被害者の横田めぐみさん=失踪当時(13)=を念頭に「北朝鮮が自国のスパイに日本語を教えさせるため、善良な13歳の日本人少女を拉致したことを、われわれは知っている」と言及。北朝鮮による人権無視を厳しく批判した。
 北朝鮮の核・ミサイル開発について「想像を絶する数の命を奪う脅威を全世界に突き付けている」と主張。「非核化だけが受け入れられる未来だと、北朝鮮に分からせる時だ」と述べ、北朝鮮の核保有は決して認めない姿勢を改めて明確にした。

  ことここにいたって、政権の転覆まで示唆する内容だが、これはどう捉えるべきか。北の核開発が自国や同盟国、ひいては世界にはかりしれない破壊をさせる恐怖が目前に迫っているとわかったとき、それを阻止することができる大国が、みすみす手をこまねいているのはもはや罪悪でさえあるだろう。できること、最小限の犠牲で事態を阻止し、場合によっては政権を転覆させることは必要でさえあるだろう。
   確かに自主独立、民族自決は今日の国際法の基本かもしれない。しかし、その自国内部からこのような、国家破滅を意味するかもしれない事態を阻止する、抵抗組織、人脈がないなら、国際的な力をもってして、その国の無謀を撃退するのはなぜいけない。
   今回トランプは北の拉致問題を取り上げた。これはすごい!当時13歳だった少女を国家目的のため拉致、洗脳させるなどはもってのほかで、人権を第一に考えるべき近代国家としてはあってはならない大問題だ。欧米、特に米国が核に比べこの問題を軽視してきた経緯に徴するに、このトランプの言及は、いままでの当職のかれへの評価を一変するに値するほど大事だ。
   ことは急を要する。こうしているあいだにも、北の政治犯は拷問をうけ、処刑されたりしているのだ。何よりもうかうかしているうちに、ICBMなど開発して、ヒロシマ・ナガサキ以来の核の惨禍が生ずるかもしれないのである。全く想像力もなにもない、北の刈り上げロケットマンは最悪の地獄の使者である。いやそんな使命感など高踏な考えもなにもない、ただ幼稚なワガママでしかない。近代国家と国連は、史上稀にみるこの原始じだいの遺物を結束して排除しなければならない。
 

お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す(ダースベイダーふう機械音声で)

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 9月18日(月)06時48分24秒
編集済
  >草原さんに“意識”はあるのかな?何も見えませんが・・・(笑い)

■もちろん、そうであります。
そして私は、意志を持っているつもりでも、鎌田さんの一表象に過ぎません。

つまり、その手の詮索を、哲学ではさんざんやってきたにもかかわらず、
現象学でフッサールさんが苦労した「他者性」「意識」の問題ぬきで、
AIを一足飛びに、「人類を超えた神」扱いにしてしまう新たな神話・幻想づくりが〈??〉なのであります。

■新たな神(もしくは悪魔)と一般大衆の隙間で、
またまた、免罪符や、印籠、パスポート、赤紙、特別御優待券、クーポン券、死刑執行指示書を扱う中間業者が
わらわらと、発生しやしないかと。
~昨今のAIをめぐる言説(AIの偽神化、疑似人格化)に、不穏なもの、ウサンクサイものを、感じるわけであります

 

蝉が鳴きやんで、秋の虫が…

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 9月17日(日)18時11分46秒
編集済
  【Trance・BBS・EXPRESS】--------------------文芸掲示板のかわら版----------------------◇


「群系掲示板」           http://8614.teacup.com/snagano/bbs
                 ・9月24日の合評会の告知/パーティー動画の反応。

「関東文芸同人誌交流会の掲示板」  http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs


「根保孝栄の文芸掲示板」        http://6909.teacup.com/nebo/bbs
                  ・直木賞女流作家の桜木紫乃と北山幸太郎と同人誌「北海文学」


「全国文芸同人誌評掲示板」       http://6928.teacup.com/377612377612/bbs
                  ・「群系」38号創作欄評/ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」コメント


「カプリチオ掲示板」         http://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs
                   ・掲示板小説3  石井利秋作『灯台』評/小川原健太
                   ・掲示板小説4  『地下聖家族』草原克芳、連載スタート

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■24日の合評会、台風とかは、どうなんでしょうかね。
最近の台風は、向きを変えたり、逆行したり、アクロバティックな動きして、器用ですからねえ。
アメリカのハリケーンも、
プーチンは「米国内部の連中が機械で作った」とかいって怒ってますしねえ。

>「サピエンス全史」ユヴァル・ノア・ハラリ
■これ、一頃、日本でもさんざん流行った吉本隆明や、岸田秀の幻想論や、
蓮實重彦あたりの物語批判のコンセプトと、どう違うんでしょうかね。
貨幣や宗教がフィクションだと、今さら真顔で言われても、そりゃあ、そうだろうヨ、と。
より論述のスケールが人類史的で大きく、包括的、網羅的で、徹底している……ということ?

「サピエンス」ということをいうならば、
最近のAI騒ぎ、あれをちゃんと、解説して欲しいですね。
「AIは人類を超えるか?」みたいな、変なフィクション。
まるで、AIが意識を持ち、思考能力を持っているかのような"幻想"をふりまいて、
またしても、一部の連中が、
"大審問官ごっこ"、"神の代理人ごっこ"を始めようしているんじゃないのかと。

AIを、ざァとらしく、畏れ、崇め奉ってみせて、
インチキ司祭階級が、99パーセントの大衆をコントロール下に置いて、操作し、搾取し、支配する。
苦労して投資してきたNWOのハーレクイン・ロマンスが、どうやら挫折しそうなので、
そのオルタナティブ的策謀……なのかな?


■しかし、AIさん、
どう転んでも、蚊やトンボほどの"意識"すら、持ちませんわなあ~。
人間のプログラマーが仕組んだ通りに、厖大な情報からプログラム通りに情勢をチャカチャカ読んで、
判断(と称する記号の表示)を、神様のご託宣よろしく、出すだけでしょ。
どんなに、賢そうに進化しても、かまどに入れた薪しか、燃やせない。

こういうときは必ず、カーテンの後ろに、貧相なオズの魔法使いが、隠れている。
実はこの小心者の爺さんが、プログラマーの雇い主。





 

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