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  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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“滑床渓谷”~鎌田さんへ

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 8月21日(月)13時03分11秒
編集済
  いつものように昼食をとりながらNHKの「昼ブラ」を視てますと、鎌田さんのお住まいの四国・宇和島とあって、滑床渓谷の水遊びが放映されてました。
綺麗なところですね。河が青緑というのか透明でしかもエメラルドグリーン。素晴らしい。
記者もゲストもガイドさんたちも、子供のように遊んでいました。

鎌田さんは良い場所にお住まいだ。
ご自宅から近いんですか??
 
 

武蔵野三鷹杉並文学館

 投稿者:佐藤文行  投稿日:2017年 8月21日(月)11時30分42秒
  昨日8月20日(日)午後2時ー5時近くまで、武蔵野公会堂第一和室に、
故野口存彌氏のご遺族妹さんお二人、野口雨情研究関係者三名(東
道人さん、日比野悌明さん、佐藤文行)そして踏青社斎藤熙さん、
武蔵野書房の福田信夫さん、群系の永野さん安宅夏夫さん、の参加
を得て、こんごの「雨情研究と存彌文学の研究と顕彰」の方向性に
ついて話し合いました。(詳細略)

当初この会合はご遺族抜きで行われる予定でしたが、当日末の妹さ
ん(荒木恵代さん)から出席の通達が来たとのこと。(永野氏)
これにより、話し合いの内容が大幅に(望外に)進展しました。

いくつかの成果がありました:
1)妹さん達のお話では、存彌宅の「重要資料」は健在で「倉庫屋」
 に未整理で保管してあるとのこと。
2)野口存彌さんの履歴作製にご親族の協力が得られるとのこと。
3)存彌さん宅は売却せずに残す方針。
4)10年にわたり武蔵野雨情会を見守ってきた邑上守正武蔵野市長
 が、この10月で退任するがその後の方針を決めていない(60歳)。
 8月23日(水)に次期市長候補と伴に演説会を開催するので、佐藤が
 参加。その場で「今後の協力要請」を伝え、9月上旬にでも「表敬
 訪門希望」をお願いする。
5)福田さんのアドバイスから「武蔵野、三鷹、杉並文学館」の提
 案をしてゆくことで、「野口家」単独の記念館設立よりも実現の
 可能性が大きくなるのではないか?と考えました。
 問題は、「いったい誰が運動の魁けとなるのか」で、武蔵野雨情
 会を運営してきた佐藤からは、実働協力者が得られないとの声が。
6)「群系」としては、今後「野口存彌文学」について特集を組む
 などして行きたいとのこと。早速 次号に「これまでの取り組み
 と今後の方向・希望・提案など」を各人がそれぞれ投稿するよう
 に永野さんから求められた。

以上の雑ぱくな報告に、追って永野さんが詳しい報告をなさるのこ
と思います。

http://snow-man.com/

 

感情論を超えて

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 8月21日(月)05時32分18秒
編集済
  >わたくしは今回WGIPについては触れておりません。

■「大堀さんが繰り返し出される話題は、WGIPに集約されそうです。」
という鎌田さんのコメントが出たので、それを受けたまでです。
実際、貴兄は毎回、WGIPに言及しているではありませんか。

それに、こういう問題は、感情論や、祖国愛という
ほんらい、その国に住む国民が執着する情緒を超えて考えなければなりません。
大堀さんの言っていることは、多くの場合が、感情論に終始しているように思えます。

                *

■河野さんの冤罪問題は、ジャーリストがどうのこうの以前に、
検察や警察の問題ではないのですか。
マスコミごときがなんぼ騒ごうが、
犯罪取り締まりのプロがしっかりしていたら、あんな問題は起らないでしょう。

それに、ジャーナリスト、ライターが共産党員やその影響下にある者かどうかということよりも、
事実の検証が問題でしょう。
「731証言者」は複数いますが、彼らはすべて、中国やソ連の工作員なんですか?

わたしは、日本人を貶めるために、
こういうコメントを書いているわけではありません。
(むしろ安倍晋三や、日本会議が、日本国を恥ずかしい存在にしている!)
人間を、客体化・物量化することに対して、
毎回この板で、当たり前のように批判しているだけです。


■日本人は、ある意味では有能だからこそ、
戦艦大和も、ゼロ戦も、731部隊も創り上げてしまったのでしょう。
アジアのどこの国が、そんなことができましたか。
しかし、それを……隣国に言ってはいけないでしょう(笑)

               *


■そして、この優秀性と倫理性が結び付けば、
日本はほんとうに、大堀さんが言うように、素晴らしい國になるはずです。
だから、過去の検証と現実の直視が必要なのです。

反対に、民族的な自己欺瞞は、いつしか民族的な自己破壊に結びつきます。
お隣の国が、いいサンプルです。


「群系」誌が、大逆事件などの過去の問題を文学史の汚点として無視せず
きちんと論じようとする姿勢も、そこにあると私は思います。
これは、野口存彌さんの話の文脈ともつながってきます。
『沖野岩三郎』という著作は、あの時代を、
感情論やナショナリズムを超えて、多角的に把握しようとしていますからね。

 

どうしてそこまで…

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 8月21日(月)00時13分52秒
   どうしても日本軍は生体事件や残虐行為をしたとおっしゃりたいようです。

 わたくしの生まれる以前の話で現場に居合わせなかったのですから、本当かウソか断ずることはできません。

 証言、状況証拠を元に推測するしかないのですが、わたくしはまず、そんな事実があったとは信じたくないですし、仮にあったとしても70年以上前のそんなことをゴールデンタイムに放送するような人間が信じられません。

 それはウソだという説に飛びつきたいという気持ちが基本的にあり、草原さんは本当だという主張に飛びつかれたいようです。

 ご紹介くださった青木富貴子女史は青木書店のご令嬢でその青木書店というのはもっぱらマルクス主義などの本を扱う共産党シンパの書店であったこと、常石敬一という学者先生は松本サリン事件で河野義行さんの冤罪を助長する発言をしてしまった人ですが(わたくしは河野さんの講演を聴きました)きちんと謝罪はしたのでしょうか。
 どうもお2人とも眉唾のような気がします。

 アメリカとの取引があったではないかということについては、以下の反論を引用しておきます。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2634.html

「米国立公文書館が731部隊(関東軍防疫給水部)に関する機密文書10万頁分を公開 《731部隊の人体実験・細菌戦の嘘が改めて明らかに》

今まで反日勢力に散々あげつらわれ日本の残虐性の一例として利用されてきた、悍ましい〈人体実験〉をしていたと言われる〈731部隊の作り話〉が、米公文書の公開で明らかになった。
こうして冤罪はひとつづつ晴らされて行く。

731部隊(関東軍防疫給水部)は細菌戦研究はしていたものの、細菌戦を行った証拠は全く見つからなかった。
米国立公文書館は、石井四郎中将を始めとする731部隊関係者の個別尋問記録や、石井中将が細菌戦研究の成果を1947年6月ごろ執筆し米軍に引き渡した事を裏付ける最高機密文書も明らかにした。

ナチス・ドイツと日本の「戦争犯罪」を調査する為、クリントン政権当時の1999年に編成された記録作業部会(IWG)は「人体実験」に留まらず「慰安婦問題」などの悪事を裏付ける文書も必死に探したが、それらを裏付ける証拠は何ひとつ見つからなかった。(つまり1999年以降の調査で「性奴隷」が言いがかりである事はクリントン政権時には既に判明していたという事だ。併し、同盟国 米国は口を噤んでいた)」

 戦勝国であったアメリカはいかようにもして日本を裁くことができたはずです。

 原爆投下に後ろめたさがあるなら、生体実験などは恰好の攻撃材料ですから、データはちゃっかりいただいて日本人の残虐性をあぶりだすためにいかようにも罪状を問えたはずです。
 しかし、731部隊の人は裁かれませんでした。

 自国の歴史の汚点をあくまでも強調されるその科学的というか冷酷な史観はいったいどこからくるのでしょうか?
 しかし、そういう個人レベルの問題ではなく、中国共産党政府の思うツボでかの国の現在進行形の侵略を有利に導くことにつながることをお考えいただきたいと思います。

 わたくしは今回WGIPについては触れておりません。
 それよりも膨張を目論む中国の工作活動とそれに同調する反日勢力の方に注意しなければならないといいたいのです。

 
 

これも洗脳された捕虜のなれの果てのニセ証言、なんですかね?

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 8月20日(日)22時28分32秒
編集済
  もしくは、日本を貶めたい中国人の演技?

【731部隊・元部隊員の証言 1 】
元関東軍憲兵隊 三尾豊
https://www.youtube.com/watch?v=BwubLmSqO7c&list=PL64ADD6CBDE01AD9E&index=1




 

731石井細菌部隊の問題は、大堀さんの大好きなWGIPで、説明できるのか?

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 8月20日(日)18時33分39秒
編集済
  ■森村誠一『悪魔の飽食』に誤情報や、検証されていない写真が含まれているのは、
今日、誰も否定しないことでしょう。
もちろん、NHKスぺシャルの制作スタッフは、その程度のことはふまえて作っているでしょうね。
あの公共放送が、あえて関係者の実名を挙げているからには、
訴訟問題の可能性まで想定して作るはず、でしょうから。

森村のかなり古いベストセラー本は批判していますが、
常石敬一や、青木冨貴子らの著作は出てこないんですか。
(これはオウム・サリン事件の当時、常石が物議を醸した推測コメントとは、また別の問題の事実検証です)

               *


>アメリカの国立公文書館が一昨年、731部隊の機密文書公開しました。
日本軍の所業のアラを探し回っていたアメリカでさえ、731部隊のそんな悪魔の所業は見つけられなかっ たということです。

■米軍が日本の軍事的な細菌実験による情報を得たならば、
出てこないのは当然ではないですかね。
二つの原爆を落としてまで、自国と敵国の犠牲者の増大をストップさせたという、
うるわしい「自由と平和と民主主義」の啓蒙者が、
敵国の機密情報を軍事的に活用することを目論んで、共犯者になっていた―――
という、薮蛇的ストーリーに導かれてしまうわけですから。

その日本では、単なる腐敗汚職の資料となる行政文書ですら、真っ黒けの海苔弁当として出てくる。
もっと老獪で賢い宗主国のアメリカが、軍事関係の機密文書など、出すわけがない。


               ▼

>青木冨貴子によれば、
米国が731部隊員に提示した条件は、以下の9項目からなっていた。

--- 鎌倉会議で取り交わされた9ヵ条の密約 ---
https://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A

1.この秘密調査報告書の閲覧はフェル博士、マックェール中佐、および吉橋通訳とGHQのアメリカ人、
そして石井と約20名の研究者のみに限定されている。
2.日本人研究者は戦犯の訴追から絶対的な保護を受けることになる。
3.報告はロシア人に対しては全く秘密にされ、アメリカ人のみに提供される。
4.ソ連の訴追及びそのような(戦犯を問う)行動に対しては、絶対的な保護を受けるものである。
5.報告書は一般に公表されない。
6.研究者はアメリカ合衆国の保護下にあるという事実が明らかにされないよう注意が払われる。
7.主要な研究者は米国へ行くことを許可される。
8.細菌戦実験室が作られ、必要な経費が支給される。しかし、アメリカ人実験室長の下に行われる
日本人研究者との共同研究はさらに考慮される。研究に基づく特別実験が予定される。
9.アメリカ人だけによる全面的な共同研究は日本の問題に良い影響を与える。アメリカ人とこれらの条件を
決定するに当たり、8以外はすべてアメリカ人の一般的意図に基づく。

さらにフェル博士が発見し、石川太刀雄丸(※)が解説をつけた病理標本8000枚が、
アメリカ陸軍のメリーランド州フレデリックのキャンプ・デトリックに送られた。

アメリカ政府は次のように結論した。

a. 日本の生物戦研究の情報はアメリカの生物戦研究プログラムにとって大きな価値があるだろう。
b.【略】
c. アメリカにとって日本の生物戦データの価値は国家の安全にとって非常に重要で、「戦犯」訴追よりはるかに重要である。
d. 国家の安全のためには、日本の生物戦専門家を「戦犯」裁判にかけて、その情報を他国が入手できるようにすることは、得策ではない。
e. 日本人から得られた生物戦の情報は情報チャンネルに留め置くべきであり「戦犯」の証拠として使用すべきではない。



■大堀氏の見解では、これらの話も「中国人工作員」によるフィクション……ということでよろしいか?
あるいは、ジャーナリスト青木冨貴子とやらは、
"反日中国人が、帰化している"……というお話になるのかな。


>(※)石川太刀雄丸
  (面白い名前ですね)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E5%A4%AA%E5%88%80%E9%9B%84



               *


■また、江藤淳『閉された言語空間』の検閲・情報管制の問題があったことも確かでしょう。
ずいぶん以前に、この板でも、江藤とWGIPの話題は、さんざんやったと思います。
江藤の問題提起は今日でも生きているし、
いまメディアを賑わしている青山や、百田あたりの右派の論客あたりの感情論よりは、よほど上等だ。

ただ、そういう包括的な問題と、個別的な事実の検証は別問題でしょう。
以下の番組が、
「NHKに入り込んだ中国人工作員」による「空想と論理の飛躍が続くばかりの怪奇空想小説」
であるならば、もちろん、NHK批判・解体という問題も出てくると思います。


               *


NHKスペシャル「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」20170813】
https://www.youtube.com/watch?v=CjYC-yoJAeg

■ここに録音された日本の医学者たちの肉声は、
ソ連兵に拷問されたあげくの「嘘」――とでも?
あるいは、共産党に育成された日系の声優さんたちの「熱演」――とでも?

当時の関東軍の「少年兵」が80~90代の老人となり、顔を晒して"人体実験"について語っていますが、
これは、クライシス・アクターの歴史部門担当役者――、なんですかね?


https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586959/index.html


----------------------------------------------------------

【731部隊】wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A
■もちろん、ウィキペディアを持ちだすなんて、
と呆れ返られるのも自由です。


 

fighting without fighting

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 8月20日(日)11時08分50秒
編集済
  わたしの好きな中国人俳優ブルース・リーが〝Enter the Dragon”(邦題「燃えよドラゴン」)の中で言っています。

https://www.youtube.com/watch?v=o_Ycw0d_Uow

 要するに孫氏の『兵法』の「戦わずして勝つ」ことが善の善なる戦法で百戦百勝よりもまさるということです。

 感情の韓国とは異なり、賢い中国は冷静にこの戦法を取って、情報戦によって敵(東洋鬼日本)を撹乱、二分して敵の戦力を弱め、土地の買収や尖閣への漁船団の派遣を通じて気づかれぬ間に日本を中国の自治区にしてしまうのではないかと危惧されます。

 NHKで放映された「731部隊の真実」という番組も中国外交部報道官は大歓迎で、その「勇気」を褒めたたえています。
 こういう番組の影響や効果を考えた場合、制作スタッフの中に工作員が紛れ込んでいるのではないかと疑われます。
 マスコミのフェイク報道は国民も徐々に気づきつつありますが、ネットの普及に期待しているという人が、こういう日本の歴史を貶める番組は諸手を挙げて歓迎し、中国の撹乱工作にまんまと手を貸してしまっていることに気づくべきだと思います。

 これが「真実」ならばまだしも、そもそも今を遡ること35年くらい前に森村誠一氏が「赤旗」に連載し、光文社から出版された「悪魔の飽食」によって731部隊は生体実験をして、細菌戦の研究をしていたという「真実」が世に知られることになったのでありますが、使われた写真の大半が関係ない写真の転用で内容の真偽も怪しくなり絶版となったものです。
 森村氏は「赤旗」記者の「取材」を元に書いたのですが、共産党のプロパガンダ的作品であることはこういう経緯をみても想像できます。
 祖国を憎悪するように青少年に仕向け革命へとつなげようというマルクスの戦略に乗っ取った方法の一環と見られます。

 731部隊の任務である防疫、給水は、緑のない、川に汚物を流していた大陸においては喫緊の課題でありました。
 日本の頭脳を結集してこれに当たったものを、生体実験をして細菌戦を研究していたという濡れ衣を着せて、祖国憎悪につなげ、敵の国論を二分して弱体化を図ろうという意図の下に番組が制作されたのではないかと疑われます。

 アメリカの国立公文書館が一昨年、731部隊の機密文書公開しました。
日本軍の所業のアラを探し回っていたアメリカでさえ、731部隊のそんな悪魔の所業は見つけられなかったということです。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2634.html

「奉天(現・瀋陽)の収容施設で、連合軍の捕虜に細菌実験が行われなかったかを調べたり、日本からの風船爆弾が細菌戦に使われないかを調べたりしたが『当面は細菌戦を想定していない』と結論づけた文書も発見された。
つまり米国が持っていた731部隊に関する10万ページの機密文書には、731部隊が人体実験を行ったり細菌戦を行った証拠は全くなく、戦後に言われた事は全て根拠なき捏造であったと証明されたのだ。」

 731部隊が裁かれたハバロフスク裁判というものはソ連の行った東京裁判のような、勝者が一方的に敗者を裁くショーのようなもので、番組では終戦直後と言っていましたが、正確には1949年12月25日から30日までの6日間行われたもので、終戦から4年以上経過しております。

 捕虜たちにその間「洗脳」教育が行われていたことは容易に想像がつきますが、そんな裁判の証言をNHKは疑いも入れず、決定的証拠として放映しました。

 そしてそれを称える中国外交部報道官、徳島のヘンな夫婦による夫婦漫才ふう市民メディア、掲示板板亭さま…。

 わたしは先人たちが生命を賭して戦った戦争の真実は恥ずべきものではないと信じております。

 しかし、殊更に美化してはいけないと思いますが、しかし、逆に殊更に「醜化」してそれが「真実」の歴史だとしてまかり通るのはどうかと思いますし、戦後72年を経過して機密公文書の公開など本当の「真実」が明るみに出つつあります。

 目的のためなら手段を選ばず、捏造、ゴマカシ、ウソ八百を平気で並べて全く恥じない周辺国があるのも事実で、それを意図的に撹乱手段として使っていることも、お人よしの日本人はそろそろ気づかなければいけないと思います。

 気づいた時にはチベット、ウィグルのような中国の日本自治区となって、漢人に差別、支配され、労役を課され、逆らえば殺されるような悪夢も否定できないことを肝に銘ずるべきだと思います。

 彼らは冷静に、賢く、水のようにヒタヒタと、戦わずして勝つ、fighting without fightingで世界を自分のものにしようと膨張を目論んでいるのであります。


 

お早う御座います。

 投稿者:齋藤康夫  投稿日:2017年 8月20日(日)10時24分44秒
  ★ご無沙汰してます。私は歳をとるごとに年々多忙になるらしいという事に最近気づいてきました。


過日北海道の利尻島へ出かけました。フェリー乗り場のすぐ前に昔からある佐藤食堂に
其処のおばあちゃんが綴った昔の出来事の冊子があります。
何度も此処へは行っていてこのおばあちゃんには何度もお会いしているのですが
今年は店には出ていませんでした。聞くとまだお元気だそうです。
この冊子には 11の項目があります。中でも興味を引いたのは昭和初年頃の『だっちゃ政』
という話です。変わった体質で砂を食べるというのです。頭は逆三角形で目は
細く眼尻が狐のように吊り上がりミミは小さく腕は肩から吊り下げられている
ようでした。やませが来る前に予知能力があったのか『あんぶねぇあんぶねぇ』
と言いながら村中を歩き回ったそうです。おっかあが居ましたが小樽から運ばれるお盆用の果物が
痛むと海に投げ捨てるのを見てだっちゃに食べさせたいと思ったのか海に落ちて死んだという事です。
みる者のいなくなった政は おそらく研究のためか北大病院に行くことになりそこで死んだという事です。
このだっちゃ政の死んだあと北海道大学で解剖したと当時の北海道新聞に載ったという事です。
私も関連を北大の関係者に頼み調べてもらったのですが標本もなにも今は無くなっているようでした。
奇妙な事が世の中にはあるものです。この冊子は今でも佐藤食堂さんには300円で販売していました。
生前の野口さんにこの話をしたところ是非見てみたいと言われたので贈らせて頂きましたが
まもなく病気になられてしまいました。北海道の話になると時雨音羽とか楽しい話題で盛り上がったのが
なつかしいですね。
 

再度、お応え

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 8月20日(日)10時17分24秒
編集済
     群系同人としては、全く仰せの通りです。

   ただ、目下は、関係者あわせての協議、というところなのです。小生個人としても、行政相手に、というより、おおせのように、野口存彌文学の全体に少しでも近付き、継承できるところ、さらに紐といて考究すべきところがあれば、と思っています。

   具体的には、これからの「群系」誌の方向と重なっていくところですが、近代文学の研究誌としてやってきた本誌のありようは、実は創刊同人・野口存彌氏がめざしていたところと充分重なるのではないか、と認識しています。野口氏のお仕事は、坂口安吾や太宰治、堀辰雄、さらには戦後文学など、われわれの既往の研究対象と同じうするものが多いのですが、もう一つ、ご父君・雨情に関係した明治・大正文学にも大きなお仕事があり、これは改めて考えてゆきたいところです。
   野口文学の出発点になった雨情研究は、思わぬ?萌芽があり、それは例えば沖野岩三郎の研究であったりで、究極、大逆事件の研究にもつながり、群系誌でも特集となりました。

    いま、ご親族から電話あり、きょうおいでとのことになりました。



  
 

(無題)

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 8月20日(日)10時05分23秒
編集済
  >雨情研究者の立場からすれば、これが喉から手が出るほど欲しい究極の目標のようです。

■そうですか。
私は、雨情研究者の究極の目標は、優れた研究書や評伝を書くことだとばかり、思っておりました。
野口雨情の記念館や、歌碑は、すでに全国にあります。
いまさら「顕彰」の必要はないでしょう。

われわれとしては、国民的な作詞家としてすでに十分に知られている野口雨情ではなく、
まず「野口存彌氏の文学の輪郭、本質」を明確化することが、
「群系」誌としては、基礎の基礎だと思います。


                        *

>現在、吉祥寺のある武蔵野市は、隣接する三鷹市と比べ、文化的な財産に劣るという事実があり、
商業都市としての性格が強いそうです。
その点でいかに文化的な財をなぢていくかは、目下の武蔵野市の焦眉の課題とにらんでの、この話でもあります。
具体的には現在の武蔵野市の邑上市長が革新系で、これまでも雨情関係の催しにも何度か参加出席され、
雨情関係者と面識があり、彼が現役の市長である今こそ、話を切り出していかねばんということです。
もちろん、ご遺族のご理解ご協力があってのことですが。


■こんなことに、エネルギーと時間を費やし、行政相手に、"期待と失望"を繰り返している間に、
(永野さんご自身も)充実した野口存彌論を書いたらどうなんでしょう。
文学の批評誌としては、それが始まりであり、「究極の目標」ではありませんか。
ハコモノ作りの夢などよりも。
まだ、野口存彌文学については、何もわかってないではありませんか。

>「もちろん、ご遺族のご理解ご協力があってのことですが。」
■ここは現実問題として、最初のハードルにすぎませんね。


 

ご質問にお応えして

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 8月20日(日)09時58分39秒
編集済
    まだこれから協議しようというところなので、ご質問に十全にお応えできるかというところですが、いま考えうるところを回答しておきますね。

>野口文学の研究、野口先生の顕彰をこれからどうやっていこうか、
■研究・批評はわかりますし、それは『群系』同人がやるべき文学的継承でしょうが、
それと「顕彰」はどう違うんですか。

「顕彰」という言葉を出したのは、こうした野口先生のお仕事、業績に対するわれわれの気持ちであって、どこが、 「研究」、どこが「顕彰」と、いま截然と分けられるものではないでしょう。これからの活動の中でそれは自ずと生まれて来るものかと思われます。
                          *


>行く行くは、野口雨情・存彌記念館のようなものの設立までもっていければと、存じているところです
■言葉で書くのは簡単ですが、具体的に「記念館」と言っても、何をどうやるイメージなんでしょう。これは要するに、吉祥寺の現・野口邸の話なんですか?

   先の「顕彰」の究極の具体化として、記念館の設立があると思います。群系同人の立場からは夢のような話ですが、雨情研究者の立場からすれば、これが喉から手が出るほど欲しい究極の目標のようです。具体的には、仰せのように、野口先生の居宅がその立地から候補になっています。雨情の生家は北茨城で、また一時は水戸や宇都宮にも疎開、居住していたことがありますが、先生の評伝にもありますように、大正期に東京郊外・吉祥寺に居宅を構えて以来、ここが雨情の終の住処であり、創作活動の場でした。生活の多くのエピソードもここでありますし、むろん野口先生自身の生まれついて、生育した現場であります。
    現在、吉祥寺のある武蔵野市は、隣接する三鷹市と比べ、文化的な財産に劣るという事実があり、商業都市としての性格が強いそうです。その点でいかに文化的な財をなして いくかは、目下の武蔵野市の焦眉の課題とにらんでの、この話でもあります。具体的には現在の武蔵野市の邑上市長が革新系で、これまでも雨情関係の催しにも何度か参加出席され、雨情関係者と面識があり、彼が現役の市長である今こそ、話を切り出していかねばということです。もちろん、ご遺族のご理解ご協力があってのことですが。


                          *


■野口先生の著作においては、確かに「雨情のご子息・雨情研究家」の側面は重要でしょうが、
それよりはるかに、雨情と切り離した〈個〉としての"野口存彌文学のコンテンツの本質や全体像"を、書き言葉のレベルで明確にすることこそ、
『群系』誌が、真っ先にやるべきことではないんですか?

   仰せの通りです。きょうの会合でも雨情関係者のほうが多く、野口存彌氏の文学に力点を置くのは群系の関係者となりますが、今回は安宅夏夫先生と小生だけの見込みです。

                *
   とにかくやってみなくてはの段階ですが、司会の切り盛りをして、なんとかかたちの出る活動方針を出せればと思っています。具体的には、野口先生の、まず顕彰なので、先生のお仕事の全体的輪郭を、出席の専門家のお立場から、とりあえず、各自のレポートのようなものを出せれば、と思っています。それは、具体的には、群系の次号にでも、誌面掲出できればと存じている次第です。


 

素朴な質問です

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 8月20日(日)06時27分20秒
編集済
  >野口文学の研究、野口先生の顕彰をこれからどうやっていこうか、

■研究・批評はわかりますし、それは『群系』同人がやるべき文学的継承でしょうが、
それと「顕彰」はどう違うんですか。


                          *


>行く行くは、野口雨情・存彌記念館のようなものの設立までもっていければと、存じているところです

■言葉で書くのは簡単ですが、具体的に「記念館」と言っても、何をどうやるイメージなんでしょう。
これは要するに、吉祥寺の現・野口邸の話なんですか?


                          *


■野口先生の著作においては、確かに「雨情のご子息・雨情研究家」の側面は重要でしょうが、
それよりはるかに、
雨情と切り離した〈個〉としての"野口存彌文学のコンテンツの本質や全体像"を、
書き言葉のレベルで明確にすることこそ、
『群系』誌が、真っ先にやるべきことではないんですか?


                *



 ~最後に


■私信、こんなところに出しちゃって、いいんですか?(笑)







 

野口さんの会

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 8月20日(日)00時35分20秒
編集済
     本日20日、野口存彌さんについて、これからどうやって、その文学のお仕事を継いでゆくべきか、話し合います。
一年前の「偲ぶ会」と会場は同じですが、まだ準備会のようなもので、多くの人には格別ご案内を出しておりません(特に会の幹事なども決めていなかったもので)。でも、関心のある方はどうぞおいで下さい。場所は吉祥寺駅南口徒歩5分、丸井の左手奥の、武蔵野公会堂、二階の第一和室です。午後二時から五時の予定です。おいでになる場合でも、特に 連絡は不要です。また会費などもないです。よろしく。
 

あの頃のこと

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 8月19日(土)13時40分29秒
編集済
     野口存彌さん、葉山修平さんを偲び、業績を顕彰しようとする集いが明日と来週と、引き続いて催される。去る者は日々に疎しというが、同じ同人だったひとを、このように思い起こす日があるのは、憂き世にあってせめてものことである。
                                   ○

    iPadが新しくなって、よく見るのは、you  tube。昔の風情、手振りを見るにつけ、いまのわれわれのそれと比較して、ああとため息である。昭和の生活の映像を見ると、確かにクーラーもなく、電子レンジもなく、ましてや携帯・スマホも、当方が重宝しているiPadもない生活ではあるが、此処にはそれ以上の何かがある。当方が念頭にしているのは、いくつかの小津映画であったり、吉永小百合や本間千代子の映画やドラマなどであるが、そうした情調が短くパックされたものが、先だって紹介した、「教育映画 六人姉妹」だろう。観てくれた同人からのコメントもいただいたが、私たちがこの半世紀で何をなくしたか、考えるためにもいま一度その動画を引用したい。
https://www.youtube.com/watch?v=DHMy6WJLyFE

  出演者や、監督など概要はこちら。
http://www.jmdb.ne.jp/1959/ci006510.htm


   むろん映画やドラマは理想主義で作る。女性は美しく、男はかっこいい。それは、観る側に好感を与える基本でもあろう。そしてストーリーも大事だ。観ていて飽きがくるのでは話にならない。
   だが、先ほどの「教育映画」は、まその冒頭だけだからか、一日の始まりを映しているにすぎない。それでも、これには何か共感というか、観ていて好もしい感覚を得る。それは何か。こうした小編にコメントは無粋であろうが、それは「生活」であろう。現代のわれわれからは見られなくなった、あるいは少なくなった生活のひとこま、ひとこまがあるからであろう。

    冒頭のトイレ待ち。家族と一緒の生活なら、多かれ少なかれこうした経験はあるだろう。待ちきれなくなって、隣家のそれを拝借、戦後しばらくの間はそれはごく普通のことだった(男の子の「毎度ありい」もよくあったろう)。出てきた四女は、鏡に向かって「あっちゃん、お早う」と自分にあいさつする(これは女の子ならであろう。男子は言わない)。
    そして発見する、きょうの出来事。なんとアイロンをそのままにして、衣服に焦げを作ってしまう。本間千代子演ずる三女、のむくれもよくあった。ここで感心したのは、よく朝からアイロンかけしているなであろう。やはり女の子、ピンとアイロンの入った制服を着て行きたかったのだろう。それが、この事態。「今日、もう学校行かない!」とむくれるのも、気持ち分かるである。
   アイロン事件は、そも長女に、末っ子を起こして、と依頼があったからだった。大家族の役割ゲーム、それぞれの分担を果たすところにも、生活が見える。
   その長女、母親と一緒に、朝御飯の支度(と妹たちのお弁当作り)。ちばてつやのマンガに出てきそうな理想的なお嫁さん候補(ほんとに美人で、好みのタイプ、と誰もが思おう)。お母さんも、最後にナレートがあるように、「みんなが大好きな」ステキなお母さんである。
    さて件の三女、制服を焦がしてどうしたかというと、次姉の申し出は一度は断ったのに、その一張羅を借りて降りてくる。そのときの笑顔、のちによく見た本間千代子の顔だった。機嫌良くなって、お弁当届けも 自ら申し出る。このとき、長女はこの三女の姿をまじまじ見るが、これも男にはない視点。
    最後に、長女「お父さん、待って」と靴を履くのももどかしげに、父を追いかける。これをエディプスコンプレックスだとバカなことは言わない。稲葉義男演ずる父も、優しく頼もしい父だった。

    肝心の朝餉の場面は省略したが、短いが、登場人物にむだはない。皆それぞれの役割分担がある。(イヌもしっかりそれを果たしている)。各場面に、製作者の意図がしっかり出ていた「教育映画」であった。





    
 

野口存彌先生ご遺族に

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月18日(金)20時12分11秒
 

野口存彌先生ご遺族に

 

  八月なのに長雨が続いていますね。いかがお過ごしですか?
   さて、野口先生がお倒れになって、二年半が過ぎました。このかん、先生を思い偲んだ日々でしたが、つくづく野口先生のお人柄と文学上のお仕事は、残ったわれわれ同人には、ぜひともこの業績を継いでいこうとの気持ちが強くなっていきました。
    とりあえず、雑誌「群系」では、36号で追悼特集、続く37号では、膨大なお仕事の全体を少しでもつかもうと、その著作の【解題】特集を編みました。これは同人始め、内外の研究者の方にもご協力いただいた、同人雑誌では空前の規模のものとなりました。われわれとしては、これを礎石に野口先生のお仕事、雨情のこと、ひいては日本近代文学の研究をさらに進めたいとおもっています。
    こうした状況のなかで、このたび、野口先生のさらなるご著作が、武蔵野書房から刊行されることになりました。  ご著は『昭和の三人の女性作家ー大田洋子・森茉莉・佐多稲子』というもので、この三人の作家については、「群系」誌28号~30号に初出がありますが、野口先生の晩年の新たな境地を開いたものでした。来たる8月20日に、同人参加の感想会を予定していましたが、出版元・武蔵野書房さんの事情で刊行が少し遅れることになりました。それで急遽、20日の日は、野口文学の研究、野口先生の顕彰をこれからどうやっていこうか、という相談・協議の場にしようと、なりました。この日はおもだった人、幹事になるべき人が集まり相談する予定です。
    幹事格の方には、野口雨情の研究者の方もおられます。雨情の童謡や民謡などを野口先生と同様に資料から初め膨大な研究実績のある東道人さん、武蔵野市を中心に三十年以上も歌唱活動を続けてきた武蔵野雨情会の佐藤文行さん、野口存彌さんのご著作を刊行されてきた踏青社の斎藤熙さんなどがいらっしゃいます(その他雨情研究では。北茨城で、野口雨情記念館の館長をされていた清水常光さん。詳細な雨情の年譜を作成された安部憲夫さんなどがいらっしゃいます)。

  野口存彌さんの研究、そこに含まれる、研究の先駆け・動機ともなった雨情研究、ぜひ、これらをいったいのものとして、研究を続けたいとの意思が私どもにはあります。このさい、ご遺族の方にはぜひ、私どものこの気持ちをご理解いただき、ご後援を願いたいと存じまして、とりあえず筆をとった次第です。
   行く行くは、野口雨情・存彌記念館のようなものの設立までもっていければと、存じているところです。
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https://www.google.co.jp/webhp?sourceid=chrome-instant&rlz=1C1NDCM_jaJP700&ion=1&espv=2&ie=UTF-8#q=%E9%87%8E%E5%8F%A3%E5%AD%98%E5%BD%8C&tbm=vid

 

お二人の偉大な足跡を思いて。

 投稿者:管理人 永野悟 iPad  投稿日:2017年 8月18日(金)00時26分30秒
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     長雨がつづく。おかげで酷暑などは免れているが、このまま夏も終わるのかと思うと少しさびしい。

    この夏の終わりに期せずして、大きな足跡を残した二人の文学の先達を偲ぶ催しが続いて行われ
る。一人は、一昨年亡くなった野口存彌氏(1931-2015)で、20日に、雨情研究者や群系同人などが集
まり、これからどのように、その顕彰をしていくか協議の予定。今一人は、この八月が一周忌になる
葉山修平氏(1930-2016)である。こちらは、生前のにぎにぎしさを表すかのように、発起人も名を連ね
て、大きな催しになる予定のようだ(27日)。
    人柄も、その文学も対照的なお二人であったが、残ったわれわれは、何を継いでいったらいいの
か、いろいろ思案するところである。

    特に小生は両方の先生の恩顧を賜った?関係にあるので、故人の足跡の評価はこういうところでは
あげづらい。ただ、葉山修平先生は、母校千葉大学の大先輩であり(国文科第一期卒業生・のち東大大
学院)、学生時代からよく母校に出向き、千葉大の国文研究の学会創設や、文芸誌の刊行などされてい
ろいろお世話になった。教育学部の国語科専修とはよく野球大会もやった。国文科の同窓雑誌編集の
際は、葉山氏の当時の勤務先であった開成高校へ後輩を連れて伺ったのも思い出である。
    が、周知のように、「群系」を創刊して以降は、その人柄と文学において、野口先生に傾いていっ
た。だいぶ前であるが、野口氏の文学研究のご本の出版祝賀会を、その母校である早大・大隈会館で
やったことがあった。父君雨情の文学・人生を論じたご本であったが、その直後に「群系」が創刊さ
れた際、その報告を編集後記に書いたところ、後日知ったのだが、葉山先輩はその記事にたいそうご
立腹だったという。
    なんでも、「早大大隈 会館で」と大学の名前を出したのが忌諱にふれたらしい。(ま当方もそれは
それとして理解できるが、いかんともしがたいことだった)。

   「葉山神話」というものがあると思う。実像はもっと違うものがあるにしろ、あの弁舌、威勢に萎
縮して、いろいろな話、文学の集いがあったのではないか。
    別の意味で「野口神話」も出来つつあるように思う。こちらは、事実と違う意味での神話でなく
て、やはり、人間的にほんとにすばらしい人だったという意味で、神話、というのである。

    勝手な言い草になったかもしれません。当方の僻目と御受け取りください。
 

懐かしのブリティッシュ・ロック

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 8月16日(水)20時05分13秒
編集済
  ビートルズに一緒に頑張ったThe Serchers。
地味でしたがとても良かった。
ヒットした曲のなかでわたしが一番好きだった""When you walk in the room"
1967と2009の二つのヴァージョンですが、音楽は時間を越えます。
https://youtu.be/4XWQCLqab4o

そして
https://youtu.be/GHVTx_MgvVA

楽しそうに歌っていますね。

【歌詞】

I can feel a new expression on my face
I can feel a glowing sensation taking place
I can hear the guitars playing lovely tunes
Every time that you walk in the room

I close my eyes for a second and pretend it's me you want
Meanwhile I try to act so nonchalant
I see a summer's night with a magic moon
Every time that you walk in the room

Maybe it's a dream come true
Walking right alongside of you
Wish I could tell you how much I care
But I only have the nerve to stare

I can feel a something pounding in my brain
Just any time that someone speaks your name
Trumpets sound and I hear thunder boom
Every time that you walk in the room
Every time that you walk in the room
 

合評会は午前11時から。

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 8月16日(水)19時35分22秒
編集済
      土倉さんご提案の、合評会を午前中からということで会場に問い合わせたところ、幸い、空いているということで、午前も部屋どりしました。でも午前9時からでは長丁場、大変なので、午前11時開始はいかがでしょう。
     群系38号合評会
        日時   9月24日(日曜)   午前11時~午後4時半        途中午後1時~2時  休憩       5時からコンパ
        場所   タワーホール船堀     4F  和室1      都営新宿線船堀駅下車 目の前
   合評順序    今回は、最後の方の創作からやりましょうか。その後、特集の論考、最後に、富士正晴大賞の記事を扱うのはいかが?  例の通り、出席者のもの中心にやっていきますが、この板では、どの論稿でも自由に論じて下さい。

                    ○

    なお、来たる日曜日、8月20日は、同人だった故野口存彌さんのご著『昭和の三人の女性作家ー大田洋子・森茉莉・佐多稲子』の感想会をやる予定でしたが、肝心のご本の刊行が遅れていて、感想会自体は、延期となりました。いつやるかはご本が出た後、決める予定です(多分11月以降となりそうです)。
   20日の日は、雨情研究者などおもだった人で、これからの、野口存彌文学の研究、雨情の業績の顕彰をどのようにやっていくか、皆で話し合う予定です。ご著作を予約注文された方など、関係者の方には、世話役の当方(永野)から今日付けでご案内をだしましたが、関心のある方は、どなたでも、どうぞ。
     場所    武蔵野公会堂第一和室  (2階)        吉祥寺駅南口5分     (丸井  左後ろ)
     日時     8月20日  午後2時~5時
 

坂井瑞穂様「那珂川慕情」の読後感ありがとうございます

 投稿者:小野友貴枝  投稿日:2017年 8月16日(水)16時13分15秒
  図らずも昨晩、日テレビB.S「スター感動秘話、我が心の師鳥羽一郎、船村徹」を見てまして、感慨深く、述懐していました。那珂川慕情は、船村先生が同じ同郷のよしみで大変気にいってくださって「歌にするから歌詞を作って来いと言われ」創って、パレスホテルまで持つて行きましたが、話し会いが成立せずダメになったという経緯があります。また、ドーバー海峡は私の友人が関わっていたので、日本の大きな貢献産業でしたので描き、残したかったのです。烏山の故郷、那珂川と一諸に全部取材して書いた内容です。また「東京ステーションホテル」も私の常宿したホテルですので書いておきたかった。「那珂川慕情」、作品を随分応募しましたが、どこにも引っ掛からない、陽の目に合わない、不遇というのか逆境の作品です。可哀相に。友貴枝泣いています。  

やっぱ大恥かいた!鎌田先輩スイマセン。

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2017年 8月16日(水)12時14分30秒
  あんまり、端末の操作に不慣れとか、弁解するつもりはありませんが、青箱の写真を送信できなかったようです。先輩はそのあたりをくんでくれたようでして、すべてを状況証拠のみで理解し、対応してくれたのですね。お詫びとともに感謝いたします。
ですけど牛乳石鹸はそんなめずらしいものなのでしょうか。
月のマークは花王、牛のマークは牛乳、ごく当たり前の存在に思えていましたけれども、これって私が墨田区の石鹸工場の近くに住んでいるせいなのかもしれません。

何とか青箱の写真を空欄に挿入したいものです。
 

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