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スレッド一覧

  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


30万回のキリバン

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 7月24日(月)22時03分39秒
編集済
   もうすぐ、この板のアクセス数は、30万回になりますね。現在、299941回とありますから、明日中には大台になりますね。300,000回のキリバン(切りのいい番号)を踏んだ方はきっといいことがあると、(前に講師として勤めていた高校の)女性が言ってました。理科大出の理科の先生、S先生、ごらんになっていますか?(ま、むろん、見ていないでしょね。

 パーティー次第、幹事や、表彰される方には、見ていただくために送りました。いい会になりそうです。

http://www.shuppan-club.jp/

 
 

回帰

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 7月24日(月)18時50分25秒
編集済
  頭を冷やして一眠り。過剰への掃除から。

掲示板というのは、公開後は双方向で対等な交流の場となりますから、管理人は黒子に変態し、黒子に徹するというもの。黒子が常に表に出てくる舞台も、それなりに一興ではありますが。
個人的なことになりますが、管理人の専権事項を行使したのは、運用を続けられなくなって廃止した時だけでした。発言内容について警告したり制限をかけたりしたことは、一回もありません。違法行為、著しく公序良俗に反すること、スパムは除きます。
運営している立場であっても、管理人としての顔を出さないこと。あくまで、参加者のひとりとして楽しむこと。

発信するにせよ、交流の場を設けるにせよ、伝達の方向性や伝達相手は手段によるところが大きいもの。手段のためには目的を選ばず、という手法もない訳ではありませんが、どうするかは人それぞれ。

これらは、あくまで私のポリシー。回帰する時が来たのでしょう。
 

坂井さんへ

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 7月24日(月)17時37分59秒
  目的か手段かというアプローチでは難しいテーマなのかもしれません。

死という営みがあるということ、目的なのか手段なのか、今はわからない、こういったアプローチが、あるいはあるかもしれませんし、ないかもしれません。

辛いとか理解に苦しむとか一体何だったのか、大きなヒントになりそうで何もヒントにはならない、ということになってしまうのかもしれませんが、過程を楽しんでいきたいですね(微笑)
 

自死は目的か、それとも手段か。

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2017年 7月24日(月)04時27分42秒
  メルヘン書いて翻訳やってた矢川澄子はさいごに首を吊った。
私だったら怖くてできないだろう。20年たってもきっと臆病はなおっていない。
永遠の少女なんて言われてるけど、少女があんなにタバコを吸ったら不良だ。
川端康成の場合は、死は目的ではなく手段だったような気がする。
名前忘れたけど福島県飯舘村の102歳の老人は避難を余儀なくされたのが理由ではなく
最初から決めていたんだろう。予想外にそれが早まってしまったのが辛い。
150まで生きられた可能性だってあるのに。
田宮虎彦も理解に苦しむ。足摺岬のモチーフは一体何だったのか。
 

iPadはいいですね

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 7月23日(日)21時53分9秒
編集済
  三年前までは振り向きもしなかったのですが・・・(笑い)

何を血迷ったのか、三年前の秋、ガラパゴス携帯からiPhoneに機種変更、続いてiPadを入れてしまいました。手にした時の感想は「何はともあれ使いにくい」、タッチパネルが体の感覚に馴染まないのでした。
面白そうですから、馴染まない原因を調べてみることにしました(笑い)。この作業が楽しいんですよね。原因は視覚と指の触覚のミスマッチ、意識して補正しているうちに、意識しなくても馴染んでしまうようになりました。「使いやすくていい端末じゃないか」

(中略)

お世話になりっぱなしだったiPadですが、最近はあまり使っていません。体が机上のパソコン操作に無理なく応じれるようになったおかげです。体が順応できるようになれば、パソコンの方が快適ですから、こういうものなのでしょう。
 

パーティーのこと、関東同人誌の板に。

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 7月23日(日)21時36分1秒
編集済
    パーティーのこと、関東同人誌交流会の掲示板に、書いておきました(こちらで一度消えてしまったので、心機一転、別の板に披露しました)。

http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs
 

 iPadでyou tubeを、その愉しさ!

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 7月23日(日)11時55分10秒
編集済
   ちょっと違う話を。

 新しいiPadを手に入れて以来、操作性も画面もよくなったので、毎日持ち歩き、透析中にも閲覧
している。外出時にもこの掲示板書き込みをしたし(先日の二回)、毎晩就寝時には欠かせなくなっ
ている。
 スイッチオンして、まず見るのは天気予報、またyahoo!ニュース、また掲示板類ですね。此の頃
は関東同人誌交流版以外に、カプリチョの掲示板(根保氏はこちらにかきこみをしている)も時折り
見ます。。

 テレビはほんとに面白くないので、本が読みにくい今は、このiPadが精神の糧(生きる糧)とも
なっている。いやおおげさでなくて、若い人がスマホに夢中になるように、中高年はぜひともタブ
レットに関心を持たれるといい。(スマホも検索できるが、画面が小さすぎる。それと、持ち運び
は、あんがい面倒くさい、またすぐカメラ画面になってうっとおしくてならない。

 iPadでみているのは、前にも書いたようにyou tube。これはiPadで見るのがいちばんふさわし
い。寝転んでみようが、逆立ちしてみようが(?)、体位が自由なのは、デスクトップにないすごさ
である(人間の体幹の構造に合わせた電子機器としては、有史以来のヒットではないか。だいぶ前の
ウォークマン・iPod、も手軽だったが、聴力に偏移した機器でしかなかった。若い人にはいいが、
年配者には徐々に不向きになっていきましょう)。

           〇

 iPadで一番恩恵あるのは、you tubeの鑑賞である。前に「ローマの休日」をリンクしたが、最近
は邦画「キューボラのある街」を観た。ま、吉永小百合のはつらつとした姿に見入ったことでした
が、同年生れ(昭和20年)には本間千代子がいた。昭和30年代から40年代にかけて彼女らは丼
に活躍していたことか。また、「下町の太陽」の倍賞千恵子の存在は、思えば日本映画界に欠かせな
い。初期のこうした青春物の他に「霧の旗」などもあり、なんといっても山田洋次作品によって、渥
美清とともに国民的な俳優となった(寅さん以外に、「幸せの黄色いハンカチ」ほか、「家族」など
の作品も浮かぶ)。倍賞はまた歌手としても大きな存在。「さくら貝の歌」「浜辺の歌」など、彼女
の歌う抒情歌は、われわれ戦後派世代には、心のふるさとであろう(他に芹洋子や白鳥英美子なそ
ど)。
https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E5%80%8D%E8%B3%9E%E5%8D%83%E6%81%B5%E5%AD%90&search.x=1&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=0&oq=%E5%80%8D%E8%B3%9E&at=s&ai=GGraMK7kRh2ie7Z4ZAWhfA&ts=11761&fr=top_ga1_sa

 抒情歌が日本の青春歌だとしたら、その揺籃期、すなわち童謡は心の文字通りふるさとだろう。川
田正子の存在は、この分野ではきってもきれない。昭和21年の「みかんの花咲く頃」、ラジオから
流れるその少女の声に、戦争でうちひしがれた国民の心をどんなに癒したことだろう。彼女の「里の
秋」も実に日本の原風景を歌ったものといえよう。これらには、たしかに子供の視点が歌い込まれて
いるが、単に童謡という枠を超えた日本の人々、風土といった心象風景がある。
https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E5%B7%9D%E7%94%B0%E6%AD%A3%E5%AD%90+&search.x=1&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=0&oq=%E5%B7%9D%E7%94%B0%E6%AD%A3%E5%AD%90&at=s&ai=8437KiPPSyqG7L5T3LvvSA&ts=38039&fr=top_ga1_sa

    *

 思ったのですが、来週の群系パーティーの際、こうした抒情歌など、皆で歌うのはいかがですか?
世代的にも、またまじめで明るい群系の同人とその周りの人にはこれらは受けると思いますが。
(群系の人が「まじめ」というのは、ある親しい外部の人からいわれた言葉で、はっとしました。
ま、野口存彌氏を敬愛する人々ですから、その言葉は当たっていましょう。その方こそ野口信奉者で
したが。「まじめ」といっても、固い、というものとは違いますよ。酒も飲むし、よく笑う。要する
に、ある目標を見つめて屈せず努力していく、という人々の謂い、ですね)。
 
 

群系パーティーまであと1週間

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 7月23日(日)10時27分58秒
編集済
   いよいよ、パーティーですね。剛人の中には、ひじょうに楽しみにしています、のメールも。

(以下、パーティーの準備の概要や、出席者のことなど、相応に書いたのですが、突然「このページ
は表示できません」というダイアローグが一面に現れて、「やばい」と思ったら、案の定、すべて書
いたものは消えてしまいました。二度書く気力はなく、がっくりです。
 掲示板書き込みは皆さん、どうしていますか?やはりWordなどに最初打つできでしょうか。それと
もこまめに「投稿」を繰り返し、していくしかないのですかね)。

http://www.shuppan-club.jp/

 

捨てること

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 7月22日(土)22時53分49秒
  発言というか発信される文章はさまざまですが、意図のはっきりしないものが少なくありません。そういう文章には取り合わないのがいいでしょう。意図がおかしなものや吟味の方向性がおかしなもの、こういった文章が最も多いのですが(大手メディアから発信されているものは、一部のきちんとしたこと以外はほとんどこれですね)、取りあえず聞くことはあっても、透けてみえる意図が不審であり、かつ対話困難であると判断される場合は、深入りしないのが無難というものでしょう。

要するに、捨てるということになります。捨てるのは、自らの意志で取捨選択することですから、きわめて主体的で積極的な営みなのでした。
そして、意志の主体に関して、何か実体がある訳ではなく(漠然とした一定の傾向はあるものの)移ろっていく現象であるのですが、ここを取り違えた(あるいは意図的にすり替えた)争論の多いこと。こういう話になってしまった場合は、捨て時が来たということなのかもしれません。

少し余談。表象は意志とは関係なく現前しますから、久し振りに哲学辞典を取り出してのんびり空想(笑い)、両者を合わせ考察したら『意志と表象としての世界』と言いたいところですが、そう単純には行きません。

ということで、長谷川豊氏の発言は、怒る対象ではなく捨てられる対象、取り合う必要のないこと、というものでしょう。
 

何を言ってもしかたがない?

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 7月22日(土)14時04分1秒
  〉■長谷川豊あたりに本気で怒っちゃダメですよ。

   御意。確かに、こんな雑魚にいきり立ったことは、今更恥ずかしい。もっと根元的なところに矛先を向けるべきで、草原氏、大堀氏、鎌田氏、荻野氏、さらには土倉姉のように、キチンと方向を定めて、意見を言い立てるべきですね。
   皆さんが政治や社会に異を立てるほど、当方は普段は怒りがなく(それだけ温容で?)、いや、知識がないから怒れないのですかね。安倍内閣や、国会議員のしょうもなさも、あきれるだけで、改めて言い立てる気もない。なにを言ってもしょうがない、そうした退嬰的で、後ろ見的な気分は小生の世代の特徴でしょうか。
 

強者、健康、傲慢、鈍感

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 7月22日(土)02時05分5秒
編集済
  ■長谷川豊あたりに本気で怒っちゃダメですよ。
最近の日本における嫌な空気は、自分が「強者」だと勘違いしている連中の、傲慢さ、鈍感さ、弱者切り。
~健康にしても、微妙なバランスの上に成り立っていて、
たまたま当人の身体において、その精妙なバランスが持続しているだけにもかかわらず、
永久にその状態にあると確信して、開き直ったような発言をしている。

そして、ことごとく、この「カン違い強者」は、むやみに代議士になりたがり、
実際に、代議士になったりしている…。

■いつからこんな、おかしな風潮になったのか。
"バチが当たる"とか、"明日は我が身"とかいう想像力が、ないんですね。
バチはおそらく、そのうち、
自分(そいつの心)が当ててくれるでしょうけど。



 

おかしな発言 おかしなメディア

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 7月21日(金)20時23分54秒
編集済
  長谷川豊氏の発言について、仮にそう思うことがあったとしても、言葉として出すより先に勘違いだと気づくはずのことですから、何ともとしか言えません。

人の口は塞げません(フェイクニュースばかりの現状です)から、長谷川豊氏のような発言が大きく出てしまうこともあるのでしょうが、こういった(どうしようもない)発言を大きく取り上げ、繰り返し出してくるメディアの意図はどこにあるのでしょう。
 

「透析患者は、皆殺せ!」の発言について。

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年 7月21日(金)16時10分10秒
編集済
    連日の猛暑ですね。一度でも30度以下の日があるといいのに、先日のヒョウ混じりの雨もその効果はなく終わりましたね。西日本は実に大雨の洪水で多くの被災者が出ましたが、東京はこと、大雨に関してはそれからのがれられられているというか、雨の恵みを被っていないというのか、狭いようでいて、いろいろあるこの国ですね。

                             ○


   しばらく前の話ですが、長谷川豊という元フジテレビアナウンサーのブログ発言には今更ながら頭にきました。いわく、「暴飲暴食をした不節制で透析になった患者は自業自得なのだから医療費は全額自己負担せよ。それが出来ないと泣く患者はそのまま殺せ!ー。
  驚くほどの暴言で無知で、後先を省みないはもので、当然フジテレビを始め関係した仕事は全部降ろされたとのことですが、当然の報いでしょう。ヤツはそのことに愕然としたというが、当たり前のことだということがわからなかったのか。
   フジテレビという在京のキー局にいて、自分の意見表明がどういう影響をもたらすか、こいつは今に至るまでわかっておらず、いまだ「自分の発言は間違っていない」とその頑迷無知を上塗りしているしまつである。むしろ逆にこういう発言(ヤツがいうところの「本音」)の尻馬に乗って、こいつの出演を嬉しがる手合いがいて(ま、そのことで小職の目にも止まったのだが)、各種の番組に出ているようだ。言論の自由だか、馬鹿らしい事態になっている。


   当方は同人の皆さんも知るごとく、透析34年のベテラン、である。当初、あまりにも馬鹿らしいからとりあげもせず、詳しくみてみることもなかったのだが、このバカが今度の衆院選に千葉1区からでるとも知って、無視ばかりもできなくなった。当事者から、こいつのふざけた浅薄な認識を一撃したい。

   ヤツは、主に糖尿病からきた腎不全患者をいっているようだが、当方のような腎炎由来の患者には一言も言及していない(片手落ちもいいところで、取材不足、認識不足)。「一部の遺伝由来の患者を除いて」ほとんどが「暴飲暴食をし」「運動もせず」「医者の言うことも聞かず」「日々ダラダラ節制のない生活をした」挙句の透析だという。確かに近年糖尿病由来の透析患者は増えているが、腎不全の由来に腎炎・ネフローゼなどを考慮にいれていないのは議論以前。患者は皆が皆、長谷川の言うような自堕落な生活をしてきたか。またよしんば「暴飲暴食」をしていれば、そんな人は透析生活も短命で終わる。そんないい加減な患者は少ない。もっと厳粛な目で患者の生、をみろといいたい。透析者の日々は、節制、またそのことに喜びと意義を見出しているともいえる。
   確かに統計的にも糖尿病由来の透析患者の寿命は長くない。当職のようにその前、腎炎患者として生活全般を抑制的に過ごした透析導入前の10年を入れた長い年月を過ごしている例はあまりないだろう。長谷川の言う「暴飲暴食」「自業自得」は、多くの自己節制をして闘病してきた(この言葉は不適切ですが)透析者に失礼であり、そうした仲間の名誉のために言うが、そんなことはありえない。透析患者で太った人はめったにいないように、体重コントロールは基礎中の基礎である。全く尿がふだん出ない以上、飲食とも制限を受ける。

   長谷川の透析の認識は、ある透析施設のセンセイから聞いた話というが、この医者がそうした「暴飲暴食」をして透析になった人が多いと言ったとしたら、どんな医療をしているのだと言いたい。そもそも「患者さんが金ヅルに見える」という、一昔もふた昔も前の金儲け認識をしている透析病院・クリニックがいまだにあるのか。当方がお世話になっている女子医大はそんな発想ではない。我が国の透析医療の先駆けであり、黎明期からそれこそ、崇高な使命感でやってきたのだ。長谷川のようなゲスやそれに話したとかいう金儲け医師ゴロとは違うのである。


   ヤツは「国民医療のため」「日本の将来のため」に発言した、とあたかも錦の御旗を振るうかのように言うが、「国民医療」や「保険」の前に、肝心の「国民」の視点が抜けている。全ての考えの基礎である個人、そうした人間を思う、それを慮る発想がこいつにはないのである。
  「暴言」というより、「本音」であろう。また、そうした本音を、自分は言うことが出来た、言いにくいことを言える人間なのだ、という一種ヒロイックな気持ちになってもいよう。自分しか究極関心がなく、国や国民なぞは自分が論ずるための操作材料でしかない、ヤツの心根にはそんなものがある。民主主義も、メディアの責任なども考えたこともない。
   個人を思わぬ発想はそのままファシズム、全体主義に通ずる。この国の政治の旧態依然、停滞をぬって、こんなやつが国政に出てくるとすれば、いよいよこの国はダメになっていくだろう。

   維新の党から出馬というが、胡散臭い政党が人選で馬脚をあらわした。千葉一区の皆さん、ご注意下さい!
 

村上春樹「騎士団長殺し」感想のお礼

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 7月20日(木)01時14分59秒
編集済
  大堀さんへ

>村上春樹「騎士団長殺し」感想

■ありがとうございました。
まだ読んでいませんが、参考にさせていただきます。
私個人は、村上春樹は、『羊をめぐる冒険』『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
『ノルウェイの森』あたりの印象が強く、ある時期以降の作品は冗長のような気がしていますが、
そのうち読ませていただきます。

~ただ、大堀さんの評や他の書評を見ると、私がタイトルから考えていたのとは、
全然、内容は違うようですね。
発売当時、「騎士団長殺し」という題から、
てっきり、村上春樹は『薔薇の名前』『フーコーの振り子』のウンベルト・エーコのような作品を書き始めたのかと思ったものです。
つまり、1314年3月18日(これは13日の金曜日という都市伝説あり)に処刑されたとされるテンプル騎士団の首領ジャック・ド・モレーを
ひとつの重要な逸話や伏線として、物語を展開したのかと。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AC%E3%83%BC

■ヨーロッパの歴史、精神史において、十字軍以来の騎士団の存在は、宗教は勿論のこと、銀行・金融制度(保険/為替)、
建築史(ゴシック建築)、セキュリティ(傭兵・ガードマン・諜報機関)などに、非常に大きな影響を与えてきましたから。
また、日本人には極めて見えにくい貴族の末裔たちのインナー・サークルにもなっていますね。
これはスパイ小説に独占させておくのが勿体ないくらい、ちゃんと扱えば、かなり、面白い領域ですね。
(その業界の最高権力・マルタ騎士団 =西欧の奥の院)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%BF%E9%A8%8E%E5%A3%AB%E5%9B%A3
■村上作品に、確か「マルタとクレタ」という女性の登場人物がいましたね。

ただ、エーコぐらいの博識さや、思想史的蘊蓄、総合化への構想力がないと、
単なるドタバタにもなりかねません。
ダン・ブラウン著『ダヴィンチ・コード』は面白いのですが、いわば美術史的冒険小説で、
そのネタ本のドキュメンタリー『レンヌ・ル・シャトーの謎』の方が、
遥かに奥深く、高級酒の味わいを感じる。

「陰謀論コーナーはなぜ賑やかなのか?」(カプリチオ10号)
http://kapri.la.coocan.jp/inbou.htm
■このサスペンスを追っていくと、キリスト教の起源や、そのアンチテーゼ、
西洋の神秘主義やグノーシス派などにつながってゆくのですが、
しかし、どうも、村上春樹『騎士団長殺し』の内容は、それとはちがったようでした。

               *

■こちらの方に、勝手にリンクを張らせていただきました。
「カプリチオ掲示板」
http://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs
(不都合がありましたら、即、削除いたしますので、お申し出ください)


 

皆さま、ご自身の作品を持ち寄りませんか

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年 7月19日(水)17時41分6秒
   『群系』パテイーにそれぞれの御著書、また、『群系』以外に作品掲載がある方は、それをお持ちになって受付に置いたらいかがでしょうか・・・『群系』以外の活動状況も知ることになり、お互いの励みになると思うのです。  

宿題提出

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 7月19日(水)13時26分42秒
  村上春樹「騎士団長殺し」感想

 同時代に生きる日本人として感性的に共有できる部分が多々あるためだと思いますが、読みやすく物語が入ってきます。
 落ち着ける静謐な世界があり、これに慣れるとクセになるのか、私は今世紀に入って村上春樹の新刊はすべて買って読んでおります。

 しかし、かつて村上春樹の愛読者だった友人は「もう読まない」と言っておりました。
 好きな酒や煙草を絶つような言い方でついつい惹かれるが身体か精神に害を及ぼすもののような言い方をして「断春」していると言っておりました。
 その真意はわかりませんが、友人が村上を遠ざけようとするのに反比例して私は惹かれていくので前長編作の「1Q84」は読み終わってから、買わなかった友人にプレゼントしたりしました。

 非現実的なメタファーをも登場させて何か本質を模索しているのが村上春樹作品なのだという解釈に乗っかるとすれば、ラストに離婚したと思っていたユズと復縁して誰の子かも判然としないユズの産んだ子と共に穏やかな家庭生活を送るというところに落ち着いていることに模索の結末があるとも思われます。
 東日本大震災も、妻ユズに別れを言われて彷徨した場所はどうなっただろうと思いやる地として少し描かれていますが、村上がインスパイア―されたという震災時に盛んに言われたのは「絆」ということでありました。

 屋根裏に隠されていた「騎士団長殺し」を描いた雨田具彦はオーストリア留学中にナチス要人暗殺の組織に関わり、日本に強制送還されてから、何ゆえか日本画に転じます。
騎士団長という言葉からイメージするのは西洋的な軍服、ナポレオンの肖像画のような恰好をした人物ですが、絵には飛鳥時代の白い装束、先の曲がった靴を履いた「騎士団長」が描かれ、イデアの化身として表れてきた60センチくらいの騎士団長も同じ和装をしておりました。

 飛鳥時代ですから、高松塚古墳に描かれた貴婦人たちと同様の恰好をした人物が描かれていたことになります。
高松塚古墳は石室の中に発見された古代の絵画でありました。
「石室」は小田原山中の雨田具彦の邸宅近くにある祠の裏の直系2m、深さ3mの穴に通じますし、ユズの産んだ、父親が不確かな子の名が「室(むろ)」であったことにも通じているようです。
 村上春樹は物語の執筆を通じて何か本質のようなものを模索しながら行き着いたところは、家族の絆、そして日本の古代飛鳥時代の石室に通ずる古い日本の伝統・文化だとすれば、保守的な私には大変都合がよいのですが、歴史と言えば、雨田具彦の弟継彦は南京で捕虜の首を斬ることを上官から命令され、その衝撃が強かったため、復員してから屋根裏で自殺するということが設定になっておりますが、つまり南京大虐殺を物語の中に村上は挿入しています。
「ねじ巻き鳥クロニクル」のノモンハン事件ほどにストーリーにコミットはしてませんが、ナチスドイツと結託して戦争をし、侵略をして、中国人に対して残虐な蛮行を働いた日本人という意識が作者の中に抜きがたくあるのではないかと思います。
 それがストレートな「日本への回帰」を阻んでいる、ということも言えます。

 わたくしの都合のよい解釈によれば、今後村上は思索と、創作を重ねていくうちに、「祖国日本」という確固とした価値概念に出会い、日本人としての自己に目覚めて、歴史に題材をとった作品を多く描くようになるのではないかと思います。

 68歳では急がないといけません。
そこまでいけば文句なくノーベル賞だと思います。

 アマゾンのカスタマーレビューをいくつか読んでみましたが、イマイチという評価が多かったようです。
 ハルキストは旧作と比較してあれこれ述べるのでしょうが、新参者の私としては、娯楽小説としても楽しめますし、示唆的な部分も多く、続編や新作を心待ちにしたい気持ちです。




 

新しい携帯(スマートフォン)のメルアドです。

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 7月19日(水)11時06分32秒
編集済
  各位
 連日の暑さ、きょうはすこしはいいかな。
 さて、当方のスマートフォンのメールアドレス、やっと作成できました。

   snaganofy@softbank.ne.jp

 電話番号は、070-5593-8062 で、これは通話のみならず、ジョーとメール
としても使えます。よろしく。
                                         永野 悟

 *もうすぐこの板のアクセス数が30万回に達しますね。

  ところで、パーティー会場の下の出版クラブ会館は今年限りで移転してしまうそうです。
跡地にはマンションが建つそうですが、がっくりですね。
(ただ、新規に神保町にあたらしい建物を建築中だそうです。)

http://www.shuppan-club.jp/

 

野口存彌『昭和の三人の女性作家』-発行が遅れています

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 7月18日(火)21時01分29秒
編集済
   野口存彌さんの会(8月20日)の案内状も作って、ご出席予定の人に送る手はずも出来ていま
したが、カンジンのご本がまだできないとのこと。今月の幹事会も無理になったし、30日のパー
ティーのときまでにも間に合わないとのこと(!)、
 少なくとも文学の研究書なのだから、一定の時間がなくては、読むこともままなりませんね。
士気というか、やる気が萎えますね(ま、遅延の事情も当方が電話確認したからわかったものの、先
方にまかせていたら、会じたい、おじゃんだったかも)。6月中に発行予定が、8月初めにはなると
のこと(これもあやしい)。
 版元の武蔵野書房はネットもメールもないですからね、

         〇

 笛吹けど踊らず、ではないが、笛の吹き手もやになりますね。
 

暑い時はクールに

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 7月17日(月)03時49分36秒
編集済
  暑さとクールさの間には、何の脈絡もありませんが。

三年前にサーバーを入れ替えたのですが、応急処置のままでした。いつかきちんと整備を、と考えているうちに三年が過ぎてしまいました。今日の気温は三十四度、出歩くには向かない天候ですから、ちょうどいいというものでしょう。気になっていたところを点検し、手直ししました。ようやく完了、これなら大丈夫でしょう。三年振りに落ち着きました。

落ち着いて何もない一時がいいですね。

余談:PET-CT検査は無事に終わりました。
 

これからのスケージュール

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 7月16日(日)11時31分3秒
編集済
   きょう7月16日は、芸至の例会がありますね。じつは、当初群系パーティーはこの日にしていた
のですが、芸至関係者が来られなくなるな、ということで30日にしたのでした(逆にその日だと不
都合になった方もいられて日程調整は難しいですね)。
 おとつい、会場に行って、横看板のことやツボにさす花など、決めてきました。人数も30~35
人と見込まれます(初めての方は近く「群系会報」など送りますね)。

 パーティーの後は、8月20日に、同人であった野口存彌氏のご本の感想会があります(肝心のご
本、『昭和の三人の女性作家ー大田洋子、森茉莉、佐多稲子』の刊行が遅れており、ご迷惑をおかけ
しております。刊行されたら代金振替済の方から送りますね)。むろん会場でもご本を受付に置いて
おくつもりです。また、38号の合評会も9月24日にあります。さらに39号の締切は10月20
日となっております(編集後記参照)。スケージュールを書くと、ああタイヘンという感じですが、
それぞれご自分の予定にあわせてどうぞ。

          〇

 さて、その野口存彌さんのご本の感想会ですが、編集部としては、これを「野口存彌文学研究会」
として継続的にやっていこうと思っています。場所は吉祥寺駅3分の武蔵野公会堂の和室、会合とし
ては半年に一度例会をもつという案です。細かいことは8月20日の感想会で皆に諮って決めたいと
思いますが、できるだけ、内容的には、群系本誌の特集と連動・同期するようにしたいですね。例え
ば、次号は、明治後半の文学を39号は対象としていますが、その時期の詩歌や思想・社会的な動き
は、野口存彌さんのご本でいろいろ扱われています。『詩的近代の生成ー明治の詩と詩人たち』はそ
のものですし、数ある父上・野口雨情をあつかったご著作も、それらの知識を得るためには恰好のも
のでしょう。社会的思想的なご本は、『沖野岩三郎」が白眉でしょう。
 野口さんのご本は、基本的には群系既刊号にあるものが多いですが、近く、それとご著作の対照表
を作成して、研究会の進行資料としたいと思っています。


 「群系」次号(39号)の特集は、後記にも書きましたように「日本近代文学の展開」として、
38号の「始原」を受け継ぐものとしています。具体的には、言文一致のその後の展開(二葉亭の後
期作品や、またその逆の文語文体作品の検証ー鴎外や一葉や透谷その他)、また基本的には明治全体
の文学的潮流をおうことになるので、浪漫主義から自然主義、さらにいくつかの社会小説。ルポなど
も対象に入れたいですね。具体的には、「不如帰』で結核にかかった出戻りの婦人を描いた徳富蘆
花、「火の柱」などで社会小説の基礎を作った木下尚江、「暮れの二十四日」を書いた内田魯庵ま
ど、また当時の民衆の悲惨をルポルタージュした松原岩五郎『最暗黒の東京』、横山源之助『日本の
下層社会』、細井和喜蔵『女工哀史』(細井は若冠28歳でボツ、書店ではその細君の書も併せて売
られている)。
 

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