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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


鎌田さんへ

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月14日(水)22時44分16秒
   不躾な質問に答えてくださりありがとうございました。

 文科省が悪いのか、政府が悪いのか、マスコミが悪いのか、偏ったわずかの情報では判断できませんね。
 情報発信もできる世の中ですが、見守るしかないというのが現状だと思います。

 トランプのロシアゲート疑惑もよくわかりませんが、アメリカ人講師(トランプ支持)に話を振ってみたところ、フェイクニュースが飛び交ってどれが真実かわからないと言っていました。

 昔は新聞、テレビ、ラジオ、週刊誌くらいしか情報源はなく、それを信じるしかなかったのですが、今は新聞もラジオも信ずるに足りず、ネットを開いてみても多様な情報が飛び交って、information literacyとか言われますが、結局信じる人の発信する情報を信ずるしかなく、その信ずる人があやしくなってくるとこちらの信念もあやしくなって、何を信じていいかわからなくなってくるのが現状ではないかと思います。

 いっそのこと一切の情報を遮断して岐阜の山中深くに隠遁していたほうがよほど健全ではないかと思いますが、山の中の隠棲も思うほど樂ではなく、コンビニ、ファミレス、駅、病院の近い里の生活の方がうるさいけれども樂かもしれません。

 わたしは永遠の「書生」でありたいと自ら思っていますが、政治を語るときは評論家になるのではなく、「國を担う主体者の自覚」が必要であると学生時代教わりましたので、無責任な軽い発言はこの掲示板でも決してしてはならないと自分に戒めております。

 少なくとも私にとっては、この掲示板は実に恐ろしい場で、気楽に投稿などけっしてできず、気を緩めていい加減なことを書こうものなら、たちまちピラニアの餌食になって食いつくされます。

 それですから逆に緊張感をもって書くことができてどれだけ鍛えられたかわかりません。

 またおかしなことを書くかもしれませんが、遠慮なく叱責していただきたいと思います。

 38号の愚作のコメントもして頂いてありがとうございました。



 
 
 

「読書人」紙から、新たな企画

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 6月14日(水)21時06分1秒
編集済
   版元の龍書房経由で、「読書人」紙から、メールがきました。
新たに、WEBで、「同人誌案内」を掲出していくそうで、興味深く、明後日の編集会議でも
話し合ってみようかなと思います。、
 同人の皆さまにも、ごらんいただけるよう、とりあえず、メール文のコピペをしておきますね。

>群系の会
>
>ご担当者さま
>
>
>突然のメールを大変失礼いたします。
>書評の専門紙「週刊読書人」を発行している
>株式会社読書人の内田と申します。
>いつも貴誌「群系」をご寄贈いただき誠にありがとうございます。
>
>この度、弊社の公式サイトへ「文芸同人誌」コーナーを新たに開設しましたので、
>ご案内のご連絡をさせていただきました。
>
>週刊読書人では、毎月「文芸同人誌評」コーナーで
>白川正芳さんの選んだ文芸同人誌を取り上げて紹介していますが、
>多数の文芸同人誌を全て紹介するには紙面に限りがありもどかしい思いも募ってきて
>います。
>
>そこで、新たに週刊読書人公式ウェブサイトに
>「同人誌」コーナー(http://dokushojin.com/doujin/doujin.html)を設けて、
>
>文芸同人誌(文芸、詩、短歌、俳句など)を、発行されている個人・団体さまが
>自らPR できる場をご提供することといたしました。
>勿論、本紙の「文芸同人誌評」コーナーは引き続き継続いたします。
>
>読書好きが集まる週刊読書人ウェブで、御誌をもっと多くの人に見て知ってもらい、
>新たな読者へお届けしませんか?
>
>お申込みの詳細につきましては、以下ページをご参照くださいませ。
>●週刊読書人ウェブ「文芸同人誌」ご紹介要項
>
>http://dokushojin.com/doujin/doujin_boshu.html
>
>
>
>その他、ご質問・ご不明点等ございましたらお気軽にご連絡くださいませ。
>
>
>
>この機会にぜひ、ご検討いただければ幸いです。
>
>今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 

薬師丸ひろ子・・松田優作 ピエロ時代を思い出す・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月14日(水)18時57分22秒
編集済
  ・四十近くなって、行きつけの喫茶店で、チャーハンを食べていると、見知らぬ短大生から帳面を出されて「これに何か書いてください」と言われ、ポカーンとして幼い相手の顔を見上げたことがありました。その子は今、私の短歌の弟子になってます。考えてみると、当時、街の女の子たちに私は有名だったようで、それを自覚してなかったんですね。悪酔いして飲み屋街の小路で路面にひっくり返って寝ていると、通りかかった女学生の三人組が「・・・さん、こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ」と助け起こしてくれたのですが、全然知らない子ばかりなんですが、私のこと知ってるらしいのです。お礼に食事をご馳走しましたが・・。

・ブンヤやってて同人雑誌で小説を書いてたものですから、田舎町の若い高校生以上の子らは、皆私のことを知っていたのですね。今から思えば、多分、<私の悪い行い>も皆噂していて知っていたのでしょうが・・。後から考えると怖いことでした・・。そんな八十年代、薬師丸と勇作の映画を観ると思い出したものです。
・これ、のろけではなく、ホントの話です。田舎町のヒーローみたいなピエロ物語の一端です。それでも、身を持ち崩さなかったのは、仕事が忙しかったからでしたね。今でも町で見知らぬご婦人から親し気な挨拶をされることが多いのですが。

  ・行きずりの子らと連れ立ち飲みに行き夜明けのコーヒー苦くも飲めり  石塚 邦男
 

探偵物語

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月14日(水)08時28分11秒
編集済
  荻野さんからのメッセージはど真ん中。大歩危ではありません(思わず微笑)
松田優作さんといえば「探偵物語」なのかな?お相手は薬師丸ひろ子さん。

薬師丸ひろ子 探偵物語
https://www.youtube.com/watch?v=BJr4sD3QToQ

入院中、iPadでよく聴いていました。ひたすらだるかったですね。

一年前は入院中の話などしたくもないと思っていたものでした。ようやく落ち着いてきたということなのかも(苦笑)
 

映画「それから」の主題曲

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月14日(水)06時57分58秒
編集済
  横から入って失礼します。

◆大堀さんの質問、鎌田さんの疑義と叱責、大堀さんの釈明(?)と本意、鎌田さんの最終(?)回答。かくして議論は推移し「疑惑」を解く方へ進まれました。興味深く読んでおりました。

◆両者の「それから・・・」が続いたやりとり。フイに頭に浮かんだ標記の音楽。(強引です)

ピアノの音がなんとも冷たく寂しく鋭く画面をよぎって行った印象があります。見かけなくなった藤谷美和子さんと亡くなった松田優作さん。素晴らしい映画でした。
https://youtu.be/dWNezqzb3GA



 

大堀さんへ

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月14日(水)06時39分40秒
編集済
  ようやく気づいて頂けたようで、ほっとしているところです。

純粋な質問とかいうのは、どこにもないんですよね。それはそれでいいと思います。そして、答えない場合は答えないことが答えということでもあります。答えようにも答えようのない問いかけというのがありますから。

もともとのご質問へのお答えです。今回は簡潔に。
前川氏が言っていることはおかしい。ブログにしてもメディアで報道されていることにしても、信頼性に欠ける。今は成り行きを見ていくしかなかろう。論じるには情報不足。情報らしきものは、どれも信頼性に欠けている。空想を空想で紡ぐ伝奇物語を紡ぐのが目的であれば、議論モドキを展開するのも良かろうが・・・笑い。今の段階であれこれ言うのは時期尚早なのではなかろうか。それとは別に、山本太郎さんは、政治や行政の仕組みについて、国会議員として基本的な知識を持っていないのではないか(基本的なことについて勉強不足なのではないか?ということですね)、その結果として誰かの操り人形になっているのではないか?と疑わせる発言が多いが、どういうものだろう。私の勘違いであればいいが・・・

こういうことですが、大堀さんはどう感じられますか?

これからも楽しんでいきたいですね。

追記:群系38号で拝見した大堀さんの福沢諭吉論はいいですね。
歴史になってしまったかのような福沢諭吉と慶応義塾が、大堀さんの塾経営という日常と重ね写しに描写されていて、納得させられることしばしば。思わず微笑んでいました。
 

鎌田・草原両兄へ

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月14日(水)02時22分11秒
  鎌田さん

 わたしは全然ワケわからないのですが、純粋に質問して、答えてもらえず、同じように質問して管理人様から回答があると、めんどうだけど少しだけ答えてやるかという感じでお答えいただいて、感謝しつつも失礼な尋ね方だったかもしれないとお詫びしたものを、また「ふざけている」とか「コメントの体をなしていない」とかいわれ、「まあそういうことなのでしょう」と突き放した言い方をされてまったく意味フです。

 何を言ってもそのように悪い方にしか解釈していただけず、もはやお詫びのしようもなく、甚だこまっておりますことをご理解ください。

 草原さん

「騎士団長殺し」読了し次第、感想を述べます。
まだ一巻の途中ですが。
 

戦争を知らない子供たち

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月13日(火)00時42分50秒
編集済
  私たちの世代は、ここからでしょう。

戦争を知らない子供たち
https://www.youtube.com/watch?v=r8hJKdX-a3Q

話を聞いたり文学作品で読んだとしても、結局は知らない(当事者ではなかった)のでした。ここをきちんと自覚しておくこと、ここから出発することが、あるいは大切なのかもしれません。

何を今更、と言われそうですが、当事者でないと気づかないことは少なくありません。

こういう病気になった時に映る風景はこうなのではなかろうか、と現象学的に推測していたものですが、当事者になってみると、微妙なところが決定的に違います。二年前からの大きな収穫のひとつは、あるいはここだったのかもしれません。伝えるには言葉が必要ですが、伝えられる言葉が見つからないのが実際。

気持ちを整理するためには言語化が大切、というのが一般的な常識になっていますが、おそらく逆でしょう。言語化できるようになったところで九割五分くらい整理がついていた、振り返ってのこと、編集を経た後の産物ではないかと思われます。
 

『人間の条件』五味川純平を再読してみたい。

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年 6月12日(月)19時15分20秒
   『人間の条件』を初めて読んだのは中学生の時であったか・・・叔母の女学校時代の同級生が、ある日、興奮して読後感を語っているのに接した。主人公の梶の人間性に彼女は感動しているようだった。私は彼女に憧れていたので、早速買って読み始めた。梶が理想的に描かれすぎとも思えたが、夢中で読み継いでいた。微かに記憶する「戦争体験」が荒々しく輪郭を持ち始めてきた。
 今、『人間の条件』は戦争メロドラマという評価なのだろうか。日本軍の加害者としての描き方。戦争はどうして起きてしまったのか・・・再読してみたい作品の一つではある。
 

新しい観方が何にもないです 戦後文学はほとんど被害者の目線、加害者の立場で書いてない

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月12日(月)16時08分10秒
編集済
  ・戦後文学・・なんて、ちゃらけていると言ったつもりはないですがね。
少なくとも、新しい斬り込み方をしてほしいんですよ。荻野さん。
長々と書いてますが、結局、何もない。なぁーんにもない。公式通りじゃありませんか。
これまでの定説をオウムのように繰り返しているだけじゃありませんか。
文学はもちろんですが、コマーシャルの文言でさえ、新しい切口でないと・・。

・例えば、戦争物の純文学作品に限って言うと、
中国戦線で泣き叫ぶ現地の農民を尻目に、
豚などの家畜を強制徴収した話とか、現地の女を犯した話とか
進軍先で貧しい現地人から食料を強制的に供出させたことなど、
戦後の純文学作家と言われている戦地帰りの作家たちは、
日本軍の残虐を誰一人なーんにも書いてないじゃないですか。
乙に済ました被害者意識・・それを思想という見せかけのオブラートに包んでは書いてますがね。
書いていても、うんざぁーりするほどパターン化した切口で・・。
あるいは、憲兵の残虐行為を憲兵の立場で一人称を選択して書いたものなどなーんにも皆無。・・
おっと・・皆無というのは言い過ぎかなぁ・・どこかにはありましたが・・。

・<戦後文学は幻影だった・・>佐々木基一じゃないが、全体的にはそう言えますよ。
少なくとも、戦争体験崩れの<戦争文学>に限ればね。
戦後文学を神格化してはダメですよ。油断なくほじくって、
疑ってかかって、もう一度検討し直して監視するのが文芸評論の仕事の責務です。

亡くなった英霊に・・なんて言う感傷を胸に抱くだけで完結するのではなく、
もっと、歴史的な本質、日本人の原罪意識、人間の我田引水の性情、常に正義の側でありたい人間の精神の在りどころまで遡行して検討しないと・・。
それを、先輩の定説を金科玉条に信じ込むなど、宗教団体の信者のようにように神様を信じるように、
定説をオウム返しにお経のように唱えるなんぞ、止めたがいい。何事も疑ってかかれ、だ。

・松本清張は殺人犯の主人公の立場で残虐を書いてます。
彼は、日本のドストエフスキーだと思いますよ。
純文学と言われる<戦後文学>は、加害者の立場で書いてないのが最大の欠点です。
なぜ、戦後文学は加害者の立場で書かれなかったのか・・。
読者が怖かったのです。

・「お前はそんなことやったのか」と誤解されたくなかったのですよ。
だから、加害者を一人称にした作品を避けたのです。
被害者の文学は書きやすい。読者の同情を呼びますからね。

・「俺たち、こんな酷い目にあったんだ。軍隊は酷かった」
なんてね。
冗談じゃない。
加害者を主人公にして、加害者の目線で書かなくては。
ドストエフスキーは、加害者の立場で「罪と罰」を書いたのです。

・軍の命令で・・・したとは書いてあっても、
それじゃ、お前やお前たちの仲間の兵隊は陰で何をしたんだ、なんてことひとつも書いてない。
それに比べ、戦後すこしたってから解禁された兵隊物の映画・・
勝新太郎など主演で当たった中国戦線のアミューズメント映画の方が
真実を伝えてますよ。上官の目を盗んで女のところへ忍び込む話とか、
食料を盗んできて、仲間に売る話とか・・。
ところが、そんな面白い映画はyoutubeにはアップされてません。
外国に、特に中国に誤解されたくないからでしょうね。

もっとも、詩人の石原吉郎なんかは、皆が女を買いに出かけるのに
彼だけは宗教的、信条的にそんなことをしなかった珍しい男だったと、
戦友が語ってますけどね。
石原吉郎が、<戦地童貞>だった話は有名ですが・・。
これは、彼の詩を理解する上でキーポイントです。

・とにかく、<戦後の純文学>という幽霊を再検討する時期です。
幽霊が徘徊しているのは、文芸時評の分野でも同じです・・。

  ・海溝を歩いて来たる英霊の姿を文芸の荒野にも見つ   石塚 邦男
 

パーティーmぜひおいでください。

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 6月12日(月)14時07分44秒
   7月30日の群系パーティーの通知が徐々に来ています。出席通知が多いですが、女性のかたが多いです。前回のパーティーもたいへん好評でしたが、今回も同様に満足のいく会合となる思います。まだまだ締切まで猶予がありますが、ぜひおいでください(ご通知をお寄せください)。会場の出版クラブ会館は、50人~100人まで、対応できる広さがあります。いろいろな出会いがありますよ。

 「群系会報」を作っています。これもまだまだ来ていない方が多いですが、掲示板投稿とはまた違った媒体なので、38号執筆者の方はぜひよろしく(お写真、あるといいですね)。

 本誌は、これから雄飛する可能性を秘めています。今回のパーティーが、それを占うものでしょう、水曜に編集会議を予定していますので、これからの予定を詰めていきます。
 

戦後文学

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月12日(月)09時27分42秒
編集済
  第二次世界大戦が「日本でも」終わって今年で72年。原爆投下で戦闘が「強制終了」されてから72年。いっとき(今でもかな?)戦後は終わったという語句があちこちで連発されたが、或る文芸批評家によると「戦後とは一時の戦前状態である」という認識があった。もちろん馬鹿げた妄言であるが、原発安全が神話であるのに比べて平和は凡庸になっても神話にはなるはずがない。(平和ボケと平和の神話は違う)殺戮を正当化しないという単純な理由のそばに、殺戮「兵器」が人間の産物であることから来ている。科学技術はかつては自然を―ガリレオの言うように―「数学的に」であれ自然の自律性を解明して、人間の文明に(最終的に)貢献するものであった「はず」なのに科学の暴走は人間理性の沈黙を促して、現代とは、人間が―自然に対してでなく―人間に対しているという情況になってしまっている、と言明したのは当の物理学者、ハイゼンベルクだった。核兵器による人類の喪失から温室栽培による旬の喪失にいたるなど、たくさん例があるにしても、自分で為して自分で被害者になるから話はややこしい。平凡で単純な話なのにややこしい。(はなしがそれるけど、単純で平凡なトランプがやすやすとパリ協定から離れますと言ったのはこのことだ。)

現代日本の政治状況は重苦しい戦前の情況へのけぞるように復古するのかしないのかという議論はこの板で数多いけれども、そうした論争を俟たずして戦争へ至るかもしれないという危惧の論議もあまたある。同人誌の世界でも編集後記にそうした意見が載せられているのを読んでやっぱりな、と思う。戦争が人間が引き起こした言わば最悪な人災なのだから、それを如何にして人間のものとするのは文学の務めだなと思う。人間が引き起こしたのだから、そうでなくてはならないのではないだろうか?。
数年前に「芸術至上主義学会」例会の後で、批評家竹内清巳氏が「いまこそ戦後文学をとりあげなければ」と語られた言葉がまだわたしの胸に残っている。その言葉は先ほど書いた「戦前復古の危惧」が音を立ててやってきていることを敏感にとらえたものからきているのだ。

戦闘目的で参加した兵士の死と、無名のまま南方にいまだ骨が発見されない兵士の死を比べることに意味はない。理不尽な戦闘死であるからその形態において比較はできないし許されないものである。ただ、意味するところとは、それらの戦争死に文学がその死を全体として受け止め、かつて「戦後文学」が意味したものを受け継いで創作意識の深部に置いて、現在を確認するときに崩しえない認識として在るということだ。プロアマ問わず根本の一つであるということだろうと思う。「そんなこと、あたりまえだ」と言われるかもしれないが。

「野火」(大岡)や「ルネタの市民兵」(梅崎)などの作品では、敗走兵のおぞましい実態を克明に書き連らねられ、そこで起きたことを兵士としてでなく人間としてどのように受け止めたのかが表現されている。大岡を読む者はもう一人の大岡であり、梅崎を読む者はもう一人の梅崎であり、石原吉郎を読む者はもう一人の石原吉郎であり・・・。けっして「感傷」からでなく、「戦争責任の自覚」の無いところからでなく書かれていることは、日本文学史において高く評価されているし(つまり現在的な書物であること、何時の時代にもアクティブであり続けていること)、よしんば定まっていなくても、一介の読者として、わたしはその小説内容に「痛切」を看取する。わたしはその作品に感傷を見いださない。人間としての「痛切」を見いだして思い知らされる。
 

簡単なブックレビュー

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月12日(月)08時29分58秒
編集済
  ちょっと、脇から入ってすいません。

>ただいま読んでいる村上春樹の「騎士団長殺し」も紙吹雪のように
吹き飛んで行ってしまうほどの重い課題を提示されたように思われました。(大堀氏コメント)


■論議は論議として進めていただいて~。

大堀さん、
村上春樹「騎士団長殺し」
読了したら、簡単な書評していただけませんか。
大堀流でかまいませんので。

(…あの、いつもの床屋政談と違って、余計なこと考えなくてもいいですよ……笑。
この掲示板でも、話題の本や、隠れた名著の寸評があっても
よかろうかと思っているだけですから。
論争の緊張感と、文学・芸術サロンの豊潤さがあれば、掲示板としては理想的かと)




 

何を言いたいのか

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月12日(月)04時32分12秒
編集済
  大堀さんからのコメントはふざけた話です。
それ以前に、コメントの体をなしていませんが、そういうことなのでしょう。

「お問いかけしただけ」というのはどういうことなのでしょう。そういうことなのであれば、最初に「そこ、もう少し詳しくお願いします」と言い出す必要など、どこにもないはずです。どちらも上辺の言葉にしか過ぎず、問いかける気など最初からなかったと、後になって言い訳しているだけのことではありませんか。

二つの問いかけのうちひとつに返答してみましたが、コメントらしきものは何もなく、もともとの問いかけとは関係ないことを断片的に口走るばかりです。支離滅裂。そうなってしまうのは、前川氏や山本氏について考えてみる気など、最初からなかったからでしょう。

くだらぬ再返答をしたものです。

追記:6月12日夜、いつもの文体に変更しました。
 

戦艦大和も特攻もまだ良かった

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月12日(月)02時48分4秒
編集済
  ・問題は、無名の兵士ですよ。南方で戦死したと言われている兵士の八割は
ろくに戦いもさせてもらえず、ただ逃げまどった末の餓死ですよ。
ジャングルを幽鬼のように彷徨いながら、ただうろうろして餓死して行ったんです。
戦艦大和の兵士も特攻の兵士も戦って死ねただけ幸せなんですよ。

・戦艦大和も特攻の兵士も明白な目的を持って戦って死ねたのです。
名もなくジャングルで朽ち果てた遺骨もどこにあるか分からない兵士たちにこそ想いを向けなくては。
甘いぞ、皆さん、甘い感傷です。戦後文学のほとんどの作品はは生き残り兵士らの自己弁護です。
被害者も加害者も一緒くたにした下手な劇画のような戦後文学の甘さ。

作者の大半は、戦争責任も問わずに書いてきたのです。
これがどれほど読者に誤解を与えてきたことか・・。

・あえてアンチテーゼです。

 ・感傷に溺れて軍歌を歌ひたる宴会の席冷ややかに見つ  石塚 邦男
 

平成の終わりを生きる我々の使命

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月12日(月)01時58分7秒
   管理人さま、鎌田さま、お手を煩わせまして申し訳ありませんでした。

 懇切にお答えいただき、ありがとうございます。


 鎌田さん。

>問いかけの意図がわからないから返答のしようがない


まったくその通りで悪意のウラがあるような問いかけをしてすみませんでした。

 山本、前川両氏のおかしな部分が決定的に暴かれるのかと思い、純粋に詳しく知りたいと思い、お問いかけしただけの話です。

 思慮のたりない、ふざけたような質問は足蹴にしてやっても構わないと思います。

 その方が「愛」ですネ。


管理人さま。

>戦艦大和出撃にあたって、その時の若者たちには選択の道はなかったのです、後代の私たちはそこのところに想像力を働かせるべき…

>(戦争の)醜悪な部分と、意志の力によって特攻を成し遂げた若者の価値は別だ

>今日では全く消滅してしまった強い意志が、あの荒廃の中から生れる余地があったことが、われわれの希望でなければならない

>戦争の愚劣のいっぽうで、こうした人間精神の光輝を見出すことができる

 「死んで生きる」という重い言葉を、そういう思考を忌み、回避してきた戦後に育ったわたくしたちが、どれほどに受け止め、自らの問題として考えることができるのか。
 しかし、そこから逃げていてはいつまで経っても真に自立した人間にはなりえず、したがって人間としての生き方も何かしら不完全な生でしかありえないような気がしています。

 そういうことをまじめに問うていくこそ文学の使命であると思います。

 一昨年、被災地南三陸町を訪れたときも、死に直面した極限状態の中で展開された人間の高貴を知らされる話がいくつもありましたが、「災害を美談にすり替えるな」という批判もありました。
 「英雄になるより生きのびろ」という意見もありました。

 己の身を顧みずに犠牲となってしまった人々は肉体こそは死滅しましたが、彼らの行為は確かにわたくしたちの心の中に生きています。
 内村鑑三が「後世への最大遺物」の講演の中で述べた結論としての「最大遺物」は「生き方」でした。
 「金」でも「事業」でも「思想」でもなく、「生き方」でした。

 どう生きるか、何のために生きるか、「死して生きる」と言う言葉は、どうかすると浮薄にながれてしまう平成のわれわれを覚醒させるような力があるとともにヒントを与えてくれているようにも思われます。

 ただいま読んでいる村上春樹の「騎士団長殺し」も紙吹雪のように吹き飛んで行ってしまうほどの重い課題を提示されたように思われました。

 使命として、考えていかなければなりません。
 

血圧の思い出

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月11日(日)21時56分19秒
  荻野さんより
>(ここで測定したら血圧が160でした。うううっ、気分が悪いはずだ…)

二年前までは110/70くらいでした。

ところが、一年半前に治療が始まってから、ウナギにはなりませんでしたが、少しずつ血圧が上がっていきました。

主に使った薬。抗がん剤五種類、抗体薬一種類、大量のステロイド。添付文書を読むと、副作用には高血圧の記載。ずっと残ることもあるみたいですね。

入院中はぼけっとのんびり過ごすだけでしたから、高くなっても140/90くらい。退院した後で跳ね上がりました。180/120ですか?自分の血圧じゃないみたい。主治医「無理に血圧を下げずに経過を見た方がいいと思いますから、経過観察としましょう」私「そう思います」

おかしなたとえですが、治療中というのは人工衛星打ち上げ時みたいなものかもしれません。打ち上げ成功というのは無事に治療を終えたということだけ。次の三つの過程が重要になります。三つの過程を無事に経て、ようやく人工衛星として機能することになります。

まずは全体の機能確認。意外と損傷は多いもの。

次は遷移軌道への移行。
打ち上げられたままでは目的軌道に入っていませんから、目的軌道へ遷るための軌道に入ります。地上の車や船や飛行機みたいにサッと軌道を変えることはできまんし、無理に変えようとすると機体が崩壊しますから、繰り返しながら少しずつ目的軌道に近づいていきます。そのための軌道が遷移軌道。

最後は目的軌道への移行。
遷移軌道をめぐっていると目的軌道と交わる時がやってきます。そこで止め、目的軌道に安定させること。これができてようやく、人工衛星となるのでした。

どちらも秒速10kmの世界ですから、相対論的効果を補正したオペレーションをしないと、とんでもない方向に。

退院してから一年くらい160/90くらいが続きましたが、変化していく時は血圧にもエネルギーが必要というもの、気にしない、とのんびり(笑い)

最近は140/80くらいです。これなら経過観察で問題なし。
いずれ130/80くらいに落ちつくのではないかと思っているところです。更に下がってしまうと別の問題が出てきますから、細かなことは気にしない。配慮はするけどね(微笑)
 

山本太郎と前川喜平

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月11日(日)20時00分38秒
  永野さんから大堀さんへ懇切な返答がありましたから、少しだけ再返答です。

どちらも政治と行政に関わることですから、専門の学部で学ばれた大堀さんの方が詳しいはず。「それは違うのではないか」とか「このように見た方がいいのではないか」等の指摘であればともかく、「そこ、もう少し詳しくお願いします」などと丸投げするような逆問いかけはいかがなものか。こういった丸投げ逆問いかけをしてしまうと、議論にならなくなりますから、真面目にきちんと議論しようというのであれば、こういうことはしないもの。

要するに、問いかけの意図がわからないから返答のしようがない、ということに過ぎませんが。

こういった問いかけは、どのように返答しても返答になっていないと反主張できる論理構造を内包していますから、取り合っても仕方ないのでした。

前川喜平氏のブログについて少しだけ。
記事の構成と内容に疑問を持ちませんでしたか?
表向きは個人のブログですが、公的な立場を表明しておいて言及するような事柄なのかな?というのがまず不審ですね。何か主張したいようですが、根拠については巧妙に隠されています。
これでは意図が全く見えませんから、そういったお話にお付き合いしても仕方ありません。勝手に言っておけば?関わる必要を感じない、といったところでしょうか。

ですから、今回の件は告発(準告発)めいていますが、肝心なことは何もわからずに終わってしまう可能性が大きいのではないかと考えていたりします。

(山本太郎氏については省略します)

とは言っても、言論の自由は、やはり大切なことですから。
 

「死んで生きる。わが日本の再生はそこにしかない」とは

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 6月11日(日)17時35分31秒
編集済
   大堀敏靖さんの6月11日(きょうですね)のご質問にお答えします。

>「戦艦大和ノ最期」に出てくる、ある将校の言葉を、戦後の、いまの日本人はいまいちどかみしめ
るべきではないか。
-「死んで生きる。わが日本の再生はそこにしかないのではないか」(「臼淵大尉の場合」 )
 重大な示唆を含んでいるように思いますが、ボンクラ(でんでん)頭にはよくわかりませんので、
わたくしレベルにもわかるように今少し詳しく解説していただければ幸甚に存じます。

お答え
 これこそ、文学の言葉だと思います。受け止めはそれぞれでしょうが、この示唆深い言葉から何を
受け止めるのか、生き方を決めると思います。
 ー「死んで生きる。わが日本の再生はそこにしかないのではないか」
 文字通りに受け取ると、「死んで」しまったら、元も子もなく、「わが日本の再生」も何もないの
ではないでしょう。しかし、戦艦大和出撃にあたって、その時の若者たちには選択の道はなかったの
です、後代の私たちはそこのところに想像力を働かせるべきでしょう。
「死」しか選択がなかった。死ぬことはどんなに大義をかざしても、生に反する道ですから、「再
生」もなにもありません。だが、「臼淵大尉」は部下に向かって、「死んで生きる。わが日本の再生
はそこにしかないのではないか」ー。「死」と祖国の「再生」という背理をあえて口に出して言い聞
かせたのです。これは、隊員たちにだけでなく、後代のわれわれ(いわば読者たるわれわれ)にも響
いてくるものがあった、そういうメッセージとしてあったのではないか、ということです。これはつ
まり、こういう戦争の犠牲(死)のもとに、後代の「再生」がはかられるのだ、つまり、生き残った
ものの使命がそこにあるということでしょう。

 戦争文学の読み方は、いろいろな箇所で感じられます。当方が感じた、戦争のもっとも先鋭的な
シーン、すなわち「特攻」について、ある戦争作家が書いていた印象的な箇所を思い出します。

 それは大岡昇平「レイテ戦記」のある章段における記述です(十 神風)。
 「……悠久の大義の美名の下に、若者に無益な死を強いたところに、神風特攻の最も醜悪な部分が
あると思われる」。
 大岡はこの醜悪な部分と、意志の力によって特攻を成し遂げた若者の価値は別だと考えています。
 ――今日では全く消滅してしまった強い意志が、あの荒廃の中から生れる余地があったことが、わ
れわれの希望でなければならない」-。

 当方は、大江健三郎の大岡への賛辞の中からこの言葉を印象的に受け止めたのでしたが、戦争の
愚劣。のいっぽうで、こうした人間精神の光輝を見出すことができるのでした。
 戦争文学は、悲惨、愚劣、それらへの怒りだけではなく、政治的な対峙、それに対しての政略、戦
略、戦法・技術、人間の胆力、勇気といったあらゆる人間の側面をみることができます。

         〇

 大堀さんの、後半の次の酔いかけは、同人の皆さんに関わることで、この板で、¥いろいろ議論し
ていってくだされば、と思います。

>それから「群系」の今後の展望の中で、プロの批評家も加わってもらって、時代に発言していく商
業ベースに乗っかっていく文芸誌を志すということですが、そうすると素人の拙い作品はどうしても
除外されたり、遠慮したりすることになっていくと思いますが、「最低限確保する」ということは、
やはり素人の手作りの同人誌というものではなくなると思いますが、やはりそういうことなんでしょ
うか。
 群系がますますネームバリューをもって発展していくことはもとより望むところで、参画できた人
間として誇りに思うことですが…。



 

あ、波取り記者だった

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月11日(日)12時36分12秒
編集済
  失礼しました。
私の誤読です。「波取り」記者でした!
湘南もサーフィンも、関係なかった。(笑)

つまり、「政権との間に、余計な波風を立てないように忖度して記事を書け。さもなきゃ、人事で潰すぞ」
という社内調整の意味ですかね、これは。

内閣人事局や、最高裁事務総局人事局(ヒラメ裁判官養成ギプス)と、まったく同じ構図だ。
すべては、人事でコントロールして、出世や更迭を左右して、"鵜飼い"状態。
C'est la vie.
~これが日本の民主主義か…。



 

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