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スレッド一覧

  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


群系ホームページ 新版

 投稿者:管理人 iPad 1117  投稿日:2018年 3月16日(金)15時05分29秒
     またまた天気が悪うございますが、当方はご機嫌!なにせ、この三年の懸念であった新しい群系ホームページ、それをインターネット上にアップすることが出来たのですから。
   30分待って、電話相談したら、要はサーバパスワード、というものはコピペではなく、いちいち手打ちされた方がいいとのこと。やってみたら、なるほど、一発。何事も先達はあらまほしこと、うまくFTP転送出来ました。
    下の新URLでご確認下さい。このレンタルサーバーは、100GMの容量があって、いま現在16MB。これから写真やその他資料がいろいろアップできます。ご期待下さい!

http://gunnkei2.sakura.ne.jp/

 
 

加計学園も「書き換え」指示

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 3月15日(木)21時51分36秒
編集済
  ■この今治ネタ、
国家戦略特区の議事録の「書き換え」指示の主体は、内閣府だとか。
狂ってますね。
これ、ほんとならば、
~もう、終わりでしょうが、この政権。


【加計問題でも改ざん疑い=野党指摘―今治市文書、内閣府は指示否定】
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180315-00000130-jij-pol

>改ざん疑惑は週刊誌報道で表面化した。問題となっているのは、今治市が2015年6月8日付で作成した
国家戦略特区ワーキンググループへの参加報告書。同市は2度、市民の情報公開請求に対してこの文書を
開示した。「議事要旨」部分を比較すると、16年12月に大半が黒塗りで開示された際は約2ページ半だ
ったが、17年8月の開示分では1ページに短縮されていた。

■そもそも、国家機密でも軍事機密でもないものが、
平然と当たり前のように「黒塗りで開示され」てしまうこと自体が、
もう、オカシイでしょう。
政治家・官僚が、意図的に国民に過去を検証させないのは、民主主義の根幹の破壊行為。


              *


■いや、こんな向かい風のピンチの時こそ、とっておきの手があった。
オウム死刑囚13人を、一斉に、死刑執行しろ…。
~まったく凄い「政治」手法ですわ、いつもながら。

財務省職員も、この後、何人「自殺」させられるんでしょ。
それって、忖度自殺?
あるいは、忖度殺人?


しかし、考えてみりや、
現行憲法を「みっともない憲法」といって馬鹿にしていた政権が、
(その枠組の上に乗って、総理大臣の地位が保証されているくせに)
公文書など、まともに尊重するわけがない。
ということは、安倍内閣の正体とは、近代国家以前の政権だった。

そんな幼稚園政権に、何年間も日本国民は、大真面目につき合わされてきただけの話。
なーにが、「愛国」だよ、
なーにが、「反日」だよ。

タケナカ、アベ時代を早く終わりにしなければ、もはや、日本沈没。
隣の国の李明博も、いよいよ司直の手が入った。
李明博大統領のブレーンだったタケナカ・ヘーゾー、
最近、夜、ぐっすり眠れているのかな?

ひょっとこボルサリーノ麻生も、
あまりに体裁が悪くて、
G20には、出たくても、出られないんじゃないんですかね。



            *


YouTube動画界の「水戸黄門」
総統閣下シリーズ
【総統閣下は財務省の決裁文書改ざん暴露にお怒りのようです】
https://www.youtube.com/watch?v=ZMN641ejDF0

【総統閣下は朝日新聞に完全敗北しそうでお怒りのようです 】
https://www.youtube.com/watch?v=gAyHuDQVHng

しかし、元同盟国とはいえ、
こんな無能な、自分よりはるかに格下の安倍晋三ごときになぞらえられて、
後世に恥をさらさなければならなくなったアドルフ・ヒットラー氏に、幾分、同情いたします。

              *


【田中真紀子の安倍政権批判/ 外国特派員協会にて2018  3/14 】
https://www.youtube.com/watch?v=A5fKLF47Zsc
 

いったい、どうなってんの??

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 3月15日(木)11時54分23秒
編集済
  ◆嘘を隠す為に嘘をつくと、どんどん矛盾が膨らんで多数になり最後は崩壊(自白)ということになるのは、誰だって知ってる。ましてそういうことを立派な「大人の政治家」がしていることを、中学生・高校生から質問されたら教師はどう答えてよいのか。恥ずかしいことだ。教育界ももっと批判すべきだろうなと思う。確定申告でさんざん嫌味を言われている税務の人たちも、ね。決済文書を「改竄」しろと指示したのは、安倍首相と麻生財務大臣であることは、推定ならずとも明々白々であることがよく見える。一介の官僚が(勝手に)改竄できるはずがない。

◆それから官僚が自己保身を図るということがよくわかるのは、近畿財務局が改竄前の決済書類にすべてのことを書き連ねていることだ。後で責任問題になっても言い訳ができるから。すると首相夫人が「良い土地ですから云々」の記載について、安倍君が奥さんに「そんなこと言ったの?」「いいえ、言ってません」と質したことから、だから関与していないという予算委員会の発言が、またまた嘘の上塗りであることが知れようと言うものだ。こんな児戯に等しい隠し工作しても「アウトはアウト!!」「逃げようとしても逃げきれない」ことが露骨に知られる。ごめんなさい、で終息し得る筈もないことが、あの連中にはわからないのかな。

◆なんという日本政治の腐敗構造。もっと問題なのはそう言うことを許している日本会議と自民シンパ以外の7割の国民だ。

◆しかし、何度考えても理解できないのは(元財務官僚たちがテレビで困惑した顔をして”あり得ない”とため息混じりに言ってるけれども)、国会で審議される資料がいとも簡単に改竄されるということと、朝日がスクープしなければそのままほっかむりできた、ということ。なんと恐ろしい。

◆そして最後に呆れてしまうのは、独立行政機関の会計監査院が二つの決裁文書があることを知って監査したという、酷いおまけ。なんじゃこりゃ。自分の仕事にプライド、無いのかな。なんと言いますか。呆れるを通り越して倒れそうだし、坂上忍君ではないが、もやもやして気持ちが悪い。毎日が気持ちが悪い。
 

群系新ホームページ作成へ

 投稿者:管理人 iPad 904  投稿日:2018年 3月14日(水)16時43分46秒
編集済
     いやあ、国会では森友問題で大変で、テレビのワイドショーも、いつもは不倫問題でわさわさの番組もこの問題を扱わざるを得ない状況。芸能ネタなら話いっぱい出来るパネラーも勉強してとにかく精一杯話そうと、とりあえず力んでいる。
   この問題には小生、まったく関心がなく、同人のご投稿に期待するしかないが、そもそも籠池とかいう、話っぷりからもイカサマな奴が学校を設立しようという魂胆からして怪しいし、それに応じる政府・官僚もあやしく、バカ殿と悪代官のコンビなどは心ある人は誰も信用していない(先日、菊田義孝氏甥の上條氏とそのご友人に会ったが、彼も「安倍麻生のバカが!」と憤懣を漏らしていた)。一番問題なのは、こうした不正を許す温床、国民の無関心であろうし、また野党もこんなときに敵失に乗じて勇んでいる姿であろう。
    時あたかも、米朝会談を前にティラーソン国務長官が電撃解任された。トランプのバカとロケットマン・金正恩の幼児が後見役もなくして、どうなるか不安要素が一気に高まった。相変わらず日本は、国際情勢からは置いてきぼりだろう。まさしく、政治の要がわかる人材が欠けているのである。

          http://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs

          https://twitter.com/Beautynagano

                                   ◯

    前のパソコンクラッシュ以来、三年も群系の新規ホームページが作成出来ないでいました。HPのサイト作成自体は大方出来ているのですが、それをネットにアップすること、いわゆるFTP 転送でデッドロックに乗り上げていたのです。同じドメインだと、前の群系ホームページを上書きしてしまう、その恐れがあって、プロバイダが提供しているURLでアップするわけにいかないと思っていたのでした。ふつうに考えれば、そのプロバイダに連絡、相談すればいいではないか、とお思いでしょうが、昨年の夏にコンタクトして、それがうまくいかなくて暗礁、以来今まで出来なかった。なんせ、電話相談は基本的になくて、転送のためのFTP サーバー名、FTP ログイン名、パスワード、転送先フォルダ名を得るために、メール問い合わせするのですが、その際にも会員ID、パスワードのみならず、ドメインとか、いろいろ書き込みが必要でした。とにかくそのプロバイダには各種のサイトがあり過ぎて煩さで、どこをクリックしていいかわからないほどでした。もう、ホームページ作成に詳しいひとがいれば一発でしょうが、自然、この問題から遠ざかっていたのでした。
    しかし、問題に光明が差したのは、ホームページ作成のソースネクスト社の方から、使用のソフトのニューバージョンが格安で手に入ります、というメールが来たからでした。数千円する改訂版がなんと980円。安過ぎですが、これは乗るしかないと思って、ダウンロード、インストールしたのでした。見事、new version(ホームページV4)が出来たので、これはプロバイダ転送をもう一度やってみようと思って、しかく試みたところ、なんとか目処がつきました。いま外ですが、このiPadでいろいろ検索、入力して、何とかFTP転送入力にこぎ着けたのでした。家のパソコンでは出来なかったことが、このiPadではできました。今から家に戻って、デスクトップを開きましょう(こちらのアドレスにメールが行っているはずです)。やれやれ。ここまでお読みいただいたことにも感謝!です。
 

「任命責任」の意味をナンセンスにしたい馬鹿殿・悪代官揃いの現政権

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 3月13日(火)20時28分14秒
編集済
  【ノーカット/ 麻生財務相が会見、佐川長官辞任を説明 森友学園問題 】
https://www.youtube.com/watch?v=mRW8_LIvvck

■ついに、佐川切り。
丁寧な説明をしなかった責任?
あのバカ殿夫婦を守るために行った国会虚偽答弁の責任でしょう。

しかし、西川きよし似の佐川は、
保身・出世と引き換えに、安部晋三や、安倍昭恵や、迫田英典の尻拭いをさせられて、
国会で(西川きよし同様)目玉をむいて嘘をつきまくっただけの話。
~おかげで、素敵な豪邸を購入できたらしいけど。

肝心の現実の背任行為「公務員としての国民全体への奉仕ではなく、憲法で禁じられている一部への奉仕」を行ったのは、
西川きよしモドキの(~しつこいか~)佐川宣寿ではなく、
安部に近づくことで栄達できた前任者の迫田英典であり、彼が理財局長をやっていた時期の出来事ですよね。

■ひょっとこボルサリーノ悪代官の麻生は、「書き換え」と言い、マスコミもそれに追随するが、
まるでオスプレイの墜落・大破を、「着水」と言い換えるようなもの。
それに、佐川宣寿の国会答弁に、つじつまあわせするために公文書のほうを書き換えたと、
シレーッとしていっているけど、
公的な決裁文書を、後に、虚偽答弁に整合させるために、ご都合主義的に書き換えるとは、本末転倒もいいとこだ。
「書き換え」ではなく、事実の隠蔽のための意図的な「公文書変造」でしょ、コレ。
その実行犯・指示者は、「公文書偽造」と同様、一年以上、十年の懲役刑に値する違反行為、なんですと。


森友公文書 指示・了承も刑法抵触の可能性
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201803/CK2018031102000124.html


■しかし、「公文書変造」以前に、
開示請求のたびに、毎回、恒例のように提出される黒塗り文書・のり弁文書に無感覚、無関心になって、
まともな感性がすでに麻痺して、怒りを忘れてしまったわれわれ国民も、そうとうに悪い。
~というか、安倍晋三に引きずられて、日本人は、色んなレベルで、退化してしまった……。
 

野党の野望(?)

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 3月12日(月)07時17分17秒
編集済
  「ことは財務大臣の責任問題にとどまらない、政権全体の問題だ」「退陣に追い込む」と野党の人々は言うのだが、あんまりそういうことを声高に言うのは止めたほうが良い。総辞職とか背任問題などは”結果”として「ついてくる」もので、こんな鼻息荒い発言を聞いていると国民の良心的な層の人々は「また権力争いか・・・」と誤解するかもしれない。森友文書の書き換えは日本政治の根幹を揺るがす問題。言わば暗黒の部分。そこを徹底解明するべく追及すべきなので、政権奪取第一などと疑われてはいけないように思う。  

解釈と解説 ありがとうございます

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2018年 3月11日(日)22時21分55秒
  前の書き込みで不躾で失礼な発言もありました。訂正はいたしませんがこの場でお詫びします。
ご指摘にありますように私には他人を美化し、更には斜に構えるところも確かにあります。特に中原中也に関しては、身内を失う不幸を経験した者が他者をぞんざいにする筈はない、という先入観に支配されていたようです。同じ詩人でも森崎和江ならば考えられないでしょうが-----
中也の酒乱、狼藉はよく知りませんでした。しかしそれが本当なら薄幸夭折詩人といえども、やっていることは私と変わらないじゃないか、という結論になります。
夜も遅いのでくどくど述べませんが、今後群系サークル内で本格的に活動するべきかどうかにも関わってきますので、すこしは真面目に考えてみようと思います。
 

誤読・デフォルメ・解釈

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 3月11日(日)21時12分22秒
編集済
  ■坂井さん、おひさしぶり。
コメントありがとうございます。
~いや、「小説」ということはいってないんですよ、中也は確かに。

「群系」本誌での文章のように、堅苦しく「引用」したわけではなくて、
掲示板では記憶を多少デフォルメして書いてますからねえ。
即興というか、インプロビゼーションというか。
でも、中原が太宰の小説を否定した(ここは、やや創作が混じっている)ことより、
花の名前を間違って記憶していた(こっちはほんとにスミレだと長い間、思っていた)ことにフォーカスした方が、
分りやすいし、春らしくてネタになりますからね。

               *

>私がひとつ解せなかったのは、桃か菫かの問題ではなく、前後関係からしてヒマワリでもチューリップでもたんぽぽでも問題は無く
、二人の会話からくる印象度であったのです。
草原先輩が引用した会話文からくる中原中也が(私の不勉強もありましょうが)抱いていたものと別人のように感じたからであります。
つまり、18歳当時の美少年の姿と山羊の歌に代表される詩のイメージ、中原中也の印象を一気に瓦解させてしまったからなのであるのです。

■中原中也のキャラの実像は、そうとうに、エグイですよ。
飲むと、酒乱に近いし。
少なくとも、立原道造のような優等生キャラではない。

裕福な青山二郎が酒代を持った、いわゆる「青山学院」の集まりでは、
中村光夫の頭をビール瓶でバシャリと殴ったり、
大岡昇平にしつこくからんだり、
荒れまくったあげく、堪忍袋の尾を切らした小林秀雄に組み伏せられて、両腕を押さえつけられたり…。
まあ、詩人の無頼派みたいなもん。
その意味では、破滅型の太宰の感性と、近いのかも知れない。
ただ、陸上競技で鍛えたガタイのでかい坂口安吾のように体力・腕力は、なかった(笑)

しかし、中原が一種のカラミ系の酒乱だからといって、
詩の内容や、言語表現の質や価値が、変わるわけでもない。
(…逆に言えば、いまの物書きは、養殖魚のように、おとなしすぎる。議論も徹底しない)

■作家や文学者、芸術家の個性がなぜ面白いかといえば、
自己破壊と自己創造とを交互に行う精神のダイナミズムを生涯持っているからですね。
このテーマは、ドイツ・ロマン派の批評家F・シュレーゲルの説なのですが、
文学の魔に憑依された人種は、理想に憑かれる一方で、
それを破壊的に見る醒めた目を持たざるをえない。
これがいわゆるイロニーというやつ。
過剰な想像力が、さらにそれを強いてしまう。

だから、通常の生活者の人格と同様に、善悪を云々するよりも、
ミクロコスモスを生むという、表現の発射台としての不安定さも考慮して、
作家・詩人の不穏な人格を、見るべきだと思います。
誰も、ドストエフスキーや、G・バタイユや、ジャン・ジュネに、人格者や、好人物を期待しない。

もっとわかりやすい例をあげるならば、文豪・漱石像と、
身近な家人の証言による癇癪持ちの孤独な狂人・漱石像の落差ですね。

               *

■大岡昇平によると、中原にはどこか、"気味悪い"ところがあったようです。
おそらく坂井さんは、イメージが瓦解するほど、中也を美化していた。

それはともかく、じつは二つ目のコメントで言いたかったのは、
ほんとうは「~しょせん、誤読を大道芸にする道しか、ありません……」という
自嘲をまじえた開き直りなのであります。

純文学や同人誌が、閉鎖的な家元制度のように密室化され、
あるいは文化的な研究の対象としてしか生き残れない伝統芸能として珍種化するより、
下北沢のストリート・ミュージシャンのように、
コンクリートの路上でも生延びていくためには、どういう発想が必要か。
まあ、大真面目にいえば、そういうことになります。

これは、「正解」などあると思わずに、
皆さん、大いに誤読しましょう、自由に誤読いたしましょう、
誤解釈してしまいましょう、いっそ独創的な誤読をいたしましょう、という誤読のススメ、
あるいは誘惑でもあります。
そこまでは書いていないのだけれど。

もちろん、「美しい花」の名称の誤記ではなくて、
小林秀雄ではありませんが「花の美しさ」を語ること、解釈することについての、
積極的なる誤読、であります。
オリジナルな誤読、作家像を換えるぐらいの誤読、曲解的解釈を――。
というわけです。

~して、解釈とは何ぞや。
これ自体が、旧約聖書、新約聖書の解釈学から、
「世界」の存在論的解釈学(ハイデガー)までつながるひとつの哲学ではあるけれど。
そして「解釈」の強度をめぐるコンペは、書き言葉における権力闘争ですらありえる。
この論は、米国の批評家ハロルド・ブルームですね。
裁判でも、一つの事件を、検事と弁護士は、まったく別様に解釈する。
それが犯人、被告のその後の生を決定する。
読みの多様性というのか、解釈の角度によっては、世界と人間がまるで違って見えてくる。
これは、メディア論、批評論でもある。

しかし、こう書いていくと、話がとまらないので、
今夜はこの辺でとりあえず、結論なしのまま、やめときます。

 

草原先輩、どうか気を落とさずに!!

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2018年 3月11日(日)19時21分21秒
  って言っていながら、伏蔵しているのは、実は別のこと。本当言うと、桃菫混同、とか新たなる四字熟語の話にしようか。先輩が久々に転んでしまったので、その辺りを突っ込もうか画策していたら、どうも重要なことにぶち当たってしまったのです。
この数日太宰治に関する書き込みが繰り返されていましたが、これは群系誌の今後の編集方針のこともあるし、手書きのハガキまで出てきたのですから、良いことだと思います。私がひとつ解せなかったのは、桃か菫かの問題ではなく、前後関係からしてヒマワリでもチューリップでもたんぽぽでも問題は無く、二人の会話からくる印象度であったのです。
草原先輩が引用した会話文からくる中原中也が(私の不勉強もありましょうが)抱いていたものと別人のように感じたからであります。つまり、18歳当時の美少年の姿と山羊の歌に代表される詩のイメージ、中原中也の印象を一気に瓦解させてしまったからなのであるのです。
掲示板には諸先輩がたから、感情露出させて書き込むなと言われましたが、少々の若者言葉やヤンキー言葉はお許しください。
まず、開口一番、あばばばば ばばばばばばば-----ホントに中原中也、言ったのかよオ、中也っていったらよぉ、こどものころ弟を失って、そのあと息子に先立たれているやんか。ほいたら、そんなひでえこと言うかフツー、しかも相手太宰だぜ太宰。もうそのころかなりあぶなくなっていたろうし、こりゃー完全自殺に追い込んでるじゃん。考えられねえよ。だって太宰は中原の(敢えて柏村とは言わない)弟分みたいなもんだったんジャネエの!!!!
疑問というか愚問というか、私が受けた蟠りのようなものを単刀直入に表現してしまいましたが、見苦しいこと甚だしく誠に申し訳ありません。
私自身、檀一雄の<小説 太宰治>を少し読み直してみましたが、原文がそのままなら、中原中也は、
-----お前の小説はダメなんだ!--------とは言っていない、のであります。それに近いことは言っていますが、私が感じ取った限りでは、まあ、貴乃岩を諭す日馬富士とでも言いますか、先輩としての温情が出ていると思うのですが、これが、言葉尻の違いひとつで大変な結果を導く悪い例となっては末恐ろしいことなので、敢えて意見してみたものです。
良かったあ!中原中也は弱い後輩を追い詰めるひでえ奴じゃなかったあ!
ですが作家檀一雄は何を目的に<小説太宰治>を書いたのですか、今のところよくわかりません。メロスの作家が実は友人を裏切る奴だった、それを強調したかった、ようではありませんし。一般読者はこの辺に惑わされそうですが、いうなれば太宰治のイメージダウンにはならないでしょう。桃か菫か、くらいの問題です。
四字熟語 桃菫混同 とは
 意味 枝葉末節部分を重要と位置づけ論議すること、または本末転倒させて印象操作すること
アレクサンドル=ポウプの風刺作品に繋がる喜劇的創作手法のひとつ-----
%'-'%草原先輩へ%'-'%半分冗談ですから怒らないでください。
本心では檀が描いた太宰像と実像のギャップとか核心に迫る解説をお願いしたいところなので、
私は中原中也をおとしめた発言とは思っていませんし、むしろ再度近代文学の作家の素顔を研究に向かわせるきっかけをいただけて感謝しています。
当然カプリチオのほうも拝閲しておりますしそのうちに、宗教と文学についての考察等、機熟してまいりましたら参加させて頂くつもりでございます。
 

武蔵野書房福田信夫氏に質す

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2018年 3月11日(日)10時37分2秒
  先だって(と言っても昨年末)吉祥寺駅近くの、武蔵野文化会館に「野口存弥さんの最後の文芸評論集」のゲラをご持参なされしを、その際あつまりし面々、確認せしが、その後、いかが進行したものなるや。詳報を至急「ご返電」請う。
 以上は「短兵急なる質問」ならず。再々の「問」にて候。

故に、重ねて「即刻」、この「板」に書き込まれるよう切願す。
 

桃と菫

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 3月11日(日)08時02分13秒
編集済
  ■下のコメント、訂正します。
わたくし、どーも、何十年も、花の名前を間違って覚えていたようです。
しかも、自分の中で、勝手にその理屈づけまで……やっていた模様。
星菫派のイメージも手伝っていたのかも知れません。
いや、弁解無用。

太宰がおずおずと、中也に答えた花の名は「モ・モ・ノ・ハ・ナ」のようです。
となると、ワタクシの太宰文学の解釈も、中也の詩の理解も、根本的に、怪しいもの。
~しょせん、誤読を大道芸にする道しか、ありません……。トホホ。
 

太宰治の肉筆

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 3月10日(土)00時12分52秒
編集済
  ■リクエストにお応えいただきありがとうございます。
太宰治の肉筆――。
あまり乱れたところもなく、わりと素直な、「いい子」ふうの文字ですね。
"大庭葉蔵"ふうの文字というのか。
偏執的なところもなく、フシギなほど、あっさりしている(笑)。
しかし、内容はやはり、太宰の思考の癖を思わせる。
貴重な資料だと思います。


■特徴のある文体を作り上げた作家の肉筆は、肉声同様、興味がある。
志賀直哉や、永井荷風、谷崎潤一郎、川端康成、小林秀雄の肉声は、残っているのに、
太宰の肉声はYouTubeでも見当たらない。
寺山修司の東北弁ではないですが、
津軽なまりの声を、聞いてみたかったですね。
生の声の記録がないとすると、
小林秀雄の言う「作家の顔」という思想の表れの一つが、肉筆の表情…ではないかと。

しかし、作家として、
太宰治という個体の究極のエッセンスは、
やはり、あの文体の呼吸にこそ、あるのでしょうか。
~してみると、さて、
 文体とは、何ぞや……?




《余談》-----------------------------------------------


  中也  ぜんたい、君はいったい、何の花が好きなんだい。

  太宰  す……、すみれ。

  中也  ~ちッ!
       だっから、お前の小説は、ダメなのさ。

  太宰   …………。


-------------------------------------------------

~正確ではないけど、誰かのエッセイだか小説だかで、
こんな遣り取りを、読んだ記憶があります。
どこかの安酒屋のカウンターで、中原中也と太宰治が、偶然、カチあったときの会話。

中也の詩を秘かに尊敬していた太宰は、初対面で緊張しまくり、
「何の花が好きか」という、人を馬鹿にしたような詩人の問いに、
芸術家としての感性が、全的に試されるかのような意味合いを、感じた。
熟考のあげく、
小声で、ようやく、「スミレ」とだけ、返答した。
念頭には、ノヴァーリスの青い花があったかも知れない。
芭蕉の句があったかも知れない。
いずれにせよ、きついなまりのある津軽弁のイントネーションで、そう答えた。

カウンター席の中原中也は、すでにへべれけ状態。
ビール瓶片手に、小さな体躯でふんぞり返り、
そんな太宰のおどおどした態度を横目に、完全に、舐めきった口調。
「だっから、お前の小説は、ダメなのさ!」
そのときの太宰治の絶望、落胆、赤面逆上は、想像に余りある……。



DVD版「太宰治 直筆原稿集」
https://www.youtube.com/watch?v=S9HzqScGRhU

 

宮城県松島、多賀城を訪れた際の写真

 投稿者:管理人 デスクトップ 364  投稿日:2018年 3月 9日(金)22時51分3秒
編集済
   ついでに、先の写真の皆が、仙台に引っ越した菊田義孝さんの家を訪れたときの写真をアップしておきますね。翌日、菊田さんの案内で、松島、さらに多賀城の遺跡に行ったときのスナップです(野口存彌さんは、前日にお帰りになっていました。われわれは菊田さん宅に一泊しました)。
 安宅さんが若い。1991年(平成3年の8月のことでした。陽光がまぶしいようですね)。
 

太宰治からのハガキ

 投稿者:管理人 デスクトップ 364  投稿日:2018年 3月 9日(金)22時23分51秒
編集済
   あ、遅くなりましたが、太宰治からのハガキ、スキャンしたので、掲出しますね。
 きょう、太宰治ミュージアムの吉永さんから電話あって、送付のお礼とともに、現物のハガキは、ご遺族が
青森県の近代文学館に寄贈しているとのこともお聞きしました。今年六月の太宰展にはそこから借り受けたい
ろいろな品々も展示されるそうです。
 以下は、先日投稿の文ですが、再アップしておきますね。

         〇

    宛先の菊田さんの住所の左には、当時の太宰の住所が自筆で書かれており、年度はわからないが、六月
二十六日の日付のものは、甲府市水門町二九  石原明方  太宰治(注1)とあり、七月三十一日のものは、甲府
市新柳町六  大内勇方  太宰治、とある。あるいは疎開中と思われるものは、五月一日付け、六月十四日
付、青森県金木町 津島文治方 太宰治などとある(注2)。また、また消印に吉祥寺16、12、4とあるものは、
三鷹市下連雀一一三  太宰治、とある。

    また、菊田さんに太宰治が直接送った写真もあって、前にこの板に掲出した「太宰治展」のポスターの
有名な写真は(1月26日付)、「惜別」の頃という添え書きがあったし、例の入水した玉川上水のほとりで
しゃがむ姿の太宰治の写真も菊田義孝さんに宛てたものだった。こう考えてみると、菊田さんは太宰に信頼さ
れていたのだなあということがわかる(よく太宰と井の頭公園入口の万助橋まで散歩に出かけた、と言ってい
た)。

    相馬さん、いかがでしょうか?

(注1) ハガキは、宮城県名取郡生出村南赤石の菊田さんに宛てたもので、文面には以下のようにあった。

   拝復  御手紙をありがたう。 たうとうお百姓さんになる御覚悟きめた由、大賛成です。私もいま気がか
りの仕事を片付けてしまつたら、毎日畑仕事に精進するつもり。自分で作らなければ食へない世の中になつ
た。またお会ひ出来るかどうか、とにかく奥さんも田舎で安心してお産できるだらうし、それだけでも幸福と
思はなければならぬでせう。甲府もだんだん東京と同様の風貌を呈して来ました。まあ堪へ抜きませう。

(注2) こちらは、宮城県遠田郡元涌谷小塚の菊田さんに宛てたもの。

    拝復、御無事の御様子。それに赤ちゃん御誕生の由、大慶です。奥様にどうかよろしく御鳳声下さい。
    私もこのごろは寒いので、畑に出ません。もつぱら仕事に追はれてゐます。新しい文藝雑誌が續々
と発刊されて、文藝界はにぎやかです。また、今月中旬から仙台河北新報に繪入りの連載小説、引受け、題は
「パンドラの匣(はこ)」といふのですが、また私からの毎日のたより、といつたやうな気持で讀んで下さい。
東京へ妻子を連れて行くのは、時期尚早ぢやないか、私はこちらで冬ごもりの覚悟。

※ 以下、ハガキ8枚、アップ。クリックすると拡大します。
  その下の写真は、左上は安宅夏夫氏と永野 右上は野口存彌氏と永野、
  左下は原稿を書いている菊田義孝氏、右上は大日本印刷の出張校正室での菊田さんと永野。
 

特集Ⅱ 野口存彌と日本近代文学

 投稿者:管理人 デスクトップ 340  投稿日:2018年 3月 9日(金)16時43分50秒
  第Ⅱ特集
野口存彌さんの論稿・作品について、書いていただける方の募集です。
39号の野口年譜を参考に、以下の作家・作品を上げてみました。解題・紹介・批評をご担当いただける方はぜひ。

   特集 Ⅱ  《野口存彌と日本近代文学》その2   のテーマ作家
・森鴎外『森鴎外・小説の問題―「舞姫」まで、「舞姫」以後』その2  担当者内定
・森鴎外「大塩平八郎」を読む                 2001年6月         担当者内定
・芥川龍之介・芸術の光、人生の闇              2013年12月            担当者内定
・梶井基次郎「城のある町にて」                2002年12月            担当者内定
・宮澤賢治  「宮澤賢治を考える」              2004年3月           担当者内定
  宮澤賢治(『15歳からの純文学』より)     2005年12月               同上
・島崎藤村    「若菜集」への道程              2005年3月            担当者内定
・佐藤春夫    大逆事件から遠く離れて          2010年12月
・川路柳虹    最初の口語詩を書くまで     2001年2月~2003年3月その1~その3
・岩野泡鳴     詩より散文へ                   2007年3月
・蒲原有明     詩的完成という逆説             2009年7月( 「群系」23号)

・平出  修     英知の人の感性                 2004年6月
    「太陽」「文章世界」にみる平出修        1995年11月
               沖野岩三郎と平出修             1995年4月
・沖野岩三郎
          沖野岩三郎と大逆事件                1986年1月
          沖野岩三郎と内村鑑三                1986年5月
          軽井沢と沖野岩三郎                  1992年4月
          沖野岩三郎と加藤一夫                1987年3月

・野口雨情関連
     野口氏主宰「枯れすすき」誌、全集『定本  野口雨情』・全8巻、別巻など

※ 島崎藤村~岩野泡鳴まで、『詩的近代の生成』(2007年4月・踏青社)所収、平出修と沖野岩三郎は、『文学の遠近法』(2004年11月・武蔵野書房)所収

・創作(集 )
  創作集 『異形の男』                            1990年11月   踏青社
  創作集 『子供たち少年たち』                 1996年11月  武蔵野書房
 

40号特集担当者、募集

 投稿者:管理人 iPad 240  投稿日:2018年 3月 8日(木)13時02分11秒
編集済
      繰り返し、特集のご案内、お誘いの文をアップしますね。《転換期の文学者》の例を追加しました。大正12年の震災から、昭和8年頃くらいまでの作品を、《転換期》という視点で、4~10p程度、お願い出来たらと思います。

次号(四〇号)の特集企画
     Ⅰ 日本近代文学の転換 ー大正・昭和の文学ー
    Ⅱ 野口存彌と日本近代文学 ーその二ー
   Ⅲ 創刊三〇周年 ー同人誌の思い出―(仮題)

    ここでは、Ⅰについて、投稿のご案内。
    日本近代文学の始原(Ⅰ期)、同展開(Ⅱ期)と続いて、 次号は同転換(Ⅲ期)となります。時期的には、関東大震災の大正一二年の直後から、昭和八年の国際連盟脱退のあいだ、たった十年ですが、この時期は都市化・近代化が進んで、文学・芸術にも大きな変動が起こり、 いろいろな運動、作品が生まれました。名付けて、日本近代文学の転換、としましたが、実際、下欄に示した ような作家・詩人がこの頃、活動しています。これらは例ですが、どうぞこの時期の作家・作品、文芸運動に ついて、ご論考をお寄せ下さい。
もちろん、その他、自由論考、創作、ノート類も募集しています。
締切は来年四月末、刊行は同六月を予定しています

《転換期の文学者》 例     ※ は今回追加の作家

    有島武郎   1878年3月4日 - 1923年6月9日
    志賀直哉   1883年2月20日 - 1971年10月21日
    武者小路実篤 1885年5月12日 - 1976年4月9日
    谷崎潤一郎  1886年7月24日 - 1965年7月30日    担当者内定
    萩原朔太郎  1886年11月1日 - 1942年5月11日
    ※  葛西善蔵        1887年1月16日-1928年7月23日
    ※ 菊池  寛        1988年12月26日-1948年3月6日
     室生犀星    1889年8月1日 - 1962年3月26日
    ※  宇野浩二       1891年7月26日-1961年9月21日
     芥川龍之介 1892年3月1日 - 1927年7月24日     担当者内定
     佐藤春夫    1892年4月9日 - 1964年5月6日
    ※  葉山嘉樹       1894年3月12日-1945年10月18日
     宮澤賢治    1896年8月27日 - 1933年9月21日    担当者内定
    ※  嘉村礒多      1897年12月15-1933年11月30日
    ※  井伏鱒二        1898年2月15日-1993年7月10日
     横光利一  1898年3月17日 - 1947年12月30日
    ※  徳永  直         1999年1月20日-1958年2月15日
     川端康成   1899年6月14日 - 1972年4月16日
    梶井基次郎  1901年2月17日 - 1932年3月24日  担当者内定
       中野重治   1902年1月25日 - 1979年8月24 日    担当者内定
    小林秀雄   1902年4月11日 - 1983年3月1日    担当者内定
    小林多喜二  1903年12月1日 - 1933年2月20日
  ※   佐多稲子     1904年6月1日-1998年10月12日
    宮本顕治     1908年10月17日 - 2007年7月18日   担当者内定
       中島 敦       1909年 5月 5日 -1942年12月 4日     担当者内定

以下の文学者などについては、おもに昭和期の活動ですので、次の第Ⅳ期(「日本近代文学の崩壊」ー仮題)、次次号41号に回したいとおもいます。
太宰治、堀辰雄、伊藤整、大岡昇平・中原中也、坂口安吾、石川淳、火野葦平、石川達三、
高見順、保田與重郎、蓮見善明、三島由紀夫、林芙美子、円地文子、大田洋子、佐多稲子、
森茉莉、 藤枝静男、平野謙、小林秀雄(戦前~戦中・戦後に渡る)、など。

野間宏、武田泰淳、梅崎春生など、戦後作家は、この特集がそこまでやれるか、現在未定。
 

では、今日夜にでも。

 投稿者:管理人 iPad 157  投稿日:2018年 3月 8日(木)09時43分26秒
     ハガキのメインのものは、太宰治展用に送ってしまったのですが、同じものが半分あったので、今日帰宅後パソコンにスキャンして掲出します。4葉のが二枚、すなわち8葉ですね。

    しかし、今日からしばらく雨、ですねー。ま、こういう時は、次号特集の本をしっかり読書しておきたいですね。
 

貴重ですね

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 3月 8日(木)05時54分33秒
  >太宰治からのハガキ!!

■それ、スキャンするか携帯で撮るかして、
掲示板にヴィジュアル的にアップできますか?
 

太宰治からのハガキ!!

 投稿者:管理人 iPad 157  投稿日:2018年 3月 7日(水)17時25分11秒
編集済
     部屋の整理をしていたら、何と菊田義孝さんに宛てた太宰治のハガキ数葉が出てきた(むろんコピーであるが)。コピーだからもらった当時はそんなに大事とは思わなかったが、いま見ると大変なものかと思って、三鷹の太宰治ミュージアムの吉永さんに送ったことだ。
    宛先の菊田さんの住所の左には、当時の太宰の住所が自筆で書かれており、年度はわからないが、六月二十六日の日付のものは、甲府市水門町二九  石原明方  太宰治(注1)とあり、七月三十一日のものは、甲府市新柳町六  大内勇方  太宰治、とある。あるいは疎開中と思われるものは、五月一日付け、六月十四日付、青森県金木町 津島文治方 太宰治などとある(注2)。また、また消印に吉祥寺16、12、4とあるものは、三鷹市下連雀一一三  太宰治、とある。

    また、菊田さんに太宰治が直接送った写真もあって、前にこの板に掲出した「太宰治展」のポスターの有名な写真は(1月26日付)、「惜別」の頃という添え書きがあったし、例の入水した玉川上水のほとりでしゃがむ姿の太宰治の写真も菊田義孝さんに宛てたものだった。こう考えてみると、菊田さんは太宰に信頼されていたのだなあということがわかる(よく太宰と井の頭公園入口の万助橋まで散歩に出かけた、と言っていた)。

    相馬さん、いかがでしょうか?

(注1) ハガキは、宮城県名取郡生出村南赤石の菊田さんに宛てたもので、文面には以下のようにあった。

   拝復  御手紙をありがたう。 たうとうお百姓さんになる御覚悟きめた由、大賛成です。私もいま気がかりの仕事を片付けてしまつたら、毎日畑仕事に精進するつもり。自分で作らなければ食へない世の中になつた。またお会ひ出来るかどうか、とにかく奥さんも田舎で安心してお産できるだらうし、それだけでも幸福と思はなければならぬでせう。甲府もだんだん東京と同様の風貌を呈して来ました。まあ堪へ抜きませう。

(注2) こちらは、宮城県遠田郡元涌谷小塚の菊田さんに宛てたもの。

    拝復、御無事の御様子。それに赤ちゃん御誕生の由、大慶です。奥様にどうかよろしく御鳳声下さい。
    私もこのごろは寒いので、畑に出ません。もつぱら仕事に追はれてゐます。新しい文藝雑誌が續?
と発刊されて、文藝界はにぎやかです。また、今月中旬から仙台河北新報に繪入りの連載小説、引受け、題は「パンドラの匣(はこ)」といふのですが、また私からの毎日のたより、といつたやうな気持で讀んで下さい。東京へ妻子を連れて行くのは、時期尚早ぢやないか、私はこちらで冬ごもりの覚悟。
 

「群系」が一般雑誌並みに置いてありました!

 投稿者:管理人iPad 975  投稿日:2018年 3月 5日(月)18時10分31秒
編集済
     今日は朝からしっかり雨だ。残念だが、こういう日は外出せず、家に閉じこもって、日頃やろうと思っていた部屋の整理でもするしかない。ま、というわけで、本や雑誌にその他、ごまんとある書類やコピーの整理をしだした次第。

                                     ◯

    今日は雨だとわかっていたので、昨日中に、図書館へ行って借りるべき本を探しに行ってきた。小林秀雄の処女作「蛸の自殺」(1923年)は、当方所有の第四次小林秀雄全集ではそれが載っていない。掲出されているのは、「一ツの脳髄」(1924年)で、江藤淳の『小林秀雄』にも、「蛸の自殺」は公刊されていないとあった。実は小林の生前は、その作品は本人の意向で活字にされていなかったのだ。死後刊行された第五次全集で初めて日の目を見たのである。
   思ったより長めで、小林秀雄二十歳の時の作品である。内容的には、「一ツの脳髄」とペアになるような、これも相模湾の海辺が出てくる。文体的にはともに、赤や青や黄色といった色彩感覚とともに、こちらは嗅覚やら、泳いだ後に耳の水を振り落とす、いわば平衡感覚まで出て、やたら外界にたいする反応・感覚が描出される。いわば自意識のプロセスが表現されているというのか。
   本人はどういう気持ちでこれを発禁処分にしたのか。ちょっとわかる気もしたのは、後半やたらと母の病気を気にする場面がでてくる。ついちょっと前に父が亡くなって、気弱になった母を鎌倉の療養にやったのであるが、妹も自分も父のことはなるべく母の前では話題にすまいと苦労している。ともすると後年のコワモテの文芸評論家・小林秀雄からすると、意外に気遣いのある優しい息子なのだ。「蛸の自殺」というタイトルからは、もっと観念的な、シュールな内容をイメージしていたのだが、違っていた(このタイトルは、浜辺の会話として出されたものであった)。

    第五次全集の普及版として、『小林秀雄全作品』というのがあって、iPadでいろいろ調べていると、ヤフオクで格安でオークションに出されているのを知った。どうしようかな、買おうかな、と躊躇っている。

                                      ◯

    ちなみにこの全作品は、当方行きつけの江東区の図書館にも、となりの江戸川区立の図書館にもなく、iPadで調べたら千葉市立の中央図書館にあったので、四、五年ぶりで千葉まで行ってきた。実はここには「群系」を寄贈しているので、開架とあるから調べてみたら、なんと、普通の文芸雑誌同様、定期刊行雑誌のコーナーにおいてあった。ただ縦置きにあるのではなく、最新刊が表紙を前に置いてあって、それを上にして開くと既刊号が数冊中にあるというところ。すぐ近くには『國語と國文學』(東京大学)もあって、やはり欠号もなく長くだしていると、信頼されるのだな、意を得て帰宅したのでした。
 

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