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  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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でも・・「群系」は良い雑誌なんだがな・・新鮮な同人雑誌の評論対象の「同人雑誌評」を設けるアイデア

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月17日(土)11時45分36秒
編集済
  ・永野さん、「群系」は良い雑誌ですよ。ホント、そう思います。
私ごときウゾウモゾウに目くじら立てず、良い雑誌を今後も継続してください。
これは、ギャグではなく、心から思ってますよ。
荻萩さん、私の過去の罪状を羅列してくれてありがとうございます。
そんなこともあったなぁ・・と久しぶりに思い出しました。
懐かしいですね・・。

・皆さん、「群系」に寸感でいいですから、評論作品対象の「同人雑誌評」を設けるといいですね。
「群系」の文芸評論に劣らない、いえ、その上を行く文芸評論書いている方たちがゴマンといます。俺たちが最高だ、なんて自画自賛している場合じゃないですよ。

・巻末に原稿用紙十五枚か二十枚、「同人雑誌評」設けると、
同人雑誌の格が上がりますし、会の運営にも大きくプラスになるでしょう。
購読会員も一挙に増えるというものです。
三十人もの文芸評論家を抱える「群系」なら、そのくらいやれる人物は数人いるでしょう。
また、いなくては本物の文芸評論誌ではありませんし、当然いないと困ります。
掲示板でだらだら書き流しているくらいなら、人のためになることをお勧めします。
ですが、ポッと出の文芸評論家は筆さばきは素人でしょうから、楽ではないですよ。
それくらいやれなくては、永野さんの主張する全国制覇は無理でしょう。

・私も少し言い過ぎた点があり、反省猿になってますが、
荻萩さんみたいに特攻隊員みたいに一直線で怒り心頭に発しているわけではありません。
年の功の余裕ですかね。

・ただ、若い文芸評論関係者にお薦めしたいのは、
文芸評論賞に少なくとも二度、三度挑戦してみないと、
自分が全国でどの程度通じるか、客観的に己を観ることができないだろう、ということです。
それは、詩でも小説でも短歌、俳句などの分野でも言えることです。
荻萩さんも挑戦してください。掲示板で口角泡を飛ばしていたり、法螺を吹いたりしている場合じゃないですよ。

・北大の小笠原克、旭川の亀井勝雄なんかも象牙の塔から飛び出して、
一般文芸誌の評論賞に応募、見事当選を勝ち取り、
学会でも一目置かれ、月刊文芸誌の原稿依頼があるようになり、
認められることになった、という事例は、
蛙も大海を知る必要があるということを教えてくれてます。

・皆さんは若いのですから、
われわれのような年寄りを相手にせず、ニコニコ顔で適度にあしらって、
我が道を拓いて行く余裕の隠れた努力を惜しまないで下さることを願うばかりです。

・皆さんが同人雑誌の文芸評論家で終わってほしくありません。
そこを踏み台に高殿を目指してほしいのです。ええと・・私の血圧はこの歳で上は130、下は85と常に変わりません。皆さん、叩かれることに慣れてくださいよ。皆さんは今や野党じゃなく与党の自民党なんです。叩かれる立場なんですよ。

・修羅場潜ってますから、この程度で血圧はびくともしません・・・。私は自民党に相手にされない共産党の小池さんみたいなもんです。自民党なら、大らかに受答えするものです。全共闘世代は、与党になっても与党の自覚持てないようですね。

・以下に落首三体・・。洒落て・・御あとはよろしいようで・・。

  自民党のごとき結束羨ましと群れる鴉を見上げていたり

  仲間褒めここまでくれば同士なり穴の貉か池の蛙か

  高殿を観ればわが身を思はざる北国いまだ夏は遠しも  石塚 邦男
 
 

そろそろ、夏だ。

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月17日(土)11時32分9秒
編集済
  まあ~
なんだかんだで、久しぶりに熱く議論しているじゃあ、ありませんか、ウチラ……(爆)


 

草原さんへ~ピロリ菌退治

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月17日(土)11時15分26秒
編集済
  ◆「絶句・・・」と思わず書いた草原さんの気持ちは分かりました。「群系掲示板」は関東と同じく「公開された」お互いの意見交換の場であることは重々承知しています。ですからそうした場での根保氏の意見(になっているのかな~?)に対して、この場で問うべきことを投稿するのは当たり前です。彼の個人メール宛てに送るのは筋違いというもの、方法論的に、ね。

◆草原氏の言う「たこつぼ。同人相思相愛的褒め殺し」同人誌は衰退するのに間違いないところで、正しい。これは、かの勝又氏の指摘のあるところでもありましたが、ただ、今回のわたしの言うところは、反論を問いただしている者に対してその内容を真摯に受けとめて、きちんとすることがなされていないという、彼のでたらめな態度に業を煮やすと言うよりも、質しているつもりなのです。今のタイミング、という意味が判りませんが、いうなればそう言う意味でのタイミングは過去にもあったと聞いていますし、わたしが参加してありますし、しかもこの板だけではないことも知られているわけですから、「積年の恨みだ、おのれ!」と殺人剣をふりまわしているわけではないのです。またそんな理解を他の人からされるとは思っていません。(ピロリ菌退治に似てますね。長年胃痛に苦しんできたわけですから。)
別の対象に向けようにもおひざ元でこんな馬鹿げた投稿者に対して批判していることはまったく時間の無駄に近い。

◆昨日、群系編集会議が持たれましたが、今回の38号に寄せられた意見の葉書、手紙がどっさり来てましたヨ。プロからの評価も気になることでしょうが、全国から寄せられた読者の意見も大切です。わたしはそんな風に思います。これからもっとたくさんの意見が寄せられるように頑張りたい。彼が何をのたもうが、別に悔しいなどと思わない。

◆蛇足ながら「彼の人」は苫小牧でにんまりこの掲示板を見ていることでしょう。してやったり、なのか、あれ??なのか。いずれにしても扇動者にすぎません。

【土屋さんへ】
ふたつ質問ですが、いま現代批評の水準についてどう思っていますか? お聞きしたい。事実、わたしは本屋で(立ち読みなんですが)、毒にも薬にもならないような文章で敷き詰められているように思う。なにか革新的でぞくぞくする批評文をぜひ読みたい。貴方の推薦するところの批評家をしてもらえませんか?。

根保氏をこの板から排除するということと、"表現の自由"という概念とは一致しない。自由がはき違えて理解されると「自堕落」につながる危難を考えれば。しかもこの美しい概念ほど、草原さんの指摘ではありませんが、メディアの破綻、情報の信憑性が今の時代ほど問われてる事態は無いわけですから、そもそも何が"表現"なのか、どのように"自由"なのかが、議論の対象になっているのです。
自由に意見投稿できる。これは当然ですが、このケースの場合は例外措置として考えなくてはいけない。同人誌掲示板で煽るだけでなんらの政治的・文学的定見も無く、おちゃらけて揶揄するだけの投稿内容は見たくもありません。
どう、思いますか?
なんでもかんでも"表現の自由"をとなえたら「なんでもあり」でしょ?? 違いますか??
 

(無題)

 投稿者:土屋慶  投稿日:2017年 6月17日(土)11時04分24秒
編集済
  もう何年も原稿を投稿していないので部外者のような私ですが、一言。永野先生の憤りは「群系」という雑誌のレヴェルアップ、商業誌に匹敵するような水準にまで引き上げたいということにすべては由来することだと思います。純粋読者からすれば、またあの熱い批評の時代を経験した私としては、現在の「群系」はまあ批評を書くものの「稽古場」のようなもので、商業的に価値のあるものだとは思えません。そこで既存の文芸評論家の方々を引き入れるという発想も出てくるのでしょう。ものを書く当事者からすれば、各々自負心はあるでしょうが、あの思想と批評の熱い時代を本誌が再現することは夢のまた夢ということです。必要なのは、現在の商業誌にあるような批評の水準に照らして己の書くものがどの程度の位置にあるかというもの差しだと思います。一流とまでは言わなくとも、現在商業ジャーナリズムで活動している批評家の方々の書くものの水準との距離を測ることだと。その専門家との距離が測れていないのが根保さんのイタイところではないか。表現の自由がある限り、そのような理由で掲示板から根保さんを排除するというのには反対ですが、あとは各々のモラルの問題でしょうか。自分にそれだけの力がないと思うのならば、尊大な態度をとるべきではないということです。  

今は、エネルギーや批判力を、別の対象に向けるべき

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月17日(土)10時07分45秒
編集済
  >それから草原さん。
絶句・・・とあり、こんな論法ありますかとコメントしているけれども、永野さんの言っていることは間違っていない。
ただ会員非会員を問わず肝心なことは、「争論」を意図するのでなく、投稿された政治社会的議論や、
話題、近況報告、連絡お話について「節度を持って」反応するべきだ、と私は思う。(荻野氏コメント)


■「絶句」というのは、いつもの永野さんの文体ではないからですよ。
それに「そんな部外のものが、なぜいけしゃあしゃあと、掲示板に投稿するのでしょうね。」
というのは、内輪の案内板ならともかく、
少なくとも"開かれた文芸掲示板"の立場ではないのでは?

基本的に、荻野さんのように、根保氏に対し、直接、反駁・批判するのはいいと思うのですよ。
お互いが書くことを主軸としている人間同士だし、文芸掲示板ですから。
ところが、以前もこんなことがありましたが、
管理人の永野さんに耳うちするような形で
「個」として主張を表明せず、「われわれ」という曖昧な主語の中で主張するというのは、
これは何だか、おかしくないですか。

それに、わたしは「荻野―根保」論争だって、「空っぽ」だとは思いませんよ。双方とも。
私だって、大堀氏と対論することで、日本国憲法の出自について、勉強させてもらいましたからね。
彼や安倍晋三とは、結論は、大違いだけど(笑)

■現在は価値が混乱した時代だし、議論・論争があって、当たり前の時代。
互いに細々と褒め合い、傷の舐め合いをしていたって、
そんな同人誌は、僻地の限界集落みたいに、平穏に滅びていってしまうでしょう。
あるいは無内容なまま、膨化してゆく。
何事もそうでしょうけど、空中分解しない程度の求心力を持った、
螺旋的な対立・葛藤・回転こそが、創造性と拡大の鍵だと思います。

ただ、今のタイミングだと、下の荻野さんのコメントは、
「この機会に、積年のナントカを~」というニュアンスにとられかねない。


              *

■かつて「大逆事件」の特集をやった雑誌が、まさにこの「今」、
内輪もめみたいなことして、何をやっているんだろうと思います。
文学にとってのほんとうの敵は、「表現の抑圧」そのものでしょう。
いまの政府――何やってるんですか?
行政文書を隠蔽するわ、黒塗りで提出するわ、事実を記憶にないと強弁するわ、
仲間内の利益誘導を国民のためと言い含めるわ、
こういうウソの「物語」を解体するのも、批評や文学の役目でしょう。

だからこそ、逆に、
前景はウソのエピソードの構築(小説的フィクション)であっても、
遠景には真実が姿を現すような「文学」が立ち現れる。
あるいはそれを評価できる目力が養える。
~この構図は、時事問題も、文学作品も、相似的ではないですかね。

これからの時期こそ、『群系』誌の存在意義が増す機会ではないのですか。
エネルギーや批判力を、別の対象に向けるべきではないですか。
まるでこれじゃ、日本の腰抜け野党だ。民進党だ。

               *


>「群系」の作品について、私以外に外部から詳しい批評、感想がありましたか?
あればたいしたものですが、仲間内以外はほとんどないでしょう。

■根保さんのこの言葉に、本気で、悔しがるべきなのです。
素直に、腹を立てるべきなのです。
つい先日、やっと二人の批評家、小説家に、認められただけなんですから。




 

川内晩柑

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月17日(土)09時31分21秒
  土倉さん、川内晩柑は文旦の仲間ですが、栽培に適したところが少ないため、愛南町(宇和島市の南隣、旧宇和島藩御荘組だった地域)が特産地になっています。ここで全国生産量の約半分が生産されています。

病というのは、何とも言えないところがほとんどですね。
 

警告・・・根保氏へ

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月17日(土)09時06分38秒
  ◆「群系」主幹の永野さんの投稿の指摘をどう受け止めるのか、が問われている。先に貴方が「戦艦大和と特攻隊員の死はまだよかった」という自身の発言―先の元復興大臣「3.11は東北で良かった」とあり得ない発言を例を異にするも、倫理的不穏当なレベルでは同じ―に対して「戦後文学」という表題でわたしは反論を書いたが、貴方はまともな反論も出来ないで、いつものように揶揄して誤魔化した。永野さんの指摘に対しても同じように揶揄して誤魔化している。あの発言を放置する、無反論のまま、は群系の見識が疑われかねない。だから私は書いた。こういう発言に対して貴方は(もはや)「定形的に」揚げ足を取るだけである。思考能力が衰えているのか。言語は思考結果を整序する機能そのものだから、そうではないかと私は推断している。だから前に思わず「性格だな」とつぶやいた次第だ。

◆ここ数年のこの板での貴方の発言は全体として意味内容においてカラッポであるから、コメントはしなかったのは時間の無駄だからだ。反論とは揚げ足を取ったり揶揄するのではなくて、問いただされたことにたいして真正面に受けて発言しなければいけない。イロハのイだ。元新聞記者であればなおさらのこと。デスク経験があったわけだから部下の書いた記事を正確に読むようにしてもらいたい。しなければいけない。

◆主幹の永野さんは、基本的な性格として「おおらかで」「清濁併せ呑む」「姿勢として幅の大きく広い」同人誌のまとめ役として模範的な人である。そのことが判らないということは、
1. いかに貴方がこの板で議論よりも「争論」を好み、板の泡立った状態を卑しく楽しみにしていることしかできないからだ。(自分の住所やアドレスを公表して誰かからの問いかけを待っているということだが、いかに貴方と話をしたいという人物が、地元以外皆無であるということが良く分かる。)
2. 実物の永野さんの面と向かって対話をしていないからである。したがって貴方は群系合評会に来なくてはいけない。同人諸氏と批評論争をする必要があるのだ。

◆かつて貴方は関東掲示板の故・東谷さんの同人誌批評の文章が「汚い」「品がない」と罵倒の言葉を投げかけ、自ら「汚い」「品がない」文章能力しか持ち合わせないことを全国の同人誌諸氏に知らしめた。恥ずかしいことだ。
昨今の関東掲示板での或る作者の疑問・反論に対して「馬鹿、阿呆」の連呼はまったく見苦しい限りで、関東掲示板が荒れている。群系の掲示板をそのようにさせるわけにはいかない。

◆「~とはそうしたものだ」は貴方の口癖だが、そんな風に思わぬ同人がいることを想定して、慎重に書いたほうがいい。あたまにパッとひらめいたのかどうかはしらないが、即決で書いているから「上から目線だ」、へんてこな命法、と批判されるのだ。時間をかけてゆっくりと反論の根拠を定めて発言しなくてはいけない。しかも「綺麗な文章」で・・・。

そんなこと、できるか、と言うのであれば、この板から撤退することを要求する。

それから草原さん。
絶句・・・とあり、こんな論法ありますかとコメントしているけれども、永野さんの言っていることは間違っていない。ただ会員非会員を問わず肝心なことは、「争論」を意図するのでなく、投稿された政治社会的議論や、話題、近況報告、連絡お話について「節度を持って」反応するべきだ、と私は思う。

もしも私のいうことが間違っていたら、返事を待っています
 

これで終わりにしましょう

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年 6月17日(土)06時15分52秒
   まさか、このような展開になるとは・・・残念!!今はどのように批判しても正当な討論にならないと思いますので意見は言いません。ただ、「お前の母ちゃん出べそ!!」的な応酬は恥ずかしいです。

 いつくしみ深き 友なるイエスは  罪とが憂いを とり去りたもう
 こころの嘆きを 包まず述べて   などかは下さぬ  負える重荷を
 祈りにこたえて 慰めたまわん

 昨日で二男が昇天して一か月がたちました。孫が描いてきた運動靴のデッサンが、あまりにも二男のタッチに似ていて恐いようでした。
 人はいつ神に出会うのでしょうか・・・

 この世界の荒れようをみるとき、平然と「神は死んだ」などと言うことはできないでしょう。
 争いの元は「宗教」と「政治」。有史以来からの戦争が続いています。

 私はクリスチャンではありませんが、日々、二男のために祈りを続けています。自己を見つめる、いい時間になっているようです。

 死を見つめることは苦しく辛いことです。この世から去り「天国」へ行く。この世からあの世へ。「西方浄土」へ。「天国」といい、「西方浄土」といい、人間の幸福への願望が作った思想であり宗教かと思っています。

 日本の仏教は「現世利益」の感がありますが、人が本当に追い詰められると苦からの救いになるでしょう。

 みなさま「汝の敵を愛せよ」です。

 鎌田さん、昨日、「産直市場」で「河内晩柑」という種類のグレープフルーツを買いました。
 みかんのふるさと宇和島の自慢のフルーツらしい。フルーツ好きの二男にあげました。
 宇和島名物はたくさんありますね。

 病に嘆くひと、諍いに心波立っているひと、さまざまな悩みを抱えるひとを
 お救いください・・・
 父と子と聖霊の御名において  アーメン
 

良いか悪いかではない 大らかにやりすごせ

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月17日(土)01時51分18秒
編集済
  ・仲間意識だけで固まらないことです。
視野を広げよ、と言ってるだけです。
同人雑誌という穴の貉にならないことですね。
永野さん、大人になれとは言わないけれど、
少なくとも頭を冷やすことです。
ごたごた言われても、ああ言ってるな、とやり過ごす度量がないと、
同人雑誌でさえ主宰できないことになりますよ。

・酷い作品なら、どこが酷いか言わなくては。
好き嫌いの印象批評は永野さんらしくない。
というよりも、やはり、その程度か、という印象ですね。
大らかになれないのですかね。
そのようなことでは、原稿料出しても、
「群系」に書いてくれる批評家は誰一人いないでしょう。
何とまあ、狭い心か・・。

・私ごとき者の戯言は気にしないことです。
それが大人の身振り、処し方ということです。
「群系」の作品について、私以外に外部から詳しい批評、感想がありましたか?
あればたいしたものですが、仲間内以外はほとんどないでしょう。
それは何を意味するか、です。私の感性に響く作品なら、
自分なりにその理由を述べる感想を書きます。

・あ、それから、草原さんに。私は、雑誌受領しました、なんて月並みなことはどこにも書いたことはありません。そんな月並みな葉書一枚出すよりも、感想を書きます。それが私のやりかたです。それとも、感想の一言もないのに、葉書で「雑誌受け取りました」なんて書いてほしいということでしょうか。私にとって、「群系」は、別に特別ではありません。一同人雑誌です。「群系」を特別に扱ってほしいということなら、良い作品を書くことでしょう。それはあなたも先刻承知のことと思います。

・それとも、お世辞でも二言、三言を言われたいということですか。草原さんほどの作品を書くご仁なら、そんなことは、先刻承知しているでしょう。ま、低次元のやりとりはしたくないですが。一言添えておきます。はい、これで打ち止めです・・。

  ・実りなきやりとりの果て目をやれば海はあくまで蒼くしありぬ  石塚 邦男


  
 

絶句…。

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月16日(金)20時06分16秒
編集済
  >そもそも氏は同人ではない、購読会員でもない、好意でこちらから「群系」を送っているが、会費はむろん、ていねいな礼をいただいた記憶もない。そんな部外のものが、なぜいけしゃあしゃあと、掲示板に投稿するのでしょうね。
まあ、同人は皆寛容で、言論の自由を十分に認識してい方たちゆえ、こんないいかげんな人間の発言も許容してきたわけでしょう、

■根保氏の思想がどうであれ、さすがにおかしくないですか、この論法。
 

品のない根保氏の心根

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 6月16日(金)13時07分18秒
編集済
  >問題によって左右ころころ変わるのが普通の人の生きざまというものです。
>思想家と言われる人間も、時にα時にγというのが世の習い、
白であり、時に黒であり、時々赤というようなものです。
私なんかは、人によって右左どちらにも差別されてます。
でも、人間そんなもんだと達観してますがね。

  根保孝栄・石塚邦男氏の人間評価は、こんなうすっぺらで、信念も何もないもの、「問題によって左右ころころ変わる」-それが普通の人のありようで、「人間そんなもんだと達観してます」がが本人の言い分、こんなところで「達観」という語彙は使われるものか。この人にかかっては、吉本隆明や花田清輝も、適当に白黒つけられる。
 そもそも戦後文学を否定するどころか、「特攻や戦艦大和で死ねた人間まだよかった」(6月12日)と言ってはばからない人格ですからね、戦後文学は被害者の文学で、加害者の立場が書かれていない、などと、それこそきいたふうなことをだらだらかいて、誠実に戦後文学を言い立てようとする同人を、上から目線で強引に否定、マンバを浴びせる。戦後文学のなかにある人間の真実を、そんなものをかつて感じたことのない氏は、やみくもの否定、悪罵をあくしかなかったのですね。
 「右も左もない」ーこのことは氏の常日頃の投稿をみれば、すぐわかる。同人大堀敏靖を右翼だ、保守だ、などといなすが、それはご自分のどうう¥いう立場での発言か。まさか「民主主義」的な、リベラルな立場からの発言か、いやそういうふうを装うが、実は何の立場も思想もない、「右も左もない」ただの思いつき、わがままの発言なのである。

 氏の投稿に対する反発は、この5年来であるが、そろそろ、氏にたいするわれわれの立場を闡明する必要があろう。その発言、もってまわった口ぶり、なんでも自分が知っているというそぶり、自分にまかせれば、どんな批評でもやってのけられる、という尊大さ、同人は皆その態度に辟易している。時に攻撃が度を過ぎた、と思ってか、今度は実にやにさがった自身の自慢話をさらりお(ぬけぬけと)開陳する、つい先日の、80年代の新聞記者をやっていた時代、若い女性から気にかけらていた、とい自慢話、など、まあ、実にころころ変わる話ぶり。定見も何もない御仁ですね。

 そもそも氏は同人ではない、購読会員でもない、好意でこちらから「群系」を送っているが、会費はむろん、ていねいな礼をいただいた記憶もない。そんな部外のものが、なぜいけしゃあしゃあと、掲示板に投稿するのでしょうね。まあ、同人は皆寛容で、言論の自由を十分に認識してい方たちゆえ、こんないいかげんな人間の発言も許容してきたわけでしょう、

 だが、もう限度を超えました、同人の嫌悪、反撥、は管理人の当方の耳にたくさん届いています。氏の投稿をわが意を得た、という人はほとんど皆無、皆あきれているばかりです。
 氏は自分が、作家であり、文芸評論家であると自任しているようですが、錯覚もいいところです、「ほんとうの批評は小説を書く人でなくてはなしえない」-これはご自説のようですが、その肝心のご自身の小説たりや、一度本誌に投稿されたものは惨憺たるもので、冗談半分にこれを投稿したのではないか、と思われるほど下品でひどいものでした。冗談でなかったのは、後でご本人がボツになったのを何度もかきくどいているのでわかりました。批評も、氏のものはきいたふうな、いわば床屋談義で、きちんとした論壇誌に載せられるれべるではありません。

 言論の自由、はありますが、「白黒定まらない」「左右、その時の気分」のいいいかげんなおしゃべりは、いいかげんやめにあいてもらいたいものです。







 

人間誰しも・・私なんかは・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月16日(金)11時39分56秒
編集済
  ・そうですね。うまいこと印象操作された小説は成功例。
下手なバレバレの印象操作された小説はどうしようもない駄作・・ということでしょうね。
そもそも、下手な印象操作なんて、まともな人間には通じませんよ。
吉本隆明や花田清輝が評価されるのは、
レトリックの印象操作が抜群に巧かったからでしょう。

・右だ左だ・・どこでどこから区別するのでしょうかね。
境界が実に曖昧模糊としてます。
左右の仕分けは便利ですが、単純すぎて今では通じない色分けでしょうね。
一般的な右翼、左翼という言葉が差別用語だということを考えたいですよ。
人間、時に右になったり左になったりするものです。
生涯通じて右、生涯通じて左なんて人誰もいませんよ。

家庭では右だが、世間では左、あるいはその逆なんて人間、ざらにいますよ。
会社では右、外に出れば左なんて人、けっこう多いしね。
あるいは、右っぽいが性根は左、外見は右だが内面は左とか・・

問題によって左右ころころ変わるのが普通の人の生きざまというものです。
杓子定規に決めつけは差別というもの。
大概の人間、心のうちは隠して生きているもの。
正直に・・我がままに生きている人間なんてほぼ皆無でしょう。

思想家と言われる人間も、時にα時にγというのが世の習い、
白であり、時に黒であり、時々赤というようなものです。
私なんかは、人によって右左どちらにも差別されてます。
でも、人間そんなもんだと達観してますがね。

  右左何処に行くかと思案して今日は左と道選びたり  石塚 邦男
 

印象操作とは、何ぞや?

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月16日(金)07時04分35秒
編集済
  >いかにリベラル左派の人々が「印象操作」をしているか、よいサンプルだと思いますので、

■これは違うと思います。
このフレーズ自体が、典型的な"印象操作"だ。

>いかに、人々が、人間が、人類が、「印象操作」をしているか、よいサンプルだと思いますので、

と書いたら、アナタは正しい。
想像力と言語を持つ動物である人間についての何事かの真実を、語っていることになる。
そもそも、いつから「リベラル」と「左派」を連結させて言い慣わすようになったのか、
これも印象操作の例。

~ちなみに小説とは、印象操作の総合芸術……以外の何モノでもありませんわね。
 

ストップ・ザ「印象操作」

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月16日(金)01時51分50秒
編集済
  >退屈しのぎに、気軽に余裕でからかってやると、
左翼の馬鹿どもが、蜂の巣をつついたように大騒ぎする……

 こんな乱暴なことは書いておりません。

 いかに草原克芳氏が「印象操作」をしているか、よいサンプルだと思いますので、実際私がどんなことを書いたか、ウェブに公開されている「投稿と論争」を貼り付けておきますので、読んでいただきたいと思うのであります。

http://kaze.in.coocan.jp/oohori16.html
 

社会文学会春季大会のお知らせ

 投稿者:大和田茂  投稿日:2017年 6月15日(木)23時09分20秒
  私などが会員である日本社会文学会では、6月25日、青山学院女子短大で、大会を開きます。ご興味のある方は、ぜひご参加ください。無料、事前連絡不要です。

日本社会文学会 2017年度春季大会 NEW!


日時 2017年6月25日(日) 10:00~
会場 青山学院女子短期大学 N202教室
渋谷駅東口徒歩10分・地下鉄表参道駅B1出口徒歩5分
          アクセスマップ 青山学院女子短期大学キャンパスマップ 青山学院キャンパスマップ

大会テーマ 戦後の詩と文化運動を問い直す
一般参加歓迎・入場無料

【研究発表】(10:00~)
増井真琴(北海道大学大学院文学研究科博士後期課程)「小川未明の漢詩――高田中学時代の詩業――」
趙 秀一(東京大学大学院総合文化研究科博士課程)「金石範『火山島』論――視点人物と語りの相互作用を中心に――」

【講演】(13:00~)
細見和之「黒田喜夫の世界性を問いなおす」
【シンポジウム】
黒川伊織「初期大阪文学学校と社会運動」
佐藤 泉「一九五〇年代の文化運動と批評」
中村不二夫「戦後詩誌検証――「荒地」・「列島」を中心に――」

日本社会文学会総会
懇親会(総会終了後)


2017春季大会(画像クリックで拡大)

http://shokishaken.web.fc2.com/kiroku.html

 

右巻きエリマキトカゲ

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月15日(木)08時32分23秒
編集済
  矛盾というよりも、
こちらでは、「恐縮です…」みたいな顔してハンケチで額の汗拭っているのに、
別のお座敷では、エリマキトカゲみたいに、襟を大きくぱんぱんに広げて、どや顔で凄んでるなあ~
という意味ですよ。
 

あなたでしょ!

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月15日(木)02時50分45秒
  「風」12号をお読みくださりありがとうございます。

 矛盾をご指摘されたようですが、そういう場合にどうすればよいか、ある方からご指南をうけていますので、再録致します。

■別に矛盾してないんじゃないですか。

多元的に、多層的に、流動的に、複数の大渦、小渦を巻き込みながら、
世界は"複雑系"として変容しているわけですから。
動物園には、熊さんも、パンダも、毒蛇も、ライオンもいるというだけの話。

ということです。

「ロシアゲート」についてはグローバリストが問題としていることですから、草原さんが問題でないことを、またくわしく解説なさることを読者は待望しているはずです。
 

誰がピラニアやねん

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月15日(木)01時34分20秒
編集済
  >少なくとも私にとっては、この掲示板は実に恐ろしい場で、気楽に投稿などけっしてできず、
気を緩めていい加減なことを書こうものなら、たちまちピラニアの餌食になって食いつくされます。

■あれっ~~、
某同人誌で言っていることと、ぜんぜん、違うよね。
退屈しのぎに、気軽に余裕でからかってやると、
左翼の馬鹿どもが、蜂の巣をつついたように大騒ぎする……
みたいなこと、書いてなかったっけ。

 

ロシア・ゲート

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月15日(木)01時03分22秒
編集済
  そもそも「ロシア・ゲート」って、何が問題なんですか?






 

情報源の信頼性

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月14日(水)23時47分16秒
  大堀さん、コメントをありがとうございました。

アメリカ人講師の方が言われていた通りではないかと思います。情報源の信頼性を吟味することは欠かせませんね。

政治関係からは話が逸れますが、一年くらい前、医療情報の信頼性について調べてみたことがあります。(あくまで私の個人的な評価です。)

 A・・・十分信頼できる
 B・・・ほぼ信頼できる
 C・・・ケースバイケースで一概には言えない
 D・・・信頼できない

で評価してみると、

・公的な機関の公開情報・・・A~B
  国公立および大学の研究機関と医療機関を含む
・学会が公開しているガイドライン・・・A~B
・新聞の健康関係記事・・・BとCが混在
・雑誌の健康関係記事・・・CとDが混在
  一部のメディアではほとんどD
  編集者の意図について検討する必要あり
・テレビ・ラジオの健康番組・・・CとDが混在
  一部のメディアではほとんどD
  編集者の意図について検討する必要あり
・ネットの記事・・・ほとんどはCとDの混合物
  民間の医療機関が提供する記事は玉石混交
・人からの伝聞・・・ほとんどはCとDの混合物

といったところでしょうか。

闘病記や噂話の信頼性はC~Dなのですが、根強い人気があるのは、「もしかしたらそのような事例に該当するのかもしれない、あるいはそう思いたい」といった心理機制によって引き寄せられてしまうのからなのかもしれません。
 

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