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  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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ストップ・ザ「印象操作」

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月16日(金)01時51分50秒
編集済
  >退屈しのぎに、気軽に余裕でからかってやると、
左翼の馬鹿どもが、蜂の巣をつついたように大騒ぎする……

 こんな乱暴なことは書いておりません。

 いかに草原克芳氏が「印象操作」をしているか、よいサンプルだと思いますので、実際私がどんなことを書いたか、ウェブに公開されている「投稿と論争」を貼り付けておきますので、読んでいただきたいと思うのであります。

http://kaze.in.coocan.jp/oohori16.html
 
 

社会文学会春季大会のお知らせ

 投稿者:大和田茂  投稿日:2017年 6月15日(木)23時09分20秒
  私などが会員である日本社会文学会では、6月25日、青山学院女子短大で、大会を開きます。ご興味のある方は、ぜひご参加ください。無料、事前連絡不要です。

日本社会文学会 2017年度春季大会 NEW!


日時 2017年6月25日(日) 10:00~
会場 青山学院女子短期大学 N202教室
渋谷駅東口徒歩10分・地下鉄表参道駅B1出口徒歩5分
          アクセスマップ 青山学院女子短期大学キャンパスマップ 青山学院キャンパスマップ

大会テーマ 戦後の詩と文化運動を問い直す
一般参加歓迎・入場無料

【研究発表】(10:00~)
増井真琴(北海道大学大学院文学研究科博士後期課程)「小川未明の漢詩――高田中学時代の詩業――」
趙 秀一(東京大学大学院総合文化研究科博士課程)「金石範『火山島』論――視点人物と語りの相互作用を中心に――」

【講演】(13:00~)
細見和之「黒田喜夫の世界性を問いなおす」
【シンポジウム】
黒川伊織「初期大阪文学学校と社会運動」
佐藤 泉「一九五〇年代の文化運動と批評」
中村不二夫「戦後詩誌検証――「荒地」・「列島」を中心に――」

日本社会文学会総会
懇親会(総会終了後)


2017春季大会(画像クリックで拡大)

http://shokishaken.web.fc2.com/kiroku.html

 

右巻きエリマキトカゲ

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月15日(木)08時32分23秒
編集済
  矛盾というよりも、
こちらでは、「恐縮です…」みたいな顔してハンケチで額の汗拭っているのに、
別のお座敷では、エリマキトカゲみたいに、襟を大きくぱんぱんに広げて、どや顔で凄んでるなあ~
という意味ですよ。
 

あなたでしょ!

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月15日(木)02時50分45秒
  「風」12号をお読みくださりありがとうございます。

 矛盾をご指摘されたようですが、そういう場合にどうすればよいか、ある方からご指南をうけていますので、再録致します。

■別に矛盾してないんじゃないですか。

多元的に、多層的に、流動的に、複数の大渦、小渦を巻き込みながら、
世界は"複雑系"として変容しているわけですから。
動物園には、熊さんも、パンダも、毒蛇も、ライオンもいるというだけの話。

ということです。

「ロシアゲート」についてはグローバリストが問題としていることですから、草原さんが問題でないことを、またくわしく解説なさることを読者は待望しているはずです。
 

誰がピラニアやねん

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月15日(木)01時34分20秒
編集済
  >少なくとも私にとっては、この掲示板は実に恐ろしい場で、気楽に投稿などけっしてできず、
気を緩めていい加減なことを書こうものなら、たちまちピラニアの餌食になって食いつくされます。

■あれっ~~、
某同人誌で言っていることと、ぜんぜん、違うよね。
退屈しのぎに、気軽に余裕でからかってやると、
左翼の馬鹿どもが、蜂の巣をつついたように大騒ぎする……
みたいなこと、書いてなかったっけ。

 

ロシア・ゲート

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月15日(木)01時03分22秒
編集済
  そもそも「ロシア・ゲート」って、何が問題なんですか?






 

情報源の信頼性

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月14日(水)23時47分16秒
  大堀さん、コメントをありがとうございました。

アメリカ人講師の方が言われていた通りではないかと思います。情報源の信頼性を吟味することは欠かせませんね。

政治関係からは話が逸れますが、一年くらい前、医療情報の信頼性について調べてみたことがあります。(あくまで私の個人的な評価です。)

 A・・・十分信頼できる
 B・・・ほぼ信頼できる
 C・・・ケースバイケースで一概には言えない
 D・・・信頼できない

で評価してみると、

・公的な機関の公開情報・・・A~B
  国公立および大学の研究機関と医療機関を含む
・学会が公開しているガイドライン・・・A~B
・新聞の健康関係記事・・・BとCが混在
・雑誌の健康関係記事・・・CとDが混在
  一部のメディアではほとんどD
  編集者の意図について検討する必要あり
・テレビ・ラジオの健康番組・・・CとDが混在
  一部のメディアではほとんどD
  編集者の意図について検討する必要あり
・ネットの記事・・・ほとんどはCとDの混合物
  民間の医療機関が提供する記事は玉石混交
・人からの伝聞・・・ほとんどはCとDの混合物

といったところでしょうか。

闘病記や噂話の信頼性はC~Dなのですが、根強い人気があるのは、「もしかしたらそのような事例に該当するのかもしれない、あるいはそう思いたい」といった心理機制によって引き寄せられてしまうのからなのかもしれません。
 

鎌田さんへ

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月14日(水)22時44分16秒
   不躾な質問に答えてくださりありがとうございました。

 文科省が悪いのか、政府が悪いのか、マスコミが悪いのか、偏ったわずかの情報では判断できませんね。
 情報発信もできる世の中ですが、見守るしかないというのが現状だと思います。

 トランプのロシアゲート疑惑もよくわかりませんが、アメリカ人講師(トランプ支持)に話を振ってみたところ、フェイクニュースが飛び交ってどれが真実かわからないと言っていました。

 昔は新聞、テレビ、ラジオ、週刊誌くらいしか情報源はなく、それを信じるしかなかったのですが、今は新聞もラジオも信ずるに足りず、ネットを開いてみても多様な情報が飛び交って、information literacyとか言われますが、結局信じる人の発信する情報を信ずるしかなく、その信ずる人があやしくなってくるとこちらの信念もあやしくなって、何を信じていいかわからなくなってくるのが現状ではないかと思います。

 いっそのこと一切の情報を遮断して岐阜の山中深くに隠遁していたほうがよほど健全ではないかと思いますが、山の中の隠棲も思うほど樂ではなく、コンビニ、ファミレス、駅、病院の近い里の生活の方がうるさいけれども樂かもしれません。

 わたしは永遠の「書生」でありたいと自ら思っていますが、政治を語るときは評論家になるのではなく、「國を担う主体者の自覚」が必要であると学生時代教わりましたので、無責任な軽い発言はこの掲示板でも決してしてはならないと自分に戒めております。

 少なくとも私にとっては、この掲示板は実に恐ろしい場で、気楽に投稿などけっしてできず、気を緩めていい加減なことを書こうものなら、たちまちピラニアの餌食になって食いつくされます。

 それですから逆に緊張感をもって書くことができてどれだけ鍛えられたかわかりません。

 またおかしなことを書くかもしれませんが、遠慮なく叱責していただきたいと思います。

 38号の愚作のコメントもして頂いてありがとうございました。



 
 

「読書人」紙から、新たな企画

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 6月14日(水)21時06分1秒
編集済
   版元の龍書房経由で、「読書人」紙から、メールがきました。
新たに、WEBで、「同人誌案内」を掲出していくそうで、興味深く、明後日の編集会議でも
話し合ってみようかなと思います。、
 同人の皆さまにも、ごらんいただけるよう、とりあえず、メール文のコピペをしておきますね。

>群系の会
>
>ご担当者さま
>
>
>突然のメールを大変失礼いたします。
>書評の専門紙「週刊読書人」を発行している
>株式会社読書人の内田と申します。
>いつも貴誌「群系」をご寄贈いただき誠にありがとうございます。
>
>この度、弊社の公式サイトへ「文芸同人誌」コーナーを新たに開設しましたので、
>ご案内のご連絡をさせていただきました。
>
>週刊読書人では、毎月「文芸同人誌評」コーナーで
>白川正芳さんの選んだ文芸同人誌を取り上げて紹介していますが、
>多数の文芸同人誌を全て紹介するには紙面に限りがありもどかしい思いも募ってきて
>います。
>
>そこで、新たに週刊読書人公式ウェブサイトに
>「同人誌」コーナー(http://dokushojin.com/doujin/doujin.html)を設けて、
>
>文芸同人誌(文芸、詩、短歌、俳句など)を、発行されている個人・団体さまが
>自らPR できる場をご提供することといたしました。
>勿論、本紙の「文芸同人誌評」コーナーは引き続き継続いたします。
>
>読書好きが集まる週刊読書人ウェブで、御誌をもっと多くの人に見て知ってもらい、
>新たな読者へお届けしませんか?
>
>お申込みの詳細につきましては、以下ページをご参照くださいませ。
>●週刊読書人ウェブ「文芸同人誌」ご紹介要項
>
>http://dokushojin.com/doujin/doujin_boshu.html
>
>
>
>その他、ご質問・ご不明点等ございましたらお気軽にご連絡くださいませ。
>
>
>
>この機会にぜひ、ご検討いただければ幸いです。
>
>今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 

薬師丸ひろ子・・松田優作 ピエロ時代を思い出す・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月14日(水)18時57分22秒
編集済
  ・四十近くなって、行きつけの喫茶店で、チャーハンを食べていると、見知らぬ短大生から帳面を出されて「これに何か書いてください」と言われ、ポカーンとして幼い相手の顔を見上げたことがありました。その子は今、私の短歌の弟子になってます。考えてみると、当時、街の女の子たちに私は有名だったようで、それを自覚してなかったんですね。悪酔いして飲み屋街の小路で路面にひっくり返って寝ていると、通りかかった女学生の三人組が「・・・さん、こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ」と助け起こしてくれたのですが、全然知らない子ばかりなんですが、私のこと知ってるらしいのです。お礼に食事をご馳走しましたが・・。

・ブンヤやってて同人雑誌で小説を書いてたものですから、田舎町の若い高校生以上の子らは、皆私のことを知っていたのですね。今から思えば、多分、<私の悪い行い>も皆噂していて知っていたのでしょうが・・。後から考えると怖いことでした・・。そんな八十年代、薬師丸と勇作の映画を観ると思い出したものです。
・これ、のろけではなく、ホントの話です。田舎町のヒーローみたいなピエロ物語の一端です。それでも、身を持ち崩さなかったのは、仕事が忙しかったからでしたね。今でも町で見知らぬご婦人から親し気な挨拶をされることが多いのですが。

  ・行きずりの子らと連れ立ち飲みに行き夜明けのコーヒー苦くも飲めり  石塚 邦男
 

探偵物語

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月14日(水)08時28分11秒
編集済
  荻野さんからのメッセージはど真ん中。大歩危ではありません(思わず微笑)
松田優作さんといえば「探偵物語」なのかな?お相手は薬師丸ひろ子さん。

薬師丸ひろ子 探偵物語
https://www.youtube.com/watch?v=BJr4sD3QToQ

入院中、iPadでよく聴いていました。ひたすらだるかったですね。

一年前は入院中の話などしたくもないと思っていたものでした。ようやく落ち着いてきたということなのかも(苦笑)
 

映画「それから」の主題曲

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月14日(水)06時57分58秒
編集済
  横から入って失礼します。

◆大堀さんの質問、鎌田さんの疑義と叱責、大堀さんの釈明(?)と本意、鎌田さんの最終(?)回答。かくして議論は推移し「疑惑」を解く方へ進まれました。興味深く読んでおりました。

◆両者の「それから・・・」が続いたやりとり。フイに頭に浮かんだ標記の音楽。(強引です)

ピアノの音がなんとも冷たく寂しく鋭く画面をよぎって行った印象があります。見かけなくなった藤谷美和子さんと亡くなった松田優作さん。素晴らしい映画でした。
https://youtu.be/dWNezqzb3GA



 

大堀さんへ

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月14日(水)06時39分40秒
編集済
  ようやく気づいて頂けたようで、ほっとしているところです。

純粋な質問とかいうのは、どこにもないんですよね。それはそれでいいと思います。そして、答えない場合は答えないことが答えということでもあります。答えようにも答えようのない問いかけというのがありますから。

もともとのご質問へのお答えです。今回は簡潔に。
前川氏が言っていることはおかしい。ブログにしてもメディアで報道されていることにしても、信頼性に欠ける。今は成り行きを見ていくしかなかろう。論じるには情報不足。情報らしきものは、どれも信頼性に欠けている。空想を空想で紡ぐ伝奇物語を紡ぐのが目的であれば、議論モドキを展開するのも良かろうが・・・笑い。今の段階であれこれ言うのは時期尚早なのではなかろうか。それとは別に、山本太郎さんは、政治や行政の仕組みについて、国会議員として基本的な知識を持っていないのではないか(基本的なことについて勉強不足なのではないか?ということですね)、その結果として誰かの操り人形になっているのではないか?と疑わせる発言が多いが、どういうものだろう。私の勘違いであればいいが・・・

こういうことですが、大堀さんはどう感じられますか?

これからも楽しんでいきたいですね。

追記:群系38号で拝見した大堀さんの福沢諭吉論はいいですね。
歴史になってしまったかのような福沢諭吉と慶応義塾が、大堀さんの塾経営という日常と重ね写しに描写されていて、納得させられることしばしば。思わず微笑んでいました。
 

鎌田・草原両兄へ

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月14日(水)02時22分11秒
  鎌田さん

 わたしは全然ワケわからないのですが、純粋に質問して、答えてもらえず、同じように質問して管理人様から回答があると、めんどうだけど少しだけ答えてやるかという感じでお答えいただいて、感謝しつつも失礼な尋ね方だったかもしれないとお詫びしたものを、また「ふざけている」とか「コメントの体をなしていない」とかいわれ、「まあそういうことなのでしょう」と突き放した言い方をされてまったく意味フです。

 何を言ってもそのように悪い方にしか解釈していただけず、もはやお詫びのしようもなく、甚だこまっておりますことをご理解ください。

 草原さん

「騎士団長殺し」読了し次第、感想を述べます。
まだ一巻の途中ですが。
 

戦争を知らない子供たち

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月13日(火)00時42分50秒
編集済
  私たちの世代は、ここからでしょう。

戦争を知らない子供たち
https://www.youtube.com/watch?v=r8hJKdX-a3Q

話を聞いたり文学作品で読んだとしても、結局は知らない(当事者ではなかった)のでした。ここをきちんと自覚しておくこと、ここから出発することが、あるいは大切なのかもしれません。

何を今更、と言われそうですが、当事者でないと気づかないことは少なくありません。

こういう病気になった時に映る風景はこうなのではなかろうか、と現象学的に推測していたものですが、当事者になってみると、微妙なところが決定的に違います。二年前からの大きな収穫のひとつは、あるいはここだったのかもしれません。伝えるには言葉が必要ですが、伝えられる言葉が見つからないのが実際。

気持ちを整理するためには言語化が大切、というのが一般的な常識になっていますが、おそらく逆でしょう。言語化できるようになったところで九割五分くらい整理がついていた、振り返ってのこと、編集を経た後の産物ではないかと思われます。
 

『人間の条件』五味川純平を再読してみたい。

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年 6月12日(月)19時15分20秒
   『人間の条件』を初めて読んだのは中学生の時であったか・・・叔母の女学校時代の同級生が、ある日、興奮して読後感を語っているのに接した。主人公の梶の人間性に彼女は感動しているようだった。私は彼女に憧れていたので、早速買って読み始めた。梶が理想的に描かれすぎとも思えたが、夢中で読み継いでいた。微かに記憶する「戦争体験」が荒々しく輪郭を持ち始めてきた。
 今、『人間の条件』は戦争メロドラマという評価なのだろうか。日本軍の加害者としての描き方。戦争はどうして起きてしまったのか・・・再読してみたい作品の一つではある。
 

新しい観方が何にもないです 戦後文学はほとんど被害者の目線、加害者の立場で書いてない

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月12日(月)16時08分10秒
編集済
  ・戦後文学・・なんて、ちゃらけていると言ったつもりはないですがね。
少なくとも、新しい斬り込み方をしてほしいんですよ。荻野さん。
長々と書いてますが、結局、何もない。なぁーんにもない。公式通りじゃありませんか。
これまでの定説をオウムのように繰り返しているだけじゃありませんか。
文学はもちろんですが、コマーシャルの文言でさえ、新しい切口でないと・・。

・例えば、戦争物の純文学作品に限って言うと、
中国戦線で泣き叫ぶ現地の農民を尻目に、
豚などの家畜を強制徴収した話とか、現地の女を犯した話とか
進軍先で貧しい現地人から食料を強制的に供出させたことなど、
戦後の純文学作家と言われている戦地帰りの作家たちは、
日本軍の残虐を誰一人なーんにも書いてないじゃないですか。
乙に済ました被害者意識・・それを思想という見せかけのオブラートに包んでは書いてますがね。
書いていても、うんざぁーりするほどパターン化した切口で・・。
あるいは、憲兵の残虐行為を憲兵の立場で一人称を選択して書いたものなどなーんにも皆無。・・
おっと・・皆無というのは言い過ぎかなぁ・・どこかにはありましたが・・。

・<戦後文学は幻影だった・・>佐々木基一じゃないが、全体的にはそう言えますよ。
少なくとも、戦争体験崩れの<戦争文学>に限ればね。
戦後文学を神格化してはダメですよ。油断なくほじくって、
疑ってかかって、もう一度検討し直して監視するのが文芸評論の仕事の責務です。

亡くなった英霊に・・なんて言う感傷を胸に抱くだけで完結するのではなく、
もっと、歴史的な本質、日本人の原罪意識、人間の我田引水の性情、常に正義の側でありたい人間の精神の在りどころまで遡行して検討しないと・・。
それを、先輩の定説を金科玉条に信じ込むなど、宗教団体の信者のようにように神様を信じるように、
定説をオウム返しにお経のように唱えるなんぞ、止めたがいい。何事も疑ってかかれ、だ。

・松本清張は殺人犯の主人公の立場で残虐を書いてます。
彼は、日本のドストエフスキーだと思いますよ。
純文学と言われる<戦後文学>は、加害者の立場で書いてないのが最大の欠点です。
なぜ、戦後文学は加害者の立場で書かれなかったのか・・。
読者が怖かったのです。

・「お前はそんなことやったのか」と誤解されたくなかったのですよ。
だから、加害者を一人称にした作品を避けたのです。
被害者の文学は書きやすい。読者の同情を呼びますからね。

・「俺たち、こんな酷い目にあったんだ。軍隊は酷かった」
なんてね。
冗談じゃない。
加害者を主人公にして、加害者の目線で書かなくては。
ドストエフスキーは、加害者の立場で「罪と罰」を書いたのです。

・軍の命令で・・・したとは書いてあっても、
それじゃ、お前やお前たちの仲間の兵隊は陰で何をしたんだ、なんてことひとつも書いてない。
それに比べ、戦後すこしたってから解禁された兵隊物の映画・・
勝新太郎など主演で当たった中国戦線のアミューズメント映画の方が
真実を伝えてますよ。上官の目を盗んで女のところへ忍び込む話とか、
食料を盗んできて、仲間に売る話とか・・。
ところが、そんな面白い映画はyoutubeにはアップされてません。
外国に、特に中国に誤解されたくないからでしょうね。

もっとも、詩人の石原吉郎なんかは、皆が女を買いに出かけるのに
彼だけは宗教的、信条的にそんなことをしなかった珍しい男だったと、
戦友が語ってますけどね。
石原吉郎が、<戦地童貞>だった話は有名ですが・・。
これは、彼の詩を理解する上でキーポイントです。

・とにかく、<戦後の純文学>という幽霊を再検討する時期です。
幽霊が徘徊しているのは、文芸時評の分野でも同じです・・。

  ・海溝を歩いて来たる英霊の姿を文芸の荒野にも見つ   石塚 邦男
 

パーティーmぜひおいでください。

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 6月12日(月)14時07分44秒
   7月30日の群系パーティーの通知が徐々に来ています。出席通知が多いですが、女性のかたが多いです。前回のパーティーもたいへん好評でしたが、今回も同様に満足のいく会合となる思います。まだまだ締切まで猶予がありますが、ぜひおいでください(ご通知をお寄せください)。会場の出版クラブ会館は、50人~100人まで、対応できる広さがあります。いろいろな出会いがありますよ。

 「群系会報」を作っています。これもまだまだ来ていない方が多いですが、掲示板投稿とはまた違った媒体なので、38号執筆者の方はぜひよろしく(お写真、あるといいですね)。

 本誌は、これから雄飛する可能性を秘めています。今回のパーティーが、それを占うものでしょう、水曜に編集会議を予定していますので、これからの予定を詰めていきます。
 

戦後文学

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月12日(月)09時27分42秒
編集済
  第二次世界大戦が「日本でも」終わって今年で72年。原爆投下で戦闘が「強制終了」されてから72年。いっとき(今でもかな?)戦後は終わったという語句があちこちで連発されたが、或る文芸批評家によると「戦後とは一時の戦前状態である」という認識があった。もちろん馬鹿げた妄言であるが、原発安全が神話であるのに比べて平和は凡庸になっても神話にはなるはずがない。(平和ボケと平和の神話は違う)殺戮を正当化しないという単純な理由のそばに、殺戮「兵器」が人間の産物であることから来ている。科学技術はかつては自然を―ガリレオの言うように―「数学的に」であれ自然の自律性を解明して、人間の文明に(最終的に)貢献するものであった「はず」なのに科学の暴走は人間理性の沈黙を促して、現代とは、人間が―自然に対してでなく―人間に対しているという情況になってしまっている、と言明したのは当の物理学者、ハイゼンベルクだった。核兵器による人類の喪失から温室栽培による旬の喪失にいたるなど、たくさん例があるにしても、自分で為して自分で被害者になるから話はややこしい。平凡で単純な話なのにややこしい。(はなしがそれるけど、単純で平凡なトランプがやすやすとパリ協定から離れますと言ったのはこのことだ。)

現代日本の政治状況は重苦しい戦前の情況へのけぞるように復古するのかしないのかという議論はこの板で数多いけれども、そうした論争を俟たずして戦争へ至るかもしれないという危惧の論議もあまたある。同人誌の世界でも編集後記にそうした意見が載せられているのを読んでやっぱりな、と思う。戦争が人間が引き起こした言わば最悪な人災なのだから、それを如何にして人間のものとするのは文学の務めだなと思う。人間が引き起こしたのだから、そうでなくてはならないのではないだろうか?。
数年前に「芸術至上主義学会」例会の後で、批評家竹内清巳氏が「いまこそ戦後文学をとりあげなければ」と語られた言葉がまだわたしの胸に残っている。その言葉は先ほど書いた「戦前復古の危惧」が音を立ててやってきていることを敏感にとらえたものからきているのだ。

戦闘目的で参加した兵士の死と、無名のまま南方にいまだ骨が発見されない兵士の死を比べることに意味はない。理不尽な戦闘死であるからその形態において比較はできないし許されないものである。ただ、意味するところとは、それらの戦争死に文学がその死を全体として受け止め、かつて「戦後文学」が意味したものを受け継いで創作意識の深部に置いて、現在を確認するときに崩しえない認識として在るということだ。プロアマ問わず根本の一つであるということだろうと思う。「そんなこと、あたりまえだ」と言われるかもしれないが。

「野火」(大岡)や「ルネタの市民兵」(梅崎)などの作品では、敗走兵のおぞましい実態を克明に書き連らねられ、そこで起きたことを兵士としてでなく人間としてどのように受け止めたのかが表現されている。大岡を読む者はもう一人の大岡であり、梅崎を読む者はもう一人の梅崎であり、石原吉郎を読む者はもう一人の石原吉郎であり・・・。けっして「感傷」からでなく、「戦争責任の自覚」の無いところからでなく書かれていることは、日本文学史において高く評価されているし(つまり現在的な書物であること、何時の時代にもアクティブであり続けていること)、よしんば定まっていなくても、一介の読者として、わたしはその小説内容に「痛切」を看取する。わたしはその作品に感傷を見いださない。人間としての「痛切」を見いだして思い知らされる。
 

簡単なブックレビュー

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月12日(月)08時29分58秒
編集済
  ちょっと、脇から入ってすいません。

>ただいま読んでいる村上春樹の「騎士団長殺し」も紙吹雪のように
吹き飛んで行ってしまうほどの重い課題を提示されたように思われました。(大堀氏コメント)


■論議は論議として進めていただいて~。

大堀さん、
村上春樹「騎士団長殺し」
読了したら、簡単な書評していただけませんか。
大堀流でかまいませんので。

(…あの、いつもの床屋政談と違って、余計なこと考えなくてもいいですよ……笑。
この掲示板でも、話題の本や、隠れた名著の寸評があっても
よかろうかと思っているだけですから。
論争の緊張感と、文学・芸術サロンの豊潤さがあれば、掲示板としては理想的かと)




 

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