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特集 Ⅱ 《野口存彌と日本近代文学》その2 のテーマ作家

 投稿者:管理人 iPad 322  投稿日:2018年 2月 9日(金)17時55分48秒
編集済
     あ、荻野さん、二つもありがとうございます。これらも含め、ぜひ皆様もよろしく。

                                        ◯

     さて、次号・40号のご投稿予定が10通ほどきています。もうしばらくしたらそれらの予定作家・詩人・批評家の名前を掲出しますが、今回は第Ⅱ特集の、野口さんの論稿・作品について、書いていただける方の募集です。39号の野口年譜を参考に、以下の作家・作品を上げてみました。解題・紹介・批評をご担当いただける方はぜひ、編集部までご連絡下さい。

   特集 Ⅱ  《野口存彌と日本近代文学》その2   のテーマ作家
・森鴎外「大塩平八郎」を読む                      2001年6月       担当者内定
・芥川龍之介・芸術の光、人生の闇               2013年12月      担当者内定
・梶井基次郎「城のある町にて」                   2002年12月
・宮澤賢治  「宮澤賢治を考える」                 2004年3月      担当者内定
                      有名作家ランキング 宮澤賢治   2005年12月          同上
・島崎藤村    「若菜集」への道程                  2005年3月
・佐藤春夫    大逆事件から遠く離れて           2010年12月
・川路柳虹     最初の口語詩を書くまで          2001年2月   ~2003年3月   その1~その3
・岩野泡鳴     詩より散文へ                            2007年3月
・蒲原有明     詩的完成という逆説                 2009年7月
・平出修         英知の人の感性                        2004年6月
                     「太陽」「文章世界」にみる平出修          1995年11月
                        沖野岩三郎と平出修                1995年4月
・沖野岩三郎   沖野と大逆事件、沖野と内村鑑三、軽井沢と沖野、沖野と加藤一夫      1986年~1992年
            ※  平出修と沖野岩三郎は、『文学の遠近法』(2004年11月・武蔵野書房)に所収
・野口雨情関連
             野口氏主宰「枯れすすき」誌、全集『定本  野口雨情』・全8巻、別巻など
・創作(集 )     『異形の男』                            1990年11月   踏青社
                       『子供たち少年たち』              1996年11月  武蔵野書房

   とりあえず以上ですが、これらについてお願いできる人はよろしく。
(その他にも今回該当の文学者の論稿はありましたが、割愛です。野口年譜をご参照ください)。
   ご投稿の方へ。分量は自由ですが、見開き2ページから6ページ、多いのは10ページくらいでしょうか。締切は四月末です。
          → uf2gmpzkmt@i.softbank.jp

    その他、以下の文学者については、おもに昭和期の活動ですので、第 Ⅰ 特集に準じて、次次号41号に回したいとおもいます。
        太宰治、堀辰雄、大岡昇平・中原中也、坂口安吾、大田洋子、佐多稲子、
        森茉莉、野間宏、武田泰淳、藤枝静男、菊田義孝
 
 

近藤加津さんの『与謝野晶子~』を読んで

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 2月 9日(金)15時45分5秒
編集済
  島崎藤村と同様に与謝野晶子の歌は読んでいない。まったく・・・不勉強なところですが、歌人だと思っていたら童話も書いていたとは驚いた。知らなかった。しかもオリジナルの創作。引用されている「金魚のお使」は近藤さんのパラフレーズで十分に愛らしい物語であることは分かるし、いかに彼女の子供達が喜んだだろうと想像した。
「幻想と現実が入りまじり、そこがまた面白い」(近藤さん)。子供は超現実に惹かれるものだと思うし、超現実に寓意などと余分な感想を持たない分、純粋かなと思う。

私は娘がまだ幼かった頃、よく寝物語をした。与謝野晶子の創作には及ばないものの浦島太郎・父親版を、なかなか寝ようとしない我が子に寄り添って語ったことを思いだす。みると娘はおとなしく目をつぶっている。では、とさっそく、亀を子供たちの虐待から助けるところから始め、恩返しにやってきた亀の背中に乗って海に潜るシーンを語る。ここがどうやら娘の好きなところで「ア~ラ不思議、海の中でも息ができます、ブクブクブ~」とやると、寝たかなと思っていた娘がニコニコ笑っている。超現実の威力!!。
次に好きなところは竜宮城の中の光景で金銀珊瑚の美しさ、太郎の目の前を綺麗な魚が通り過ぎますとやると、またまた笑いだす。なかなか寝ないので、困った私は次から竜宮城の中に入るまで、太郎が竜宮城の正門をどんどんとたたき、延々と開門を迫るシーンをやるようにした。するといつか子供はすやすやと寝入っている。門を叩くのは面白くないのだ。(それはそうだ)

てな調子で与謝野晶子のレベルには遠く及ばないものの、素人の中年オヤジがときどきやるこの浦島太郎・父親版のオリジナルは子供に気に入られた。(後日、家人が私を真似て聞かせたのだが、あのブクブクブ~のくだりで、目を開けてパパと違うよ、と言われたそうである)
与謝野晶子も楽しみながら書いて、そして読ませたのだろうと想像するとあの頃の自分と娘の時間を思いだす。
 

澤田繁晴氏の「時々の藤村」(1)を読んで

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 2月 9日(金)14時55分53秒
編集済
  藤村は「誠実」な人であったとする澤田氏の指摘に同感した。と言いながら、きちんと日本の近代文学の「古典」に親しまなかった私は、藤村の小説をひとつも読んでいない。せいぜい教科書で『破戒』の梗概を知るだけでだめなのだが、この批評で引用されている『若菜集』には感動した。そしてその瑞々しさに圧倒された。ほっぺたをはられたような強い印象が残った。時代をとわず青春の心に映った感情の風景を、あれほど鮮やかに日本語になおした歌集はないなぁと思ったし、今でもそう思っている。どうしてだろう、と思っていたが「誠実さ」がその感想の理由を説明してくれた。
文学者は(たいていは)へそ曲がりか、照れくさがり屋か、斜に構えて世をすねて見ているか、時には反倫理的な存在である、と思われようが(これは私の偏見でもあります)、実はこの誠実な態度で「も」見事に文学を打ち立てることが分かろうと言うもの。
「誠実」と文学者のことでは、最近読んだ『新唐詩選』(岩波新書)で、吉川幸次郎が書いた中国最大の詩人、杜甫の評文が心に残った。こういうものである。

「杜甫の詩の憂愁はそればかり(仕官の望みが叶わず、妻子を連れて戦国の世をさ迷った杜甫の不幸のこと―荻野)で生まれているのではない。その誠実な人格のゆえにこそ生まれる。世の中の不合理、不公正に対する誠実ないきどおりが、常にその心にあった。そうして常にしいたげられたものの友であろうとしたのである。その誠実さは、自然をうつすにあたっては、対象をつきとおす熟視となり、自然そのものと荘厳さを争う言語ともなった。大芸術を成り立たせるものは、偉大な誠実であるということを、杜甫の詩は身をもって示すものである。」

ところで澤田氏は、さらに付け加えて、「その時々、その年齢にふさわしいような形で愚直・誠実に生きて来た藤村」とみる。私は十代の頃から詩を書いたり、中高年に入ってから小説に挑んだりして、様々な紆余曲折を経て「時々の」その年齢に応じて感覚系がかなり変化しているとはいえ、それはそれで一つの「誠実」「愚直」の表れとしてモノしてきたかな、と自分に納得している。
十代の頃、中高年の頃、そして今の私。それぞれにおいて、つまり自分に対して「愚直に誠実」でいられて正解だったかなと思った。

(還暦越えて、人生途上。まだまだ分かりませんが…)
 

脱漏。訂正。お詫び。

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2018年 2月 8日(木)02時57分54秒
  虚子の句ーー「彼一語我一語秋深みかも」が正しいのです。
饒舌を反省します。

先便、尻切れトンボでお赦し請う。
 

NEW茶話②丸谷才一

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2018年 2月 8日(木)02時51分1秒
  先日、あつまって「駄話」してると、丸谷才一が「シェイクスピアの影武者」にだれが居て、その者と、そのbecauseは、こうこうだ、と新発見新智識を披露していたが、そんなことは外国文学をやる人でなくとも、たんに多少の読書をする人なら周知の事。
丸谷を贔屓にしたいならそれも良いが、「中上健次」が同席に居たら唾を吐きかけたかどうか、いや、きっと、吐きかけたことだろうとおもったことだ。

多少のミミクリー、ぱくりは誰もがやるが、文学者の本物は一時代に、そう多くは居ないと思う。
 

「草木虫魚」すばらしい。

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2018年 2月 8日(木)02時27分11秒
  泣菫さんのエッセイ集に、上記の一冊もあり。
「冴えた眼力で自然と人事を観察し、端正な文章で細やかにつづる、清澄な心境随筆」なり。

生前、丸谷才一は「文章道の達人」と言われたが、実態は佐藤春夫「退屈読本」のミミクリー。
丸谷自身がいばってそう言ってるけれども、とてもとてもでひざ元にもおよんでおらず、せいぜい春夫畏敬の信者のワンノブゼン。「洟たらし。唾吐出し」感がいなめなかった。むろん春夫の方が断然良いので入手すべし。本郷図書館の「保存庫」にはあります。泣菫「茶話」と同じ冨山房版なり。

泣菫、中勘助、岩本素白らの系譜をひいていて、最近死去して惜しいのが杉本秀太郎。この辺はいづれ詳しくね。

夏翁は、以前「霊場の事典」(学研)をある仏教学者と共著で出した。学者は「総論的なページ」を。夏翁は、それ以外の各霊場を担当、四国では道後温泉をアジトにしていた。この仕事では、四国に住む文筆家の誰それとあえてお互い喋り捲り。虚子の「我一語彼一語秋深みかも」
 

テレビは、今ひとつ面白くない

 投稿者:管理人 iPad 103  投稿日:2018年 2月 7日(水)23時05分56秒
編集済
     今日は貴乃花の会見があって、これは見ておもしろかったが、その後のテレビ番組は実におもしろくなかった。
   小生は笑うことが好きで、お笑い番組は好きなのだが、近頃はお笑い芸人が、トーク番組に出過ぎで、あまりおもしろくない。
    やはり、iPadで検索したり、好きな作家・批評家の本を読んでいる方が性に合うのかな。
    たけしのトーク番組と、タモリのブラタモリはおもしろい。
    皆さんはどうですか?
 

「群系」次号(40号)の特集

 投稿者:管理人 デスクトップ   投稿日:2018年 2月 7日(水)18時25分6秒
編集済
  「群系会報」に既掲出ですが、もう一度、アップしておきますね。

次号(四〇号)の特集企画
Ⅰ  日本近代文学の転換  ー大正・昭和の文学ー
Ⅱ  野口存彌と日本近代文学  ーその二ー
Ⅲ  創刊三〇周年 ー同人誌の思い出―(仮題)

  ここでは、Ⅰについて、投稿のご案内をしますね。日本近代文学の始原(Ⅰ期)、同展開(Ⅱ期)と続いて、
次号は同転換(Ⅲ期)となります。時期的には、関東大震災の大正一二年の直後から、昭和八年の国際連盟脱
退のあいだ、たった十年ですが、この時期は都市化・近代化が進んで、文学・芸術にも大きな変動が起こり、
いろいろな運動、作品が生まれました。名付けて、日本近代文学の転換、としましたが、実際、下欄に示した
ような作家・詩人がこの頃、活動しています。これらは例ですが、どうぞこの時期の作家・作品、文芸運動に
ついて、ご論考をお寄せ下さい。

もちろん、その他、自由論考、創作、ノート類も募集しています。
締切は来年四月末、刊行は同六月を予定しています

《転換期の文学者》 例

 有島武郎     1878年3月4日 - 1923年6月9日
 志賀直哉     1883年2月20日 - 1971年10月21日
 武者小路実篤  1885年5月12日 - 1976年4月9日
 谷崎潤一郎  1886年7月24日 - 1965年7月30日
 萩原朔太郎   1886年11月1日 - 1942年5月11日
 室生犀星     1889年8月1日 - 1962年3月26日
 芥川龍之介   1892年3月1日 - 1927年7月24日
 佐藤春夫     1892年4月9日 - 1964年5月6日
 宮澤賢治、   1896年8月27日 - 1933年9月21日
 横光利一    1898年3月17日 - 1947年12月30日
 川端康成    1899年6月14日 - 1972年4月16日
 梶井基次郎   1901年2月17日 - 1932年3月24日
 中野重治     1902年1月25日 - 1979年8月24 日
 小林秀雄    1902年4月11日[1] - 1983年3月1日
 小林多喜二    1903年12月1日 - 1933年2月20日
 中原中也      1907年4月29日 - 1937年10月22日
 宮本顕治      1908年10月17日 - 2007年7月18日
 

「群系」次号(40号)の募集要項

 投稿者:管理人 iPad 998  投稿日:2018年 2月 7日(水)14時59分17秒
編集済
     いつまでも寒いですねー。
   さて、群系次号の投稿アンケートを出しています。ご予定がわかった時点で、そのままご返信ください。特集の作家名・詩人名など、ある程度返信がまとまったら、この掲示板にアップしますのでご参考下さい。原稿締切は四月末ですが、なるべく二月末までに返信下さい。
    本誌は、『季刊文科』などから原稿依頼を受ける(「文学の動向」)など、注目されています。今月25日(日曜)の39号合評会の後には、創刊三〇周年の記念の催しを秋口に予定しております。ますます、ご期待下さい。

                              ◯

    「群系」第40号  募集要項

原稿種類 評論・研究、創作・小品、エッセイ、詩、コラム(1ページ。半ページ囲み)など。音楽論・絵画論、評伝、メディア論、漫画論なども歓迎。複数投稿可(3部まで)。

枚 数   基本的には自由
 (1ページは25字詰め×23行×2段=1,150字)。
 1ページ目にはタイトル分25字×8行×2段=400字(1頁物などは、25字×5行×1段=125字)が入ります。それを除いて計算して下さい。

締切 平成30年4月30日(土曜)
    遅れる方はご連絡ください。多少の猶予はあります。

提出先  群系編集部
    →    uf2gmpzkmt@i.softbank.jp   (wordの添付ファイルも可)
           ※ なお、デスクトップの方にもお送りできます。

掲載料    Wordで、3,300円/1p      手書きは3,800円/1p

配布冊数 掲載ページ+2冊(原則)

発行  2018年6月下旬(予定)

合評会 2018年9月の日曜日を予定

特集企画
 Ⅰ  特集《日本近代文学の転換》 大正12年-昭和8年の文学
      該当文学者については、「群系会報」最終ページに掲載していますが、どうぞ、アンケート返信の際、お問い合わせ下さい。
    Ⅱ 特集《野口存彌と日本近代文学》その2
   Ⅲ特集《創刊三〇周年記念》同人誌の思い出(仮題)

その他、自由論考、創作、ノート類、など。

発行部数    420部予定  (39号は470部)

発送先 群系同人(会員)ほか、図書館・マスコミ、研究者・関係各位


※  なお、39号の印刷経費は、送料や、新規封筒代、さらに前号からの未払い代があったことで、898,762円の請求が来ています。先日、とりあえず60万円を振り込みましたが、今回初めて赤字になりました。
    なるべく編集部で善処しますが、この際同人の皆様によければ、カンパをお願いできたらと存じます。
   郵便振込で、会費同様、以下の番号です。
        00150-4-558732   群系の会

   こういうことは、過去30年間で初めてですが、カンパ金額については、ある程度まとまった時点で、やはりこの板でご報告したいと思います(もちろん匿名で、です)。カンパはこれまでに、お申し出を頂いていますが、感謝の限りです。
 

編集会議ご報告

 投稿者:管理人 iPad 686  投稿日:2018年 2月 5日(月)16時15分19秒
編集済
     芸至会員、川端康成研究の深澤さんからの投稿がありました。硯友社は、現在和洋九段中学・高校があるところにあったようですね。どうぞ、多くの方がご参加下さい。(深澤さんは、同校で長く教諭をしていらっしゃる方です)。

                                            ◯

    編集会議を開きました。議題は、以下の項目でした。
・ 合評会について
・ 次号の募集について
・ 創刊三〇周年の催しについて
・「季刊文科」の原稿について(年間連載の執筆分担など)
・ 印刷費の問題について

    合評会(2月25日)については、創作を午前中に時間を設けてやったらどうか、という意見もありましたが、やはり今から訂正となると連絡その他も紛らわしくなるので、いつも通りページ順に、午後一時から四時半までとなりました(途中15分休憩)。その代わり、この掲示板にあらかじめ、個々の作品への感想・ 批評を書いておくことにしました。どうぞ、皆さま、よろしく。
   次号・40号については、先に特集を掲出しましたが(2月3日付本欄)、会員・同人に近く、投稿のご意向伺いのメールを出すことになりました(一部、郵便)。今週前半には出す予定です。原稿締切は四月末です。ご返信、よろしくお願いします。
    本年は、昭和63年(1988年)に本誌「群系」が創刊されて、ちょうど三〇周年になります。誌面にその企画もありますが、記念の催しとして、恒例の群系パーティーを秋口あたりに開きたいとおもっています。広く文学を愛する方の多くのご参加をお待ちします(具体的なご案内は、六月末の40号刊行の際に同封されるものかと予定しています)。
   「季刊文科」誌からの原稿依頼があったのは嬉しいことでした。一年間の連載は、同人の輪番でやっていければと思います。
    掲載料については、今回赤字の件は前にこの板でご報告のとおりですが、なんとかこの件は克服していきたいと思います。またご報告していきたいと思います。
 

講演会お知らせ

 投稿者:深澤晴美  投稿日:2018年 2月 5日(月)14時02分51秒
編集済
  「硯友社を中心とする近代文学アーカイブ講演会」のお知らせ

   日時、2月24日(土)15時~17時
   会場、和洋九段女子中学校高等学校講堂

 中島国彦「近代文学の輝きー硯友社から漱石へ」
 梅山聡「硯友社の女性作家たち」

 ご希望の方は、17時から硯友社資料室もご覧いただけます。
 参加費・申し込みは不要。
 最寄駅は地下鉄九段下(徒歩3分)、JR/地下鉄飯田橋(徒歩8分)です。

 お気軽にお越しくださいませ。お待ちしております。

http://www.wayokudan.ed.jp

 

NEW茶話①:本の心配事

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2018年 2月 5日(月)12時44分13秒
  雨情関係文壇資料が日本近代文学館に収納されるよう、佐藤さんが頑張ってくださってる様子知り、叩頭・感謝。
鎌倉在住の某著名作家:評論家、また故尾崎秀樹さん没後の「重要資料は別として」大量の書籍:参考資料の落ち着いた先は、大方は都外です。したがって物理的に研究資料はとしてカウントできなくなっています。

法政大学所管の「大原研究所」は早くにこうなることを見越していた「賢者」の力なので、たとえば「夢二の滞欧時代の、手付かずの資料」はここにあります。
もはや、「文学館・大学等」では、「都内に存在した大量の書籍・雑誌」を受け入れる「キャパ」は全くありません。
「国立国会・東京都立」の両図書館はすでに「巨大な収蔵ブランチ」を建造。しかし、それで安心では「全然ありません」ことは周知の事実。

かなり前から、地域の図書館では、中野区、北区、文京区、港区等では「リサイクル本」を放出する日が年間にわたって館報・情報で前もってわかっている時代に入っています。年間に数百、いや数千万円におよぶ「蔵書」を購入する館がある時代。パンクしないはずがない。

勿論のことですが、「文庫本一冊」でも返済が遅れると図書館から「矢の催促」。なので半日かけても返しに行く。リクエスする人の、「今、読みたい気持ち」はまた自分のもの。

前記「リサイクル本」には、豪華本:高額本:珍本:希本などもあまたあり。そんな時代になってしまっている。だから筋斗雲に乗って、あちこちの館に行きたい。
ところが「旧版となった百科事典ワンセット」「豪華大型歳時記全5巻」「欠本が生じたプルースト全集」、同様の「ミラー全集」「ツヴァイク全集」「日本古典・近現代文学全集」などを前にして、正直、唖然:茫然。

神田では、旧版の辞書は「広辞苑」をはじめ外国語辞書は100円で店頭に山成す時代になってしまっている。だから、一冊の「文庫本」を返しに、電車、バスに乗り、キャリーカー持参で息せき切って裏通りにある「間借りのブランチ図書館分室」に飛び込み、いきなりアリババの洞窟に入った心持になったところで、目前に積みあがっていて「貰い手のつかない、善本:美本」を全部もらって帰りたいがどうにもならない。たとえリャカー持参で「帰宅」しても「玄関」が満杯、共同住宅住人なれば「通路」に置くことも不可。これが日本中の図書館事情でルーチンになってると思うと「肌に粟」が立つ。

飛躍:脱線するけれども、わがUR団地は近年外人多く入居。と時を同じくして、「置き引き」が頻発、玄関外にとどけられる高齢者の弁当が行方不明に、など。

ともかく、野口雨情・存弥さんに関わる、この「板」では、存弥さんの未刊本一冊、M書房から刊行と聞いていますが、その後の様子を、「すぐに聞きたい」ですね。
 

野口存彌氏の資料

 投稿者:佐藤文行  投稿日:2018年 2月 4日(日)08時54分18秒
  とりあえずご報告します。
 存彌さんの建物を取り壊し、妹さんの荒木恵代さんが家を建てお住まいになるので、残されている「野口存彌氏の資料」(としか聞いておりません)の「受け入れ先」を探していらっしゃるとのことでした。
 茨城の清水常光さんに相談して日本近代文学館に問い合わせたところ、担当学芸員の西村さん(女性)は存彌さん(近代文学館維持会員)の事をよくご存じでした。「拝見してから」とのことでしたので、荒木さんにご連絡しました。
 荒木さんはご兄弟に相談なさるとのこと。(2/2)
永野さんと連絡なさっているとも伺っていますが、「群系」としてのお考えなどありましたら佐藤にもお教えください。

http://snow-man.com/

 

恥ずかしながら・・・

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 2月 3日(土)19時06分25秒
  草原さん、土倉さん、コメントをありがとうございます。

五年というか七年半あまり混乱の中にまどろんでいましたが、恥ずかしながら生きて東京に戻って参りました、といったところでしょうか。

問わず語りが多くなったら、ほぼ間違いなく、私は変調です。
 

雪の京都、いいですね。

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2018年 2月 3日(土)09時30分57秒
   安宅先生はお元気ですね。話も面白い。鎌田さん、永野さん、安宅先生が寄るとどんな座談になるのでしょう。哲学から日本文学、医学から雑学。さぞかし楽しい時間を過ごされたかと。

 今、木更津市は燃えています。何と言っても『芥川賞』受賞作家が在住しているのですから。
『おらおらでひとりいぐも』。偶然にも、直木賞のほうも『銀河鉄道の父』で宮澤賢治もの。
宮澤賢治は、今でも研究、評論の多い作家だが、これで、また大ブームが起きるかもしれない。
『群系』次号で二つの作品について書いてみたい。

 小野さん、生涯現役で頑張ってください。小野さんは女性キャリアとして成功した方。その中でも失敗や挫折感は経験されたことと思います。もう少し、しのあたりが作品に反映されるとよろしいかと思っております。
 

次号40号のご投稿のアンケートについて

 投稿者:管理人 iPad 320  投稿日:2018年 2月 3日(土)09時29分21秒
編集済
     明日の編集会議の後、次号40号の投稿のご意向をメールアンケートでうかがいます。四月末締切、六月刊行予定ですが、どのジャンルに、何ページくらいかのご予定を伺いたく(予定ですから多少変わってもいいです)。
   ジャンルとしては、以下になります。
Ⅰ  特集《日本近代文学の転換》 大正12年-昭和8年の文学
Ⅱ 特集《野口存彌と日本近代文学》その2
Ⅲ特集《創刊三〇周年記念》同人誌の思い出(仮題)
Ⅳ自由論考
Ⅴ 創作
Ⅵ 【ノート】、コラムなど。

    なお、『季刊文科』にこの春から、一年間、「文学の動向」について連載することになりました。
   よろしく。
 

なんだ!

 投稿者:草原克芳  投稿日:2018年 2月 3日(土)08時36分25秒
編集済
  鎌田さん、東京に来ていたんですか。
数日、ココの板を見ていなかったら…。
なんてこった!

~それにしても、安宅さんは、やはりボルヘスに似ている気がする。
オペラ座の怪人ならぬ、図書館の怪人。
 

近況報告・京都行

 投稿者:狐の孫娘  投稿日:2018年 2月 2日(金)22時56分33秒
  小雪降る京都に行ってきました。
28日までの、便利堂創業130周年記念「至宝をうつす」-文化財寫眞とコロタイプ複製の歩みー展です。
場所は京都文化博物館。
地下鉄烏丸御池駅下車、三条通から館へと商家が並ぶ横道を行くと、北大路魯山人の伝説的な「柚味噌」の大看板が掛かっている店に遭遇、まったく予期していなかったので立ち止まり、つくづくと見上げました。
後に陶芸家、料理人となり大名を成す以前の、青年時からすでにモンスターであった魯山人の、「これこそ天賦の才能だ」とあらためて感動しました。

絵葉書で知られる便利堂の4人兄弟の末子・中村竹四郎は、魯山人とともに赤坂で料亭星が岡茶寮を経営、貴賓、作家等が通う有名店主でしたが、一方で京都の印刷屋便利堂社長として日本文化にまたとない功績を残しました。このことを、以下に書きましょう。

周知の如く昭和24年、法隆寺の金堂壁画(国宝)が模写作業中に電熱による「失火」ですべて焼損、まるやけ、真っ黒な壁・柱・堂内。政府・文化人、いや、国民全部が表現を大きく言えば、嘆き悲しみました。
ところが、便利堂は昭和10年にカラー写真を原寸大で撮影していました。
かいつまんで書くと、日本史の教科書で習うように、明治21年、岡倉天心は、フエノロサ、九鬼隆一を中心にして近畿宝物調査をした際に「レプリカ」を造るように文部省に言い残していました。そこで昭和10年に、便利堂が、当時日本で唯一可能だった制作技術をフルに発動、原寸大分割撮影されたガラス乾版から、原寸大コロタイプ複製を制作しました。
乾版を便利堂に納入したイギリスの写真材料会社は、当時では、あまりにも大きな注文を受けて、真偽を確認したそうです。

今度の展覧会では大壁(1・6・9・10号壁)で約40紙、小壁(2・3・4・5・7・8・11・12号壁)で約24枚に分割されてプリントされたモノクローム・コロタイプ複製が、見事な表具技術によって一枚の原寸大複製に仕上げられて展示されていました。
原寸大だからこそ再現可能であったその細部の表現と、それを狂いなくつなぎ合わせた繊細な表具技術のすべてをまじかに眼にして、ほとほと舌を巻きました。

更に驚くのは、中村竹四郎は、文部省が当時やっと進み始めたカラー印刷だと「色が褪せる」からモノクロームで、と注文したのとは別に、カラーでの乾版も「自費」で撮影していたのです。

戦中・戦後、便利堂が総力を尽くして京都郊外に疎開・秘匿しておいた、先記したところの「死蔵されていたカラー乾版」、この存在によって、金堂壁画はよみがえりました。今見る、再現金堂壁画は中村竹四郎の「先見の明」「社運を傾けてもの無辜の出費」がなければ実現しませんでした。安宅は、この時期、星が岡茶寮の莫大な「収益」を魯山人が鎌倉に建てた「窯場」に底なしにをつぎ込んで、便利堂自体の経営さえも「深刻」な状態ななっていたこととを考え合わせており、魯山人追放事件の「内実」を熟考する必要を覚えています。

戦後初のカラー・コロタイプ印刷の大型本は、東京国会図書館の特別保管室にあり、京都・奈良を護ったラングドン・ウオーナー、文部大臣天野貞祐らの「中村竹四郎へのオマージュ」を印刷した資料も読むことができます。
今度の会場の壁面には、時の総理吉田茂の「感謝状」が掲げてありましたが、中村竹四郎と言えば、魯山人とのかかわりで、今日、時に「魯山人の引き立て役」におわっています。これはとんでもないことでしょう。

?
 

安宅先生、永野さん、とのひと時

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2018年 1月31日(水)22時49分28秒
  ありがとうございました。
掲示板にあれこれ書くより、実物を見て頂くのが一番だろうと思いまして(苦笑)
三十年前と変わらない感じということは、あの頃とほぼ同じ感じに戻ったというこということなのでしょう(多分・・・本当かな?)

今夜は皆既月食。ホテルに戻る途中、七分ほど欠けたお月さまがきれいでした。
 

鎌田さんとのひと時

 投稿者:管理人 iPad 021  投稿日:2018年 1月31日(水)21時56分52秒
編集済
     下の投稿、もっと書いていたのですが、消えてしまいました。

    今日は、研修のため上京されていた鎌田さんと会ってきました。30年以上前、予備校で一緒にお仕事をしていた人です(彼は理数系、物理や数学担当でしたが)。九段下のロイヤルホストには、先に安宅先生もお見えで久闊を叙したあと、よもやまの話になりました。
    当時安宅先生も交えて何時間も喫茶店で時を過ごしました。それこそ、哲学や宗教、天文学など、学際領域を超えて、新鮮な話を伺いました。あれからだいぶ経つのに、話ぶりもお姿も変わらない感じでした。
    とりあえず、iPadで記念の写真を撮りました。
 

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