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  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


一論一服、いま「群系会報」の編集をしています。

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 6月18日(日)14時58分52秒
編集済
   この二~三日、この掲示板は議論が白熱して、場外の人もやんやと興奮して見守っていた向きもあ
るようでした。掲示板設立者として、こうした議論が出来るということは、例えば前世紀には考えら
れなかったことで、すごいことだと思います。

 苫小牧の人のことをめぐって、問題提起したものですが、とうのご本人は、文学者たらんとするの
をやめて、ご自身を有象無象の一人におとしめて韜晦をはかっていますが、感心したのはこのかんの
議論にあって、馬耳東風というか、この論調の主題がご自身にあるということを自覚されないばかり
か、これら議論の高みの見物者となっていたことです。さらには17日(きのうですな)の投稿で
は、群系に「同人雑誌評」を、とこれまた「ウゾウムゾウ」のお立場ではなく、この板の他の同人と
同じ立場でご提起なさっている。もう何をかいわんやですね。ま、ユーモアですらある氏の存在、こ
うした板が多くの人にまじわっていく以上、こうした夾雑物は、排除しきれるものでないと、観念し
ました。

          〇

 さて、ご報告ですが、「群系」38号の印刷・発送代金は、前にご報告のとおり、一金、90万
6284円になりましたが、これにたいする、執筆者。会員などの掲載費・会費などは、きょう18
日現在で、74万9669円積算されています。早くからお振込みの執筆者の方々、また会費をお振
込みの皆さまには感謝です(とりあえず、メールで受領通知を出しています)。明日にでも70万円
の支払いが出来そうです(ちなみに、龍書房さまのこの代金は業界では格安だそうで、話にきくとこ
ろですと、「ここがつぶれたら、うちらの雑誌も廃刊だなあ」、というところもあるそうです)。
 まだお振込みでない方の分、10万円があります。当初、もっと大きな赤字を抱えそうでしたが、
皆さまのご協力で、雑誌の発行が出来ています(会費、これからのお振込み、ぜひ! なお、会費は
2千円/半期ですが、いつも5千円、なかには2万円、もお振込み下さるか方がいらっしゃいます。
感謝です。)

        〇

 もう一つ、いまやっている作業は、「群系会報」の編集ですね。きのうきょう、心にしみる原稿も
投稿されまして、あと少しで刊行できるものと思います。「群系会報」は本誌17号のときから出さ
れていて、その号の執筆者に原稿依頼、毎回2/3くらいの方が寄せていただき、A4の袋綴じ、
14ページくらいの冊子になっています(ご負担はなしです)。かろうじて、Wordの添付で送れる
厚さで、執筆者、会員の方など、70~80人くらいの方に送っています(電子メールのない方に
は、プリントして郵送)。「会報」には、自己紹介以外に、本文の補遺、や時局、論壇にたいする意
見・感想もあって、なかなか評判です(写真もあって、「本誌」よりもこちらを楽しみしている」と
いう人も少なくないです)。


 7月30日の群系パ―ティーの出席は、思ったよりは多くないですが、さらに多くの方に出ていた
だきたいと思います。「会報」を手に、会場へどうぞ。欠席の通知をされた方も、もしご都合がつけ
ば、ぜひご出席ください。こうしたパーティーの一日は、平日の何もない日の、100日分の意義が
あり、思い出が出来ます(おおげさ!)。いろいろな出会いがありますよ。


?



 
 

déjà vu

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年 6月18日(日)11時41分19秒
編集済
  ■この言葉、何となく、デジャ・ヴュ感を感じるんですよ。

 いつの間にか、管理人さまの根保さんに対する訓戒は、草原さんと荻野さんのやり取りに引き取られ、当人たちをステージから邪魔だと蹴散らし、登壇しようとするギャラリー(土倉さん、土屋さん、鎌田さん)もしゃらくせぇーと蹴落とし、アクの強い個性派俳優による二人芝居的な代理論戦になると思いきや、

 草原さんの上の言葉から流れが変わって、

■かつて「大逆事件」の特集をやった雑誌が、まさにこの「今」、
内輪もめみたいなことして、何をやっているんだろうと思います。
文学にとってのほんとうの敵は、「表現の抑圧」そのものでしょう。
いまの政府――何やってるんですか?

 これを一番言いたかった草原さんと荻野さんはおもむろに肩を組んで向きを官邸の方に変えて
「悪いのはアベだ、政権だ!」
と、共通の敵を確認して手を取り合って連帯を深めるというところで一場の幕となったようです。

 大方の読者(観客)もこれに納得されて「そうだ、アベが悪いんだ」というところで一見落着となり、劇場を後にされたようです。

 わたしも村上春樹の「騎士団長殺し」よりも興味深いこの一両日の掲示板の推移を見守っていたのでありますが、アジアの近い国々でこれに似た構図があるという既視感にとらわれたのであります。

 内輪もめが起こると、「東海の向こうのイルボンこそわれらの敵ではないか!」
 政府批判が起こりそうになると、「民族の宿敵東洋鬼(トンヤンキー)を殲滅せよ!」

 こう叫ぶことによってあっさりとまとまってしまって、共通の敵に対して団結を固くする国々と似ていると思います。

 なんでもかんでもアベが悪い、地震が起こればアベが悪い、船が衝突してもアベが悪い、AKBのイベントが中止になってもアベが悪い、幼稚園に入れなくてもアベが悪い、給料減ればアベが悪い、論争起こればアベが悪い、それで争いは鎮まり、まとまってしまって仲良くなれるのなら、全部吸い取ってくれるアベ総理にむしろ感謝しなくてはなりません。

 近辺の騒擾、諍い、揉め事解決には、即効薬「アベ」です。

   ※

 戦前のような言論弾圧が起こることを心配されていますが、時代背景というものがあります。

 国が大変なときは規制がかかるのは当然の話で、同人は大所高所から全体をご覧になっている管理人さまのお立場を理解しなければならないと思います。

 国も同様で日本が平和にやろうとしてもそれを脅かす外敵があれば、非常事態となって、統制規制が掛かってくるのは当然の話で、何もないところにいきなり規制がかかって、独裁政権に管理されて息苦しい世の中になってしまうなどとは杞憂も甚だしいところで、そんなことばかり言う人はむしろ、戦前回帰を深層心理で願望しているのではないかとさえ、訝ります。

 陛下のお言葉を慮って、退位法案が通ったように、今後の提案もされた管理人さまのお気持ちを慮って、群系の今後を静かに同人は考えるべきだと思います。
 

ちょっと角度を変えて

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月17日(土)16時31分26秒
編集済
  今国会で「共謀罪」を委員会決済を経ないで中間報告の承認(だったかな?)という驚くべき方法で成立させた安倍政権は、「読売タイミング」で、松野文科相の「官邸からの指示文書はありました、ごめん」という謝罪発言させたのを見て、わたしはしばらく気が付かなかった。つまり強行採決と謝罪のミックスダウンが、またしても生じたということ。いや生じたのではなく「この方法」を用いて、将来、準「破防法」になり得る法律を成立させるという技法を彼らは知ったのである。そしてこれはひとつのシステムになるだろう。後世の人々から、当時の自民公明の輩は「しでかした」という歴史の裁可を受ける。この裁可は「これは使えるぞ」ということと同義である。善悪もくそもない。(下品でごめんなさい) だから安倍なる「個人」が消えてしまっても「次の」誰某はこのシステムを使うことができる。またこのシステムの別の項ではメディア封じ、抹殺、報道管制にいたることもある。事実、極右の高石総務大臣は「政権が正しいと判断していることを正しくないと報じるメディアは処罰の対象」と言いのけている。つまり電波法で国営放送以外のテレビ、ラジオなどを厳しく規制していくということだ。この一連のシステム的な動向はどのような先の日本の情況を描くことになるのか。"表現の自由"という理念(?)が形骸化してゆくのがうかがえる。
この掲示板での自由な政治論議も危うくなるかもしれない。

予想は簡単につく。独裁政権樹立だ。それにともない国民総監視体制が成立し戦前の(おぞましき)「特別高等警察」の復活と国民生活スパイ網の成立だろう。オリンピックのため、などと、またしてもまやかしの術を使っているが「閉会式」の後に~戦前の軍部独裁+積極的平和主義-集団的自衛権でもって、近い将来、「そんなことになりませんよ」とヘラヘラ笑いを続けた政権担当者たちがいつか地上から消えた後で「なる」であろう~恐怖の事態が待ち受けていると思う。
だから明日からもう安倍と言う個人名をわたしは使用しない、たんに現政権と言うようにする。あるいは権力という多少錆びついた言葉を使う。個人は消えてシステムが作動して民意と無関係にいかようにも時の政権に有利な法的整備がなしうるという恐怖の時代の到来であるかもしれない。(しかし考えてみるに「有利な」とは誰に有利なのか。日本会議か。一部の階層なのか。不可解なことである)

いつもと変わらない朝、お笑い番組、美味しい食事、笑う子供達、幸福な人々、快晴の日々。一昨日からそれらすべての景色の背後に暗い雲がモクモクと湧いているような景色が見えるように思う。ひっそりと事態は転じようとしている。その意味で「危機の時代」…。ま、危機と言うと世界的なとも言えるけど。
 

これは杞憂かも知れませんが…

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月17日(土)15時06分24秒
編集済
  ■私自身は、小集団と大集団で、倫理というのは、案外、
アナロジカルに通底するものではないかと思っているところはあります。
企業や国家が、「家族」の論理で語られるように。
ただ、そうではないかも知れない。

何が恣意的か、何がそうではないか。
何が人格攻撃で、何がそうではないか。
自明だと思っているこういう問題も、案外、人によって解釈や定義が違うかも知れない。

■いずれにせよ、これから始まるかも知れない政権側の「ネット規制」的な措置をも見据えて、
ネットや掲示板側の当事者の論理武装としては、
この辺のメディア・リテラシー的な議論を、現在進行形の状態で、
試行錯誤的に詰めておくのも必要かとは思います。
そして、原理原則は、明解な方がいい。

連中は、《憲法で保障されている①「言論の自由」は認めるが、②「〇〇問題について規制するのは、例外的にやむなし」》
という論理でやってくるに違いありませんから。
(これは荻野さんや根保さんの問題ではありませんよ。この文脈を超えて、もっと別の問題になります。
 ただ、規制される側の論理としては、原理原則を一貫した方が、反撃は強靭になると思う)

まあ、お互いに(行政側/ネットユーザー側)共に、
いままでなかったメディアと接触しているわけではありますから、
われわれはこれから、未知の領域に入っていくことになります。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

たとえば連中は、こういうこともやっています。

【田中龍作通信】
「沖縄の今を伝えるラッパー大袈裟太郎の預金口座が凍結された」
http://tanakaryusaku.jp/2017/06/00016015

【大袈裟通信】
http://blog.livedoor.jp/oogesataro/archives/cat_67590.html

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

■もちろん、私自身も、こんな心配は"杞憂"であればいいとは思うのですが、
そして、この板の問題を、政治やメディア規制と連動して考えるのは、場違い、勘違い、誇大妄想、
であればいいとは思います。

しかし官邸は、加計学園を追究して菅官房長官をタジタジとさせた
東京新聞の望月衣塑子記者の身辺調査をやっているとのことで、
いよいよ、嫌な時代が来たもんだなあ~と。

「波取り記者」ではない、まともなジャーナリストが潰される時代
https://twitter.com/ISOKO_MOCHIZUKI


【「前川氏や詩織さんの思いを直接ぶつけたかった」
菅官房長官を厳しく追及し内部文書の「再調査」を実現!
岩上安身による東京新聞記者・望月衣塑子氏インタビュー 2017.6.16 】
https://www.youtube.com/watch?v=G7P1d-tHQyo
 

困らんぞよ・・・

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月17日(土)13時49分52秒
編集済
  「関東掲示板」の趣旨説明で(つまりページトップ)にPC版では書かれていない文言があるのです。携帯でサイトを立ち上げると最後のくだりで「社会・マスコミ批判などもどうぞ(誹謗・中傷はおことわりですが)」とあります。不思議なことにPC版ではこの言がありません。
ま、その謎はどうでもいいとして、この言がいつも(わたしはガラケーなんですが)、目に飛び込んでいます。「群系掲示板」のトップでもこの言はありませんが、考えてみれば「言わずもがな」ということだと思います。今回わたしが「例外措置」と言ったのは、政権が「原理・原則」が平気でやるような「拡大解釈」=フレームアップと同等に考えられるのはどうかなと思います。たとえば板を主宰する或る組織のその板の趣旨がAとして反Aなる投稿があると「自由な発言の場」であるにもかかわらず、削除したり拒否するのが、まさに「例外的な措置」だとわたしは思う。誹謗・中傷はお断り、というのはマナーであり反論する際の基本姿勢を逸脱するのは許さないということではないでしょうか?
草原さんのイメージするところの拡大解釈=フレームアップのなかにわたしの用いた「例外」の意味を認め退ける発想はわたしにはありません、まったく。ただ健全な板の運営上、厳然としてあるマナーを守る、きちんと対応する投稿の態度のことを言っているだけのことです。もしもそこに主宰する側の意図が恣意的に反映されるのであれば健全な議論の広場ではない。

閣議決定を乱発する現政権の態度は例外を恣意的に認めるという最悪の態度ですが、好む最悪の態度がわたしの考えている態度とあい通じているのかどうか。それは閲覧者の判断にも待ちたい。わたしは通じていないと思います。(だいたいわたしの例外措置たる理由説明の下の投稿は恣意的かな。そうじゃないと思うんだけど。)
 

困ったなあ~

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月17日(土)12時56分23秒
編集済
  ■この辺で手打ちにしようと思っていたけど……。
困ったな。
一言いわせてもらわないと。

>自由に意見投稿できる。これは当然ですが、このケースの場合は例外措置として考えなくてはいけない。
同人誌掲示板で煽るだけでなんらの政治的・文学的定見も無く、おちゃらけて揶揄するだけの投稿内容は見たくもありません。
どう、思いますか?
なんでもかんでも"表現の自由"をとなえたら「なんでもあり」でしょ?? 違いますか??


                *

■この言葉、何となく、デジャ・ヴュ感を感じるんですよ。
「このケースの場合は例外措置として考えなくてはいけない」
というのが、某政党(というか現政権ですね。自民党にも批判者はいるでしょうから。あ、「某」の中身を言ってしまった)
のお得意の論理ですからね。
この手法で、どんどん原理原則を外して、例外的な措置を重ねて構造化していく。

~もちろん、荻野さんの意図はそういうことではないけれど。
だからこそ、「困ったなあ」なんですけどね。


■例えば、埼玉の警察不祥事についてときどき投稿してくる方、
聾唖者問題について投稿してくる方、いますよね。
確かに、彼らは真摯な告発者であり、同情すべき被害者であり、
その文面も、社会問題、いまの世の中の問題ではあるでしょうけど、
背景を確認してみると、同じ文面を、あちこちの掲示板に大量にコピペしている。
この掲示板の参加者、あるいは閲覧者に読んで貰いたいという意志は、あまり感じられない。
世間で話題にしてもらえればどこでもいいわけで、
何も「群系掲示板」である必要はないわけですから、これは管理者判断によって、削除されても仕方がない。

~「排除」「削除」には、そういう明確な理由がないと、少なくとも、この板での「表現の自由」の規矩は、
恣意的になってしまうのではないかと愚考いたします。
評論誌がそれをやっちゃうと、あとで汚点になりますよ。


■「このケースの場合は例外措置として考えなくてはいけない」→「閣議決定」
という発想パターンに慣れっこになってしまうと、
どんどん、理念も原則もなし崩しになってしまう。


 

では、そういうことで。

 投稿者:荻萩の荻野央  投稿日:2017年 6月17日(土)11時59分48秒
編集済
  草原さん。久しぶりに熱くなりましたね。わたしの血圧、いま160越えてます。くらくらしてます、歳です。

ウゾウムゾウ(モゾウではない)に変身した根保さん。しばらく静かにしていてください。疲れるんですよ、コチトラも。
(しかしなぁ。わたしが法螺? その口の悪さ、なんとかならんもんかね)

言っておきますが同人各氏、いろいろとチャレンジなさってますよ。ご心配なく。
また「群系」が商業誌並み、それ以上などと自画自賛などしていませんよ。"内側からの権威づけ"についてお考え下さい。(なんのことだが分かるかな??)
 

でも・・「群系」は良い雑誌なんだがな・・新鮮な同人雑誌の評論対象の「同人雑誌評」を設けるアイデア

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月17日(土)11時45分36秒
編集済
  ・永野さん、「群系」は良い雑誌ですよ。ホント、そう思います。
私ごときウゾウモゾウに目くじら立てず、良い雑誌を今後も継続してください。
これは、ギャグではなく、心から思ってますよ。
荻萩さん、私の過去の罪状を羅列してくれてありがとうございます。
そんなこともあったなぁ・・と久しぶりに思い出しました。
懐かしいですね・・。

・皆さん、「群系」に寸感でいいですから、評論作品対象の「同人雑誌評」を設けるといいですね。
「群系」の文芸評論に劣らない、いえ、その上を行く文芸評論書いている方たちがゴマンといます。俺たちが最高だ、なんて自画自賛している場合じゃないですよ。

・巻末に原稿用紙十五枚か二十枚、「同人雑誌評」設けると、
同人雑誌の格が上がりますし、会の運営にも大きくプラスになるでしょう。
購読会員も一挙に増えるというものです。
三十人もの文芸評論家を抱える「群系」なら、そのくらいやれる人物は数人いるでしょう。
また、いなくては本物の文芸評論誌ではありませんし、当然いないと困ります。
掲示板でだらだら書き流しているくらいなら、人のためになることをお勧めします。
ですが、ポッと出の文芸評論家は筆さばきは素人でしょうから、楽ではないですよ。
それくらいやれなくては、永野さんの主張する全国制覇は無理でしょう。

・私も少し言い過ぎた点があり、反省猿になってますが、
荻萩さんみたいに特攻隊員みたいに一直線で怒り心頭に発しているわけではありません。
年の功の余裕ですかね。

・ただ、若い文芸評論関係者にお薦めしたいのは、
文芸評論賞に少なくとも二度、三度挑戦してみないと、
自分が全国でどの程度通じるか、客観的に己を観ることができないだろう、ということです。
それは、詩でも小説でも短歌、俳句などの分野でも言えることです。
荻萩さんも挑戦してください。掲示板で口角泡を飛ばしていたり、法螺を吹いたりしている場合じゃないですよ。

・北大の小笠原克、旭川の亀井勝雄なんかも象牙の塔から飛び出して、
一般文芸誌の評論賞に応募、見事当選を勝ち取り、
学会でも一目置かれ、月刊文芸誌の原稿依頼があるようになり、
認められることになった、という事例は、
蛙も大海を知る必要があるということを教えてくれてます。

・皆さんは若いのですから、
われわれのような年寄りを相手にせず、ニコニコ顔で適度にあしらって、
我が道を拓いて行く余裕の隠れた努力を惜しまないで下さることを願うばかりです。

・皆さんが同人雑誌の文芸評論家で終わってほしくありません。
そこを踏み台に高殿を目指してほしいのです。ええと・・私の血圧はこの歳で上は130、下は85と常に変わりません。皆さん、叩かれることに慣れてくださいよ。皆さんは今や野党じゃなく与党の自民党なんです。叩かれる立場なんですよ。

・修羅場潜ってますから、この程度で血圧はびくともしません・・・。私は自民党に相手にされない共産党の小池さんみたいなもんです。自民党なら、大らかに受答えするものです。全共闘世代は、与党になっても与党の自覚持てないようですね。

・以下に落首三体・・。洒落て・・御あとはよろしいようで・・。

  自民党のごとき結束羨ましと群れる鴉を見上げていたり

  仲間褒めここまでくれば同士なり穴の貉か池の蛙か

  高殿を観ればわが身を思はざる北国いまだ夏は遠しも  石塚 邦男
 

そろそろ、夏だ。

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月17日(土)11時32分9秒
編集済
  まあ~
なんだかんだで、久しぶりに熱く議論しているじゃあ、ありませんか、ウチラ……(爆)


 

草原さんへ~ピロリ菌退治

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月17日(土)11時15分26秒
編集済
  ◆「絶句・・・」と思わず書いた草原さんの気持ちは分かりました。「群系掲示板」は関東と同じく「公開された」お互いの意見交換の場であることは重々承知しています。ですからそうした場での根保氏の意見(になっているのかな~?)に対して、この場で問うべきことを投稿するのは当たり前です。彼の個人メール宛てに送るのは筋違いというもの、方法論的に、ね。

◆草原氏の言う「たこつぼ。同人相思相愛的褒め殺し」同人誌は衰退するのに間違いないところで、正しい。これは、かの勝又氏の指摘のあるところでもありましたが、ただ、今回のわたしの言うところは、反論を問いただしている者に対してその内容を真摯に受けとめて、きちんとすることがなされていないという、彼のでたらめな態度に業を煮やすと言うよりも、質しているつもりなのです。今のタイミング、という意味が判りませんが、いうなればそう言う意味でのタイミングは過去にもあったと聞いていますし、わたしが参加してありますし、しかもこの板だけではないことも知られているわけですから、「積年の恨みだ、おのれ!」と殺人剣をふりまわしているわけではないのです。またそんな理解を他の人からされるとは思っていません。(ピロリ菌退治に似てますね。長年胃痛に苦しんできたわけですから。)
別の対象に向けようにもおひざ元でこんな馬鹿げた投稿者に対して批判していることはまったく時間の無駄に近い。

◆昨日、群系編集会議が持たれましたが、今回の38号に寄せられた意見の葉書、手紙がどっさり来てましたヨ。プロからの評価も気になることでしょうが、全国から寄せられた読者の意見も大切です。わたしはそんな風に思います。これからもっとたくさんの意見が寄せられるように頑張りたい。彼が何をのたもうが、別に悔しいなどと思わない。

◆蛇足ながら「彼の人」は苫小牧でにんまりこの掲示板を見ていることでしょう。してやったり、なのか、あれ??なのか。いずれにしても扇動者にすぎません。

【土屋さんへ】
ふたつ質問ですが、いま現代批評の水準についてどう思っていますか? お聞きしたい。事実、わたしは本屋で(立ち読みなんですが)、毒にも薬にもならないような文章で敷き詰められているように思う。なにか革新的でぞくぞくする批評文をぜひ読みたい。貴方の推薦するところの批評家をしてもらえませんか?。

根保氏をこの板から排除するということと、"表現の自由"という概念とは一致しない。自由がはき違えて理解されると「自堕落」につながる危難を考えれば。しかもこの美しい概念ほど、草原さんの指摘ではありませんが、メディアの破綻、情報の信憑性が今の時代ほど問われてる事態は無いわけですから、そもそも何が"表現"なのか、どのように"自由"なのかが、議論の対象になっているのです。
自由に意見投稿できる。これは当然ですが、このケースの場合は例外措置として考えなくてはいけない。同人誌掲示板で煽るだけでなんらの政治的・文学的定見も無く、おちゃらけて揶揄するだけの投稿内容は見たくもありません。
どう、思いますか?
なんでもかんでも"表現の自由"をとなえたら「なんでもあり」でしょ?? 違いますか??
 

(無題)

 投稿者:土屋慶  投稿日:2017年 6月17日(土)11時04分24秒
編集済
  もう何年も原稿を投稿していないので部外者のような私ですが、一言。永野先生の憤りは「群系」という雑誌のレヴェルアップ、商業誌に匹敵するような水準にまで引き上げたいということにすべては由来することだと思います。純粋読者からすれば、またあの熱い批評の時代を経験した私としては、現在の「群系」はまあ批評を書くものの「稽古場」のようなもので、商業的に価値のあるものだとは思えません。そこで既存の文芸評論家の方々を引き入れるという発想も出てくるのでしょう。ものを書く当事者からすれば、各々自負心はあるでしょうが、あの思想と批評の熱い時代を本誌が再現することは夢のまた夢ということです。必要なのは、現在の商業誌にあるような批評の水準に照らして己の書くものがどの程度の位置にあるかというもの差しだと思います。一流とまでは言わなくとも、現在商業ジャーナリズムで活動している批評家の方々の書くものの水準との距離を測ることだと。その専門家との距離が測れていないのが根保さんのイタイところではないか。表現の自由がある限り、そのような理由で掲示板から根保さんを排除するというのには反対ですが、あとは各々のモラルの問題でしょうか。自分にそれだけの力がないと思うのならば、尊大な態度をとるべきではないということです。  

今は、エネルギーや批判力を、別の対象に向けるべき

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月17日(土)10時07分45秒
編集済
  >それから草原さん。
絶句・・・とあり、こんな論法ありますかとコメントしているけれども、永野さんの言っていることは間違っていない。
ただ会員非会員を問わず肝心なことは、「争論」を意図するのでなく、投稿された政治社会的議論や、
話題、近況報告、連絡お話について「節度を持って」反応するべきだ、と私は思う。(荻野氏コメント)


■「絶句」というのは、いつもの永野さんの文体ではないからですよ。
それに「そんな部外のものが、なぜいけしゃあしゃあと、掲示板に投稿するのでしょうね。」
というのは、内輪の案内板ならともかく、
少なくとも"開かれた文芸掲示板"の立場ではないのでは?

基本的に、荻野さんのように、根保氏に対し、直接、反駁・批判するのはいいと思うのですよ。
お互いが書くことを主軸としている人間同士だし、文芸掲示板ですから。
ところが、以前もこんなことがありましたが、
管理人の永野さんに耳うちするような形で
「個」として主張を表明せず、「われわれ」という曖昧な主語の中で主張するというのは、
これは何だか、おかしくないですか。

それに、わたしは「荻野―根保」論争だって、「空っぽ」だとは思いませんよ。双方とも。
私だって、大堀氏と対論することで、日本国憲法の出自について、勉強させてもらいましたからね。
彼や安倍晋三とは、結論は、大違いだけど(笑)

■現在は価値が混乱した時代だし、議論・論争があって、当たり前の時代。
互いに細々と褒め合い、傷の舐め合いをしていたって、
そんな同人誌は、僻地の限界集落みたいに、平穏に滅びていってしまうでしょう。
あるいは無内容なまま、膨化してゆく。
何事もそうでしょうけど、空中分解しない程度の求心力を持った、
螺旋的な対立・葛藤・回転こそが、創造性と拡大の鍵だと思います。

ただ、今のタイミングだと、下の荻野さんのコメントは、
「この機会に、積年のナントカを~」というニュアンスにとられかねない。


              *

■かつて「大逆事件」の特集をやった雑誌が、まさにこの「今」、
内輪もめみたいなことして、何をやっているんだろうと思います。
文学にとってのほんとうの敵は、「表現の抑圧」そのものでしょう。
いまの政府――何やってるんですか?
行政文書を隠蔽するわ、黒塗りで提出するわ、事実を記憶にないと強弁するわ、
仲間内の利益誘導を国民のためと言い含めるわ、
こういうウソの「物語」を解体するのも、批評や文学の役目でしょう。

だからこそ、逆に、
前景はウソのエピソードの構築(小説的フィクション)であっても、
遠景には真実が姿を現すような「文学」が立ち現れる。
あるいはそれを評価できる目力が養える。
~この構図は、時事問題も、文学作品も、相似的ではないですかね。

これからの時期こそ、『群系』誌の存在意義が増す機会ではないのですか。
エネルギーや批判力を、別の対象に向けるべきではないですか。
まるでこれじゃ、日本の腰抜け野党だ。民進党だ。

               *


>「群系」の作品について、私以外に外部から詳しい批評、感想がありましたか?
あればたいしたものですが、仲間内以外はほとんどないでしょう。

■根保さんのこの言葉に、本気で、悔しがるべきなのです。
素直に、腹を立てるべきなのです。
つい先日、やっと二人の批評家、小説家に、認められただけなんですから。




 

川内晩柑

 投稿者:鎌田良知  投稿日:2017年 6月17日(土)09時31分21秒
  土倉さん、川内晩柑は文旦の仲間ですが、栽培に適したところが少ないため、愛南町(宇和島市の南隣、旧宇和島藩御荘組だった地域)が特産地になっています。ここで全国生産量の約半分が生産されています。

病というのは、何とも言えないところがほとんどですね。
 

警告・・・根保氏へ

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 6月17日(土)09時06分38秒
  ◆「群系」主幹の永野さんの投稿の指摘をどう受け止めるのか、が問われている。先に貴方が「戦艦大和と特攻隊員の死はまだよかった」という自身の発言―先の元復興大臣「3.11は東北で良かった」とあり得ない発言を例を異にするも、倫理的不穏当なレベルでは同じ―に対して「戦後文学」という表題でわたしは反論を書いたが、貴方はまともな反論も出来ないで、いつものように揶揄して誤魔化した。永野さんの指摘に対しても同じように揶揄して誤魔化している。あの発言を放置する、無反論のまま、は群系の見識が疑われかねない。だから私は書いた。こういう発言に対して貴方は(もはや)「定形的に」揚げ足を取るだけである。思考能力が衰えているのか。言語は思考結果を整序する機能そのものだから、そうではないかと私は推断している。だから前に思わず「性格だな」とつぶやいた次第だ。

◆ここ数年のこの板での貴方の発言は全体として意味内容においてカラッポであるから、コメントはしなかったのは時間の無駄だからだ。反論とは揚げ足を取ったり揶揄するのではなくて、問いただされたことにたいして真正面に受けて発言しなければいけない。イロハのイだ。元新聞記者であればなおさらのこと。デスク経験があったわけだから部下の書いた記事を正確に読むようにしてもらいたい。しなければいけない。

◆主幹の永野さんは、基本的な性格として「おおらかで」「清濁併せ呑む」「姿勢として幅の大きく広い」同人誌のまとめ役として模範的な人である。そのことが判らないということは、
1. いかに貴方がこの板で議論よりも「争論」を好み、板の泡立った状態を卑しく楽しみにしていることしかできないからだ。(自分の住所やアドレスを公表して誰かからの問いかけを待っているということだが、いかに貴方と話をしたいという人物が、地元以外皆無であるということが良く分かる。)
2. 実物の永野さんの面と向かって対話をしていないからである。したがって貴方は群系合評会に来なくてはいけない。同人諸氏と批評論争をする必要があるのだ。

◆かつて貴方は関東掲示板の故・東谷さんの同人誌批評の文章が「汚い」「品がない」と罵倒の言葉を投げかけ、自ら「汚い」「品がない」文章能力しか持ち合わせないことを全国の同人誌諸氏に知らしめた。恥ずかしいことだ。
昨今の関東掲示板での或る作者の疑問・反論に対して「馬鹿、阿呆」の連呼はまったく見苦しい限りで、関東掲示板が荒れている。群系の掲示板をそのようにさせるわけにはいかない。

◆「~とはそうしたものだ」は貴方の口癖だが、そんな風に思わぬ同人がいることを想定して、慎重に書いたほうがいい。あたまにパッとひらめいたのかどうかはしらないが、即決で書いているから「上から目線だ」、へんてこな命法、と批判されるのだ。時間をかけてゆっくりと反論の根拠を定めて発言しなくてはいけない。しかも「綺麗な文章」で・・・。

そんなこと、できるか、と言うのであれば、この板から撤退することを要求する。

それから草原さん。
絶句・・・とあり、こんな論法ありますかとコメントしているけれども、永野さんの言っていることは間違っていない。ただ会員非会員を問わず肝心なことは、「争論」を意図するのでなく、投稿された政治社会的議論や、話題、近況報告、連絡お話について「節度を持って」反応するべきだ、と私は思う。

もしも私のいうことが間違っていたら、返事を待っています
 

これで終わりにしましょう

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年 6月17日(土)06時15分52秒
   まさか、このような展開になるとは・・・残念!!今はどのように批判しても正当な討論にならないと思いますので意見は言いません。ただ、「お前の母ちゃん出べそ!!」的な応酬は恥ずかしいです。

 いつくしみ深き 友なるイエスは  罪とが憂いを とり去りたもう
 こころの嘆きを 包まず述べて   などかは下さぬ  負える重荷を
 祈りにこたえて 慰めたまわん

 昨日で二男が昇天して一か月がたちました。孫が描いてきた運動靴のデッサンが、あまりにも二男のタッチに似ていて恐いようでした。
 人はいつ神に出会うのでしょうか・・・

 この世界の荒れようをみるとき、平然と「神は死んだ」などと言うことはできないでしょう。
 争いの元は「宗教」と「政治」。有史以来からの戦争が続いています。

 私はクリスチャンではありませんが、日々、二男のために祈りを続けています。自己を見つめる、いい時間になっているようです。

 死を見つめることは苦しく辛いことです。この世から去り「天国」へ行く。この世からあの世へ。「西方浄土」へ。「天国」といい、「西方浄土」といい、人間の幸福への願望が作った思想であり宗教かと思っています。

 日本の仏教は「現世利益」の感がありますが、人が本当に追い詰められると苦からの救いになるでしょう。

 みなさま「汝の敵を愛せよ」です。

 鎌田さん、昨日、「産直市場」で「河内晩柑」という種類のグレープフルーツを買いました。
 みかんのふるさと宇和島の自慢のフルーツらしい。フルーツ好きの二男にあげました。
 宇和島名物はたくさんありますね。

 病に嘆くひと、諍いに心波立っているひと、さまざまな悩みを抱えるひとを
 お救いください・・・
 父と子と聖霊の御名において  アーメン
 

良いか悪いかではない 大らかにやりすごせ

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月17日(土)01時51分18秒
編集済
  ・仲間意識だけで固まらないことです。
視野を広げよ、と言ってるだけです。
同人雑誌という穴の貉にならないことですね。
永野さん、大人になれとは言わないけれど、
少なくとも頭を冷やすことです。
ごたごた言われても、ああ言ってるな、とやり過ごす度量がないと、
同人雑誌でさえ主宰できないことになりますよ。

・酷い作品なら、どこが酷いか言わなくては。
好き嫌いの印象批評は永野さんらしくない。
というよりも、やはり、その程度か、という印象ですね。
大らかになれないのですかね。
そのようなことでは、原稿料出しても、
「群系」に書いてくれる批評家は誰一人いないでしょう。
何とまあ、狭い心か・・。

・私ごとき者の戯言は気にしないことです。
それが大人の身振り、処し方ということです。
「群系」の作品について、私以外に外部から詳しい批評、感想がありましたか?
あればたいしたものですが、仲間内以外はほとんどないでしょう。
それは何を意味するか、です。私の感性に響く作品なら、
自分なりにその理由を述べる感想を書きます。

・あ、それから、草原さんに。私は、雑誌受領しました、なんて月並みなことはどこにも書いたことはありません。そんな月並みな葉書一枚出すよりも、感想を書きます。それが私のやりかたです。それとも、感想の一言もないのに、葉書で「雑誌受け取りました」なんて書いてほしいということでしょうか。私にとって、「群系」は、別に特別ではありません。一同人雑誌です。「群系」を特別に扱ってほしいということなら、良い作品を書くことでしょう。それはあなたも先刻承知のことと思います。

・それとも、お世辞でも二言、三言を言われたいということですか。草原さんほどの作品を書くご仁なら、そんなことは、先刻承知しているでしょう。ま、低次元のやりとりはしたくないですが。一言添えておきます。はい、これで打ち止めです・・。

  ・実りなきやりとりの果て目をやれば海はあくまで蒼くしありぬ  石塚 邦男


  
 

絶句…。

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月16日(金)20時06分16秒
編集済
  >そもそも氏は同人ではない、購読会員でもない、好意でこちらから「群系」を送っているが、会費はむろん、ていねいな礼をいただいた記憶もない。そんな部外のものが、なぜいけしゃあしゃあと、掲示板に投稿するのでしょうね。
まあ、同人は皆寛容で、言論の自由を十分に認識してい方たちゆえ、こんないいかげんな人間の発言も許容してきたわけでしょう、

■根保氏の思想がどうであれ、さすがにおかしくないですか、この論法。
 

品のない根保氏の心根

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年 6月16日(金)13時07分18秒
編集済
  >問題によって左右ころころ変わるのが普通の人の生きざまというものです。
>思想家と言われる人間も、時にα時にγというのが世の習い、
白であり、時に黒であり、時々赤というようなものです。
私なんかは、人によって右左どちらにも差別されてます。
でも、人間そんなもんだと達観してますがね。

  根保孝栄・石塚邦男氏の人間評価は、こんなうすっぺらで、信念も何もないもの、「問題によって左右ころころ変わる」-それが普通の人のありようで、「人間そんなもんだと達観してます」がが本人の言い分、こんなところで「達観」という語彙は使われるものか。この人にかかっては、吉本隆明や花田清輝も、適当に白黒つけられる。
 そもそも戦後文学を否定するどころか、「特攻や戦艦大和で死ねた人間まだよかった」(6月12日)と言ってはばからない人格ですからね、戦後文学は被害者の文学で、加害者の立場が書かれていない、などと、それこそきいたふうなことをだらだらかいて、誠実に戦後文学を言い立てようとする同人を、上から目線で強引に否定、マンバを浴びせる。戦後文学のなかにある人間の真実を、そんなものをかつて感じたことのない氏は、やみくもの否定、悪罵をあくしかなかったのですね。
 「右も左もない」ーこのことは氏の常日頃の投稿をみれば、すぐわかる。同人大堀敏靖を右翼だ、保守だ、などといなすが、それはご自分のどうう¥いう立場での発言か。まさか「民主主義」的な、リベラルな立場からの発言か、いやそういうふうを装うが、実は何の立場も思想もない、「右も左もない」ただの思いつき、わがままの発言なのである。

 氏の投稿に対する反発は、この5年来であるが、そろそろ、氏にたいするわれわれの立場を闡明する必要があろう。その発言、もってまわった口ぶり、なんでも自分が知っているというそぶり、自分にまかせれば、どんな批評でもやってのけられる、という尊大さ、同人は皆その態度に辟易している。時に攻撃が度を過ぎた、と思ってか、今度は実にやにさがった自身の自慢話をさらりお(ぬけぬけと)開陳する、つい先日の、80年代の新聞記者をやっていた時代、若い女性から気にかけらていた、とい自慢話、など、まあ、実にころころ変わる話ぶり。定見も何もない御仁ですね。

 そもそも氏は同人ではない、購読会員でもない、好意でこちらから「群系」を送っているが、会費はむろん、ていねいな礼をいただいた記憶もない。そんな部外のものが、なぜいけしゃあしゃあと、掲示板に投稿するのでしょうね。まあ、同人は皆寛容で、言論の自由を十分に認識してい方たちゆえ、こんないいかげんな人間の発言も許容してきたわけでしょう、

 だが、もう限度を超えました、同人の嫌悪、反撥、は管理人の当方の耳にたくさん届いています。氏の投稿をわが意を得た、という人はほとんど皆無、皆あきれているばかりです。
 氏は自分が、作家であり、文芸評論家であると自任しているようですが、錯覚もいいところです、「ほんとうの批評は小説を書く人でなくてはなしえない」-これはご自説のようですが、その肝心のご自身の小説たりや、一度本誌に投稿されたものは惨憺たるもので、冗談半分にこれを投稿したのではないか、と思われるほど下品でひどいものでした。冗談でなかったのは、後でご本人がボツになったのを何度もかきくどいているのでわかりました。批評も、氏のものはきいたふうな、いわば床屋談義で、きちんとした論壇誌に載せられるれべるではありません。

 言論の自由、はありますが、「白黒定まらない」「左右、その時の気分」のいいいかげんなおしゃべりは、いいかげんやめにあいてもらいたいものです。







 

人間誰しも・・私なんかは・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月16日(金)11時39分56秒
編集済
  ・そうですね。うまいこと印象操作された小説は成功例。
下手なバレバレの印象操作された小説はどうしようもない駄作・・ということでしょうね。
そもそも、下手な印象操作なんて、まともな人間には通じませんよ。
吉本隆明や花田清輝が評価されるのは、
レトリックの印象操作が抜群に巧かったからでしょう。

・右だ左だ・・どこでどこから区別するのでしょうかね。
境界が実に曖昧模糊としてます。
左右の仕分けは便利ですが、単純すぎて今では通じない色分けでしょうね。
一般的な右翼、左翼という言葉が差別用語だということを考えたいですよ。
人間、時に右になったり左になったりするものです。
生涯通じて右、生涯通じて左なんて人誰もいませんよ。

家庭では右だが、世間では左、あるいはその逆なんて人間、ざらにいますよ。
会社では右、外に出れば左なんて人、けっこう多いしね。
あるいは、右っぽいが性根は左、外見は右だが内面は左とか・・

問題によって左右ころころ変わるのが普通の人の生きざまというものです。
杓子定規に決めつけは差別というもの。
大概の人間、心のうちは隠して生きているもの。
正直に・・我がままに生きている人間なんてほぼ皆無でしょう。

思想家と言われる人間も、時にα時にγというのが世の習い、
白であり、時に黒であり、時々赤というようなものです。
私なんかは、人によって右左どちらにも差別されてます。
でも、人間そんなもんだと達観してますがね。

  右左何処に行くかと思案して今日は左と道選びたり  石塚 邦男
 

印象操作とは、何ぞや?

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 6月16日(金)07時04分35秒
編集済
  >いかにリベラル左派の人々が「印象操作」をしているか、よいサンプルだと思いますので、

■これは違うと思います。
このフレーズ自体が、典型的な"印象操作"だ。

>いかに、人々が、人間が、人類が、「印象操作」をしているか、よいサンプルだと思いますので、

と書いたら、アナタは正しい。
想像力と言語を持つ動物である人間についての何事かの真実を、語っていることになる。
そもそも、いつから「リベラル」と「左派」を連結させて言い慣わすようになったのか、
これも印象操作の例。

~ちなみに小説とは、印象操作の総合芸術……以外の何モノでもありませんわね。
 

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