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スレッド一覧

  1. パソコンクラッシュ(>_<)(6)
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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


龍書房さまの様子

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年12月11日(月)14時46分46秒
    さらにアップするのが、群系誌の印刷の編集割付など、一切をやって頂いている、龍書房さまのようすです。今回、同人の皆さまには初公開です(我々、編集部には、すごく見慣れた風景です)。

https://m.youtube.com/watch?v=EF2h5CjkpJ8


   その他、必要なものには、個人の了解を得てからアップとなります。よろしく。
 
 

群系の会 飲み会の様子

 投稿者:管理人 iPad 617  投稿日:2017年12月11日(月)14時02分21秒
編集済
     群系の会 27号合評会 2011?年?9?月?4?日 と、その後の飲み会の様子です。

  合評会後に飲み会の二つは 、以前にアップしたものより、長いヴァージョンのものです。

群系27号合評会に様子。冒頭、取井一氏の意見開陳があります。
https://m.youtube.com/watch?v=h2ZPkFHprjI

合評会後の飲み会  その1  土倉ヒロ子姉の話から始まります。
https://m.youtube.com/watch?v=MnI4iTaWyFA

合評会後の飲み会その2   ジャーナリストと内田誠氏のお話も。
https://m.youtube.com/watch?v=Hc4mayu-dd0



 

平出修研究会の動画

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年12月11日(月)12時37分16秒
編集済
    古い方のパソコン(Windows  vista)のHDDからデータをアウトプットすることが出来ました。写真や動画がいろいろあります。新しい今のパソコン(Windows 10)では、You Tubeに登録できているので、簡単に動画がアップできます。以降、芸至の会合や群系の合評会のようすなど、逐次アップしていきますね。
   とりあえず、以下は、平出修研究会での様子、野口存彌さんの講演と、もう一人の先生(お名前?)の講演、それとその後の茶会の様子です。群系のいつもの面々が映っていますよ。2011年6月30日、のものです。(今回、初公開)

https://m.youtube.com/watch?v=4O3FFo8hsAM

https://m.youtube.com/watch?v=UFvUHPwThEs

https://m.youtube.com/watch?v=yd4nlUeR3Jo

 

「群系」39号,、ご希望の方はどうぞ

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年12月10日(日)14時34分17秒
編集済
    誤って既刊号のをアップしてしまいました。改めて、掲出しますね。

 「群系」39号の追加注文が来ています。在庫はまだありますのでどうぞ、また、この掲示板をごらんになってご希望の方もどうぞ、ご連絡下さい

   uf2gmpzkmt@i.softbank.jp
 

「群系」39号、ご希望受付けています。

 投稿者:管理人 永野悟  投稿日:2017年12月10日(日)12時57分6秒
   「群系」39号の追加注文が来ています。在庫はまだありますのでどうぞ、また、この掲示板をごらんになってご希望の方もどうぞ、ご連絡下さい。

https://www.google.co.jp/webhp?sourceid=chrome-instant&rlz=1C1NDCM_jaJP700&ion=1&espv=2&ie=UTF-8#q=%E9%87%8E%E5%8F%A3%E5%AD%98%E5%BD%8C&tbm=vid

 

いろいろな音楽を。

 投稿者:管理人 iPad 456  投稿日:2017年12月 9日(土)21時59分41秒
編集済
     今日は、ずっとiPadで音楽を聴いていました。

https://m.youtube.com/watch?v=RnfDem4gmes
天地真里は、あの頃、よく耳にしたなあ。アイドルの走り?

https://m.youtube.com/watch?v=rqCAd6AZYCo
ザ・ピーナッツ この歌が好き!

https://m.youtube.com/watch?v=7BicqEAn4gE
若い頃のザ・ピーナッツ   後ろで踊っているスマイリー小原が懐かしい!おどりもうまい!


https://m.youtube.com/watch?v=jRD9XIySHDY
キャンディーズ あなたに夢中  田中好子が死んだ時、よく聞いていたのがこれ。

https://m.youtube.com/watch?v=jGS0GAWMXE4
洋楽。よく耳にしたもんです。ロネッツ

https://m.youtube.com/watch?v=D9vcjn1iSnA
同上。リズミカル。

https://m.youtube.com/watch?v=WTJpTpusug8
たなばたさま  野口さんも好きだった。「ごしきのたんざく、わたしがかいた」はいいですね。

https://m.youtube.com/watch?v=-Xd4iTegp4A
クリスマスには早いけど、この歌声はいいですね。

https://m.youtube.com/watch?v=K1eKtzxd6pg
虎姫一座(浅草)、  シャボン玉ホリデー   懐かしい味です。

https://m.youtube.com/watch?v=lbYMDO0k-M0
同上  。「りんごの唄」ー同時代に生きていたわけではないけど、心踊るの


 

「群系」誌への感想・ご意見など

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年12月 8日(金)14時52分46秒
編集済
  「群系」39号の到着のご報告やお礼がきています。皆さん、立派な雑誌、綺麗にできている、と言ってくださいます。当方も、今回は表紙の一本の木の写真(編集部同人提供)を始め、いい感じになったなと、発送日に版元で初めてみたときからそう思いました。じつに、この龍書房さん、さらに印刷元様には、いつもいい仕事をしていただいている、と感謝です。また、今度から、龍書房さまのご好意で、左ページ上に、各論考の標題が記載されるようになりましたが、これもご好評をいただいています。いいですね。
   中身の論考、作品などの具体的なことは、二月の合評会に向けて、またこの掲示板でいろいろご意見や感想などお願いしますが、今回は割付・体裁などでご意見がありましたので、ご報告かてがら、皆さんのご意見があればうかがいたいところです。
   まず、今回は特集が二つになりましたので、第一特集の《日本近代文学の展開》と、第二特集の《野口存彌と日本近代文学》にも、1ページの扉文を付けました。すると、あと二つの《自由論考》と、《創作》にも何らかの言葉のある扉文を付けた方がいきなり論稿が始まるよりいいのではないかのご意見がありました。
   また、《自由論考》には色々な文章がごっちゃになっている、柿崎氏の《歴史ノート》や、相馬氏の久坂葉子のコラムなどは、別の箇所にした方がいいのではないかとのご意見も。確かに、土倉氏の芥川賞のコラムは、特集の後に入れたのですが、気になってはいたのですが、結果ああなってしまいました、
  同じく自由論考に押し込んでしまったカズオ・イシグロをめぐる論考も、せっかくのノーベル賞、いい扱いができないかなとは思っていました。でも、文芸批評誌の本誌が、研究だけでなく、こうしたトピカルなものを掲載できてよかったです。個人的には当初あまり関心がなかったのに、布施田・名和両氏のご文に触れて、一度読んでみたいと思うようになりました。日本的なもの、プロトジャーパニーズは、かえって外から眺めた方が自然に浮き上がってくるのかもしれませんね。

  ところで、失敗と訂正のご報告です。野寄氏の、川崎長太郎「父島」をめぐるご論考は、《明治大正の文学》ではないですね、昭和の作品でしたから、そこ以外の場所にするべきでした。よく出典を顧みずにした凡ミスで、かつあってはならない失敗でした。野寄氏には、ほんとに失礼でお詫び申しあげます(ま編集部でも、川崎長太郎は明治ではなかろうと、一応検索したのですが、ギリギリ大正に入るかと思って最後に入れたのでした)。野寄氏には、毎回、集英社版の叢書、【戦争×文学】の連載をいただいて感謝しています。
   とりあえずのところをご報告しましたが、どうぞ皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
 

ご親族からのお礼

 投稿者:管理人 iPad 200  投稿日:2017年12月 7日(木)21時31分58秒
編集済
  「群系」の最新号、 39号が執筆者には朝10時までには着いたようだ。一般の個人にも今夕までにはお手元に届いたようで良かったと思う。今回の目玉は何より、同人だった野口存彌(のぶや)氏の文学の特集がこれだけの規模でやることができたことである。年譜も15ページ、作成できた。
   すると、当方が帰宅した8時ごろだったか、ご親族の方(妹さん)から電話があり、感謝の言葉をいただいた。
ー私どもが何もできないでいるのに、こんなにも立派な雑誌にしていただいて、感謝です。涙がでそうでしたー。

   こういうお言葉を頂いて、当方らも感激、というか、やってよかったと思う。ご親族とは近くお会いして感想など聞くてはずになっているが、さらに期するところがあるのは、新聞社や文芸雑誌などの反応である。野口氏という稀有の同人だったからこそ出来たこういう特集、もはや文学などほとんど取り上げないマスメディアであるが、こうした特集に、少しは新鮮味を感じてくれるだろうか。
   また、何かあるごとに、連絡を掲出したいと思っています。
 

村松英子さんは美しい

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年12月 6日(水)18時11分59秒
   松村英子さんの舞台を観たことがあります。『ボルジュア家の毒薬』です。わたくし、イタリア映画の『ボルジュア家の毒薬』に惹かれ、何回も見ました。あの官能には溺れました。故に村松英子さんの舞台もどうしてもみたくて。たしか、「草月ホール」での上演。

 イタリアのこの時代、魅力的ですね。
 

眠たい目をこすって読み始めたら

 投稿者:坂井瑞穂  投稿日:2017年12月 6日(水)05時28分54秒
  芥川賞作家の松村英子さんとあるのは松村栄子さんのことですね。未読なんです。

このところ三島由紀夫関連の意見や論考が続いていましたから、女優で詩人の村松英子さんと混同してしまいました。

再びミスリードに気がつくまで夢心地をさまよいましたが、このような事例をもネタにして綴ってみたい気分です。

この数日ロバート=フィンチとジョセフ=B=コーネルを読み耽っています。
 

『至高聖所」の松村英子さんは書いています。

 投稿者:土倉ヒロ子  投稿日:2017年12月 5日(火)19時13分0秒
   『至高聖所』で芥川賞を取った松村英子さんは今、五十代になっている。この筑波大を舞台にした青春小説に、わたしがなぜ惹かれたかは、今、はっきりとは伝えられない。あの時、しばらくは机の上に置かれたこの本を抱きしめたいような気持になっていたことは感覚として残っている。感傷を排した硬質の文体に惹かれたのか?

ひょんなことから、彼女の近況を知る。最近作は茶道ものの『花のお江戸で粗茶一服』など。これは、かなり話題になっているらしい。今は大学教授と結婚して京都に住んでいる。京都は創作の舞台としては、いつの時代も刺激的だから、面白いものも書けるだろう。遅ればせながら、この茶道ものを、これから読むつもり。アバトーンも再読してみよう。
 

塾講師という仕事

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年12月 4日(月)23時56分19秒
編集済
    ちょっと興が乗ったので続いて書きますが、塾講師という仕事ほど一筋縄でいく商売はありません。よく仕事にあぶれた若者が塾でもやってみるかと軽いノリで教壇に立ちますが、そういう人が3年、も務めあげられればたいしたものです。小中学生相手に、いちめんでは彼らのレベルに降り立ちながら、一面では圧倒的な指導者の立場で彼等を引っ張っていく、その二つが要求されるのです。子供に好かれるいい先生は、それは学校の話で、塾では特に進学塾では通用しません。
   当方も、20代の頃は塾で教えていました。特に小5と中2はギャングエイジで一筋縄ではいかない、叱ってもいうことをきかないやつや、うるさい女の子にしかると仲間同士でこっちを恨んで来たりなどしました。そのうち、いわゆる進学塾に勤めました。今は名高い頭身スクールですが、小生はそこに草創期いました。生徒はできる子が多くその点はよかったのですが、上からの締め付けは厳しく、一時間半二コマの後に、強制的に〈補講〉授業20分を課されました。或る受け持ちの特進クラスは皆授業内容を理解、と言うことで定時に終え、職員室でタバコを吸っていると、塾長の永瀬が来て、ガミガミ言われました。
   当方は古文が好きだったので、それを教えることのできる、高等科のある塾、さらには予備校へと職場を移しましたが、塾できちんと教えられる先生にはいまも敬意をを感じています。
 

安倍叩きは「ファッショ化」?

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年12月 4日(月)23時20分49秒
編集済
  >なんでわたくしにばかりこんなに厳しいのか、

■それは、大堀さん個人というよりも、
大堀さんの背景に、ネトウヨ〇〇万人と、強権的な安部政権が控えていると思うからですよ。
二重写し、三重写しになっている。
むしろ、そちらのほうが、ここ十年、勢力を持っている。

安倍晋三は、汚職や権力犯罪で自分が牢屋に入るくらいだったら、
北朝鮮から日本に核が落ちて、膨大な犠牲者が出て、それどころじゃない状態になったほうがいい……
ぐらいのことを考えて、煽っているんじゃないんですかね。


               *


>そういえば、マスコミは最近「ファッショ化」が進んでいて、
 反安倍報道が横並びしているようです。

■安倍批判は「ファッショ化」ですか。
~凄い思考回路ですね。
現政権批判、権力批判が「ファッショ化」とは!
しかし、実のところは、最近になって、
マスコミもやっと叩き始めているんじゃないですか。
いままではできなかった。

むしろ、記者クラブの望月衣塑子東京新聞記者いじめが「ファッショ化」だと思ってましたが。
菅野完氏など、Twitterのアカウントも消されている。
ふつう考えると、こっちがファッショ化、言論封殺でしょう。

               *



>繰り返しますが、命日にちなんで、三島の憲法論をちょっと振りむいてみただけの異邦人です。

■「異邦人」はまずいでしょ、異邦人は。
愛国者・大堀氏としては。



               *

>ご自分でも怪しげな武道家と外人と胡散臭い男の出てくるネット番組や、
四国の左傾夫婦のやりとりをそのまま引用されているではありませんか。

■あれは個人的な主張というより、時事ネタの雑多な情報収集。
当たりはずれも含めた、玉石混淆ネタのざっくりとした揉み洗いみたいなもんです。
情報鎖国のこの国の大手メディア経由の報道では、それは全く不可能なので。

~それに、確かに彼らは怪しげでうさんくさいですよ。
ただ、その辺の人間にはない魅力がある。
まあ、大堀さんとは"人間観"が違うのでしょう。

https://www.youtube.com/watch?gl=JP&fmt=18&v=yX_XWozSA-4&hl=ja
https://www.youtube.com/watch?v=mpnOND4BFWc


               *


>「豊穣の海」はこれくらい大掛かりな小説は他にはなく、
  戦後の最大傑作だとわたくしは思っております。

■できればここを、もう少し、聞きたいですね。

 

継続的・持続的に書くということ。

 投稿者:管理人 iPad  投稿日:2017年12月 4日(月)23時03分41秒
編集済
     大堀氏の〈嘆き〉のような投稿が続いているので、外野から一言。いや、議論の外野ではありますが、群系誌の編集発行を掌っている立場から一言。大堀氏ほど、持続的・継続的に本誌に携わっている方は稀です。第8号からでしたか、紹介された野村氏は当方と友人関係はつづいていますが、投稿の方はだいぶご無沙汰になっている中、大堀氏がほとんど休載されることなく、また編集部の意向に沿うごとく、特集には積極的に参画され、毎回10p以上の論稿を提出されています。それもヒマな立場ではなく、塾講師(経営み)と言うご職業で、これはもう時間的にせわしないのみならず、うるさく授業をきちんときかない連中を相手では普通は精神的にもめいっぱいのはずが、氏は積極的な教育方針があって、見事これまで運営されてきたのだと思料します。ご自身は右翼・国家主義などと言われていますが、論考はさまざまな分野、人物に及んでおり、三島のみならず、太宰治、武者小路実篤、森鴎外、小林秀雄、漱石にいたるまで、領域も広いのです。初期の頃は創作が中心でしたが、あえて編集部の意向を汲み、論文を提出されています。近年は福沢諭吉や、今号の頭山満などは、他の文芸誌ではまず見られない論考でしょう。こういうかたは、いまは亡き野口存彌氏を除けば、そうはいないものです。
   逆に、来年で創刊三〇周年になる本誌に、かつてはこちらが期待をかけていた後輩、またそうした年齢のかたもいましたが、皆、体調とか家庭の事情とか、あるいは経済的事情とかで本誌を離れている人もいて、当方は本当に残念に思っています。幸い、このところの自由論考に論考を連ねている同人の皆さんは、もう自分の追求すべき作家、文学をとうに見定めていらして、当方はじめ編集部は敬意を持っているところです。

   本誌のように継続的、また半年に一度という発行の雑誌に関わると言うことは、人生のペースメーカーにもなっているものと思います(島尾敏雄論を上梓された石井洋詩同人もそう仰せでした)。
   この稀なる(と言っていい)機関誌を通じて、ぜひご自分の大切な何かを作り上げていっていただきたい、編集部はそう言う気持ちであります。
 

ファッショ化?

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年12月 4日(月)21時34分52秒
編集済
  >~そもそも、道場破りのつもりか何か知らないが、

2012年から、この板にはお世話になっていて、ずいぶん草原「先輩」には「かわいがられ」ましたが、なんで今更道場破りなんかしなければならないのでしょう。
 道場破りをするような柄ではありませんし、そこまで思い上がってはおりません。
 わたくしにできることは○○○破りくらいです。


>相撲の世界では「かわいがる」とか、いいますね。

 遣い方まちがってませんか?

 先輩力士が後輩に対して暴力振るうという意味ですが、この掲示板で起こっているとすれば、K氏のOに対する執拗な嫌がらせ、いたぶり、暴力的人格攻撃だと思いますが、

 相撲の世界では、致死事件が起こってから意味が変わって、先輩や親方が新弟子のためにちゃんこを作ってあげる、部屋の掃除をしてあげることが「かわいがる」になったようです。


> 天皇や國體護持を言うのならば、三島でなくて他の論者を引用してもよい。

 繰り返しますが、命日にちなんで、三島の憲法論をちょっと振りむいてみただけの異邦人です。


>影響をうけた言説を、内的に融合させて、じっくりと発酵させた自分独自の主張を語るというより、 三島の発言に倣い、それを引いた発言が多い。

 なんでわたくしにばかりこんなに厳しいのか、ご自分でも怪しげな武道家と外人と胡散臭い男の出てくるネット番組や、四国の左傾夫婦のやりとりをそのまま引用されているではありませんか。
 内的に融合、じっくり発酵、自分独自の主張になっているとは思えませんが。


>①三島文学には違和感を感じた

 違和感、とは申しておりません。
「馴染めず」と書きました。
 武者小路のような自然主義的文体に慣れてましたので、慣れるのに時間がかかっただけで、「鏡子の家」や「禁色」は楽しめましたし、「志賀寺上人の戀」という短編が鮮烈な印象がありますし、「豊饒の海」はこれくらい大掛かりな小説は他にはなく、戦後の最大傑作だとわたくしは思っております。

 草原さんが言われるように、村上春樹などとはまるで次元が異なっております。


>■要するに、大堀さんの三島論は、ノーベル賞候補文学者としての三島の世間的評価を、
政治的主張に"借用"しているわけであって、 言い換えれば、文学オタクを黙らせる手段化、しているのではないか。(安倍晋三の天皇の権威利用によく似ている)

 どうしてここまで、まさに「極論」されるのか、被害妄想に近いと思いますが、まったく理解できません。

 「文学オタクを黙らせる手段化」とはなんでしょうか?

 むしろ、「愛国発言を黙らせる、封じ込める手段化」をされていると思うのですが、

 そういえば、マスコミは最近「ファッショ化」が進んでいて、

 反安倍報道が横並びしているようです。

 リベラルな意見が封じ込められると思いきや、「報道しない自由」を盾に取って保守的主張を封じ込めているようなのであります。

 加計学園問題でも、前川元文部事務次官の主張と認可を求める加戸愛媛県知事の主張では圧倒的に報道の時間に偏りがありました。

 この板でも、わたくしのちょっとした主張がこれだけ執拗に論難されるのは、そういうファッショ化の表われかもしれないと危惧致します。
 

群系会報のお原稿は20日くらいまでに延期

 投稿者:管理人 iPad 826  投稿日:2017年12月 4日(月)20時53分8秒
      6日に39号の発送を控え、一方では、群系会報のお原稿をお願いしているところですが、今回はどういうわけか、入稿が甚だ少なく、現在までに、二つだけです。私事になりますが、13日に入院・手術がある(一泊2日)ので、それ以前に、発送まで済ましておきたいと思っていましたが、39号をお手元にし、しばらくしてからの発行でもいいでしょうか(要するに、もう少し〆切も発行も遅らせる)。ま、年内の会報発行にしましょうか。
    ま、そうしましょう。また、39号が着いてしばらくした時点で、会報の件、連絡します。
                     ◯
    ところで、最近のこれら掲示板は、後での訂正・削除が効かなくなっていますね。一番下の「自分の投稿の編集」に、自分の投稿原稿が見当たらなくなることが最近ままあります。投稿してまだそんなに時が経っていないのに、ですね。
 

今いるの、文学の土俵だって、知ってました?

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年12月 3日(日)08時52分46秒
編集済
  >不信も何も、わたくしは文学の基本がわかっていないというコンプレックスがある人間で、
楯の会の三島の方に断然惹かれる人間ですから、三島の文学を語らない、語れないのは必然で
これまでのこの板への書き込みもほとんどが情勢論、政治論に終始してきましたことからも、
理解いただいていると思っておりました。
                                            (大堀氏)

>ですから、そもそも文学でなく、憲法論を今回も最初に書き込んで、皆さんのご意見を伺えたらいいと
思いましたものを、「文学を語れ」と痛いところを突かれて、無理やり文学の土俵に引きずり出されて
逃げようとするところをまた捕まえられて、執拗に「文学」「ブンガクッ!」と言われますので、
そろそろ嫌気がさして、「文学を語ることがそんなに偉いか!」と、反発も感じているところです。                                                                      (大堀氏)


               *


~そもそも、道場破りのつもりか何か知らないが、
わざわざ「文学の土俵」にやってきて、大見得を切って、どこかで教わった得意の技をかけようと思ったら、
肩透かしをくわされ、土俵際に追い詰められ、
「相撲が偉いか!」「柔道がなんぼのもんじゃ!」みたいな泣き言をいうこと自体が、おかしいのです。
相撲の世界では「かわいがる」とか、いいますね。


■つまり、私が言いたいのは、何ゆえに、それほど三島にこだわるのかという疑問ですね。
何も天皇や國體護持を言うのならば、三島でなくて他の論者を引用してもよい。

以前、大堀さんは、三島をはじめ、谷口雅春ら、四人の著作家を挙げたと思うのですが、
その中でも三島に対する言及が非常に多い。
その四人から影響をうけた言説を、内的に融合させて、じっくりと発酵させた自分独自の主張を語るというより、
三島の発言に倣い、それを引いた発言が多い。

仮にそうだとしても、文学者としての三島や、その作品世界に惹かれ、
その結果として、憲法問題や天皇観にも目を開かれた……というのなら、私にも話がわかるわけです。

~ところが、貴兄の場合は、

>「わたくしは、一人の文学者が生命を賭して投げかけた「問題提起」に対して、憲法改正が現実味を帯びて
論じられる中で、余りに上滑りの犯罪的な浅薄さにあることを自分も含めて反省しなければならないと思っています。」

>「歴史や伝統の重みや国家とは何か、守るべきものは何か、浮薄な現実に流されて考えることを放棄し、
考えることをタブーとしてきたような戦後の日本人に、一人の文学者が体を張って訴えたことは
大きな意味があるとわたくは昨日改めて思った次第であります。」

などと、「文学者・三島由紀夫」を、繰り返し、強調しながらも、

①三島文学には違和感を感じた
②三島の天皇観や憲法観は、共鳴する

という。


■それこそ、「三島を語ることがそんなに偉いか!」と、反発も感じているところ……になってしまうです。
スジが違うだろうと。
あるいは、単なるヒロイズムだろうと。

三島という表現者・行動者の持っている矛盾
(それ自体は色々な問題があるわけで、論じるに値するものだと思います。私は村上春樹が三島を越えているとは、とうてい思えません)
を見据えて、大堀さんが「自分の言葉と自分の思考」で、語るというのならば、面白い。
しかし…。



■要するに、大堀さんの三島論は、ノーベル賞候補文学者としての三島の世間的評価を、
政治的主張に"借用"しているわけであって、
言い換えれば、文学オタクを黙らせる手段化、しているのではないか。
(安倍晋三の天皇の権威利用によく似ている)

別な角度から言えば、結局、どこかの団体や組織に属したときに、外から"移植"された三島熱なのでしょう。
互いに論をぶつけ合っている最中に、「先輩に私はそう教わりました」などと真顔で言ってくる論者は、初めて見ましたよ。

しかし、自分の暗中模索の中での読書や思索によって出あった三島論でなければ、
あまり内発性も説得力も感じられないと思うのです。


              *


■ただし、
以下のところの問題(①②)を凝視して深めていけば、
何か大堀さんなりの独自の面白いものが出来るかもしれません。

>私は「文化防衛論」も「問題提起(日本国憲法)」も本気で書かれていると思いますので、
 澁澤龍彦のように「アリバイ工作」などとは思えません。①

>三島の考え方や行動は、松陰や西郷のように日本の歴史を貫くコアな部分に沿うもので、
 後世を変革しうる力を持っているとわたくしは信じております。②



 

極論人

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2017年12月 3日(日)03時56分36秒
  興味深いテープのご紹介ありがとうございます。

>もう一つ奥の"そもそも論"をいいますと、三島由紀夫は何よりも文学者でしょう。
 それ以外の何なんですか?

 人間には様々な顔があって、鴎外は軍医でしたし、漱石は教師でした。

三島ほど多面的、マルチな活動をした作家は珍しく、はじめ、大蔵官僚になりましたし、電車のホームから転落したので作家との二股はあきらめて、「病名が確定された入院患者のように」文学者として専心するようになりますが、俳優をやり、映画にも数本出て、演劇、歌、ホディビル、ボクシング、剣道(八段)、空手、楯の会隊長、「何よりも文学者」というのは確かですが、それ以外に様々なことを本気で取り組み、『豊饒の海』の二巻「奔馬」を書いたころから、愛国熱が強まって、文人であるより、武人として鎮西八郎源為朝を理想としてドラマティックに死ぬことを思い描いて頭の中のイメージがついに現実として結実してしまってああいうことになったのだとわたくしは理解しています。

 三島自身、自分の文学と行動を両方理会してくれる人は稀であろうと言っていますが、以前「群系」に書きましたようにわたくしは、三島のartificialな文学には馴染めず、どちらかというと晩年の評論や随筆をよく読みました。

 でありますから、草原さんとは三島へのアプローチが違っております。

>~「ほんとうにこの人は、"楯の会の三島由紀夫"ではなく、三島文学に魅力を感じているのだろうか」という不信感です。

 不信も何も、わたくしは文学の基本がわかっていないというコンプレックスがある人間で、楯の会の三島の方に断然惹かれる人間ですから、三島の文学を語らない、語れないのは必然でこれまでのこの板への書き込みもほとんどが情勢論、政治論に終始してきましたことからも、理解いただいていると思っておりました。

 ですから、そもそも文学でなく、憲法論を今回も最初に書き込んで、皆さんのご意見を伺えたらいいと思いましたものを、「文学を語れ」と痛いところを突かれて、無理やり文学の土俵に引きずり出されて逃げようとするところをまた捕まえられて、執拗に「文学」「ブンガクッ!」と言われますので、そろそろ嫌気がさして、「文学を語ることがそんなに偉いか!」と、反発も感じているところです。

 三島は政治を嫌っていましたから、愛国的「行動」も広い意味での文学だと思います。

 三島は「なにより文学者」だから、耽美的な小説が彼の本領でそこにこそ三島の核があるはずだからそこをスルーのは邪道だと決めつけられますが、

 スルーするつもりはなく、作品、行動すべてが三島という人間の表れで、余りに多面的であるので入り口もたくさんあり、その捉え方も多岐に分かれ、食い違いが起こってくるのではないかと思います。

 私は「文化防衛論」も「問題提起(日本国憲法)」も本気で書かれていると思いますので、澁澤龍彦のように「アリバイ工作」などとは思えません。

 三島の考え方や行動は、松陰や西郷のように日本の歴史を貫くコアな部分に沿うもので、後世を変革しうる力を持っているとわたくしは信じております。

 その点他の作家とはまったく異なると思っています。

「文芸同人誌の掲示板であるから文学を語るのは当然だろう」と言われればその通りです。

場違いなことを書いてしまったとも思いますが、

「なにより文学者」である三島が書いた憲法論であることは確かでありますし、同じ自殺した作家でも、芥川や太宰や川端とはその方法もまるで違っていたことも事実で、特異であったことは同意いただけると思います。


 

短いけれども重要な肉声

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年12月 3日(日)01時53分55秒
編集済
  【三島由紀夫の未発表テープ見つかる、命を絶つ9か月前の肉声】
https://www.youtube.com/watch?v=cZ9SZMbhFTY

■死ぬ九カ月前。
なかなか興味深いテープですね。TBSのお蔵の中にあったとか。
三島由紀夫はこの中で、二つの重要な言葉を語っています。

  ①自分の小説の欠点は、構成が劇的過ぎること
  ②死の位置がいつのまにか、肉体の外から入り込んできた


①は三島が自作についてすら、冷徹な批評家であったことを示している…
ともとれるし、劇的でなさすぎる日本の小説への居直りともとれる。
と同時に、それらもまた自分の作品と同様、西欧流の「大河小説」でもないことへの皮肉でもある。

②で出てくる「死の位置が外から入り込んで来た」というのは、
ややオカルト的な響きもないではない。


どうも、現実の生の世界でも、伏線を張りたがる人ですね。

~参考までに。

 

大堀さんにとって、三島由紀夫の小説は、ほんとうのことを言って、面白いんですか? 

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年12月 1日(金)20時07分45秒
編集済
  >そもそも論をいいますと、わたくしは、三島の憲法論を振り返るつもりで投稿して、それが憲法論議に資する部分があると考えたのですが、どうしても、文学、しかも耽美的、芸術至上主義へと話をもっていかれたいようで、わたくしの意図とはどんどんかけ離れ、引きずられて、

■しかし、もう一つ奥の"そもそも論"をいいますと、三島由紀夫は何よりも文学者でしょう。
 それ以外の何なんですか?


               *


>わたしも「戦慄的な性的恍惚の世界」に惹かれますが、三島は作品と現実とは截然と切り離して、
客があっても平然と自慰に耽るような、非常識人ではありませんでした。

■なんでこういう極論を、言うですかな~~(笑)。
これって、"非常識人"の典型的な譬え、なんですか?
面白いですね、大堀さんて。

わたしは三島の「面妖」な部分を、ネガティブなものとして否定しているわけではなく
(むしろ、谷崎や、鏡花や、上田秋成や、サドや、バタイユや、
ジャン・ジュネや、澁澤龍彦や、沼正三に通じる要素をこそ、三島の魅力だと思っているわけですが)
その部分に対して、大堀さんは、不感症というか、音痴というか、
まあ、スルーされているかのように思われたので、コメントをしたまでです。

~「ほんとうにこの人は、"楯の会の三島由紀夫"ではなく、三島文学に魅力を感じているのだろうか」
という不信感です。

そういう人が、三島の政治的行動や、政治的発言のみを推奨して、
自分の天皇観の補強のために引用されているような気がして、妙な違和感を感じたわけです。

私には、大堀さんの三島観は、あまりに「公人」的であり、
硬直し過ぎているように思われます。

                *

>漱石は「則天去私」などとカッコイイことをいいながら、女装癖があった、
あんな変態文学者の書くことなど研究するのもバカバカしいとか、女装癖のあった変態オヤジの漱石こそ
本性で明治帝の葬送の日の憂いを帯びた肖像の漱石など外面を装っているに過ぎない、
ということと同義ではないかと思います。

■これもまた極論ですな。
たとえ漱石が女装を趣味としていたとしても、それは漱石の文学の本質ではないでしょうが、
三島のエロティシズムや特異な美学は、創作衝動の核に近いものでしょう。
「同義ではないかと思います」というほどの説得性はない。

それに「変態」を否定したら、三島以前に、谷崎文学などはどうなるんですかね。
『みずうみ』や『眠れる美女』の川端は、どうなっちゃうんですか。
こういう論法には、なんだか常識人のリゴリズムしか感じられないんですけど。
別に私は、正論と邪論・曲論というような社会通念的な二元論で語っているわけではありません。

>「則天去私」などとカッコイイことをいいながら、女装癖があった、あんな変態文学者の書くことなど
研究するのもバカバカしいとか

■だいたいこんな言葉が出てくること自体が、私には〈?〉であります。


 

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